中国レポート No.71

中国では依然として、西暦の正月より旧暦の正月(春節)を重視する。この時期、人々は「老家」(故郷)に帰り、一家団欒する。「民族大移動」とも呼ばれ、交通機関は1年を通じて最も混雑する。近年、帰省するより、一家して海外旅行をする人が多くなった。因みに今年の春節は、元日が西暦の2月5日だった。休みは1週間程度だが、ほとんどの人が土日を利用し、9連休にする。人々が最も楽しみにしているのが、除夜から元日にかけて行われる「中国中央電視台春節聯歓晩会」(春晩)。日本の紅白歌合戦と似ているが、違うのは、歌だけでなく、踊り、京劇、コント、マジックなど演じられる。紅白に分かれるわけではなく、点数もつけない。国営テレビで全国生中継される。全国で7億人が観ると言われる。

北京では、昔から春節と言えば餃子と爆竹だ。相変わらず春節に餃子は欠かせないが、爆竹や花火は防災上危険で、大気汚染の原因にもなるという理由で、北京市中心部では禁止となっている。

今年の春節は全国で延べ29億9000万人が交通機関を使って大移動した。政府発表によると、自動車が24億6000万人、鉄道が4億1300万人、民間航空が7300万人だったという。春節期間の海外旅行者は700万人で、対前年比+7%。人気渡航先は、1位がタイ、2位が日本だった。続いてインドネシア、シンガポール、ベトナムで、米国への旅行は大きく減った。日本への潜在的渡航希望者は多く、つい7,8年前までは、日本は物価が高いので、富裕層しか行けなかったが、今では中産階級まで広がっている。

さて、中国は目下米国と激しい貿易摩擦の最中にあり、非常に苦しい状況に置かれている。そんなわけで、今年の春節は、人々がどのような消費行動に出るか、政府も経済学者も注目していた。フタを開けてみると、今年の春節消費は対前年比+8.5%だった。観光だけとると+8.2%だ。さてこの数字をどう見るかだ。事実から言えば、2015年以来、春節消費は年々二桁の伸びだったが、今年初めて10%を切った。その意味では、経済減速の影響が出たと言えるだろう。その一方で、これだけ米国の激しい経済的攻撃でかなりのダメージを受けている中で、大変な健闘だという見方も成り立つ。

春節休みが終了し、落ち着きが戻った3月5日から15日まで、全国人民代表大会(全人代)が北京で開かれた。米中経済摩擦の最中でもあり、どのような経済政策が出されるのか、内外から大きな注目を集めた。この全人代の前に、中国政府は「2018年中国国民経済社会発展統計公報」を発表した。幾つか重要な数値を挙げてみると(対前年比)、

GDP伸び率 +6.6%、消費者物価上昇率 2.1%、食糧生産高 -0.6%、工業生産増加率 +6.1%、貨物輸送量 +7.1%、宅配業務伸び率 +26.6%、固定資産投資伸び率 +5.9%、貨物輸出入総額 +9.7%(輸出+7.1%、輸入+12.9%)、国民1人当たりの可処分所得 +6.5%、年末時の外貨準備は3兆0727億ドルで -672億ドル。

中国の対主要国・地域貿易統計を見ると:

国・地域   輸出額(億元) 対前年比  輸入額(億元) 対前年比(%)

世  界  164177   +7.1 140874   +12.9

E  U   26974   +7.0  18067   + 9.2

米  国   31603   +8.6  10195   - 2.3

ASEAN  21066   +11.3 17722   +11.0

日  本    9709   +4.4  11906   + 6.2

韓  国    7174   +3.1  13495   +12.3

香  港   19966   +5.7    564   +13.8

台  湾    3212   +7.9  11714   +11.0

ロシア     3167   +9.1   3909   +39.4

インド     5054   +9.5   1242   +12.2

一帯一路沿線国46478   +7.9  37179   +20.9

この貿易状況を見ると、米国にとっては大変皮肉な結果が浮かび上がる。もともとトランプは、米国の貿易赤字を憂慮し、貿易赤字を被っている国に対し、一方的に制裁追加関税を掛ける手段に出た。特に米国にとって最大の貿易赤字国である中国を集中的に攻撃した。ところが、トランプの大型減税の効果などで、米国の消費が好調、結果的に輸入が増え、米国の貿易赤字は対前年比+12%の6210億ドルになった。対中国は、+12%の4192億ドルで、過去最高となってしまった。つまりいままでのところ、トランプの貿易赤字対策、対中国制裁は全く効果を上げていないどころか、中国の対米輸出は8.6%増加し、輸入は2.3%減るという逆の結果を生んでしまったのだ。

中国経済が減速している事は事実だ。かつて、「米国がくしゃみをすると、日本は風邪をひく」と言われた。今は「中国がくしゃみをすると、多くの国が風邪をひく」状況となっている。中国経済の減速で需要が落ち込み、輸入が減少すると、中国との貿易額(特に対中輸出)が多い国と地域は大きな困難に見舞われるのは当然だ。2018年の数字を見ると、それほど悪いとは言えないが、2019年に入り、日本の対中輸出企業はほぼ軒並み業績が下がりだした。対中輸出が多い韓国、台湾などの今後のダメージは今後大きくなるだろう。アセアンも対中輸出にブレーキがかかりだした。つまりトランプの「中国叩き」は、米国の同盟国を含む多くの国と地域にダメージを与えるのである。それはブーメラン現象となって、米国経済を襲う事になる。中国の多くの経済学者は、米中経済摩擦で、中国が大きなダメージを受ける事は認めつつ、このバトルに「勝者はいない」、敗者は「中国であり、米国であり、世界経済だ」と言う。2018年の米国経済は好調で、表面的に見ると、米中経済摩擦では、中国が一方的に苦境に陥るような印象だ。しかし、上述の米中貿易の数字は、米国の思惑通りにはいっていない事が分かる。それに2019年後半は、米国経済にも悪影響が及び、大型減税の恩恵が消えることも相まって、米国は大きな試練に見舞われるだろうと予測する。

米中経済摩擦は、短期的には日本やEUに利益をもたらすと言われた。それは、中国がそれまで米国から購入していた、主にハイテク関連製品などを、日本とEUにシフトすると思われたからである。確かに中国は、日本をはじめとする周辺諸国・地域やEUとの関係改善に乗り出した。しかし、中長期的に見れば、世界第1と第2の経済大国が、また貿易額(輸出、輸入とも)第1と第2の2国が激しい「経済消耗戦」を繰り広げれば、計り知れないマイナス効果を世界経済に与えることになるのは必至だ。米国内でも、景気に対する警戒感が出始めた。景気好調の中で段階的な利上げに踏み切ってきた米国だが、FRB(米国連邦準備理事会)は3月20日、2019年中の利上げを見送り、経済の見通しを「警戒」に転換する姿勢を示した。

トランプがどう言おうと、世界はグローバル経済で成り立ち、サプライチェーン(部品の調達、供給網)は多角的に広がり、複雑に絡み合って、広範囲に渡る分業で成り立っている。1人勝ち、1人負けはあり得ない。たとえ中小国であっても、経済危機が起きれば、一気に世界経済を破壊する可能性がある。

さて中国の全人代だが、李克強首相の「政府活動報告」から見た幾つかの特徴を挙げると、先ずは激しい貿易摩擦の相手国である米国に対する「配慮」が滲み出ている。米国に対する非難は全く無く、(米国などの外国と)「約束した事は真摯に履行」と述べている。また外資の対中国投資環境を改善するための「外商投資法案」も提起された。これは外資に技術移転などを強制することを禁じたもので、米国が強く求めていたものだ。次に、経済の減速を緩和させ、成長を実現させるための、大型対企業減税などの対策を打ち出したこと。減税幅は2兆元(約32兆円)で、増値税(付加価値税)、公的年金保険料の企業負担分などが引き下げられた。また大手国有銀行の対中小企業向け融資を対前年比30%増やすことなども提起された。これらの大型対策が功を奏すのかどうかは、中国経済だけでなく世界経済にとっても大きなことで、注目する必要がある。

2019年の成長率目標については、さまざまな不確定要因がある中、6.0%-6.5%と幅を持たせたものとなった。中国政府が最も重要視しているのは雇用である。雇用は社会の安定度と直結している。社会の安定維持には最低でも1100-1200万人の新規雇用が必要とされる。1%成長毎に200万人の雇用が生まれると言われる。その意味で、6.0%成長は絶対確保しなければならないのである。

さて、経済の減速は人々に心理的なマイナス影響を与えているが、まだ懐を直撃というレベルまでは至っていない。北京は非常に静かであり、デパートやレストランは賑わっている。この状態が続くのか、はたまた今は「嵐の前の静けさ」なのか。それは米中関係と中国の経済対策の成否にかかっている。(止)