中国レポート No.104 2024年9月

気候変動は世界的規模で起きている。ヨーロッパの豪雨・洪水はオーストリア、ルーマニア、ポーランド、チェコの幾つもの町と村を破壊した。アルプスの麓の村では真夏が一転して真冬になり、8月としては観測史上初という大雪が村を覆った。アジアでは9月初め、スーパー台風「ヤギ」が中国南方、ベトナム、タイを襲った。中国では海南省が壊滅的打撃を受けた。次に襲われたのは上海だった。スーパー台風「ベビンカ」の襲来で、上海は都市機能の一部が破壊された。異常な暑さで海面温度が上昇し、スーパー台風が次から次と発生する。激烈な気候変動は世界を、地球を破壊する。

北京の人たちは台風がどんなものであるか、ほとんど知らないし、これまであまり関心もなかった。ところが今回ばかりは違う。今はネットの時代だ。災害の様子がリアルタイムで発信される。強風で木々がなぎ倒され、家の屋根がはがれ飛び、車がまるでマッチ箱のように吹き飛ばされる映像を見て、多くの北京人はショックを受けた。毎年中国各地で豪雨による洪水が起きるが、今年は特に多い。また一時話題になったのは、「赤い河」である。最近浙江省温州市の市内を流れる河川が突然真紅に染まった。原因不明で、魚が浮いたわけではないので、汚染ではないという。また河南省洛陽の河でも同じような現象が起き、一夜にして河が真っ赤に変わり、翌日には元に戻ったと言う。「怪奇現象」として話題になったが、何事にも原因はあるわけで、調査の結果、洛陽の河の場合は、染め物工場が赤い染料を不法投棄した事が分かった。温州市の河の場合は、現在調査中だという。

「怪奇現象」は、蓋を開けてみれば「怪奇」でも何でもないが、このような話が口コミで伝わると、尾ひれがついて大袈裟になる。7月に杭州蕭山国際空港で、9月に天津空港で起きた「UFO」騒ぎも、瞬く間に全国に広がった。同空港上空に複数の「未確認飛行物体」が現れ、空港は安全のため一部の航空機離着陸を中止した。「北京・上海“UFO”合同調査チーム」が編成され、調査に当たった。結局杭州の場合は同地の「法制晩報」が「調査の結果、異星人の関与の証拠はなく、“UFO”の写真は降下中の航空機だった」と報じ、この騒動は収まった。天津の場合は、政府が「ドローンだった」と発表した。これらの事から、ある人は天変地異が起きて、地球は滅ぶと言い、ある人は「ヨハネの黙示録」に「赤い河」が出てくると、まるで「終末論」のような事を言っている。

人々の心に多くの心配事があり、不安が募っていると、さまざまな憶測やデマが増幅されて乱れ飛ぶ。思い出すのは「ゼロコロナ」の時期だ。あの頃は危機感、閉塞感で、人々は精神的に参っていて、さまざまなデマが飛び交い、多くの「都市伝説」が生まれた。あの頃のような心理状態とは異なるが、今中国の多くの人は一種の閉塞感に苛まれている。それは主に経済であり、将来への不安だ。中国社会には幾つもの大きな問題が覆いかぶさっている。不動産不況、地方政府の膨大な債務、高い失業率、内需の低迷、資金の海外流出、欧米の対中国経済封鎖、そして構造的な問題としては少子高齢化がある。これらがギリギリと中国社会を締め付けている。政府は、経済の不振は治安の不安定化へ繋がりかねないので緊張感を高めている。治安悪化を阻止するため、政府は管理を強化し、監視を強める。その管理強化が庶民のストレスとなり、不満が募る。悪循環である。中央政府と共産党中央所在の北京は表面上平穏だが、人々の心理状態はやはり穏やかではない。

中国経済は目下非常に厳しい状況にある事は事実だが、中国経済はそんなにヤワではない。二枚腰、三枚腰の力を持っている。先ず現在の状況を見てみよう。

2024年第1四半期(1-3月)のGDP成長率は対前年比+5.3%、第2四半期(4-6月)は同+4.7%だった。1-6月の上半期は同+5.0%で、3月の全人代で決めた今年の成長目標「+5.0%前後」を何とかクリアした。まだ第3四半期(7-9月)の数字は出ていないが、通年で5.0%を達成するかどうかは微妙である。

今年上半期(1-6月)の具体的数字を見てみよう:社会消費品小売総額は対前年同期比+3.7%、商品小売額同+3.2%、飲食業収入同+7.9%、ネット小売額同+9.8%。固定資産投資同+3.9%、この内インフラ投資同+5.4%、製造業投資同+9.5%、民間投資同+0.1%、外資系企業の投資同-15.8%。工業生産増加額(付加価値ベース)同+6.0%、この内主な製品別では、3Dプリンター同+51.6%、集積回路同+28.9%、工業用ロボット同+9.6%、スマートフォン同+11.8%、太陽電池同+17.8%、自動車同+5.7%、内新エネ車(NEV)同+34.3%。

対外貿易は前年に比べ、多くの専門家の予想を覆し大きく伸びた。2023年の貿易は、対前年比で輸出が7年ぶり、輸入が3年ぶりに減少した。これは国内の不動産不況、内需の低迷、米中対立、欧州景気の落ち込みなどが原因だ。2024年上半期の輸出入総額は対前年同期比+6.1%、上半期として過去最高を記録した。この内輸出は同+6.9%、輸入は同+5.2%だった。ハイテク産業の急成長が貿易急復活をけん引した。特に健闘したのは民営企業である。民営企業の輸出入総額は同+11.2%で、全貿易総額に占める割合が55.0%となった。なお、中国の貿易相手国・地域としてASEANが引き続き1位で、貿易総額の同15.9%を占めた。中国貿易の輸出先は、長い間EUと米国が1位、2位を占めてきたが、ここ数年輸出構造が変わりつつある。

一方、不動産市場は依然好転の兆しが見えない。不動産開発投資は同-10.1%、新規着工面積同-23.7%、新築不動産販売面積同-19.0%、不動産販売金額同-25.0%と軒並み大幅のマイナスである。

中国人の多くは現実主義者である。自分の生活と直結しないところで起きた問題にはあまり関心を持たない。管理が厳しくなり、精神的に窮屈になっても、給料が上がり、少しずつでも生活が向上していれば、少々の事はガマンする。ところが直接自分の生活に関わってくるとシビアに反応する。このことは世代によっても違う。建国から改革開放までの「貧しい中国」を体験している世代は、ガマンする事に慣れている。ところが「80後」と言われる1980年代以降に生まれた世代(特に都市住民)は、「豊かな中国」しか知らず、一人っ子として甘やかされて育った。欲しいものは父母や祖父母が何でも買ってくれた。この世代は「ガマン」がどんなものであるかも知らない。改革開放の45年間を振り返ると、初期から中期にかけては経済の高度成長で、人々の生活は年々改善された。一方で先端科学・技術は、先進国に比べ「20年くらいの差がある」と言われた。先端科学・技術でどれほど遅れていようが、庶民にとってはあまり関係がない。現実の生活が良くなれば何の不満もないわけだ。ところが現在逆の現象が起きている。先端科学・技術分野で中国は先進国を猛追、多くの分野で先進国に追いつき、追い越すようになった。一方、庶民の生活に直結する経済は、以前に比べ悪化し、生活を脅かし、将来への不安が増している。多くの若者は、頑張って大学は出たけれど良い就職先はない。甘やかされて育った若者たちが、いきなり厳しい現実の中に放り出されると上手く対応する事ができない。親のスネを齧るか、宅配員などのアルバイトで毎日を凌ぐかが現実だ。ストレスは溜まりに溜まっている。

豪のシンクタンクである「戦略政策研究所」(ASPI)は去る8月、先端技術研究64部門(AI、量子、衛星測位、レーダー、ドローンなど)の各国競争力ランキングを発表したが、64部門中57部門で中国が1位だった。因みに米国は2003年―2007年の5年間、64部門のうち60部門でトップを占めた。その後中国が猛追した結果、最近の2019年―2023年で、米国の首位は7部門のみとなった。ハイテクには民用と軍用の区別がない。ハイテクの発展は民用の高度産業の発展を促進するが、軍事面での発展強化も促す。音速の5倍以上で飛行する「極超音速ミサイル」関連の高度な論文で、中国は全体の73%を占め、米国の13%、英国の3%を圧倒する。米国の焦りが増し、それが「中国経済封鎖」強化を招く。

中国の経済を見る時、好調期であろうと低調期であろうと、多角的、多重的に見ないと実態はつかめない。いま中国経済は低調期にあるが、日本の一部で盛んに言われているような中国経済「崩壊論」はないだろう。不動産市場が最悪な状態にあるのは事実であり、株価は低迷、賃金の伸びの鈍化から現在と将来への不安が募り、人々は節約志向になり、内需の回復を阻んでいる。買い物は高級品志向から日用必需品志向に変わっている。

しかし全ての経済分野で落ち込んでいるわけではない。ハイテク分野は急成長している。世界的に陰りが見えてきたとは言え、EVでは世界のトップを走っている。例えばEVバッテリーマーケットの世界シェアを見ると(SNEリサーチ・2024年8月現在)、中国の寧徳時代新能源科技(CATL)が36.9%、比亜迪(BYD)15.9%、この2社で世界シェアの50%超を占めている。因みに韓国LGは14.2%、パナソニックは7.1%である。リチウムイオン電池だけを見ると、CATL30.0%、LG21.5%、SAMSUNG13.2%、TDK12.1%、BYD11.6%、パナソニック9.6%となっている。また中国は半導体などの製造に不可欠なレアアースの多くを有しているのも強みである。

中国は盛んに「質の高い生産力」を強調しているが、これは決して内容のない「空言葉」ではない。前述の最先端テクノロジーにおける中国の急成長、優位性は、今後製造業に生かされ、中国経済の新しい成長モデルを形成する可能性がある。米国に衝撃を与えた「中国製造2025」※は着々と成果を挙げているのだ。ただこれは「可能性」に過ぎない。中国の最先端テクノロジーにおける「優位性」は、まだ論文や理論のレベルのものであり、これを現実に産業化させ、質の高い生産力を産み出すには時間がかかるだろう。つまり中国経済は目下現実的な困難と将来に向けての可能性という2つの要素の狭間で動いているのである。このような状況下、学者の間では中国経済の評価において、当然2つの異なった意見が現れる。楽観論と悲観論である。ある意味、両方ともに理があると思う。当面の現実だけを見れば、「悲観論」になるだろうし、将来への希望的要素だけをみれば「楽観論」が生まれる。私の、中国の友人の中には多くの学者、研究者がいるが、中国経済の評価について微妙に見方が異なっている。学者のA氏は政府系のシンクタンクの研究員だが、どちらかと言えば「悲観論者」である。A氏は中国のハイテク分野での急成長は「大いなる可能性」を持っていると認めながらも、①この「可能性」を現実のものにするためには3,4年、あるいはもっと時間がかかる。直近の1,2年で中国経済を回復の軌道に乗せなければ、「可能性は可能性のまま」で終わってしまう。②急成長するハイテク科学技術が利権化し、新たな腐敗が生まれれば、ハイテクの正常な発展はなく、庶民はハイテク発展の恩恵に浴すことは出来ない。③米欧日など先進国は、総力を挙げて中国のハイテク潰しにかかるだろうが、中国がこれに耐える事が出来るであろうか。また大学で教鞭をとるB氏は、現在の経済は厳しいと認めながらも、どちらかと言えば「楽観論者」である。B氏の意見は、①先端技術の産業化は、市場経済下ではそれほど難しくないし、それほど時間はかからない。産業化が3,4年もかかったら、科学技術が日進月歩する今日では、その科学技術はもう古くなっている。②国内、国外との激しい競争は、新産業を育成する。科学技術の発展は、外圧では止める事が出来ない。③中国のような共産党絶対指導体制は、いったん決めれば実行は速いし、新技術が民営企業のものであっても、政府のさまざまな支援が受けられる。それには「民営企業擁護」政策が条件だ。

結局、今の最大の問題は落ち込んだ経済をどう立て直し、復活の軌道に乗せるかである。そのカギはやはり不動産市場にある。不動産関連は中国のGDPの約3割を占める。今年3月の国務院会議でも「不動産産業はチェーンが長く、波及範囲が広く、人民大衆の切実な利益に関わり、経済と社会発展の大局に関わる重要事である」と強調された。政府も対策を講じていないわけではない。例えば「保交楼」と言われる、分譲住宅物件の引き渡し保障。中国の場合は往々にして、分譲住宅建設の発表時から販売が開始される。人々は銀行から融資を受け、ローンを組むが、もしデベロッパーが倒産すれば、住宅は手に入らないし、ローンは残るという悲惨な状況が生まれる。不動産不況の中、実際に住宅が手に入る保証もないのに、誰が買うかという問題が起き、分譲住宅は当然売れなくなる。政府が、分譲住宅は必ず購入者の手に入るという保証をすれば、誰でも安心して買えるというわけだ。では全てを政府が保証するのか、あるいは政府がデベロッパーに指導するだけなのか、明確ではない。政府が保証しても、デベロッパーが倒産した場合、購入者はやはり住宅が手に入らないし、政府が大きな負債を背負い込むことになる。政府は不動産市場の活性化のために、住宅ローンの引き下げを決めた。購入者にとっては良い事だが、デベロッパーが倒産すれば、やはり分譲住宅は手に入らず、ローンだけが残る。そのローンは少しばかり金利が安くなっただけだ。地方によっては、「住宅購入制限」の撤廃に踏み切ったところもある。不動産市場が過熱していた時期、富裕層や金余り企業は高級マンションを買いあさり、転売して利益を上げた。マンションは投機の対象となり、実際に住みたい人の手に入らないくらい暴騰した。そこで政府は不動産投機を防ぐため、さまざまな規制を設けた。例えば2件目以降の購入物件にはローンの金利を高くした。中国には「上に政策あれば、下に対策あり」という言葉がある。富裕層は物件購入者の名義を変えれば良いわけで、子供や妻の名義にし、中には愛人の名義にして複数の物件を手に入れ、「不動産転がし」で不当な利益を得る者が続出した。そのような規制を撤廃したのである。しかし、富裕層でも「購入しても物件が手に入らない」というリスクは避けなければならず、不動産投資には手を出さなくなった。不動産という「甘い投資先」を失った富裕層は、仕方なく金を買い、金が暴騰すると国債に殺到している。今のところ不動産市場に対する政府の対策はあまり効力を発揮していない。

改革開放の中で、中国経済の成長をけん引したのは、積極的な固定資産投資、輸出、外資導入だった。この内外資は非常にシビアに反応する。経済が悪くなると、進出している外資は縮小、撤退を考え、経済は良くなると増強、参入が多くなる。これは自然な事だ。日本のメディアを見ると、中国経済の悪化で、「日本企業撤退」という記事が目立つ。確かに知名度の高い企業、例えば日鉄、日産自、三菱自、ホンダ、三越伊勢丹などが縮小、撤退すると、その衝撃は大きく、大半の日本企業は中国から撤退するような誤解を生む。しかしこれは事実ではない。縮小、撤退を考えている企業は少なからずあるが、新規参入する企業もある。帝国データバンクの数字を見ると、コロナが厳しかった2022年末の、中国に進出している日本企業の数は12,706社だった。2024年6月末時点では同13,034社である。減少ではなく微増している。この間撤退が1,243社、新規参入が1,571社であった。メディア報道は、日本企業は中国から「総撤退」という印象を与えているが、実際はそうではない。むしろ「ピンチはチャンス」と考えている企業も多いのである。

今の中国経済は、1990年代の日本のバブル崩壊時に似ている。日本のバブル崩壊の要因は主に3つだと言われる。米国の圧力(日米経済摩擦)、日銀の金融政策の失敗、金融国際化の波だ。中国は、不動産市場の落ち込みに加え、現在大きな問題になっているのは、経済を根底から支えている金融の危機である。すでに地方では中小の銀行が破綻している。これまで何があってもびくともしなかった大手銀行が、不動産不況の影響で利益率が落ち込むと同時に不良債権が増加し、経営が苦しくなっている。もし大手銀行が倒産すれば、経済は大混乱に陥るだろう。日本ではバブル崩壊で、銀行の倒産連鎖が起き、政府は公的資金投入で、銀行の再編を促した。その結果4大メガバンク(金融庁は4大メガバンク、日銀と全国銀行協会は5大メガバンクと規定している)中心の金融システムが生まれ、日本経済は破綻を免れた。恐らく中国政府はあらゆる方策を講じ大手銀行の破綻を阻止するだろう。しかし倒産阻止だけでは問題は解決しない。新たな金融システムを構築できるかが問題なのだ。中国政府はどのような金融政策を出すのか、注目すべきである。

※2015年、中国が発表した次世代情報技術、新エネ車など10の重点分野と23の品目で、製造業の高度化、ハイテク化を目指し、建国100周年の2049年までに世界の「製造業強国」のトップに立つという長期産業戦略。これが米国の警戒と反発を生み、米国の対中国戦略が「関与」から「封じ込め」に転換するきっかけとなった。(止)

西園寺一晃 2024年9月23日