中国レポート  No.94 2023年1月

北京の2023年はコロナ感染大爆発で明けた。ピークは昨年12月半ばから本年
1月初めにかけての約半月。皮肉なことに、約3年間続けてきた「ゼロコロナ」政策
を転換し、2022年12月からほぼ全ての規制を解除した途端の感染大爆発である。
北京では人口2200万のうち9割が感染したと言われる。そのうちの大半はこの時
期だ。ただ不思議な事に、街にあまり緊張感は無い。むしろ極端な「ゼロコロナ」か
ら解放された「喜び」さえ感じられる。特に多くの若者は、街に繰り出し自由を満喫
している。一時は街から車が消え、人が消えるという異常な状況だった。今は、道路
は渋滞、レストランは満員だ。春節の時期でもあり、うきうき感がある。それもその
はず、これまでの3年間は「ゼロコロナ」による厳しい管理体制が敷かれ、行動の自
由は奪われていた。そのストレスが最高潮に達していたのだ。

普通の日常が戻りつつある。ほぼすべての規制が解かれ、人々は自由に行動できる
ようになった。一時は薬局から、風邪薬や熱さまし、頭痛薬などが全て消えたが、1
月10日くらいから徐々に入荷するようになった。バス、地下鉄、タクシーなどは通
常に運行され、何ら制限はない。トイレットペーパー、ティッシュ、おむつや台所用
品などの日用品は全て揃っている。野菜や肉などの食料品もやや値上がり気味だが品
不足の現象はない。水やお茶、飲料なども問題ない。

ただ正常化していないところがある。それは病院と火葬場だ。北京の街には多くの
大病院があるが、日本のようなクリニックは少ない。人々は体調が悪くなると大病院
に行く。コロナ禍で人々は病院に殺到した。病院では多くの医師と看護師などの医療
関係者がコロナに感染し、「病人は激増、医療関係者は激減」という現象が起き、医
療崩壊となった。今は医療関係者が続々と復帰しているが、まだ正常化には程遠い。
火葬場は依然パニック状態である。コロナによる高齢者と、糖尿病など重い基礎疾患
のある人の死亡が激増、火葬場への申し込みが殺到した。特に老人ホームなどではク
ラスターが起き、「大量感染、大量死亡」が伝えられた。火葬場は対応しきれず、「ト
コロテン式」に火葬を実施、家族の立ち合いも、セレモニーもできなくなり、遺体を
火葬場に運び、数日後に骨灰を受け取るだけだ。北京の最大の火葬場である「八宝山
火葬場」では、火葬を申し込み、実施されるまで10日―15日待ち(1月10日現
在)という。骨灰を受け取るのに5時間並ぶケースもある。寝袋持参で、前の晩から
骨灰受け取りのため並ぶ人もいるという。中国の習慣で、骨灰は必ず朝、あるいは午
前中に受け取らねばならないからだ。午後、夕方は非常に空いている。棺はほとんど
売り切れで、手に入らない。ある人が言っていた。「コロナ初期はマスクを奪い合い、
今は棺桶を奪い合う」。仕方なく「段ボール棺」を利用する人が大半だ。

コロナ禍初期の頃は、「隔離すれば人権が失われ、隔離しなければ人命が失われる」
という言葉が生まれ、隔離を含む厳しい行動制限は致し方なしという意見が大勢を占
めていた。ところが「ゼロコロナ」貫徹の下、行動制限はエスカレートし、人にも会
えない、買い物にも行けない、街を出られないようになった。街のいたるところにP
CR検査所が設置され、すべての人に毎日のPCR検査が義務付けられた。このPC
R検査所は、全国で1000万カ所以上できたという話を聞いた。

海外からの中国入国も厳しい管理下に置かれた。中国人、外国人に限らず、PCR
検査が陰性であっても、中国入国後2-3週間の、当局指定の施設(ホテルか医療施
設)での隔離が必要となった(その後、施設での隔離 5 日+自宅隔離3日に短縮され
た)。部屋から出ることは禁止、もちろん面会は許されない。隔離期間は毎日のPC
R検査が義務付けられた。宿泊と食事の費用はすべて個人負担であった。北京は、上
海のような都市封鎖(ロックダウン)はなかったが、都市封鎖に準じる措置は度々取
られた。地域限定でのロックダウンは頻繁にあった。

厳しい管理の極みは、政府が実施したコロナ「接触者追跡プログラム」だろう。す
べての人がQRコードを割り当てられ、スマホに個人情報とコロナに関する状況を入
力する。コロナ感染に関しては、2次元コードで、赤色(危険)、黄色(疑わしい)、
緑色(安全)で表示される。スマホの緑色点灯を見せないと、スーパーマーケットに
も入れない。家に帰ることもできなくなる(道々の入り口に監視所が設置されている)。
赤色点滅者とすれ違っただけで自分のスマホに黄色か赤色が点滅する。誤作動が頻繁
に起こり、多くの人は混乱に巻き込まれた経験をしている。北京と地方都市を結ぶ道
路、高速道路には監視所が設けられ、出入りがチェックされる。スマホの「コロナ感
染状況」が黄色か赤色なら出られないし、北京に入ることができない。スマホを持た
ない、操作できない高齢者は全くのお手上げである。超管理社会化であった。

これらの状況が3年も続けば、いくらコロナ流行の緊急事態下であろうと、人々の
フラストレーションは急上昇、生活する上での基本的自由が奪われたストレスで精神
を病む人が続出する。日本在住の、私の友人の中国人夫妻は昨年11月、親の病気見
舞いに北京に帰ったが、当時は海外からの北京直行便はすべて中止となっていた。大
連とか上海などの他の都市経由でしか北京に行くことができない。彼は上海経由を選
んだが、まず上海で3週間の隔離が待っていた。隔離施設になっているホテルに収容
された。3週間全く部屋から出ることもできず、3度の食事はドアの外に弁当と水の
ペットボトルが置かれる、それが毎日続く。その結果、奥さんが鬱になってしまった。
3週間の隔離が終わり、PCR検査で陰性が確認されると、「健康コード」がスマホ
に登録される。このコードがないと空港に行くことができない。北京に着くと帰宅で
きるが、1週間は外出禁止である。救急でない限り、病院にも行けない。食材など必
要品はネットで「お届け便」(宅送)を頼むと、玄関先に置いてくれる。支払いはネ
ットで行う。

「ゼロコロナ」の時期、「隔離鬱」が大量に発生したと言われる。中には精神に異常
をきたし、自死する人も出たという。運動不足による足腰のトラブルは多くの人が経
験している。「ゼロコロナ」による人々のストレス、不満が爆発するのは時間の問題
であった。

以上が昨年末に起きた「ゼロコロナ」反対デモの背景である。中国政府はコロナ当
初、厳しい管理体制を敷き、コロナを抑え込んだ。中国の感染者数は抑え込みに失敗
した欧米やインドなどに比べ、極端に少なかった。経済の復活も、中国は世界に先駆
け実現させ、世界経済復興をけん引した。中国政府は、コロナ抑え込みの成功は「政
治制度の優位性」とまで言った。そしてこの「優位性」を維持するために、管理と規
制はエスカレートしていった。ところが世界のコロナ状況は変化していった。コロナ
を消滅することは出来ず、一定の抑制策を採りながらも、人間はコロナと共存するし
かないという「ウイズコロナ」が主流となっていった。過度な規制は排除され、欧米
などでは、マスクをするもしないも「個人の自由」とまでになった。

初期の段階でコロナを抑えることに成功した国、特に中国はじめアジア諸国は「優
等生」だった。それらの国は、集団免疫が形成されず、のちにコロナ大爆発に見舞
われることになる。逆に初期の段階でコロナを抑えることに失敗した国は、コロナ
大爆発が起きたが、結果的に集団免疫が形成され、のちに収束に向かうことになる。
中国は前者の典型である。

このような世界のコロナに対する認識の変化の中で、中国は対応しきれなかった。
中国政府は、「ゼロコロナ」の拳を振り上げたまま、下ろせないでいた。そこに降っ
て沸いたように「ゼロコロナ」反対デモが起きたのである。中国政府がゼロコロナ政
策を完全解除した要因は3つあると思う。①中国政府が降り上げた拳を下ろせないで
いる時に「ゼロコロナ」反対デモが起きたが、このことは降り上げた拳を下ろす大義
名分となった。「国民の要望に応える」なら自然である。②医学関係者の指摘。医学
関係者の多くは、内外の状況を見て、「ゼロコロナ」が科学的でないと指摘するよう
になった。「医学関係者の提案」に応えるなら、政府はメンツを潰さずに済む。③経
済状況の急降下。「ゼロコロナ」で、中国の経済は危険水域に入っていた。生産、流
通の分断、消費の低迷、中小零細企業の相次ぐ倒産、貿易の縮小。その中でも中国政
府が危険視したのは右肩上がりの失業率であった。特に若年層の失業率は、政府発表
でも19%を超えた。この3年間、大卒者の就職は「厳冬期」になっていた。多くの
大卒者は、宅配配達員などのアルバイトで生活を維持する状況だった。これが続けば
不満は爆発し、治安が悪化する。最悪の場合は、失業者、特に大学生、大卒者を含む
若年層の不満が政府に向かう可能性がある。今の若者は、改革開放の申し子であり、
デジタル化社会の申し子であり、かなり「自由を知った」世代なのである。昔のよう
に政府のコントロールは効かない。

中国政府にとって、「ゼロコロナ」デモは渡りに船だったかもしれない。昨年12月、
中国政府はコロナに関する一切の規制を撤廃した。まさに100から0への転換であ
る。この転換は、一時的な感染爆発を招いたが、今のところ成功したように感じる。
感染爆発について、政府への不満や抗議はあまり聞かない。人々の意識は、完全に
「ゼロコロナ」から「ウイズコロナ」に変化した。前のように、コロナに対し極度の
恐怖感もない。ある友人が言っていた。「日本では、コロナをインフルエンザと同じ
『五類』にするそうだが、中国もそうなるだろう」と。

さて、問題は経済の状況と復興の可能性だ。ポスト「ゼロコロナ」の最大の課題は、
経済の復興である。3月には全国人民代表大会があり、これまでの経済状況と今後の
経済政策が発表される。多くの人は注目している。経済状況と全人代で出された新た
な経済政策については、次号で報告する。なお、このレポートは、筆者が2年半ぶり
に北京を訪れた1月9日―23日までの時期のものである。事態は刻々と変化してい
る。(止)