No.61 中国レポート

中国は「政治の季節」に突入した。今秋に予定される中共19大(中国共産党第19回全国代表大会)では、大幅な指導部メンバーの入れ替えが行われる。これまでの共産党内規通り進めば、現在のトップ7(中央委員会政治局常務委員)のうち、習近平と李克強のみが留任し、他の5人が引退する。中国共産党の党員は約8800万人で、この8800万人が13億6000万人の国民を率いる。現在中央委員は205人、中央政治局委員は25人、政治局常務委員は7人だ。従って、実際にはこのトップ7が8800万の共産党員と、13億6000万の中国国民を率いることとなる。
これまで党には「7上8下」という最高指導部定年制度があった。党大会の時点で67歳以下なら留任が可能だが、68歳以上だと自動的に退任しなければならない。この制度に照らせば、今秋の党大会時点で習近平(1953年生まれ、64歳)と李克強(1955年生まれ、62歳)以外の5人は68歳以上なので自動的に退任するわけである。空席になった5つの椅子に誰が座るかは最重要問題だ。その具体的、複雑な綱引きが始まったというわけだ。
しかし、最高指導部人事は、実際には秋の党大会で決まるわけではない。党大会までにさまざまな綱引き、根回しがあり、党大会時にはすべて決まっている。ただ毛沢東時代のように、最高指導者の「鶴のひと声」で決まるという時代ではない。一般的に、最高指導部に入るには中央委員以上でなければならない。実際には平の中央委員の場合、よほどの事情がない限り「2階級特進」でトップ7に入ることは困難だ。トップ7は政治局委員の中から抜擢されるのが普通だ。さらに、有資格者は、一般的には地方(省、自治区、直轄市)の2か所以上で首長または党書記を務め、大きな成果を挙げることが条件だ。最高指導者の「お気に入り」、「お友達」だから昇格させるというような甘いものではない。能力と実力を持って、さらに現指導部に忠実なもの同士の熾烈な競争を経て、最高指導部の椅子に晴れて座ることができるのである。
中国には、党大会での人事などの重要案件について、独特な決定プロセスがある。党大会が近づくと、さまざまな意見交換、根回し、綱引きが行われるが、最終的には毎年8月に行われる「北戴河会議」が決定的な役割を果たす。北戴河は渤海に面した風光明媚なリゾート地で、多くの人が夏休みに避暑に訪れる。その北戴河の一角に広大な高級幹部専用のリゾート施設と専用海水浴場がある。8月はその高級幹部専用リゾート施設が、党大会の人事についての意見交換、根回し、決定場所となる。
北戴河会議に参加できる有資格者は、現職の党最高幹部、かつて党の最高指導部に名を連ねた元・前幹部(長老)、政府、軍、地方の高級幹部である。北戴河会議といっても、正式な会議が行われるわけではない。様々な非公式会合、意見交換、根回しが行われ、それらの意見を習近平ら現最高指導部が集約し、党大会の人事案を作成するのである。今回の北戴河会議は、あくまで人事案件が中心だが、そのほかに反腐敗闘争、経済政策、対外戦略などが話し合われると思われる。
この北戴河会議を前にして、中国政界に激震が走った。秋の党大会で最高指導部入りがほぼ確実と思われていた若手のホープ孫政才が「重大な党規律違反」で、重慶市党委員会書記の役職を解かれ、党中央規律検査委員会の調査を受けていると新華社が発表した。今までの事例からして、孫政才の失脚は確実で、復活の可能性はおそらく万に一つも無いだろう。孫政才は北京農林科学院大学院を修了した農学博士で、農業の専門家である。北京市党委員会秘書長を経て、2006年の全人代において弱冠43歳で国務院農業部長(大臣)に就任した。その後吉林省党委員会書記に抜擢され、最高指導部への道を歩みだし、2012年の第18回党大会で、49歳の若さで政治局委員となった。農業という地味な分野にありながら、とんとん拍子の出世であった。同年齢で、同じ時期に内モンゴル自治区党委員会書記に抜擢され、第18回党大会で政治局委員となった胡春華(現広東省党員会書記)とともに「習近平、李克強の最有力後継者」と見られてきた。
今回の孫政才事件は、「反腐敗」(収賄)で摘発されたとか、江沢民閥に近いので排除されたとか、習近平に対する忠誠度が足りなかったなど、様々な憶測を呼んでいるが、本当の理由は定かでない。しかし、習近平指導部が北戴河会議の前に孫政才問題を処理したかったことは間違いない。北戴河会議に持ち込めば、習近平指導部の不安定要素になりかねない。このことが孫政才と同じ後継者の有力候補である胡春華まで及ぶのかどうかはわからない。ただ、胡春華については、4月12日付の広東省党委員会機関紙「南方日報」が1面トップで興味深い記事を掲載した。それは習近平が広東省党委員会に「重要指示」を出したというニュースで、習近平が広東省党委員会に対し、高度な評価と期待を寄せているという内容の記事である。広東省党委員会書記は胡春華であり、習近平の「評価と期待」はすなわち、胡春華に対する評価と期待である。今囁かれているのは、孫政才の問題が発覚したのは昨年末頃で、それ以来水面下で調査が進められてきた。その一方で、習近平はもう一方の若手のホープ胡春華に「合格」の評価を与えたわけで、これで胡春華はポスト習近平レースでライバルがいなくなり、断然有利になったというわけだ。胡春華は共産主義青年団出身で、胡錦濤―李克強人脈に属する。ある評論家は、果たして習近平はこのような背景を持つ胡春華を自らの後継者として、簡単に受け入れるだろうかと疑問を呈す。習近平がトップに上りつめた時、まだ江沢民派の勢力は残っていて、習近平はさまざまな妨害と制約を受けたと言われる。その習近平を陰から支えたのが胡錦濤で、この胡錦濤の協力無くして、習近平が江沢民派勢力を排除することはできなかったと言われる。そうであれば、胡錦濤につながる胡春華に本当の実力があれば、習近平は自らの後継者にすることにそう抵抗はないのかもしれない。
北戴河会議を控えた今の時点で、人事予想をするのは難しいが、もし孫政才失脚が大局には影響が無く、最高指導部の空席が5つで、基本的に政治局員の中から選ばれるとするなら、以下の何人かが有力である。もし平の中央委員の中から選ばれる者があるとするなら、それは習近平の強力な推薦によるものであろう。
胡春華(1963年生まれ、広東省党委員会書記)
王滬寧(1955年生まれ、党中央政策研究室主任)
汪 洋(1955年生まれ、国務院副総理)
趙楽際(1957年生まれ、党中央書記処書記)
栗戦書(1950年生まれ、党中央弁公庁主任)
韓 正(1954年生まれ、上海市党委員会書記)
劉其葆(1953年生まれ、党中央宣伝部長)。
このうち次の党大会(2022年)の時点で67歳以下は胡春華、王滬寧、汪洋、趙楽際の4人である。
ただもう一つの可能性がある。それは、党の最高指導部組織を新しくすることだ。1つは組織の面で、もう1つは人事の面で。組織としてはまず今のままのトップ7制度を変える可能性もある。最近囁かれているのは「党主席」復活説だ。党主席と言えば、中国人がすぐ頭に浮かべるのは絶対的カリスマ指導者だった毛沢東である。毛沢東亡き後の混乱期に「毛沢東の後継者」として登場した華国鋒が短期間「党主席」となったが、華国鋒が鄧小平との権力闘争に敗れ、中国が「改革開放」の時期に入った後は「党主席」制度は無くなり、党のトップは「総書記」となった。「総書記」は最高指導部の代表と言う感じだが、「党主席」は1人抜きんでた特別な存在という感じがする。もう1つは人事である。一昨年、党系メディアがある興味深い論文を掲載した。日本ではあまり話題にはならなかったが、その論文には「年齢で最高指導部を選ぶべきではない。指導部構成は老、壮、青とバランスを採るべきである」。この考え方が実行されるなら、「7上8下」の最高指導部定年制度は廃止され、68歳以上でも最高指導部入りが可能となる。68歳以上の最高指導部入りというと、すぐ頭に浮かぶのは習近平が最も頼りにし、「反腐敗闘争」を一手に取り仕切っている王岐山(現トップ7メンバー・1948年生まれ)である。ただ友人のジャーナリストは「習近平は、王岐山を最高指導部に残したいところだ。しかし実際にはそれはないだろう。そんなことをしたら、多くの幹部の不満が噴出する。壮と青の線引きだってそう簡単なことではない。習近平はそんなリスクを負うことはない」と言った。
中国の政局から目が離せない。
(2017年7月31日 西園寺)