中国レポート  No.79 2020年7月

今や世界の2大問題は、コロナと米中対立だ。コロナ感染については地域差が顕著で、依然として米国と中南米で猛威を振るっているが、欧州は落ち着く傾向で、アジアは収まった感がある。不気味なのは、大人口を擁するアフリカで、これから感染が増えると予想する専門家も多い。どの地域も第2波、第3波を恐れているが、問題はワクチンが何時できるか、そして世界中に行き渡るかどうかである。コロナワクチンについては、欧米などで開発が進んでいるが、中国でも開発は急ピッチで、生産の見通しは立っている。中国の国有製薬大手の「中国医薬集団(シノファーム)」は、開発中のワクチンを生産する工場を北京と武漢に建設、武漢では7月に新工場が完成した。北京でも生産設備の設置を終えている。武漢工場の年間生産能力は1億回分、北京は同1億2000回分。科興控股生物技術(シノパック・バイオテック)も年産1億回分能力の工場を北京で建設中だ。世界保健機関(WHO)によると、臨床試験を行っているコロナワクチンは世界で18種類あり(7月初旬現在)、その内7種類が中国である。

コロナについて、北京はいち早く抑え込んだが、5月のGW後市内の一角でクラスターが発生、再び緊張感が走り、一部で「隔離」が復活した。今は日常が戻り、生活、生産とも基本的に正常化している。

米中対立はエスカレートしている。中国指導部は、一部強硬派から「軟弱だ」と言われるほど、最大限の妥協をしてでも何とか収めたいと、それなりの努力をしてきた。ところがトランプにとって、それは中国の「軟弱さ」と映ったのかも知れない。中国攻撃はエスカレートするばかりで、トランプには妥協する気持ちは微塵も無いようだ。このトランプの強硬姿勢に対し、中国内部では議論がある。1つの意見は、このトランプの態度はあくまで選挙対策であり、選挙が終われば、大統領が誰になるにせよ、一定の対中国緩和の動きが起きるだろうというもの。もう1つの意見は、これを「トランプの態度」と考えるべきではなく、選挙対策ととらえるのも誤りだ、米国が世界における覇権を守るべく、急速に迫って来る中国を叩いておくという事であり、これは米国大統領が誰になっても変わらないというものだ。しかし現実は、外交・安保でとことん対立しても、経済では完全には離れられない。相互依存関係を壊せば、米中とも経済は破綻する。その意味では、かつての米ソ冷戦時代とは全く国際環境が異なる。米中対立が、米中それぞれを中心とする「2つのブロック」を形成し、対立する事はあり得ない。では、今後どう推移するのか。この問題は「コロナ後の世界」を考える上で重要だが、まだ結論を出すには早すぎる。

さて、経済に目を転じると、中国経済が苦しい事に変わりはない。コロナと対米摩擦のエスカレートが大きなダブル負担となっている。ただこれはどの国も同じで、米国とて同じ苦しみを味わっている。米中摩擦と言っても、今はグローバル経済であり、全ての国が何らかの形で世界経済とリンクしていて、複雑な分業と相互依存の関係を構築している。米国に痛めつけられている中国だけが苦しいわけではない。

中国の第1四半期(1月―3月)の成長率は-6.8%だった。第2四半期の数字が出たが、内外市場の予測を大きく上回る回復で、対前年同期比+3.2%だった。行動制限の緩和、生産の再開、消費の正常化傾向などが原因だろうが、それにしても予測を遥かに超えた。例えば、日経新聞と日経QUICKニュースがまとめた中国エコノミスト調査(6月中下旬実施、中国経済専門家30人が回答)では、予想GDP成長平均値は1.1%、通年では同1.6%だった。これを大きく超えたわけだ。もちろんこの数字を以って、V字回復と言えるかどうかは議論のあるところだが、米、欧、日を含め、主要国の中では群を抜く数字であることは間違いない。因みに米国の第1四半期成長率は-4.8%だった。第2四半期の数字はまだ出ていないが、ゴールドマンサックスの予測では-24%とかなりの落ち込みとなる模様だ。

具体的に中国の直近の数値を見ると、景況感は確かに改善している。6月の購買担当者景気指数(PMI)は対5月比0.3%改善し、50.9だった。1月のPMIは50.0だったが、2月にはコロナの影響で35.7まで急落した。これはリーマンショック直後の2008年11月の38.8を下回る、史上最低の数値だった。それから見ると急回復と言える。生産と新規受注が上昇し、輸出の回復も好材料だった。しかし問題もある。それは雇用である。大企業の雇用は改善基調にあるが、中小企業については逆に悪化している。特に輸出に頼る中小企業の雇用問題が深刻である。コロナ以前、起業ブームが続き、小規模企業が雨後のタケノコのように出現した。基盤の弱いこれら企業が、コロナと米中経済摩擦の影響をもろに受け、危機に面しているのだ。ただ雇用・失業は、世界的な問題でもある。国際労働機関(ILO)によると、コロナ問題の影響で第2四半期の就労時間は、前年第4四半期に比べ14%減った。これは正規労働者4億人が失業した計算になる。

消費はまだ足りない。しかし徐々に回復しているのは事実だ。中国の、消費のバロメーターと言われる新車販売は回復軌道に乗った。今年4月、対前年同月比+4.4%とプラスに転じ(207万台)、5月は同+14.5%(219万台)、6月は同+11.0%(228万台)と、消費をけん引している。ただ内訳を見ると、政府の公共投資(インフラ)に伴うトラックなど商用車が大きく伸びたのが主な原因だ。乗用車は、政府の購入補助金が効いているが、伸びは足りない。因みに日本車販売は好調で、6月は、トヨタが対前年同月比+22.8%(17万台)、日産が同+4.5%(14万台)、マツダが同+7.3%(2万台)だった。ホンダは同-4.1%(14万台)だった。

今後の中国経済だが、視界は不透明だ。何といっても、コロナの第2波、第3波が来るのかどうかで、事情は全く変わってくる。友人の経済学者は、次のように語ってくれた。①最大の問題はコロナで、第2波、第3波が来れば、経済はこれまで以上のマイナス影響を受けるだろう。対米問題は、長期的問題で、すぐには解決しないだろう。しかし、米国も「戦争」、「国交断絶」のような過激な手は打てない。そんなことになれば、世界経済は大混乱に陥るし、米中双方とも経済は破綻する。②コロナの第2波、第3波が来ないと仮定しての予測だが、中国経済は徐々に回復の軌道に乗るだろう。中国経済は第2四半期で、復調の軌道に乗った。第3四半期では、おそらく1度の預金準備率引き下げと、1度の中期貸し出し制度(MLF)金利引き下げがあるだろうが、それ以上の金融政策上の緩和は無いだろうし、必要無い。③問題は消費と雇用だ。消費は経済成長の中核であり、雇用は治安と直結した、社会の安定に関わる最重要課題だ。政府は中小企業救済に更なる手当をしなければならない。④経済の復興と持続的成長に欠かせないのは輸出であるが、コロナ問題が収束に向かえば、世界経済は上向きになるので、中国の輸出は復調するだろう。⑤中国の成長率は、通年で2.0%-3.0%になる可能性が大だ。欧米日は、通年でマイナス成長になるだろうが、中国経済は、余程の事が無い限りマイナス成長にはならないだろう。

コロナの影響で、まだ東京―北京の自由な往来は出来ず、ビジネス関係者は悲鳴を上げている。そんな中、最近あまり聞き慣れない「北京大興国際空港」という名前を聞いた人は多いだろう。新しく開港した北京の国際空港だ。「世界最大のハイテク空港」らしく、5G、AI、ロボットがふんだんに使われている。北京市大興区と河北省廊坊市広陽区にまたがる新国際空港で、敷地4700ha、ターミナルビルは103万㎡で、単体では世界最大である。今は4本の滑走路があり、年間7200万人の利用者を迎い入れることができる。第2期工事で滑走路を8本にする計画だが、完成すれば年間1億2000万人が利用可能となる。

北京の空港はこれまで2つあった。「北京南苑空港」(軍民共用、1910年開港)と「北京首都国際空港」(1958年開港、その後大規模拡張)だ。JALもANAもこれまで北京首都国際空港を利用していた。ところが2014年、主力空港である北京首都空港の利用者が8613万人となり、処理能力が限界となった。そこで新空港を建設する事になったのである。総工費は140億ドルと言われる。2019年9月、盛大な開港式が行われ、習近平も参列した。ところが間の悪い事に、完成して間もなくコロナ騒ぎが起き、事実上空港は封鎖されてしまった。

中国の経済は飛躍的に発展し、ハイテク産業も米国に迫る勢いだが、航空機(旅客機)はほとんど欧米に頼っている。特に米国のボーイング社からは、大量の機体を購入している。中国の航空機産業の悲願は、中国の主要路線を国産機が飛ぶことだ。2015年、中国はハイテク産業発展計画「中国製造2025」を制定したが、航空・宇宙は重点項目の1つだ。この計画によると、2025年までに、主要路線での旅客機国産率を10%以上にする。この計画が実現すれば、近い将来、北京大興国際空港の駐機場に国産機が並ぶことになる。国有旅客機メーカーである「中国商用飛機(COMAC)」が小型旅客機「C919」(160席)の開発を始めたのは2008年である。すでに中国系航空会社などから800余機を受注しているという。6月下旬、新疆ウイグル自治区トルファン市でC919の「高気温下における飛行実験」が行われた。トルファンの6月の気温は40度以上になる。実験は成功し、配備のメドが立ったと言われる。ところが、関係者はピリピリしているという。国産機とは言え、最重要パーツであるエンジンは米仏合弁会社から提供を受ける事になっている。C919は米ゼネラル・エレクトリック(GE)と仏企業の合弁会社であるCFMインターナショナルから、エンジンの提供を受ける。もし米国が、このエンジン提供にストップをかけたら、この旅客機国産化計画は破綻するか、少なくとも大幅に遅れることは必至だ。ところが、さすがはビジネスマンであるトランプだ。SNSで「世界最高のわれわれのエンジンを中国に購入して貰いたい」と書き込んだのだ。外交・安保などでは、中国をまるで「悪魔」の如く罵り、情け容赦なく攻撃するが、儲かるなら「悪魔とでも取引する」トランプの面目躍如である。しかし、中国は喜んではいられない。半導体もそうだが、航空機産業も、少なくとも現段階では、中核の部分は米国に握られているのだ。(2020年7月29日)(止)