中国レポート  No.73

中国の2019年第2四半期(4月―6月)の成長率が6.2%と発表された。第1四半期(1月―3月)が6.4%だったから0.2ポイント落ち込んだ。日本ではこの数字に危機感を感じる専門家が多い。中には悲観的な専門家はいる。しかし悲観的専門家は少数だ。今年3月に開かれた全人代(全国人民代表大会)での成長目標は6.0%-6.5%だった。その意味では第1、第2四半期とも想定内の数字なのだ。とは言え、楽観論者も少数派だ。
この6.2%という成長率は微妙な意味を持つ。中国政府は国民に対し、公約がある。それは2020年のGDPと実質国民所得を2010年の2倍にするというものだ。2010年時点の中国経済は高度成長中にあり、その時点での計算では、10年間の平均成長率が年間7.2%なら、この「所得倍増」計画は実現するというもので、全く問題ないと誰もが思っていた。2010年の成長率は10.6%、2011年は9.5%だった。その後2012年に8%を切り(7.9%)、2015年に7%を切った(6.9%)。今年通年の成長率が6.2%であれば、公約は実現する。もし成長率が6.2%以下になれば、公約は実現しないのだ。いくら思いもよらなかった米中経済戦争が勃発したとは言え、習近平指導部にしてみれば、何が何でも「面子に賭けて」この公約は実現させたいところである。その意味で習指導部が今年の経済運営に、大きな緊張感を抱いている事は間違いない。

米中経済戦争により、中国経済が大きな困難に面しているのは事実である。今年もすでに半年が過ぎたが、この半年の状況を見ると、消費、鉱工業生産、固定資産投資の伸びが鈍り(民間投資も対前年度比縮小した)、これまで消費をけん引してきた新車販売が大きく落ち込んだ。中国汽車工業協会によると、
2019年6月の新車販売台数 205.6万台(対前年同月比-9.6%)
2019年1-6月 同   1232.3万台(対前年同期比-12.4%)
新車販売に関して、多くの専門家は、政府が有力な手を打たない限り、この傾向は当分続くと見ている。賃金は成長率に比例して上昇しているし、潜在的需要はまだ相当あると思われるので、買い控えは米中経済戦争などの要因で、将来に不安を持つ人が多くなっている表れである。当面不必要な支出は極力控えるという消費者心理が広まっている。
中国経済にとって非常に重要な貿易(輸出)も、当然ながら米中経済戦争で大きな影響が出てきている。これまで消費と輸出が、成長をけん引してきた主な要素だった。以下の数字で見るように、米中貿易は大きなマイナス影響を受けている。
2019年1月―6月の、上位3カ国・地域との貿易状況
中国の対米国輸出  1994億ドル(対前年同期比-8.1%)
米国の対中国輸出   589億ドル(同     -29.9%)

中国の対EU輸出  2028億ドル(同     +6.0%)
EUの対中国輸出  1351億ドル(同     +3.3%)

中国の対ASEAN輸出  1645億ドル(同  +7.9%)
ASEANの対中国輸出  1273億ドル(同  -0.2%)
中国にとって救いなのは、対米貿易は大きく落ち込んではいるが、今のところ対EU、対ASEAN貿易はまだプラスが続いていることである。ただ今後については不透明である。特に米中貿易の影響を受けやすいASEANとの貿易がどうなるか、世界第1と第2の経済大国の経済戦争が長引けば、これまで多くの国が相互依存関係を結び、複雑なサプライチェーン(供給網)を形成してきたものが混乱し、破壊され、世界経済に対し多大なマイナス影響を与えることになる。そうなれば中国も大きな痛手を被る。
ただ苦しいのは中国だけではない。米国も産業界が悲鳴を上げだした。米国の対中国制裁課税第1弾が発動されたのは2018年7月で、以下の通り第3弾まで発動された。中国も同じ規模と税率の対抗処置をとった。
米国の対中国制裁課税
第1弾 25%課税 818品目 340億ドル 2018年7月発動
第2弾 25%課税 279品目 160億ドル 2018年8月発動
第3弾 10%課税 5745品目 2000億ドル 2018年9月発動

第3弾の10%を25%に 2019年5月発動
第4弾 米国は準備
米国が対中制裁課税第1弾を発動した昨年7月から、第3弾を発動した今年の5月まで、米中とも相手国に対する輸出が大きく減少した。中国の対米輸出額は約180億ドル減り、減少率は約14%だった。一方、米国の対中輸出は約230億ドル減少した。減少率は約38%。この数字で見る限り、米中経済戦争の中で、互いに制裁課税を行った結果、よりマイナス影響を受けているのは米国であることがわかる。これが、最近米国が対中強硬姿勢を若干和らげ、米中が一旦「休戦」状態に入った背景の1つである。
しかし、中国の人たちは米中経済戦争が近く収束するとは決して思っていない。またこの米中の矛盾の本質は「経済」ではなく「体制間矛盾」であると多くの人は認識しつつある。従って、この米中の矛盾は長期に渡って続くであろうと思っている。ある友人は、「この戦いは焦った方が負けだ。我々は毅然としながらも米国の挑発に乗らず、腰を落ち着けて持久戦を闘い抜かねばならない」と言っていた。
さて、米中経済戦争に関連して、最近注目されたのは、中国政府が「金融面での開放」を拡大したことである。経済改革と対外開放を経済成長の柱にしてきた中国だが、金融面での対外開放は確かに遅れていた。そのため日米欧から批判を受けていた。これまで中国は「改革」も「開放」も一歩一歩進めてきて、「急激さ」を避けてきた。ここにきて、比較的大胆な金融面での開放に踏み切ったのは2つの意味があると思われる。1つは米国に対する一種の「妥協」である。中国の本心は米中関係を何とか緩和させたいのだ。そのためには「核心的利益」に関する内容以外では、必要な妥協はするという決意である。もう1つは、中国の主張する「改革」、「開放」、「自由貿易」が本物であることを世界に示すことだ。さらに付け加えるなら、金融の自由化を促進することにより、外資が中国から逃げ出すのを防ぐという意味もある。
7月20日、中国人民銀行(中央銀行)は、11項目からなる「金融開放」拡大策を発表した。これらは、やりたくないものを仕方なくやったのではなく、いずれやらねばならないものを前倒しでやったという事であろう。主な内容は、外資に対し中国の金融市場開放を拡大するものだ。具体的には、外資の格付け会社が、格付け出来る債権の対象を拡大する。外資金融機関が、債権の引き受け主幹事になる事を認める。外資の保険業務制限を撤廃する。銀行の運用子会社への外資による出資を奨励する。外資が年金管理会社を設立することを許可する、などだ。すでに今年の1月、中国政府は米国の格付け会社「S&Pグローバル」の子会社に銀行間の債券市場での格付け業務を許可したが、今回の開放で、さらに証券取引所に上場するすべての債権の格付けを認めることになった。中国の債権引き受け業務は利ザヤが大きく、外資系金融機関の多くが参入を希望している。このような流れができれば、中国にとっても「外資が逃げるのを防ぎ、更なる外資導入につながる」という利点がある。保険分野でも、外資が参入しやすくなった。これまで保険分野での外資導入には、「業歴30年以上」などの条件が付いていたが、この制限を撤廃することになった。また、外資が中国で証券、商品先物、生命保険業を営む場合、様々な出資規制があった。中国はこれらの規制を2021年に撤廃すると約束していたが、1年前倒しで、2020年から撤廃すると7月2日李克強首相が発表した。今回の人民銀行の「金融開放」拡大策は、これに続く措置となる。
中国には転んでもただでは起きないというしたたかさがある。かつて、中国が農業分野の対外開放を行った時、中国政府は「外圧」を利用した。今回の金融開放拡大もそうした意味がある。金融は経済の核の部分で、金融の対外開放は、時期ややり方を誤れば、経済は致命的打撃を受ける。だからこそ「抵抗勢力」も根強い。従ってこれまで金融開放について、中国政府は慎重だった。その一方で、中国経済が世界経済の重要な構成部分として、ますます影響力を拡大するためには、金融の全面的開放は不可欠である。中国政府は米中経済戦争と、日米欧による金融開放への圧力、そして中国が協力に推進する「一帯一路」を巧みに利用した。現在のような状況では、国内の抵抗勢力は反対できない。
米中経済戦争の中で目立つのは、製造業の外資が中国から東南アジアなどへ移転していることである。確かに中国にとっては痛手には違いない。しかし中国が「世界の工場」から「世界のマーケット」に変貌する過程で、すでに外資製造業の、より人件費の低い国・地域への移転は始まっていた。これに拍車がかかったに過ぎない。製造業でも、EV(電気自動車)やロボットの分野では、外資の中国との協力関係は増加している。日本ではトヨタが積極的で、7月には中国最大手のBYD(比亜迪)とEVの共同開発で合意した。サービス業分野では、まだまだ中国の潜在力は巨大だと言う見方が大半だ。サントリーホールディングスの新浪剛史社長は、最近次のように述べている。

「米中の摩擦は長期化を予想するが、中国の消費は今後も伸びるため、市場としては欠かせない」。
中国経済はまだ不透明な部分が多い、米国経済も落ちてきている。その米中経済と深く広い関わりを持つ、世界第3位の経済大国である日本経済も先行きに対し悲観論の方が楽観論より多い。世界経済の先行きも予想しにくい。どの国も、どの企業も舵取りは難しい。いずれにせよ、やはりカギを握るのは中国経済で、冷静で客観的な動向分析が必要である。(止)