No.29 全国人民代表大会(全人代)に見る中国の経済動向

 全人代が3月5日から14日まで北京で開催された。来年は5年に1度の、大幅な人事を伴う全人代が開かれるので、温家宝首相をはじめ、多くの政府首脳にとって今回は現職最後の全人代となる。
 今回の全人代を経済政策面から見ると、大きな特徴がある。それは、かなり控えめな経済指標を掲げたことである。ここ数年、中国政府は経済運営において「スピード」から「バランス」への転換、「量」から「質」への転換、「外需型成長」から「内需型成長」への転換を強調してきた。今回の全人代は、この方針を再確認した形となった。
 中国のGDP成長率は、2003年―2006年の平均が11.0%、2007年は14.2%、リーマンショックの影響を最も受けた2009年でも9.2%の成長をし、その翌年には10.3%と2ケタ台を回復した。ところが2011年はEU金融危機の影響を受け、9.2%にまで落ち込んだ。EUの金融危機が長期化する予測もあり、最大の輸出先がEUの中国にとっては、2012年はさらに落ち込むとの見方が多い。それでも世界銀行(WB)、国際通貨基金(IMF)、経済協力開発機構(OECD)などの国際機関は2012年の成長率を8.2%-8.5%と予測している。ちなみに筆者の予測も8.5%である。理由は2つだ。①EUの金融危機が長期化しても、中国は内陸部開発が軌道に乗り、掘り起こされた内需で、ある程度EU関連のマイナスをカバーできる。②中国の雇用事情からして、8%を下回ると失業率が増え、治安問題が深刻になる。従って、中国政府は8%台を死守する必要がある。
 ところが意外にも、今回の全人代で掲げたGDP成長目標は7.5%という非常に低いものだった。単年度の目標としては、GDP伸び率を8%以下にしたのは8年ぶりである。これまでの単年度目標を振り返ると、そう高い目標は立てられていない。2004年が7%、2005年からは7年連続で8%と設定されている。昨年の11期全人代第4回会議で決定された「第12次5カ年計画」(2011年―2015年)要綱では、今後5年間の平均伸び率を7%としている。なお、第11次5カ年計画(2006年―2010年)要綱での目標は7.5%であった。このように中国政府はこれまで常に比較的低い目標を設定してきた。ところが実際には目標をはるかに上回る成長を遂げてきた。第11次5カ年計画期間の平均成長率は、目標の7.5%をはるかに超える11.2%であった。中国政府は常に慎重に目標をかなり低めに設定する。従って、実際の数値は目標より高くなることが多い。そのような意味からすれば、今年の成長率は8.5%前後になってもおかしくない。政府関係者、経済学者の中でも、今年の成長率が8%を割り込むと考えている人はほとんどいない。
 全人代で掲げられた主な目標数値は以下の通りである。カッコ内は2011年の実績。GDP成長率7.5%(9.2%)、消費者物価上昇率4%前後(5.4%)、貿易総額伸び率10%前後(22.5%)、社会消費小売り額の伸び率14%(17.1%)、固定資産投資額16%(23.8%)。
 経済数値は控えめであり、実体経済も減速気味だが、賃金の上昇は止まらない。一級行政区(省・直轄市・自治区)31の内、2010年は30か所で最低賃金が対前年比平均24%上昇した。2011年は25か所で同22%上昇した。政府は第12次5カ年計画期間、最低賃金を年平均13%引き上げる方針である。原因の1つは沿海ベルト地帯、特に珠江デルタ経済圏における労働力不足である。政府の投資の中心が沿海ベルト地帯から内陸部へと移る中で、内陸部で雇用が創出され、農民の都市への出稼ぎが激減した。最低賃金の上昇は、低所得層の購買力を高め、眠っている内需を掘り起こすメリットがある。一方で賃金の上昇は「安い労働力」を頼りとする外資が中国に入り難くなるというデメリットを生む。
 中国はこれまでのような、労働集約型製造業の「世界の工場」から卒業しようとしている。外資導入は先端技術移転を条件とする方向だ。当面は、沿海ベルト地帯はハイテク産業、サービス業を重視する。内陸部はこれまで沿海ベルト地帯に進出していた、労働集約型外資移転の受け皿となる、つまり沿海部は資本集約型、内陸部は労働集約型という構造を想定している。
 今回の全人代で、もう一つ目立った議論は人民元問題だ。欧米が圧力をかけるような元の切り上げは当面無い。しかし、現在1日±0.5%の変動幅を拡大するという議論は盛んだった。その議論を見る限り、近い将来1日の変動幅を0.7%-0.75%程度にすると思われる。
 現在の中国は「工業化」の中・後期、「都市化」の加速期、「市場化」の完成期、「情報化」の推進期、「国際化」の向上期であると中国政府は認識している。特に「工業化」(外需の基盤)は一定のレベルに達したので、今後は「都市化」(内需の基盤)に力を入れることになると思われる。なお、現時点で中国は都市人口(総人口の51%)が初めて農村人口(同49%)を上回った。2015年の都市人口は55%になると予測されている。