9月4日から2日間、G20サミットが中国浙江省の省都杭州市で開かれた。杭州と言えば、「望海楼明照曙霞 護江堤白蹋晴沙」(望海楼 明らかにして曙霞照らし 護江堤白くして晴沙ふむ)で始まる白居易の漢詩「杭州春望」の舞台であり、風光明媚で豊かな観光都市として有名だ。
各国の首脳とファーストレディを迎えるのに相応しい都市であるが、G20を杭州にした理由は他にもあるようだ。1つは警備上の問題である。北京や上海のような大都市では警備が難しい。その点地方都市ならある程度無理ができる。もう1つの理由は、習近平国家主席のかつての勤務地であるということだ。習近平は2002年11月から2007年3月まで浙江省共産党委員会書記、人民解放軍浙江軍区共産党委員会第1書記を務めた。習近平人脈も多い地だ。G20を成功させれば、習近平の存在感が高まる。。
G20開催で、中国が最も神経を使ったのはテロである。新疆ウイグル自治区を中心に、アルカイダやイスラム国とつながった集団の存在が確認され、小規模ながらテロも起きている。G20開催中に杭州でテロが起きたら、中国の面子丸つぶれである。。
そんなわけで、G20開催時はもちろんのこと、前後合わせて2週間ほど、杭州市はまるで戒厳令状態であった。ホテル、レストラン、工場、学校、一部商店などは政府の命令で臨時休業となり、G20関係者が訪れない観光地は閉鎖され、厳しい交通規制が敷かれた。行政機関も、一部G20関係者を除いて9月1日から7日まで休みとなった。全て有給休暇扱いである。さらに、旅行が奨励され、杭州市民は全国どこに行っても美術館、博物館、観光施設は無料となった。多くの市民は喜んで旅行に出かけた。。
中国政府の力の入れようは大変なものであった。昨年の11月にはすでに習近平自らG20の内容に対する指示を出している。習近平の指示は「4つのI」と言われた。Innovated(革新的)、Invigorated(活力ある)、Interconnected(連動した)、Inclusive(包摂的)である。昨年11月、G20サミットについて「革新的で、活力のある、連動した包摂的世界経済の構築」を目指すサミットにしなければならないと習近平は述べている。。
杭州サミットが世界の注目を集めたのは、ウクライナ問題などをめぐる米ロ対立の激化、英国のEU離脱の影響、アベノミクスの不調、そしてついこの間まで破竹の勢いだったBRICS経済の両極分化、北朝鮮の核問題、低迷する世界経済をどうするのか、各国とも悩んでいるからであり、さらに近年世界経済の中で存在感を増す中国経済の行き先がどうなるか、各国とも大いに関心を持っているからである。核やテロ問題も共通の、切迫した関心事であった。。
G20に臨む中国の戦略は明確であった。ここ数年、国際社会の中国に対する風当たりは厳しいものがあった。それは主に3つである。①南シナ海問題の「中国の一方的、強引なやり方」。②核開発を強行する北朝鮮に対する「甘い対応」。③鉄鋼などの過剰生産問題の「対応の遅さ」。G20を通じ、これらの風当たりを何とか緩和し、協調的な印象を国際社会に与えることが必要であった。さらに、経済面での国際協調を拡大し、それを中国の国際戦略である「一帯一路」(陸と海の新シルクロード経済圏構想)に結びつける方向に導くことが中国の狙いであった。もう1つは、これまでの米国中心の世界金融体制に風穴を開けることである。この点については、中国の悲願であった、人民元の基軸通貨への仲間入りが実現し、国際通貨基金(IMF)への出資率が6位から3位に向上した。これは中国にとって大きな成果であった。。
中国は目下構造改革の最中にある。これまでの固定資産投資、輸出振興、外資導入を柱とした、いわば「外需型」高度成長の中国モデルが行き詰まり、内需を中心とした新たな「内需型成長」モデルの構築を急がなければならない。そのために中国はさまざまな規制緩和、改革に取り組んでいるが、抵抗勢力も強大で、思うように構造改革は進んでいない。特に旧態依然とした国営企業は最大の抵抗勢力で、「国が進めようとしている構造改革に、国の企業が抵抗している」という矛盾した現象が起きている。業を煮やした中国政府は、ついに大ナタを振るい、鉄鋼産業の大型統合を実現させた。宝鋼集団(上海)と武鋼集団(湖北省武漢)の経営統合である。前者は生産高世界5位、後者は11位であり、統合により生産規模で世界2位の河北鉄鋼集団(中国)、同3位の新日鉄住金を抜き、アルセロール・ミタル(ルクセンブルグ)に次ぐ世界第2位の鉄鋼集団が出現することになった。目下鞍鋼集団(世界7位)と中堅の本鋼集団の合併話も進んでいる。。
鉄鋼は典型的な過剰生産産業だが、鉄鋼、セメントや造船などの製造業の過剰生産問題は、合併・統合だけでは根本的解決は得られないと中国は認識している。それは単なる生産調整の問題ではなく、失業、治安問題に関わってくるからである。この膨大になった生産力は国内では吸収しきれず、どうしても国外で活用しなければならない。これが「一帯一路」の目的の一つである。。
中国の経済が対外進出を図るには、どうしても国際社会のさらなる「開放」、「協調」と強固な金融の裏付けが必要である。中国主導のアジア開発投資銀行(AIIB)を一層強化する必要がある。しかし、いま世界では内向きの「保護貿易主義」が台頭している。G20で中国が強調したのは「更なる開放」と「緊密な国際協調」であり、この2つがなければ、「一帯一路」は進まない。中国は習近平が先頭に立ち、積極的に2国間首脳会談を行い、協調的姿勢をアピールした。習近平はG20で次のように述べた。「国際貿易と投資という2つのエンジンで開放的な世界経済を構築する。各方面と協力し、世界経済を再び強くする自信がある」。習近平の自信の1つは、AIIBの「順調な発展」であろう。米国の予想をはるかに上回る57ヶ国・地域で発足したAIIBであるが、あと20-30か国・地域の加入申請があるという。米日主導のアジア開発銀行(ADB)を加盟数で上回るのは時間の問題である。。
中国は今回の杭州G20サミットについて「大成功」としている。確かに中国の存在感は一段と高まった。しかし、世界の流れは中国の思う通りに動いているとは言い難い面もある。豪政府は電力公社オースグリッドの売却入札で、中国企業を締め出した。英国の新政府は、中国が出資するサマセット州ヒンクリーポイントの原発新設計画を延期した。また、韓国は中国が強烈に反対する米国のミサイル防衛システムTHAADの導入に踏み切った。さらにG20の最終日、中国を激怒させる事件が起きた。9月5日、北朝鮮が弾道ミサイル3発を発射したのである。当然G20を意識したものであろう。これは中国の神経を逆なでする行為であった。同じようなことが8月にもあった。東京での日中韓外相会議の直前、北朝鮮が潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を発射した。国際社会は北朝鮮を非難するだけでなく、非難は中国の北朝鮮に対する「曖昧な、甘い」対応にも向けられた。。
このような中、9月初旬有名な女性実業家で、立志伝中の人物でもある遼寧鴻祥実業発展有限公司の馬暁紅会長が突然逮捕された。罪状は「北朝鮮に核兵器とミサイル開発用の資材、物資を密輸した」というもの。馬会長は2012年に「優秀実業家」に選ばれ、遼寧省人民代表大会委員(地方議員)にも選出された有名人である。これは単なる密輸事件ではないと多くの人は見ている。第1に、いくら有名な女性実業家とは言え、これほどの事が1企業で出来るはずはない、必ず政治的後ろ盾がいるに違いないと考えるのは当然だ。同じ時期、遼寧省人民代表大会常務委員会の李峰副主任が突然罷免された。李は遼寧省公安庁長、同省政法委員会書記を歴任した実力者である。密輸を取り締まる公安、司法と結託しなければ、このような大規模な密輸はできない。。
ただ、これは単なる「経済事件」とは誰も見ていない。ある学者は「対北朝鮮政策で、中国は大きく一歩踏み出した」と言う。これまで何度となく中国は北朝鮮に煮え湯を飲まされ、神経を逆なでされてきた。ついに堪忍袋の緒が切れたのか。ある学者は「中国政府は相当怒っているが、問題はそんな単純ではない」と言う。1つは韓国が導入したTHAADだ。中国にしてみれば、中国の軍事展開をほぼ全て監視できるTHAADの韓国配備は、対北朝鮮と言いながら、実は中国に向けたものではないかと大きな疑心を抱いている。米韓と完全協調して北朝鮮に対処する気にはなれない。もう1つは北朝鮮の崩壊の脅威である。膨大な量の難民が国境を越え、中国に押し掛ける悪夢を想像する。もう1つは、米中の「緩衝地帯」としての北朝鮮の崩壊により、米国の軍事力が中国国境まで迫る恐怖である。。
中国はさまざまな問題を抱えながらも、着々と大国化への道を進んでいる。(止)。
西園寺一晃 2016年9月30日