No.66 中国レポート

ここ数か月、世界はトランプと金正恩(キムジョンウン)に振り回された。北京でも話題はもっぱらこれだ。あれだけ罵り合っていた2人が、急転直下相手を「評価」する発言をし始め、会談を行う事を決めたのである。朝鮮半島の平和は、アジアだけでなく世界の平和にとって喜ばしい事なので、世界は歓迎した。ところが一転、「相手の不誠実」を理由に、トランプが会談のキャンセルを金正恩に通告した。世界は戸惑ったが、またまた一転、会談は予定通り行う事が決まり、5月末時点では具体的な準備作業が進んでいる。

両者の中を取り持ったのは、韓国の文在寅(ムンジェイン)だ。そして中国の習近平も動いた。中国にとって、北朝鮮を「丸抱え」するのは避けたいが、と言って「蚊帳の外」に置かれるのは耐え難い事なのだ。

中国は米朝会談を支持し、朝鮮半島の非核化の実現を望んでいる。金正恩を交渉のテーブルに就けさせるために、中国は国連決議に基づく圧力をかけ続けた。北朝鮮―朝鮮半島問題は中国にとって複雑で頭の痛いものである。中国の方針は明らかだ。それは①朝鮮半島が戦争の火種になっては困る。②関係国、つまり「6ヶ国協議」の枠名で、朝鮮半島の安定化、平和化を解決すべきである。③北朝鮮の核ミサイル問題は、主として米朝間で解決すべきである。④北朝鮮が核を放棄し、対米関係を改善し、国内的には改革と対外開放を通じ、「開かれた北朝鮮」が生まれることを望み、支持する。⑤北朝鮮が崩壊することは望まない。そのために中国は、国連の決定に従うという範囲内で、北朝鮮をサポートする。

中国が国連の決定に従い、北朝鮮への制裁に参加した結果、中朝関係は「史上最悪」と言われる状態になった。国際社会の北朝鮮に対する制裁、圧力は徐々に効き始め、北朝鮮はこの状態が続けば国は滅びると危機感を持ったのだろう。文在寅が手を差し伸べたのはまさに渡りに船であった。韓国に文在寅政権が生まれたことは、北朝鮮にとって実にラッキーなできごとであったのだ。

米朝緩和の実現と、その先にある朝鮮半島の非核化、朝鮮戦争の終結、米朝国交正常化は、中国にとって喜ばしい事であるが、実はそう単純な問題ではない。かつて中朝関係は朝鮮戦争を共に戦った「血で結ばれた同盟」と言われた。その後も中国は一貫して北朝鮮を支え続けた。しかし内実はドロドロしたものであった。特に1960年代半ば以降、中朝関係は複雑なものとなった。原因は中ソ論争から中ソ対立によるものである。当時から現在まで、北朝鮮の生き残り策は変わっていない。それは「瀬戸際政策」と「天秤政策」と言える。

かつて、北朝鮮は悪化した中ソ関係を利用し、中国に対しては「ソ連カード」を使い、ソ連に対しては「中国カード」を使った。時には中国寄り、時にはソ連寄りになり、両国の援助を引き出してきた。中ソともそれを重々承知の上で、北朝鮮を引き留めるため膨大な支出をしてきた。このやり方は金日成(キムイルソン)―金正日(キムジョンイル)―金正恩(キムジョンウン)と引き継がれている。ところがソ連が崩壊し、ロシア時代となり、ロシアは北朝鮮を中国と取り合う余裕も興味も無くした。北朝鮮は大国中ロを天秤にかける事ができなくなり、唯一の生き残り策として核兵器開発に走ったのである。ところが北朝鮮の「天秤政策」は形を変えて復活するかもしれない。対象は米中だ。

文在寅の太陽政策に乗った金正恩は、4月27日に板門店で南北首脳会談を行う事で文在寅と一致、世界はこれを「歴史的会談」と評価した。さらにトランプと金正恩は6月に米朝首脳会談を開くことで一致した。金正恩の電撃訪中は3月26日であったが、絶妙なタイミングだった。南北首脳会談の直前であり、すでに日時と場所は未定ながら米朝首脳会談が決まっていた。

金正恩にとっては「孤立無援」イメージを払拭し、中国が北朝鮮の「後ろ盾」であると世界にアピールし、米国をけん制する狙いがあった。中国としては大いにメンツが立ったわけである。金正恩の訪中なしに南北会談と米朝会談が実現すれば、中国は完全に「蚊帳の外」に置かれることになる。さらにトランプに貿易面で宣戦布告を受けた中国は、世界戦略の面で米国に対し「北朝鮮カード」を持つことになった。金正恩の2回目の非公式訪中は5月7日であった。これは南北首脳会談の直後であり、米朝首脳会談の直前であった。中国はこの一連の国際政治シヨーの「隠れた主役」として存在感を増すことができたのである。

金正恩は米国に対し「中国カード」を持った。しかしそれにより過剰な強気な態度がトランプの不興を買い、トランプをして「会談キャンセル」と言わせたのである。このトランプの脅しは、対北朝鮮であり、対中国でもあった。しかし、キャンセルはトランプの本音ではなかった。半ば冗談であっても、国際社会では、米朝会談が成功すれば、トランプは「ノーベル平和賞」ものだという声さえ出たのである。苦戦が予想される秋の中間選挙対策のためにも、トランプは引くことはできないのである。米朝は予定通り会談は行うことで一致した。もしかしたら本当に米朝首脳会談は成功するかもしれない。そして、北朝鮮が核を完全放棄すれば、米国は何ら北朝鮮を敵視する理由は無くなる。そればかりか米国はレアメタルなど、北朝鮮の豊富な地下資源利権を手に入れることができるかもしれない。さらに、北朝鮮を中国から引き離し、逆に中国に対し「北朝鮮カード」を握ることができるかもしれない。そして北東アジアで米国の影響力を拡大することができる。北朝鮮は中国に対し、「米国カード」を手に入れる可能性を有したのである。

中国は米朝首脳会談の成功を望みながら、その一方で1つのトラウマに悩まされている。それはベトナムである。あのベトナム戦争期間、中国は全力で米国と戦うベトナムを支援した。そのベトナムは今や米国との関係がますます緊密となり、中国との関係は冷え切っている。中国が内心恐れているのは、将来北朝鮮が「ベトナム化」して、親米になる事である。今後相対的に弱体化が始まった米国と、経済力を背景に台頭する中国とのつばせり合いは激化するだろう。中国が北朝鮮の崩壊を望まないのは、膨大な難民が押し掛ける恐怖もあるが、米国の軍事力が現在の中朝国境まで迫ることである。これは中国にとって「悪夢」なのである。北朝鮮の存在は中国にとって米中の緩衝地帯となっている。もし北朝鮮が親米になれば、「悪夢」は現実のものとなるかもしれない。

北東アジアはこれからどう動くかわからないが、中国にとってあくまで国際政治における「主要な相手」は米国である。習近平は比較的冷静に、客観的に情勢を見ているようだ。現時点で、習近平は対米関係をあまり悪くしたくないと思っている。ある程度の妥協をしてでも、対米関係の緩和を志向している。中国内には「対米強硬派」も存在する。米国には断固として対処すべきで、売られたケンカは正面から受けるべきだとする主張だ。しかし、習近平はその主張には乗っていない。米中関係は目下「貿易戦争」が焦点となっているが、中国にとって、それは表面的なもので、本質は「政治戦争」と認識する人が多い。目下、中国にとって「核心的利益」につながる、つまり一点の妥協も許されない地域が2つある。1つは台湾、もう1つは南シナ海だ。米国はこのカードを握っている。すでに「台湾カード」を出し始めた。近く米国の高官が台湾を訪問するだろう。また、米国国防省は5月23日声明を発表し、6月に行われる環太平洋合同演習(リムパック・英米仏豪など20数か国参加)への中国に対する招待を取り消し、南シナ海での中国の行動を批判した。

中国は不安定なアジア情勢を見据え、打つべき手は打とうとしている。韓国との関係は改善した。目下中国にとって最重要国は日本とインドだ。この両国が米国と共に中国に向かってきたら一大事なのだ。最近目立つのは、中印関係の緩和と日中関係の改善だ。両国とは同じように領土問題を抱えている。もちろん日本、インドにも緩和、改善しなければならない理由はあり、それが一致したという事である。日中関係から言えば、当面中国は「歴史問題」や「領土問題」を持ち出さないだろう。東シナ海の波は静かになるはずだ。

戦略的に物事を考える中国人。その中でも国際問題を専門とする学者、研究者は目下アジア情勢に関連し、侃々諤々の議論をしている。以上は彼らと議論しながら感じた事を書いてみた。(止)