No.52中国レポート

新しい年の到来だが、今年は希望の持てる年になるだろうか。世界情勢の混沌さは解消されるとは思えない。「有志連合」とロシアの空爆でISの勢力は衰退気味だと言われる。しかし一方でISによるテロは拡散し、欧州でも、アジアでも、アフリカでも大規模テロが起きている。中国新疆ウイグル自治区でも、イスラム原理主義集団によると思われるテロが何度も発生している。米欧中ロの四角関係は複雑さを増し、アジアにおいても日中韓関係は依然として微妙で安定しない。南シナ海の問題も、米国の関与で緊張は緩和されていない。そこに突然北朝鮮の「水爆実験」である。制裁の強化が議論されているが、拉致問題を抱える日本と、悪化した対北朝鮮関係を修復しようと手を打ってきた中国の立場はともに難しくなった。
国際経済を見ても、不透明さはより増すかもしれない。米国経済の復調は一定の力強さがあるが、米国の政策金利引き上げは発展途上国に大きな困難をもたらしている。国際金融協会(IIF)の試算によると、2015年に発展途上国からの純流失資金は7350億ドルで、1980年以来最大となった。中国でも純流出資金はこれまでで最大の6760億ドルに上った。同じくIIFの試算では、中国政府が2015年に行った人民元買いドル売り為替介入は4050億ドルに上った。米国の金利が上がり続ければ、発展途上国からの資金流失はさらに進むだろう。中国人民銀行は1月7日、昨年末の外貨準備高が前月末より1079億ドル減少し、3兆3304ドルになったと発表した。過去最大の減少となった。
中国経済の減速傾向は止まらず、昨年からの推移を見ても、2014年通年の成長率は7.3%だったが、2015年の第1四半期―第4四半期の成長率は7.0%・7.0%・6.9%・6.8%であった。他のBRICS各国も、ロシアとブラジルの落ち込みはひどく、今年7%以上の成長が見込まれるのはインドくらいだろう。しかし現状ではインドの経済規模は小さく、世界経済の復興を牽引できる実力はない。
経済状態を反映してか、北京で感じるのは一種の「モヤモヤ感」だ。経済の減速は、今のところ決定的に庶民生活を脅かしているわけではない。所得は確実に上がっていて、消費は堅調だし、海外旅行をする人は激増している。それでも常に不安が付きまとっている。中国で今行われている経済改革は、基本的に支持されているが、成功する確信は持てず、従って先行きに不安を感じている人が多い。
最近発表された2015年の通年成長率は6.9%で、目標の7.0%にはわずかに届かなかったが、経済の現状を考えればまずまずだろう。主な数値を2014年と比較し(対前年比)挙げてみると、
実質成長率  + 6.9%(2014年は+7.4%)
固定資産投資 +10.0%(同+15.7%)
不動産投資  + 1.0%(同+10.5%)
鉱工業生産高 + 6.1%(同+ 8.3%)
小売売上高  +10.7%(同+12.0%)
対外貿易   - 8.0%(同+ 6.1%)
輸出    - 2.8%(同+ 6.1%)
輸入    -14.1%(同+ 0.5%)
やはり貿易の不振が大きい。これまで高度成長を牽引してきた輸出が、ここ数年急降下している。世界経済の不振、原油価格の下落などが原因の1つだが、国内経済の不振による需要の落ち込みが輸入を激減させている。このことは中國の需要に頼ってきた途上国経済に大きな困難をもたらしている。また労働賃金の急上昇などは「世界の工場」型ではもはややってゆけない事を物語っている。貿易構造の転換が急務だ。さらに固定資産投資に頼ってきた成長の副作用が顕著になっている。膨張した生産力が需要をはるかに超え、在庫の山を築いている。「一帯一路」のような、海外でのインフラ投資が進まないと、国内だけでは消化しきれない。消費は堅調とは言え、日本や欧米で起きている中国観光客による「爆買い」で、「消費の流失」が起きているとある経済官僚はため息をついていた。
来年3月に開かれる全国人民代表大会(全人代)で、今年の成長目標は6.5%に引き下げられると予想されるが、それより下がると、さまざまな問題が噴出するので、経済だけではなく、社会全体が変調をきたすことになりかねない。中国人民銀行は1月21日、短期金融市場に4000億元を供給した。このタイミングは、春節の資金需要の高まりに備えたもので、毎年行っているが、昨年は1600億元だった(2月12日)。春節前に6000億元以上の資金供給をすると人民銀行は宣言していたので、近々追加供給があるだろう。これ以上の経済減速を止めようと、政府も必死だ。
ただ悪いニュースばかりではない。中国の自動車工業協会の発表によると、2015年の新車販売台数は、対前年比4.7%増の2459万7600台で過去最高となり、世界1の座を維持した。因みに2位の米国は、対前年比5.7%増の1747万0499台であった。中国市場における日本車は好調で、日産(対前年比6.3%増の125万0100台)、トヨタ(同8.7%増の112万2500台)、ホンダ(同32.5%増の100万6332台)がそろって100万台を超えた。自動車販売は国民所得の向上で、まだまだ潜在力があるが、需要を十分に引き出しているとは言えない。2015年の対前年伸び率を、自動車工業協会は7%と見込んでいたが、それに比べれば期待外れであった。2016年は6%と見ている。問題は膨張した生産能力で、中国全体の能力は4000万台と言われる。市場の実態と比べ過剰であり、今後各社間で値引きなどの激しい競争が起きるだろう。
経済状況が依然として厳しい中、アジアインフラ投資銀行(AIIB)が57ヵ国で正式に発足した。習近平国家主席が提唱(2013年10月)してから800日で実現したことになる。日米両国以外、主な国はほぼ参加したことになる。初代総裁に就任した中国の金立群(元財務次官)氏は、現在さらに30ヵ国以上が参加を申請していると述べた。AIIBの船出は、中国経済外交の大きな得点だが、米国の政策金利の引き上げは、AIIB発足に冷や水を浴びせる結果となった。AIIBの有力な融資先である発展途上国は、リーマンショック以降に流れ込んできた資金が流失する事態に晒されているからだ。
一方、中国の経済外交は相変わらず積極的だ。対欧州は前号で述べたが、習近平主席は2015年12月にアフリカを訪問、中国・アフリカ協力ヨハネスブルグサミットに参加した。2016年1月には中南米・カリブ諸国首脳を北京に招いて「中国・ラテンアメリカ、カリブ諸国共同体(CELAC)フォーラム」を開催した。また同じ1月に中東を歴訪した。アフリカには600万ドルの支援を約束、ラテンアメリカ・カリブ諸国には、インフラ、資源開発、農業、通信、技術革新などに対し、2019年までに計350億ドルの借款を与え、2020年―2030年に2500億ドルの投資を行うと表明した。また中東との関係については、貿易額が2000年から2013年に、約22倍の2750億ドルに成長したが、2020年から2030年までに、これを5000億ドルにまでに増やすと約束した。そして難民支援として2億3000万元(約41億円)、パレスチナ問題に5000万元(約9億円)を無償援助した。
これらの経済外交は、中国企業の対外進出に道を開き、資源の安定供給基地作りに有利であり、さらにこれまでの、米国中心の世界経済体制に風穴を開けることになる。成長の減速に歯止めをかけるべく、経済改革に苦労している中国だが、今年も中国の国際社会における影響力、存在感は強まるだろう。(止)