3月5日から15日まで、北京で全人代(全国人民代表大会)が開かれた。経済が減速する中で、今年の経済政策をどう提起するか注目された。李克強首相は政府活動報告の中で「わが国の経済発展は『新常態』に入り、『坂を上り、峠を越える』べき重要な段階を迎えた。改革の深化と構造の調整を行わなければ、安定した健全な発展は達成しがたい」と述べた。
前号でも触れたが、ここのところ中国では盛んに「新常態」という言葉が使われるようになった。中国の認識では発展途上国が先進国に至る過程には4つの段階があるという。第1段階は「飛翔」(テイクオフ)、第2段階は「高成長」、第3段階は「中・高成長」、第4段階は「中・低成長」だ。中国経済は1970年代末から、国民の購買力の爆発をテコに「飛翔」を始め、その後市場経済導入の中で、安価で豊富な労働力を提供することで外資を呼び込み、輸出振興で高度成長を遂げた。そしていま中国経済は第3段階に入ったという。第3段階は「高・中成長」期で、これまでの発展モデルから新たな発展モデルに転換しないと、持続的発展は望めないばかりか、「中進国のワナ」に陥ってしまう。この改革を通じて、経済構造の転換を図り、持続的高・中成長を維持する時期のことを「新常態」(ニューノーマル)と呼ぶのである。だからこそ李克強報告では「改革」という言葉が80回も使われた。
さて、習近平指導部は今年の中国経済をどう考えているのだろうか。先ずは李克強報告の中から幾つかの、2015年度の数値目標を拾ってみる。
GDPの伸び率は7.0%(2014年は7.4%)
消費者物価指数(CPI)の上昇率を3.0%に維持(同2.0%)
失業率(都市部)を4.5%以下に抑制(同4.09%)
雇用(都市部)を最低1000万人分創出(同1322万人)
対外貿易(輸出入総額)の伸び率を6.0%以上にする(同2.3%)
食糧生産高5億5000万トン以上を維持(同6億0710万トン)
エネルギー消費を3.1%削減(エネルギー効率を3.1%向上させる)
全体的に堅実な数値と言える。この中で目を引くのはGDPの伸び率7.0%であろう。昨年の目標は7.5%であったが、結果は7.4%と目標に達しなかった。本年度は目標を7.0%程度に下げるのではないかという観測が早くからあったが、その通りになった。中国は2010年までは、平均10%の成長を遂げてきたが、2011年から2014年までは9.5%→7.7%→7.7%→7.4%と減速が続いてきた。2010年以前のような高度成長期は終わり、いまの状態が正常だというのが中国指導部の考え方である。2016年からは第13次5ヶ年計画(-2020年)が始動する。この期間の平均成長率はさらに減速し、6.5%程度になるというのが専門家の多数意見である。
一般の市民にとって、個々の数字はあまり興味がない。問題は少しずつでも生活が向上するのか、富の分配が公平になされるのか、福祉が充実の方向に向かうのか、生活環境(大気汚染、水不足、食品安全など)が改善されるのかなどである。
胡錦濤時代、中国共産党と中国政府は国民にある公約をした。それは「2020年の実質GDPと実質国民所得を、2010年の2倍にする」というものである。中国版所得倍増計画だ。この公約は当然習近平指導部が受け継がなければならない。これは習近平指導部にとって、大きなプレッシャーになっているに違いない。それは、すでに自身も認識しているように高度成長の時代は終わった。さらに、経済構造の転換、格差是正、環境改善などを意識しながら経済運営をしてゆかなければならない時代に入った。単に経済成長を考えれば良いというわけではないのである。ただ、客観的に考えても、2020年の実質GDPと実質国民所得を、2010年の2倍にすることは、戦争や大災害などが無い限り、それほど難しい事ではない。2010年のGDPは40兆8903億元だったが、2014年は63兆6463億元まで増加した。人口の増加分を勘案しても、また第13次5ヶ年計画期の平均成長率が6.5%程度になったとしても、2倍達成は十分可能だ。
問題は、北京など発展した大都市の住民にとって、最大の関心事は経済であることは間違いないが、それだけではなくなっているということだ。ここ数年来、経済が発展し生活が豊かになった大都市部住民を中心に、急速に市民意識、消費者意識、権利意識が芽生え、政府はこれらを無視できなくなった。多くの人たちにとって、生活の向上は当然ながら、それだけでは満足しなくなった。平等、公平、公正、法治などに対する要求、意識が強くなっている。生活が向上し、中産階級が増加する中で、この傾向は止めることができない。だからこそ、習近平指導部は厚い「岩盤」を打ち破ってでも「反腐敗」闘争を進めざるを得ないのである。体制に批判的な、ある学者が「嬉しい誤算」と言っていた。それは、「反腐敗」と言っても、過去と同じように見せしめ的に「数人の中堅幹部を血祭りに上げる」だけで終わり、結局巨悪は安泰だと思っていて、期待はしていなかったという。しかし、習近平指導部は次から次と大物を引きずり出している。この動きは軍を含む各分野に広がっている。これは予想外だという。確かに習近平指導部は腐敗の温床と言われた「鉄道部」を解体し、間髪を入れず石油閥、石炭閥、金融閥を叩き、軍にまで追及の手を伸ばした。これからは通信閥、メディア閥が追及を受けるだろうと言われ、すでに北京市民の間では、超大物の名が複数囁かれている。市民は大喝采である。それ故追及の手を緩めることができない。しかし「岩盤」を打ち破るわけだから、当然抵抗も強く、激烈な闘争が起きる。習近平ら首脳の身辺警護は、最近大いに強化されたと言われる。
ともあれ、李克強首相が言うように、中国が「坂を上り、峠を越える」重要な段階に差しかかったことは確実で、「改革の深化と(経済)構造の調整」が成功しなければ、「安定した健全な発展は達成しがたい」ことは間違いない。その意味で、2月25日付「人民日報」で発表された論説「民族復興をリードする戦略的配置」は興味深い。この論説は、習近平指導部が提起したとして「4つの全面的」を紹介している。「小康社会の全面的完成」、「改革の全面的深化」、「全面的法治に基づく国家統治」、「全面的で厳しい党管理」である。中国ではこの「4つの全面的」に関する学習会が行われている。