中華人民共和国は10月1日、建国70周年を迎えた。習近平主席は天安門の上から、全世界に向け「人類運命共同体」結成を呼び掛けた。この構想は、「米国第一主義」とは対極にあるという考え方だ。
今や主要国の多くは「内憂外患」に喘いでいる。70歳になった中国も例外ではない。「貿易戦」に始まった米中摩擦は、ハイテク分野に広がり、いまや外交安保の領域にまでエスカレートし、冷戦の様相を呈してきた。香港の騒乱もなかなか収まらない。中国にとって今年最大のイベントは、建国70周年記念行事だ。これを無事終えるためにも、習近平指導部は決して安易な妥協は許されない。そして中国指導部の国民への公約―2020年のGDPと実質国民所得を2010年の2倍にするという、中国版「所得倍増」計画も確実に実現させなければならない。そのためには今年のGDP成長率を6.2%以上にしなければならないのだ。
今日の厳しく、激しい米中の摩擦を見るとき、中国の人々は不可解な気持ちをぬぐい切れない。突然米国に仕掛けられた貿易戦は中国にとっては「真珠湾」であった。
振り返ってみると、2017年4月、習近平が訪米、フロリダの別荘で、トランプ米大統領から歓待を受けた。同年11月、トランプが訪中、習近平はトランプ接待を「国賓以上」の待遇とした。故宮を丸ごと貸し切り、トランプを歓待した。トランプはそれに応え、次のように述べた。
「米中関係ほど重要な関係はない。われわれは世界の問題を解決する能力がある。米中はウインウインの関係を築く」。
中国はこの瞬間、米中両国は対等になり、「新型の大国関係」が構築されたと理解した。これは習近平外交の大きな勝利だと思われた。トランプ訪中時、米中は広範囲な大型商談をまとめ、その総額は2500億ドル(28.5兆円)以上、トランプのディール(取引)は成功し、これはトランプの得点となった。
ところが、トランプが帰国すると、様相は一変した。突然トランプは中国に貿易戦を仕掛けてきたのである。予告も、事前交渉もない「奇襲」であった。つまり中国にとって米国の対中国貿易戦はまさに「真珠湾」であったのだ。
これまで米国は対中国制裁関税を4弾発動してきた。当然それまで国別では最大の輸出先であった米国が制裁関税を課すのだから、中国にとっては大きな痛手であった。これまで経済成長の中国モデルの中核は輸出振興の成功であったからなおさらである。ところがこれまで米国の制裁関税は、中国国民の懐を直撃するものではなかったので、一般国民の生活にはそれほど影響はなかった。問題は輸出が打撃を受けた事である。米国からの輸入はハイテク関連や農産品が主であった。農産品も総量はそれほど大きくなく、中国国民の食生活が脅かされるものではなかったのである。
ところが数か月前から、中国では国民生活、特に食生活の面で「小パニック」が起きている。豚肉の不足による価格高騰である。豚肉価格はこの1年間でほぼ2倍になった。中国は55の少数民族を含む多民族国家で、食文化も多様である。中国には豚肉を食さないイスラム教徒が3000万人近くいる。しかし人口の90%以上を占める漢民族などは、その食生活において、豚肉は欠かせない食材である。「豚肉の無い中華料理」などあり得ないのだ。その豚肉価格が2倍に跳ね上がれば、当然パニックが起きる。豚肉高騰の要因は2つである。1つは、米中貿易戦の影響で、養豚用飼料穀物が不足、高騰したからだ。例えば大豆だが、米国の大豆輸出の約6割は中国向けだった。中国の大豆輸入の約3割は米国からであった。さらに思わぬ不幸が重なった。アフリカ豚コレラの蔓延である。中国政府は急遽ブラジルやロシアから豚肉の緊急輸入を行ったが、需要には追い付かない。
現在世界の豚肉の生産、消費の約50%は中国が占める。改革開放以降、急速な成長と、それに伴う生活向上で、中国では豚肉の需要が急増した。1975年の中国全体の豚肉消費量は700万トンだったが、2017年には5494万トンになり、その後も増え続けている。この間人口は約1.5倍になったが、豚肉の消費量は約8倍になった。当然生産量も増え、2014年まではほぼ自給でき、当時の豚肉輸入国ランキングでは、日本が1位だったが、2015年には中国が日本を抜き輸入第1位に躍り出た。それでも2017年の輸入量は165万トンで、消費量の3%強に過ぎない。問題は養豚用飼料穀物の米国頼りである。ただこれはある意味「ウインウインの相互依存」で、米国の大豆農家は、中国に輸出することで成り立っていたのである。その意味では、米国農業、特に大豆農家、養豚農家に与えるダメージは大きい。因みに中国が輸入する豚肉の生産国ランキングは、スペイン、ドイツ、カナダ、米国の順である。
北京市民の中でも、低所得者や年金生活者は、毎日のように豚肉を食べられなくなった。レストランの豚肉料理は高くなった。もちろん不満ではあるが、牛、羊、家禽は不足していないので、不満が爆発するほどではない。むしろ豚肉を我慢することが、一致団結して「対米戦を戦い抜く」事だとの機運が高まっている。ある友人が次のように話してくれた。「中国は改革開放以来、急速な発展を遂げ、生活は飛躍的に向上した。その結果、人々の関心はカネやモノに偏り、自分だけの利益を考え、他人や国の事には関心が薄れ、信、義、礼、仁など精神文化の面では大きな後退となった。今度の対米摩擦問題は、これらを呼び覚ます結果となった。今中国人の間では、国の現状や将来に関心を持ち、一致団結して国家や国民の利益を守るという気運が高まっている」。
米中摩擦により、中国が大きな困難に面している事は誰もが感じているが、悲壮感は感じられない。特に経済面では厳しい状況が続いているが、経済は依然としてプラス成長を続けているし、主要な経済指標は減速の中でも比較的堅調である。今年上半期(1月―6月)の成長率は対前年同期比+6.3%、特記すべきは、可処分所得の伸び率が6.5%と、GDP成長率を超えていることだ。消費は鈍化しているとは言え、高度成長期と比べるのは意味がない。問題は消費(内需)のGDPへの寄与率は確実に向上していて、現在は60.1%、まだ先進国には及ばないが(米国は80%)、所得は依然増加しているので、消費は伸びが鈍化する事はあっても、落ち込むことはない。上半期の対外貿易も、対米輸出の落ち込みで、増加率は鈍っているが、それでも貿易総額は約4%増加している。主な輸出先であるEU、ASEANなどが増えているからである。輸出は6.1%、輸入は1.4%伸びた。米中摩擦の影響で、外資が東南アジアなどに逃げていることは事実だが、それでも外資導入は7.2%伸びている。これは米中摩擦だけでなく、中国の賃金上昇などにより、労働集約型の製造業が海外移転し、サービス業、販売業、ハイテク産業ななどへの外資導入が増えるなど、外資導入の構造が変化している結果でもある。地域的にも変化が大きい。自由貿易試験区や一帯一路沿線地域などは、外資導入の伸びが+20%以上となっている。
中国経済は、米国のなりふり構わぬ圧力にもかかわらず、「どっこい生きている」ばかりでなく、発展し続けている事を示す象徴は華為(ファーウェイ)であろう。米国は徹底して、中国のハイテク産業を代表するファーウェイを叩いた。同盟国に、ファーウェイ部品・製品の排除、不使用を呼び掛けた。幾つかの国は米国に追従して、ファーウェイを締め出した。にもかかわらず、当社の2018年度決算は、純利益が25%の増加であった。また2019年上半期は、売上高が23.2%増加した。これは前年同期の増加率を上回るものである。
むしろ米国が対中国制裁関税第4弾を発動したことで、最も打撃を受けたのは米国の庶民だという見方が広がっている。対中国制裁関税第4弾に含まれるのは、主として米国国民の実生活に関わる日用品、生活物資だ。つまり米国の庶民は安価な生活用品や雑貨を手に入れることが出来なくなった。米国のある研究機関の試算では、これにより米国庶民の負担は年間11万円増える事になるという。米中摩擦の初期は、一方的に米国が攻め、中国が守るという構図だったが、米中の攻守関係は今後微妙に変わってくるかもしれない。中国は内部を固め、持久戦体制を整えている。米国には攻め疲れが見えだし、企業や国民が露骨にリスクを背負うという現象が増えてきた。
北京では10月1日、建国70周年を祝う大規模な軍事パレードが行われた。「中国は強くなっても覇権主義をやらない」、「中国の発展は平和的発展である」と、中国は言い続けている。そのことからすれば、今回の大規模な軍事パレードは、少なくとも国際的にはデメリットのほうが多いだろう。これは米国などに対し、中国にうかつに手を出せないと思わせる目的もあるのだろうが、主には国内向けなのである。それは、かつて中国は外国列強の侵略と圧力を跳ね返し、独立解放を勝ち取り、その後は改革開放で今日のような発展と繁栄を実現させ、これだけ強くなった。この成果を「中国人民は一致団結して守り、発展させなければならない」と国民に訴え、国民を中国共産党の下にまとめ、団結させるためである。習近平体制にとって最も重要なのは、国民の団結による安定と持続的発展なのである。(止) 西園寺一晃 2019年10月1日