IMF(国際通貨基金)は10月12日、最新の各国GDP予測を発表したが、前回の予測(7月)より、世界経済はやや悪化するという厳しいものになっている。主な国・地域の成長予測は以下の通り。
国・地 域 2021年成長率 2022年成長率
世界全体 5.9% 4.9%
米 国 6.0% 5.2%
ユーロ圏 5.0% 4.3%
日 本 2.4% 3.2%
中 国 8.0% 5.6%
インド 9.5% 8.5%
ASEAN5※ 2.9% 5.8%
ロシア 4.7% 2.9%
ブラジル 5.2% 1.5%
南 ア 5.0% 2.2%
※インドネシア、フィリピン、ベトナム、マレーシア、タイ
全体として、2021年は新型コロナ蔓延の影響で落ち込んだ過去2年の反動もあり、回復傾向だが、2022年は下降に転じるという予測だ。これは新型コロナ変異株の再度感染増加リスクや、新型コロナと米中経済摩擦によるサプライチェーンの分断、市場の混乱などを予想した結果だ。世界経済の完全回復は、なお道遠しというところか。
中国経済とて世界経済の不透明さの影響から逃れる事は出来ない。更に、中国独自の要因もあり、経済は減速気味である。IMFの予測では、2022年中国の成長率は、米国のレベルまで下がり、ASEAN5、インドより低くなる。2021年、中国の第1四半期(1月-3月)成長率は、新型コロナを抑え込んだことにより、経済は急回復し、成長率は対前年同期比+18.3%となった。第2四半期(4月-6月)は少し落ち着き+7.9%、ところが第3四半期(7月-9月)はかなり低い+4.9%だった。これは世界経済が依然低レベルで推移している影響もあるが、国内要因としては幾つか考えられる。それは①電力不足による鉱工業生産の停滞、②新型コロナ再拡大と「ゼロコロナ対策」で、活動制限の強化による、卸小売り、飲食・宿泊など消費の下振れ、③不動産市場の混乱。政府の不動産投資抑制策による、住宅需要の落ち込み、④米中経済戦争の影響で、半導体不足、⑤固定資産投資の減速、⑥石炭、石油の品不足、高騰、などである。
これらの要因を全て取り上げ論じれば、文字数が膨大になるので、今回はこの中の電力不足とその背景を考えてみる。電力不足の主な原因は石炭不足である。中国は世界有数の産炭国であり、世界1の消費国でもある。今や世界最大の問題は、気候変動と温室効果ガス排出削減問題だと言える。これは石炭の最大消費国としての中国にとっては、大変頭の痛い問題なのだ。原因は中国の1次エネルギー構成の後進性にある。これを理解するために、幾つかの数字を挙げてみる。
表1:2020年主要国の1次エネルギー使用比率(%)
国 別 石 油 天然ガス 石炭 原子力 水力 再生可能
世界全体 31 25 27 4 7 6
中 国 20 8 57 2 8 5
米 国 37 34 11 8 3 7
日 本 38 22 27 2 4 7
イ ン ド 28 7 55 1 5 4
ロ シ ア 23 51 12 7 7 0
(国際石油資本BP社「エネルギー白書2020」)
この表を見てわかる通り、主要エネルギーの中で、温室効果ガス排出が一番多いと言われる石炭の使用量は、中国とインドが特出している。しかし、1次エネルギー構成から見て、この比率を一気に変える事は難しい。また石炭使用量の絶対数は、中国が断然多い。表2は、石炭採掘量と消費量である。消費量から採掘量を差し引いた量が輸入という事になる。
表2,2019年国別石炭採掘量と消費量
国 別 石 炭 採 掘 量 石 炭 消 費 量
中 国 38億8300万㌧ 41億7700万㌧
イ ン ド 6億4800万㌧ 8億8800万㌧
米 国 6億4100万㌧ 5億3400万㌧
インドネシア 6億1600万㌧ 1億3800万㌧
豪 州 5億0400万㌧ 1億0200万㌧
(米国エネルギー情報局)
石炭の使用量は、中国が圧倒的に多い。従って、CO₂の排出量も世界1だ。
表3,CO₂排出量(2018年・100万トン)
1, 中 国 9571
2, 米 国 4921
3, インド 2308
4, ロシア 1587
5, 日 本 1081
(IEA国際エネルギー機関)
このような中で、近年温室効果ガスの削減問題に世界的な関心が高まっていた。当然上記の5大排出国に対する風当たりは厳しくなり、削減対策は待ったなしだ。トランプ時代、米国はCOPからの離脱をしたが、バイデンになり復帰したばかりでなく、COPの主導権を握るべく、積極姿勢を見せている。温室効果ガス最大排出国である中国も、積極的に取り組まざるを得ない状況に追い込まれていた。習近平は、この問題に前向きだった。それは①この問題は、世界共通の問題であり、積極的になる事により国際社会と協調することができる。そうしないと、中国は国際社会の中で孤立する。②激しく対立する米国とは、この問題に関しては「共通の利益」を有する。この問題での協力により、米中の対立状態を緩和することができる。③身を切る努力が必要だが、国内の前近代的な産業構造の部分を、外圧を利用して転換、改造する。
2020年12月、国連の気候変動に関するバーチャル形式の会議で、中国はこの問題に関する幾つかの目標と対策を発表した。それは、GDP当たりの温室効果ガス排出量を、2030年までに2005年比で、65%以上削減する、風力、太陽光などの再生可能エネルギーによる発電能力を、2030年までに1200GW以上確保し、1次エネルギーに占める非化石燃料の比率目標を20-25%に高めるなどである。これらの内容を基礎に、2021年10月、中国は温室効果ガス削減の、2030年までの行動計画を発表した。それは、排出量を2030年までに減少に転じさせる、再生可能エネルギーの大幅増加、産業の効率化の加速度推進などだ。これに先立ち、習近平は今年9月の国連総会一般演説で、石炭火力発電の「新たな輸出停止」を宣言した。中国は近年、対外石炭火力発電の最大投資国になり、特に2015-2017年に、発展途上国への投資、輸出が急増していた。この輸出停止は、中国にとって経済的には大きな痛手だが、国際的な批判をかわし、米国との協調を進めるためには格好な材料でもあった。10月10日、バイデン・習近平電話会談が行われたが、温室効果ガス、気候変動での協力が大きなテーマだった。この問題で、米中とも協力することに前向きである。11月10日、米中両国は共同声明を発表し、「パリ協定に基づいて、世界の平均気温上昇を2度未満、1.5度に抑えるため、両国は協力して取り組む」と表明した。具体的には、CO₂の20倍以上の温室効果があると言われるメタンの排出削減に協力することで一致、近く具体的協議をすることになった。中国の温室効果ガス・気候変動問題の責任者解振華は、「この問題では、協力が唯一の選択肢」と述べている。
習近平は、COP26首脳サミットに書面参加、①多国間コンセンサス順守と多国間主義、②実際行動の重要性と、先進国の発展途上国に対する支援、③エネルギー構造と産業構造の転換、発展と保護の両立、を強調した。なお、習近平は最近よく「人と自然の生命共同体」という言葉を多用している。
温室効果ガス・気候変動という限られた分野ではあるが、最近米中の接近が目立つ。特に中国は非常に積極的で、習近平自らが先頭に立っている感じだ。ある中国の友人の話では、今年の7月1日、中国共産党は建党100周年を迎え、様々な行事が行われた。これ以後、習近平指導部は、「米中関係緩和」に向けて走り出したと言う。トランプの時代、米中2国間で始まった「貿易摩擦」は、「ハイテク摩擦」に発展、「軍事・安全保障」問題にまで拡大した。トランプの時代は、すべて2国間対立だったが、バイデンになって「米国主導の国の集団」による中国封じ込めが図られるようになった。QUAD(米豪日印)やAUKUS(米豪英)などだ。中国にとっては、非常に厳しい状況である。この状況を緩和させる突破口として、この温室化ガス排出の削減は非常に受けられ易いテーマなのである。これまで2050年までに温室効果ガスゼロ宣言をしたのは米国、英国、フランス、イタリア、日本などであり、中国は2060年、インドは2070までにカーボンニュートラル(脱炭素社会)を目指すとしている。ただ発展途上国は、先進国よりハードルが高い。特に中国、インドといった発展途上国で、1次エネルギーの中で石炭の比率が高い国は、そう簡単ではない。先進国の中でも、それぞれの国の状況は異なる。英国が提唱した、2030年までに石炭火力発電を廃止する案は、G7の中でも足並みが揃わなかった。フランス、イタリア、カナダは賛成したが、米国と日本は賛成しなかった。同じく英国が提案した、2040年までに、販売する新車をCO₂を出さない「ゼロエミッション車」にする件についても、米国、日本、ドイツ、中国などは賛成を見送った。中国は「表1」の通り、非化石燃料の消費割合は、2020年の時点で約15%だが、2025年に20%、2030年に25%に高める計画だ。
さて、問題はここからである。中国は国際社会での孤立を恐れ、米国との対立の緩和を図るためにも、かなり無理して、温室効果ガス排出規制の目標と計画を打ち出した。短期的には、ある程度の経済的損失を覚悟の上だったと思われる。すでに今年4月には、習近平は次のように述べている。「今後石炭火力発電を厳しく制限してゆく。2025年までに石炭の消費の伸びを抑え込み、2030年までに徐々に減らしてゆく」。そして政府は省、自治区、直轄市にエネルギー消費量の削減ノルマを課したのである。このノルマについて、8月には上半期の削減実績を各省に通知した。ノルマを達成できなかった地方は、遅れを取り戻すため石炭発電の削減をさらに強化したのである。CO₂排出を抑えるには、石炭の生産と火力発電を抑制するのが手っ取り早いわけだ。多くの炭鉱が閉鎖され、あるいは採掘制限が行われた。一部の火力発電所はストップした。それでなくとも電力の供給は、需要の爆発に追いつかないのに、石炭生産を抑制し、発電所の一部を止めたら、電力供給が危機的状況に陥るのは必然であった。以下は中国の発電比率である。
表4,中国の発電(2018年)
総発電量 71509KWh
うち水力発電 12318KWh
うち火力発電 50963KWh
うち原子力発電 2944KWh
うち風力発電 3660KWh
火力発電は全体の71.3%を占め、このうちの石炭火力は約6割である。中国の電力にとって、石炭がどれだけ重要かが分かる。CO₂排出削減と火力発電、特に石炭火力は矛盾する。一番良いのは、石炭を含む化石燃料による発電から、非化石燃料の、太陽光や風力発電に換えるの事だが、物事はそう簡単ではない。これまでのような高度成長下、中国のエネルギー需要は右肩上がりで増加してきた。成長のスピードが緩くなった今でも、供給は需要に追い付かない。設置が比較的容易で、安定性のある火力に走らざるを得ないのが現状だ。例えば、主要な産炭地である山西省には、11件の大型石炭火力発電所新設の計画がある。米国の調査団によると、2020年1月―6月、中国の地方政府が許可した、石炭火力発電所の新規建設計画が、発電容量ベースで約53ギガワットに上り、これは世界全体の同時期における建設計画の約9割を占める。中国全土で、石炭火力発電所建設計画ラッシュなのだ。ただ、新設の石炭火力発電は、環境基準が厳しくなっているのは事実だ。新設と言っても、多くは効率の悪い旧式の発電所から、環境負荷の低い最新型への置き換えである。全体として、CO₂排出量は下がってゆくだろうと多くの専門家はみている。それには大きな努力が必要なのである。習近平の提示した目標を達成できなければ、地方政府のトップは、厳しく責任を追及されるのは必至だ。それに中国のメンツは潰れ、世界の非難を浴びる。だから具体的に取り組む地方政府は必死なのである。その必死さが過剰反応を引き起こし、今回の電力不足をもたらした大きな原因だ。
今年9月末、北京と上海で、主に昼間の時間帯だが、一時計画停電が実施された。最も深刻な状態になったのは東北3省で、瀋陽では一時交通信号が止まり、渋滞が起きたという。また吉林では、電力不足から一時水道の供給が乱れたと聞いた。また電力不足は外資系工場にも及び、少なからぬ工場が操短や一時操業停止を余儀なくされた。江蘇省では、米国アップル社やテスラ社に部品を納入している台湾系工場が一時操業停止に追い込まれた。その他、半導体の原料であるリン酸(黄リンから抽出)生産も打撃を受けた。リン酸の生産量は、中国が世界の7割を占める。中国が最大の生産国である尿素の生産も大きな影響を受けた。これはディーゼル車排ガス抑制に不可欠である。10月から中国政府は尿素の輸出制限に踏み切った。この輸出制限により、全面的に中国に頼っていた韓国はパニック状態となった。
このように、中国の温室効果排出ガス・気候変動政策は、中国内外で大きな波紋を呼び、生産だけでなく民生にも大きな影響を与えた。さすがに中国政府も事態を重く見て、電力不足の緩和に向けて、石炭生産の抑制政策を転換し、増産に舵を切った。山西省、内モンゴル、陝西省などの産炭地は、石炭増産に向けて、閉鎖していた炭鉱を再開させている。江蘇省、浙江省、広東省など、沿海部の、工場が集積している省は、産炭地と契約を結び、安定供給を図ろうとしている。
経済成長と環境保護を両立させるのは至難だ。特に中国のような巨大な発展途上国は、常に理想と現実の乖離が起きる。しかし、これを乗り越えないと真の「責任ある大国」にはなれない。 (2021年11月24日)(止)