第1四半期の物価上昇分を除いた実質国内総生産(GDP)成長率が4月15日発表された。前年同期比で+7.0%であった。四半期の成長率としては、リーマンショック後の、景気が落ち込んだ09年第四半期の6.6%に次ぐ低水準である。要因としては世界経済の回復の遅れと、国内的には不動産の落ち込みが大きい。不動産販売額は前年同期比9.3%ダウンした。不動産の落ち込みは、鋼材、セメント、板ガラスなどの生産に影響を与え、工業生産の足を引っ張っている。これまで成長を力強くけん引してきた輸出も足踏み状態である。中国は経済の構造改革の最中にあり、「ガマンの時期」にあることは間違いない。この状態をどう見るか。日本では少なからぬ人が「中国経済の崩壊」が始まったと言うが、中国では危機感を感じている人は少ない。政府は「7.0%成長は想定内」と言う。明るい要素は、雇用が比較的安定していることだろう。それに内陸部の都市化が徐々に進み、眠っていた内陸部農村地帯の内需掘り起しに希望が見えてきたのもプラスの材料である。「新常態(ニューノーマル)」は、高度成長期が終焉した今の状況が正常だと言うものだが、やはりこれ以上の減速は回避しなければならず、預金準備額の1%引き下げ、住宅ローン規制緩和など、小幅な景気下支え策という手は打っている。大規模な財政出動の期待も一部にはあるが、李克強首相はじめ政府首脳は否定的だ。
この中国経済の状況について、国際的には楽観論もある。日経新聞のインタビューに応じたエコノミストのジム・オニール氏(元米国ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント会長で、「BRICs」の命名者)はこう述べている。「中国の減速を懸念する人は多いが、あくまでも意図的なスローダウンだ。これまでのペースで高成長が続けば、必要な資源の確保などが難しくなっていたかもしれない。経済を安定させるための調整と見る方が良い。実質成長率が7%に鈍化しても中国は毎年、世界のGDPを数兆億ドル規模で押し上げ、とても大きな影響力を持つ。08年の金融危機を乗り越え、さらに成長した。中国の指導部は外国の専門家の懸念をよそに、うまくかじ取りをしている」(日経新聞4月19日掲載)。確かに資源の確保は難しく、際限なく使うわけにはゆかないし、環境破壊もこれ以上は許されない。経済発展面でのスピード第一主義はもう通用しない。近年、北京などの大気汚染が問題になっているが、市民の環境に対する関心、不満も強く、政府は緩和に向けて本気で取り組んでいる。
国内経済の減速基調は変わらず、政府の経済部門は苦労しているが、対外経済面での中国の鼻息は荒く、基調は「攻め」だ。最近の話題は、何と言っても中国の主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)で、中国は世界経済に大きな一石を投じた。アジアには日米が主導するアジア開発銀行(ADB)があり、このADB体制を揺るがすAIIBには日米が反対していたので、どれだけの国が参加するか疑問だった。日本政府は楽観していたようで、アジアを中心にせいぜい20数か国の参加にとどまるであろうと考えていた節がある。中国と南シナ海島嶼の領有権を争うフィリピンとベトナムの参加は当面ないであろうと考える人も多かった。安倍首相にも「少なくともG7からの参加は絶対ない」と報告が上がっていたという。ところがフィリピン、ベトナムを含むASEAN各国すべてが参加し、米国の盟友である英国が参加することでEU諸国の雪崩現象が起きた。結局57ヵ国での船出となった。この問題で日米は孤立してしまった。日本の経済界にとっては不利な状況である。AIIB関連のインフラ工事に参入することが困難になる可能性が大だからだ。
AIIB問題で、中国は自信をつけたのだろう。今のところ「大人の振る舞い」をしている。日本には何回となく参加要請をし、ADB敵視の態度もとっていない。しかし、1966年に米国の後押しの下、当時の大蔵省が中心となって設立したADB体制が揺らぐことは確実だ。AIIBだけではなく、中国はBRICS銀行、上海機構銀行の設立も目指している。世界の金融を支配する米国、アジアの金融を仕切ってきた日本。この体制に中国が挑戦しだしたことは事実だ。中国の挑戦の裏には2つの理由がある。1つは、世界の外貨準備総額の約3分の1を握っているという強みだ。もう1つは、中国経済の持続的、安定的発展を国内のみで考えていないということだ。先般中国は「一帯一路」計画(陸と海のシルクロード経済圏構想)を発表したが、中国は鉄鋼やセメントなどの生産能力が自国の範囲をはみ出した。その部分をはじめ、まだまだ生産潜在能力のあるものを引出し、「一帯一路」のインフラ整備に回せば、中国に有利であると同時に、発展途上国のためにもなる。つまり「ウイン・ウイン」というわけだ。
金融といえば、国際規模の金融機関を設立すると同時に、中国は人民元の国際化を急いでいる。G20に先立ち、3月に国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事が中国を訪れ、李克強首相と会談した。テーマは人民元の「基準通貨」入りだ。IMFの認定する「基準通貨」は現在米ドル、ユーロ、英ポンドと日本円の4つである。これに人民元を加えて欲しいと中国が働きかけたのだ。中国に取って今年はチャンスだ。基準通貨の見直しは5年に1度しか行わないからである。因みに5年前の検討会では見送られた。ラカルド専務理事は「前向きに検討する」と述べたという。IMF内部では、日米が人民元の基準通貨入りに慎重(事実上反対)だが、歓迎する声が多数派だと言われる。ただ問題もある。基準通貨になるには、自由な人民元での資本取引ができなければならない。現在、人民元はこの要件を満たしていない。しかし、今年中に中国はこの要件を満たすことを含む、大胆な金融改革を断行すると断言している。中国では、外圧を利用して国内の改革を断行するのは常套手段だ。人民元が「基準通貨」になれば、中国の国際社会における存在感はますます強くなる。そしてそれは習近平体制の大きな得点となる。(止)
2015年5月25日 西園寺