2025年の幕が開いた。東京も北京も天気に恵まれ、穏やかな幕開けだった。しかし、天候とは裏腹に、世界は波乱含みの年になりそうだ。波乱が起きるとしたら、震源地の1つは米国だろう。トランプ体制の再登場が震源地となる。中国、インドなど新興のグローバルサウスは、これまでのG7を中心とした世界秩序の変更を目指していると言われるが、トランプの米国は別の意味でこれまでの秩序の変更を目指している。それは相対的に弱体化しつつある米国をかつてのような強い米国にし、米国が再び「世界の警察官」として君臨する事だ。その為にトランプはかなり強引な政策と対策を打ち出すだろう。世界のサプライチェーン、分業体制はさらに破壊され、米国内の分断も一段と深まるだろう。
さて中国だが、特に政界と経済界の人は緊張の眼差しでトランプ再登場を見ている。トランプは中国に対し何をやって来るのか、輸入関税60%は本当なのか、半導体禁輸政策はさらに強化されるのかなどだ。そして習近平指導部の最大の警戒は、トランプの台湾政策である。米国の対台湾武器売却がさらにエスカレートし、台湾を半ば「国家」として扱うような行動に出れば、習近平指導部は黙視するわけにはゆかないだろう。それは「戦争」の危険が増すことを意味する。多くの中国人の本音は「戦争だけは絶対嫌だ」だが、米国が台湾を「国家扱い」すれば別だ。
当面中国最大の問題は依然として経済である。経済状況が正常で、人々の生活が安定していれば、多くの人は少々の不満をガマンする。しかし、経済が不調で、人々の生活が脅かされれば、多くの不満は一気に噴出する。特に若年労働者(16歳―24歳)の失業率が高すぎるのが危険だ。2024年各月の若年労働者の失業率は15%前後で推移した。直近では2024年11月が16.1%、12月が15.7%だった。この層は「改革開放」時代に生まれ、高度成長を満喫した世代だ。失業とか不況がどんなものか、経験したことがない。この層の不満が爆発すれば、1989年の「天安門事件」の悪夢が蘇りかねない。
2024年の中国は多くの困難に見舞われた。「ゼロコロナ政策」の後遺症、不動産バブルの崩壊、地方政府の膨大な債務、米国の対中国集中攻撃、これらは中国経済と対外関係に大きな困難をもたらした。デフレ懸念を払拭し、反転攻勢に転じるにはまだ時間がかかる。対米関係、対EU関係、対日関係の悪化は、中国の外交の幅を狭めた。つまり中国は経済、外交両面の立て直しを行う必要がある。そうしなければ現在の困難な状況から脱却することが出来ない。その対外関係の立て直しの一環として、中国は対日関係の改善に努力し始めた。
2024年は経済運営に関する重要会議が多く開催された。全国人民代表大会(全人代・3月5日―11日)、中国共産党第20期大会第3回中央委員全体会議(3中全会・7月15日―18日)、北戴河会議(非公式・8月初旬)、中央経済工作会議(12月11日―12日)などだ。党と政府は必死に経済の立て直しに取り組んだ。これらの会議で強調されたのは、中国経済が困難を克服し「回復・上向き」になっているという事だ。習近平指導部はメディアに対して、中国経済を報じる場合「回復・上向きを基調に報道する」事を要求している。その一方で、多くの問題や困難が存在する事を認めている。中央経済工作会議では、次のように指摘している。「経済の回復・上向きを一段とあと押しするには幾つかの困難と挑戦(試練と課題)を克服する必要がある。主なものは有効需要の不足、一部業種の生産力過剰、社会に存在する予想の弱気、リスク・隠れた危険、国内大循環における目詰まり、外部環境の複雑さと厳しさ、不確実性の増大などだ」。
では2024年の実際の経済はどうだったのか。先般GDP成長率が公表された。3月の全人代で提起された通年の目標は「+5.0%前後」というものだったが、結果はちょうど+5.0%だった。この数字をどう見るかだが、国内外の経済専門家の予想より若干高かった。ともかくかろうじて目標はクリアできた。第1四半期は+5.3%、第2四半期は+4.7%、第3四半期は+4.6%、第4四半期は+5.4%だった。政府は内需の掘り起こしのため、7月には「大規模設備更新と消費財買い替えの支援強化に関する若干の措置」を決め、企業の設備更新、個人の自動車や家電の買い替えに補助金を支給した。因みに家電の買い換えの場合の補助金は、中央政府が90%を負担し、地方政府が10%を負担するというものだった。また9月以降は、さらに経済政策を強化し、金融緩和、住宅市場に対するテコ入れ、株価対策、国債増発などのさまざまな措置を採った。この9月以降の対策が機能し、第4四半期の成長率を押し上げた。その結果目標の+5.0%の成長率を達成できたわけだ。
2024年の主な経済指標を挙げてみると:
社会消費品小売総額(消費)は対前年比+3.5%だった。2023年が同+7.2%だったから、決して良い数字ではない。内容は商品小売額同+3.2%、飲食業収入同+5.3%。商品小売額では通信機器同+9.9%、家電・音響機材同+12.3%だった。
新車販売については同+4.5%の3143万6000台だった。因みに2023年の新車販売は3009万4000台で、同+12.0%だった。中国では新車販売は消費のバロメーターと言われるので、まだ景気回復が軌道に乗ったとは言えない。ただNEV(中国の新エネルギー車)販売と自動車輸出は好調であった。NEV販売台数は初めて1000万台を突破、販売台数は対前年比+38.7%と大きく伸びた。この内BEV(バッテリ式電気自動車)は同+15.5%、PHEV(プラグインハイブリッド車)は同+83.3%だった。自動車輸出も585万9000台で同+19.3%だった。中国車は特に東南アジアで販売を大きく伸ばし、余勢を駆ってEV大手のBYDは2025年末にPHVを日本で販売する事を決定した。攻める中国と守る日本、この結果は世界が注目する。なお中国ではPHEV、BEVとFCV(燃料電池車)を含めてNEVと呼んでいる。2024年の中国国内における中国ブランド車のシェアは65.2%となり、シェアは対前年比+9.2%となった。因みにドイツ系車は14.6%、日系車は11.2%、米国系車は6.4%、韓国系車は1.6%だった。
固定資産投資は同+3.2%(2023年は同+3.0%)だった。この内インフラ投資が同+4.4%、製造業投資同+9.2%、不動産開発投資同-10.6%だった。
工業生産増加額(付加価値ベース)は同+5.8%(2023年は同+4.6%)だったが、特にハイテク分野は好調をキープした。例えば集積回路同+22.2%、太陽電池同+15.7%、工業用ロボット同+14.2%、スマホ同+8.2%などだ。
多くの人は疑問を持つだろう。スマホ、EV車を含めたハイテク製品には半導体が欠かせない。その半導体は米国が「同志国」に呼びかけて対中国禁輸を行ってきたのである。中国は米国から圧力をかけられ、自国のハイテク生産のアキレス腱が半導体であると思い知らされた。その半導体は、米中経済戦争が起こる以前、中国の自給率は10%程度だった。ただ必要な量は米国、日本、韓国、台湾などからいくらでも買えたのである。ところが米国が日韓台などに呼びかけ、半導体の対中禁輸に踏み切った。当初米国から大量の半導体を輸入していたスマホ大手のファーウエイなどは、主力製品のスマホが生産できなくなった。当然中国は輸入先の分散を目指し、同時に自給率を高める努力を始めた。もちろん半導体自給率向上は短期間で出来るはずがない。それなのにどうして中国のハイテク製造業は好調なのだろうか。理由は3つである。①中国は半導体の世界最大のマーケットである事だ。米国を含め、主要生産国・地域である韓国、台湾、日本、欧州の一部の国は、対中国の輸出を止めるわけにはいかない。韓台日とも半導体・半導体製造装置の最大の輸出先は中国だ。この輸出を止めれば、これらの国・地域の半導体産業は壊滅的な打撃を受ける。例えば日本の半導体製造装置の輸出先とシェアを見ると(2023年)、中国48.5%、韓国16.3%、台湾15.2%、米国12.0%、シンガポール1.9%。韓国のメモリ半導体の輸出に占める中国の割合は約40%、台湾のIC輸出のうち対中国(含香港)は53.9%である。これでは中国に輸出するなと言っても無理な話である。②半導体製造国は中国から多くの半導体製造原料であるレアアースを輸入し、半導体を製造している。生産した半導体を中国に輸出し、中国は輸入した半導体でスマホなどを製造し、それを輸出している。これが分業のサイクルである。例えば半導体製造に不可欠のガリウムは、世界生産量のうち中国が約83%を占める。半導体製造国は、中国からガリウムを輸入できなくなれば、半導体は製造できなくなる。③中国はあらゆる方策、例えば「国家集積回路産業投資基金」などを立ちあげるなどの対策を採って自給率の向上に努めてきたが、少しずつ効果が出始めた。2022年の段階で、集積回路自給率は16.7%、製造装置自給率は35.0%まで上がった。現在スマホ大手のファーウエイは輸入に頼らず、ほぼ100%自国産の半導体を使っている。なお国・地域別生産プロセス別シェアは(2022年)、10nm以下が台湾(60%)、韓国(24%)、米国(16%)、10-32nmが台湾(31%)、米国(25%)、中国(19%)、欧州(13%)、韓国(6%)、40-90nmが台湾(28%)、中国(27%)、韓国(24%)、日本(18%)、東南アジア(10%)となっている。この数字は2022年のものなので、現在中国の数字はもう少し上がっているだろう。つまり半導体の世界最大のマーケットである中国に対し、全面的に禁輸するなど出来ないし、時間をかければ中国の自給率は確実に上がる。米国の対中国半導体禁輸は、短期的には中国に大きな困難をもたらすだろうが、中長期的に見れば、主要な半導体生産国・地域は、巨大なマーケットを狭め、失う事になりかねないのだ。この経過は中国のスマホ大手ファーウエイの経てきた道を見ればわかる。ファーウエイのスマホは2020年まで国内のシェアは首位だったが、半導体禁輸では米国から集中攻撃を受けた。米国はファーウエイの孟晩舟副会長を「詐欺」容疑で逮捕(カナダで逮捕後、米国に引き渡された)した。ファーウエイは米国の禁輸で、高速通信規格「5G」用の半導体が調達不能になり、同時に米グーグルのOS「アンドロイド」関連サービスも使えなくなり、スマホの生産が大きく落ち込んだ。国内シェアは5位以下にまで低下した。しかしその後ファーウエイは5G対応の半導体を独自で開発し、OSも「アンドロイド」を使用しない独自のものを作り上げた。その結果国内シェアは急回復し、2024年の出荷台数は対前年比+50.1%で、アップルを抜いて第2位にまで這い上がった。2024年の1位は中国の「VIVO」(ビボ)である。因みに2024年の中国のスマホ出荷台数は対前年比+5.6%の2億8600万台。
不動産市場は依然として悪い。当然不動産関連の分野も上昇出来ない。2024年の新築住宅販売面積は対前年比-14.0%、販売金額は同-17.1%だった。住宅の在庫は同+16.0%と増えた。2021年の時点で販売売上が1位と2位だった不動産開発会社「碧桂園」と「恒大」は経営が破綻し、法的整理が行われている。生き残ったのは「中国海外発展」、「保利発展控股集団」、「華潤置地」など国有企業ばかりだ。銀行は国有の不動産開発会社には融資をするが、民営には渋る。このままだと民営の不動産開発会社は全滅するかもしれない。生き残った国有の「万科」も2021年の売り上4032億元から2024年は1590億元と激減した。
中国経済を巡っては国際的にさまざまな予測がある。中国国内にも大きく分けると2つの見方がある。楽観論(光明論)と悲観論(長期低迷論)だ。ただ中国経済は「良い」、「悪い」に分けることが出来るような単純なものではない。敢えて言うなら、全体としては決して良いとは言えないが、その中でも良い分野もあり、悪い分野もある、つまりバラツキが目立ち、全体のバランスが崩れているのが最大の問題と言える。非常に悪い不動産及び関連分野がある一方で、製造業のハイテク分野は非常に好調だ。消費のバロメーターと言われる自動車は全体としてまだ物足りないが、新エネ車は絶好調である。全体の消費は低迷しているが、飲食業は好調だ。では政府はどう見ているかと言うと、国家統計局の2025年の中国経済に対する見通しは以下の通りだ。①外部環境の悪化、国内の需要不足、一部企業の経営不振など、多くの課題がある。②一方でデジタルエコノミーなど新たな分野の成長の可能性、政府の消費刺激策、改革開放の更なる推進などで、経済は上向く可能性がある。③以上の事から、困難は多いが2025年は着実に成長すると思われる。悲観論者に言わせると、2024年7月以降に実行された様々な刺激策が功を奏し、第4四半期の成長は高い成長となった。その結果5.0%成長が達成された。しかしその刺激策が終わった時、マイナスのツケが回って来る、2025年は思い切った対策を打ち出さないと厳しいと言うものだ。この点に関しては、「2つの前倒し」が話題になっている。①トランプの高関税実施以前の、中国からの対米輸出の前倒し。②家電、自動車などの「買い換え」補助金を利用した前倒し購入。今年は新たな、強力な対策を出さないと、これら「前倒し」の反動が2025年に現れる。目下経済専門家の関心は、2025年の財政出動はどのような規模になるのかである。2024年12月の中央経済工作会議では次のような数字が提起された。赤字目標―対GDP比4.0%(2023年は同3.0%)、特別国債発行―2兆元以上(同1兆元)、地方特別債発行枠―4.7兆元(同3.9兆元)、支出拡大対GDP比2.8%。やはり2025年のカギは第1に不動産市場であろう。特に巨大に膨らんだ住宅の在庫処理が順調に行われるのか。第2に地方政府の膨大な債務処理が進むのか。第3に国営企業と民営企業の関係を、政策的にどうするのか。鄧小平の「改革開放」では民営企業を重要視し、国営企業の抜本的改革を提起した。いわば「民進国退」(民営企業躍進、国営企業衰退)に踏み切った。ところが習近平体制はこれまで「社会主義であるからには国営企業中心が当然である」と、「国進民退」政策を採った。現在の不況下で大健闘しているハイテク産業は、全て民営企業である。これら民営企業にどれだけの自由裁量権を与えるのかが問題だ。
習近平は2020年の第19回党大会第5回中央委員全体会議(19期5中全会)で、「2035年までに実質GDPと国民1人当たりの収入を2020年の2倍にする」と宣言した。これを中国人は誰も忘れていない。あと10年あるので、今の時点で可能かどうかの議論は無意味だが、今の状況と今後の予測を考えるとそう簡単ではない。今後年平均4.7%以上の成長が無ければこの目標は達成できない。
では2025年の中国を含む世界経済について、国際組織はどう見ているのか。2025年1月に発表された国際通貨基金(IMF)の成長見通しは次の通りである。世界全体対前年比+3.3%、米国同+2.7%、ユーロ圏同+1.0%(ドイツ同+0.3%、フランス同+0.8%、イタリア同+0.7%)、英国同+1.6%、日本同+1.1%、中国同+4.6%、インド同+6.5%、ブラジル同+2.5%、ロシア同+1.4%などである。
2025年の中国経済が見えてくるのは3月に開催予定の全国人民代表大会(全人代)だろう。そこで2025年の具体的経済政策が決まる。どのような景気対策が出るのか興味深い。もう1つは米国トランプ政権の対中国政策がどうなるかだ。2025年中にトランプ米大統領の北京訪問が予定されている。米中首脳会談の結果次第では、世界情勢は政治、経済、軍事を含め大きく変わる可能性がある。(止)
西園寺一晃 2025年1月28日