No.44 中国レポート

この2か月、中国ではいろいろなことがあった。日本ではあまり大きく報道されなかったが、9月3日、北京の抗日戦争記念館で「抗日戦争勝利69周年記念式典」が習近平、李克強など共産党、政府、軍の要人総出で盛大に開かれた。
日本では「第二次世界大戦」を一般的に「太平洋戦争」と呼び、主として米国との戦争であったとしている。中国にとって先の戦争は「抗日戦争」である。第二次大戦における対日戦争の主戦場は中国であり、日本軍国主義を打ち負かした主要な力は中国であるとしている。
普通なら来年の「70周年」が節目なのだが、急いで69年目の今年、このような大規模な式典を行った意味は何であろうか。習近平指導部のブレーンでもある親しい学者は次のように解説してくれた。①これは日本に対する、そして世界に対する一種のシグナル、メッセージである。日本に対しては、「戦争を美化するような、一部の言論」に対するけん制であり、世界に対しては「反ファッシズム戦争における中国の役割を再認識してもらい、『中国脅威論』を払しょくする」。②日中関係改善の機運が高まっているが、対日関係改善には「正しい歴史認識」は必要であり、この点で中国は妥協しないという表明。中国全人代は今年2月、9月3日を「中国人民抗日戦争勝利記念日」にすることを決定している。69周年の式典の後、会場を人民大会堂に移し、座談会が開かれた。その座談会で習近平主席は演説し、対日関係にも触れた。歴史認識に関する従来の考え方を述べるとともに、次のように述べたのが目を引いた。「われわれが歴史の銘記を強調するのは、憎しみを引きずり続けるためではなく、歴史を鑑とし、未来に目を向けようというもので、皆がともに平和を大切にし、平和を守り、中日両国人民が子々孫々友好を続け、各国人民が末永く太平であるようにするためである」。「中国は日中関係の発展に努力し、長期的、安定的な発展を望む・・・日中が長く平和友好関係を維持することは、アジアと世界の平和と安定を守るというニーズにも合致する」。
北京で感じる「対日空気」は、日本の「右傾化」に神経を使っている反面、これ以上の関係悪化は望まず、何とか関係改善を図ろうとするものを感じる。習近平主席が、福田康夫元首相と非公式に会い、日中関係の改善について話し合ったのもその表れだろう。それは一般市民もそうで、大々的な「抗日記念」式典を行っても、反日運動が起きる気配は全くない。式典に対しても冷静である。中国の訪日観光客数も増え続け、7月はトップの座を奪い返した。日中経済は大きなマイナス影響を受けているが、何とか反転上昇させようという努力が双方の経済界で始まっている。まさに「和則両利、闘則倶傷」(和すればともに利あり、争えばともに傷つく)なのである。
さて、最近の中国経済であるが、現在は「産みの苦しみ」の中にあると言えるだろう。中国の今年上半期のGDP成長率は7・4%で、通年の目標である7・5%を下回った。中国のGDP成長率は例年下半期の方が上半期より少し高いので、通年で7・5%をクリアできるかどうか微妙なところだが、李克強首相は「強い刺激策や緩和策は採らない。7・5%を多少下回っても構わない」と言い切った。因みにIMFの予測(7月発表)は7・4%である。中国指導部は、これまでの急成長を実現してきた「中国モデル」はもう通用しないと認識し、経済構造の改革、転換を目指している。この過程で、製造業や不動産業を中心に成長の減速感が目立っている。銀行の不良債権もじわじわと経済を圧迫している。中国の4大銀行(工商、建設、農業、中国)のこの6月末の不良債権残高は合計3847億元(約6兆5000億円)で、2013年末に比べ13・2%増加した。この8月に発表された「新築住宅価格動向」によると、主要70都市のうち約9割に当たる64都市で、前月より価格が下落した。上場不動産会社の1~6月の純利益は、不動産価格の下落で、前年同期比7%減となった。しかし経済の実務を取り仕切る李克強首相は、大規模な財政出動や大幅な金融緩和のような「強い景気刺激策は採らない」と言い続けている。
経済面で最近目立つ言葉は「新常態」(ニューノーマル)だ。習近平主席、李克強首相とも、最近度々この言葉を使っている。依然として中国社会に存在する、成長率10%超えの時代に戻りたい「夢よ、再び」的思考に「それはあり得ない」とし、「経済減速下の経済構造改革」に平常心で臨めという意味であろう。中国経済の減速は、基本的には景気循環によるものではなく、構造的なものであるとの考えだ。従って、成長の速度を犠牲にしても、経済の構造改革を優先するという方針は、習近平指導部の確固とした既定方針のようだ。ただ政府は何もしないというわけではなく、小刻みな政策調整で景気を下支えする方法は柔軟に採り続けるようだ。例えば、このほど中国人民銀行(中央銀行)は国有銀行5行に、計5000億元(約8兆7500億円)の短期資金供給を決めた。景気減速に伴う企業の資金繰り支援の意味を持つ。同時に零細企業向けには、減税措置の対象拡大を決めた。利下げは当面しない方針だ。
市民生活を見ていると、景気減速を身に染みて感じている人は少ない。物価は定位安定し、所得は増えている。最近若干買え控え傾向があるのは、習近平指導部が行っている反腐敗、反贅沢運動の影響だ。特に公務員は、あまり大きな出費をすると、「その金はどこから来た、賄賂を取っているのだろう」と言われるのが怖いのである。反腐敗については、多くの市民が歓迎している。これまで「ハエ叩き」(腐敗した小役人を逮捕する)はしても、「トラ退治」(腐敗した高級幹部を逮捕する)はできまいと考える人は多かったが、周永康(前党政治局常務委員)を逮捕、前軍ナンバー2の徐才厚を逮捕したことで、多くの人は「習近平は本気だ」と思うようになった。抵抗勢力は当然多く、市民の間ではまことしやかに「習近平は暗殺されるのを覚悟で、すでに自分亡きあとの体制を決めている」といううわさが流れている。(止)西園寺 14・9・22