No. 7  東シナ海ガス田協議妥結に見る日中緊密化

先般日中両国政府による、東シナ海ガス田協議が一応の妥結をみた。ただ細部にわたる詰めはこれからだ。正直、よく妥結したものだと思う。この問題は双方の主権にかかわる領有権問題、排他的経済水域(EEZ)の線引き問題が背景にあるので、簡単には妥結できないだろうというのが大方の見方だった。
近年来、東シナ海が脚光を浴びてきたが、海底に天然ガスなどの資源が眠っているからである。中国はすでに80年代末頃からこの海底天然資源に注目、90年代初めには調査・開発に着手した。日本が中国の開発を問題視しだしたのは、21世紀に入ってからである。問題はEEZで、日中は線引きで大きく見解が違っていた。日本は日中中間線を主張、中国は大陸棚の東端「沖縄トラフ」を境界線にすることを主張していた。つまり日本が主張する線と中国が主張する線の間には、広大な重なる海域が存在するのだ。
これまで中国は東シナ海でいくつかのガス田の開発に着手してきたが、どれも日本が主張する線すれすれの、やや中国寄りの海域だった。中国は「百歩譲って、日本の主張する線を基準にしても、その線より中国側なのでなんら問題はない」と言い続けてきた。一方、日本の論理は「海底の資源は、日本の主張する中間線の日本側まで広がって分布している可能性があり、中国の開発により、日本側の資源まで吸い取られてしまう」というものだった。当初中国は、協議そのものに難色を示していたが、結局双方は協議のテーブルに着き、各レベルの交渉を行ってきた。その後、双方は「共同開発」で認識の一致をみたが、問題は共同開発の海域であった。日本は中国がすでに開発に着手している幾つかのガス田を含む、日中中間線をまたぐ海域を主張、一方の中国は双方が主張するEEZの重なる海域を主張し、協議は硬直状態にあった。それがここに来て急転直下の妥結である。
妥結の主な内容は①日本が主張する排他的経済水域(日中中間線)をまたぎ、中国が開発に着手しているガス田「龍井」(日本名「翌檜・あすなろ」)付近の海域で、日中双方が5対5の対等条件で開発する。②中国がすでに開発を始めているガス田「春暁」(日本名「白樺」)に日本が出資し、その比率に応じ、利益を受け取る。③中国側が開発に着手している「春暁」以外のガス田については継続審議とする。
協議妥結は双方の妥協、譲歩があったからであるが、客観的に見て、中国が思い切った譲歩を行ったことは確かだ。妥協とは、双方に満足もあれば、不満もあるということだ。当然両国政府は一部世論の批判を受ける覚悟が必要だった。中国ではネットを中心に激しい政府批判が現れた。日本に譲歩し過ぎと言うのだ。日本でも一部言論は政府批判をしている。主権を曖昧にしたまま、中国に譲歩したと言うのだ。
確かにEEZについては、棚上げのままの妥結であった。中国にすれば、EEZ問題が棚上げなら、たとえ日本の主張する中間線をまたいでの共同開発であっても、なんら問題はないわけだ。中国領土内あるいは領海内での外国との「共同開発」は幾らでも例はある。またすでに中国が開発に着手している「春暁」については、中国の論理では「中国の開発事業に日本が出資」という事になる。少なくとも中国は国内向けにはこのような説明をしている。一方日本の論理では、今回の妥結は「中国が日本の主張するEEZを事実上認めた」という事だろう。また「春暁」についても、日本は「共同開発」であると国内的には説明するだろう。
これでいいのだと思う。ぎりぎりと細部まで詰めたら、問題はいつまでたっても解決しない。まあよく言えば「大人の解決」。双方はそれぞれ都合の良いように理解し、国内に説明するという事だ。そして双方とも実利を得る。
EEZや領有権問題は国の主権と威信にかかわる重大問題であり、見解の相違は100年議論しても埋まることはない。しかしある意味、主権、威信は国の体面・面子の問題だ。今回のようなケースは、豊富なガスなどのエネルギーが海底奥深く眠っているわけである。つまり実益を得ようとするなら、体面・面子はお互い横に置いておく方がよい。さらに、主権が全面に出ると、双方のナショナリズムを刺激し、国民感情が悪化する可能性がある。今回の妥結は、数年前までの「中国の反日、日本の嫌中」現象の再現を避けるために、双方が行った妥協でもある。
今回の東シナ海ガス田問題の妥結から見えてきた事がある。それは、双方が「争えば双方が傷つき、協調すれば双方が利を得る」と強く認識したことだ。エネルギー、レアメタルを含む鉱物資源、食糧など、世界は難問を抱え、日本経済の行く末には赤信号が灯ったと言える。日本経済が生き残るには、中国経済の成長は不可欠な要素である。一方の中国は、成長を維持しながら急成長の歪みを是正するという難題を背負っている。格差の拡大、エネルギー不足と非効率、環境破壊などは差し迫った問題だ。この中で特にエネルギー効率を向上させる問題と、環境破壊に歯止めをかける問題は、是非とも日本の協力が必要だ。一例を挙げれば、一定のGDP創出のために、石油換算で日本が100tのエネルギーを必要とするとすれば、米国は280t、韓国は330t、中国は850tである。エネルギー効率の悪さは、エネルギー浪費とともに環境破壊に通じる。
世界には200以上の国があるが、2国間貿易総額が1000億ドルを超えると、その2カ国は切っても切れない関係になると言われる。日中貿易総額が1000億ドルを超えたのは2002年である。それまで2国間貿易総額が1000億ドルを超えていたペアーは4組しかなかった。日本・米国、米国・カナダ、米国・メキシコ、ドイツ・フランスである。そこに日本・中国が5番目のペアーとして加わった。その後日中貿易は順調に伸び、07年には2366億ドルになった(ジェトロ統計)。今や日本の貿易相手国の1位は中国となり、日中経済の相互依存関係はまさに「相手の存在なしには生きてゆけない」ところまで来ている。
東シナ海のガス田問題が、日中協調という大きな枠組みの障害となることは、お互いどうしても避けたいと思うのは当然なのである。