中国レポート No.100 2024年1月

新しい年の幕開けだ。北京は昨年12月半ばに暴風雪に見舞われたが、穏やかな新年を迎えた。今年は龍年(辰)、中国では、龍は皇帝のシンボルである。龍の研究家である池上正治氏によれば、「龍は一般的に想像上の生き物とされる。その空想の根拠となった動物として、ヘビやワニが有力視されている。また中国には龍の『実在説』を唱える者もいる。いずれにせよ龍は、強大なパワーを持つと信じられ、やがて支配ないし支配者のシンボルとなっていく」。古代中国では皇帝の顔を「龍顔」と言い、皇帝の着る物を「龍袍」と称した。英明な皇帝が現れれば、民は豊かになり、国は平和安寧になるが、そうでなければ龍が暴れだし、民に災いがもたらされ、国は亡びる。さて、2024年、中国の龍は平和と富をもたらすのか、それとも暴れて災難をもたらすのか。
2023年は中国にとって内憂外患の年であった。コロナとゼロコロナ政策の後遺症が深刻で、経済は回復の軌道に乗ったと思われたが、思うように回復しなかった。さらに欧米などの「経済封鎖」で中国経済は試練に立たされた。内政面では、欧米の圧力に対応すべく、中国政府はあらゆる面での監視、管理を強化した。国民は心理的に窮屈になり、不満が蓄積している。日本人を含む外国人がスパイ容疑で逮捕された。中国に進出している外資企業には緊張が走り、政治、経済、人事交流面で、中国と諸外国の交流に支障をきたした。また、習近平と政策面で距離があると言われた李克強(前総理、党内ナンバー2)が年齢制限前に引退、その後心臓発作で死亡した。同じく党のトップ7のメンバーであり、経済の専門家であった汪洋も年齢制限前に引退した。李克強、汪洋と近く、一時はポスト習近平の有力な後継者と言われた胡春華が党政治局委員から平の中央委員に降格となった。李克強、汪洋はこれまで中国の「改革開放」政策を経済面で引っ張ってきた経済の専門家であり、現在経済面で困難の最中にある中国にとっては、大きな損失だと惜しむ声が多い。
昨年12月、北京では一連の重要会議が開催された。8日に開かれた「中央政治局会議」、11日―12日に開かれた「中央経済工作会議」、19日―20日に開かれた「中央農村工作会議」、27日―28日に開かれた「中央外事工作会議」などだ。一連の会議の中心課題は経済と外交であった。中国が経済と外交面で厳しい状況にあり、この状況をどう打開するかが緊急課題である事を物語っている。
一連の会議の内容を見ると、経済に関して言えば、習近平指導部は「問題山積」と認めながらも、強気である。「問題」については、「幾つかの困難と挑戦(試練、課題)を克服する必要がある」として、内需不足、一部業種の生産能力過剰、国内経済循環における目詰まり状態、中国を取り巻く外部環境の厳しさ、表面に出ないリスクと危険などを上げている。この「表面に出ないリスクと危険」に関して、友人の学者が解説してくれた。彼は「ここ数年、米国などの情報・諜報機関は中国内に多くの人員を配し、各分野に多くの協力者を作った。それに対し習近平指導部は極度に警戒し、スパイ摘発に全力を挙げている」と言う。当面の経済状況に対し、習近平指導部は、全体として経済が「回復、上向きであり、長期的に見れば安定に向かうという基本的趨勢は変わらず、質の高い発展が着実に進んでいる」(2023年12月「中央経済工作会議」)と強気の見方をしている。この「回復、上向き」という言葉が最近メディアに多く登場する。習近平の短い新年の挨拶にもこの「回復、上向き」が2回登場した。
外交に関しては、「習近平の外交思想の堅持」、「党中央の統一集中指導」が強調され、「人類運命共同体」に向かった努力、「質の高い一帯一路」建設など、非常に抽象的な文言が多い。具体的に対米、対欧、対日政策などは、当然議論されたであろうが、発表されていない。
過去の数年、中国はコロナのパンデミック、ゼロコロナ政策、米中対立、米欧日による中国包囲網などの試練を受けた。この国内外環境の変化、悪化で、中国経済は大きな打撃を受けた。この状況を打開するために、習近平指導部は経済が困難に直面している事を認めながらも、強気な姿勢を崩さないのは、国民を奮い立たせ、挙国一致で困難を乗り切ろうとしているからだ。今、習近平指導部が恐れているのは、国民が自信喪失し、不満が政府に向かってくる事だ。では経済の「困難度」は、本当のところはどうなのだという事について、専門家の間で意見が分かれている。楽観派と悲観派だ。
新年早々、ネット上に突然現われた3つの文章が大きな話題を呼んだ。発信元は北京と上海だ。「北京のジャーナリスト」名で投稿されたのは「わが国の経済には40年来未曽有の厳しい状況が生まれ、大胆な改革なくして解決策はない」と題する文章。北京の「マクロ経済雑誌社」(この雑誌社が本当に存在するのか不明)に載ったとされる「40数年来未曽有の悪化した外部環境に直面し、われわれは再び中国台頭の情熱を持たねばならない」と題する文章。もう1つは「上海の財経分野の創作者」名による「45年来見たこともない厳しい状況下、根本的な改革なくして出口は見いだせない」と題する文章だ。
上記の3文書は、決して政府を批判しているわけではない。しかし、習近平指導部の説明とはかなりトーンが違い、経済状態の重大さと、国際社会の中で中国の置かれている状況の厳しさを強調するものとなっている。言おうとしている事は2つだ。①ここ40数年の中で、中国の経済と外交は最も厳しい状況に置かれている。②この状況を打破するためには、大胆かつ根本的な改革が必要である。そして具体的に幾つかの提案をしている。①これまでの成長は輸出、消費、投資という「3頭立ての馬車」がけん引してきたが、現状はこれら3つとも非常に厳しい状況にある。②投資による成長から脱却し、内需拡大による成長に転換するべきだ。政府の公共投資を減らし、その分を国民所得の向上に回すべきだ。また「反腐敗」で没収した巨額の資金は、国民の福祉向上に充てるべきだ。特に教育、医療、失業対策、高齢化対策に回すのが望ましい。③市場の機能を重視し、民営企業を発展させ「民進国退」(民営企業の前進、国営企業の後退)政策を採るべきで、国営企業は徹底的に改革すべきだ。④住宅政策の抜本的改革。⑤外交政策の改革。1)対外経済関係発展に沿う外交、2)台湾海峡、南海(南シナ海)の緊張緩和、3)対外貿易関係悪化を阻止する外交の推進、4)対米、対欧関係の緩和、5)平和・親善・合作・ウインウインに基づく国際環境の創出。
以上の、ネットに現れた3文書は現状認識について、かなり政府の見方と違う。特に違うのは民営企業と国営企業の関係についてである。習近平指導部はこれまで「社会主義経済の基本は国営企業」との姿勢を崩さず、その前提で「民営企業の発展」を提起してきた。また民営企業に対して、間違った方向に進まないように「党と政府の監督、指導」を強調してきた。引退後死亡した李克強前首相は、国営企業に厳しく、民営企業に優しかったと言う人が多い。それは李が市場論理を重視し、市場論理に対応できる民営企業を育成し、対応できない国営企業に対し、徹底的な改革を求めてきたからだろう。その意味では、上記の3文章は、李克強の考えに近いとも言える。なお、上記の3つの文章は、1月半ばの時点で削除されたと言う情報はない。
中国経済の現状については楽観論、悲観論より「客観論」で見るべきだ。楽観論、悲観論は物事の両面であり、ある意味ではどちらにも理がある。中国経済の回復状況が分野によって違い、アンバランスの状態にあるという事だろう。
では中国経済の現状はどうなのだろう。2023年の経済指標はまだ一部しか公表されていないが、現時点で知り得る指標を基に考えてみる。
2023年のGDP成長率は、四半期毎ごとに人民元建てで対前年比+4.5%、+6.3%、+4.9%、+5.2%で、通年では+5.2%であった。政府目標は「5%前後」だったので、目標はクリアした事になり、習近平指導部は胸をなでおろした事であろう。ただ人民元の対米ドル安で、ドル建てGDPだと2023年は17.79兆ドル、2022年は17.88兆ドルだったので、対前年比-0.5%である。因みに人民元の対米ドルレートは2023年に4.9%下落した。なお2023年の世界における中国のGDPシェアは16.9%で、ピークの2021年の18.3%から1.4ポイント下落した。
経済分野によって、回復が順調な分野と遅れている分野に分かれた。直近の2023年12月の指標を見ると、鉱工業生産が対前年同月比で+6.8%、小売売上高は同+7.4%、固定資産投資は同+3.0%だった。製造業全体では同+7.4%だったが、内訳を見ると自動車関連(新車販売は同+12%)が同+20.1%、電気機械同+10.1%、コンピュータ同+9.6%、金属製品同+7.3%、ハイテク関連同+6.4%で、これは健闘したと言える。
一方で、不動産関連は特に悪く、12月の中古住宅価格は主要70都市で全て前月の11月を下回った。不動産については「4重の不振」が問題になっている。第1に在庫の膨張、第2に販売不振、第3に不動産販売を主収入源にしてきた多くの地方政府の債務増加、第4に不動産関連業界の不振。在庫については、ある計算によると、1億5000万人分の在庫が眠っている。販売不振は値引き競争を生み、不動産販売企業が「自分の首を絞める」状況が生まれている。それでも思うように売れない。2023年の販売面積は9億4000万平方米で、ピークだった2021年より約4割減った。不動産関連の建材同-7.5%、家電同-0.1%、家具同+2.3%、粗鋼同-14.9%、鋼材セメント同-0.9%だった。不動産関連は、中国のGDPの約3割を占める。不動産が他の分野の足を引っ張っていると言える。不動産の停滞は、不動産販売(使用権)を主な財源としてきた地方政府の財政悪化につながる。2023年2月には、貴州省政府のシンクタンクが、貴州省政府債務は「独自では解決困難」とギブアップ声明を発表した。中国人民銀行は地方政府の債務増加を助けるために金融緩和、再緩和に踏み切ったが、問題の解決には至っていない。地方政府の債務合計は日本円に換算すると1800兆円に達するという計算もある。
不動産に次いで悪かったのは、これまで中国の成長をけん引してきた対外貿易、特に輸出である。2023年の輸出はドル建てで、対前年比-4.6%だった。主要相手国に対する輸出は軒並み減少した。対米国が同-13%、対EUが同-10%、対日本が同-8%、対ASEANが同-5%だった。その一方で対ロシアが同+50%、対一帯一路沿線国が同+10%であった。輸入も減少し同-5.5%だった。貿易は中国だけの要因で決まるわけではない。世界経済の不安定が原因の1つであり、もう1つは米国の対中国「経済封鎖」である。特に対米貿易の落ち込み大きく、米国の輸入の第1位は中国に代わりメキシコになった。米国の対中輸入の主力であるスマホは同-10%、ノートパソコンは同-30%だった。米国は輸入先の転換を図り、2023年、インドからのスマホ輸入は前年の5倍、ノートパソコンのベトナムからの輸入は前年の4倍に膨らんだ。2023年、米国の輸入総額に占める中国の割合は14%に低下、ピークの2017年は21%だった。日中貿易は対前年比減少した。日本の対中国輸出は17兆7646億円で同-6.5%、一方で対米国輸出は同+11.0%の20兆2668億円で、対米中が逆転した。
悪いと言えば失業率は依然高い。2023年12月時点での失業率は5.1%だが、若年労働者(16歳―24歳)は14.9%(就活中で、就職が決まっていない学生は除く)と非常に高い。これは経済の回復が遅れている事を示している。
非製造部門では、外食、旅行、娯楽などが大きく伸びた。直近の2022年12月の数字を見ると、小売売上高は同+7.4%だが、その内の外食関連同+30%、娯楽関連同+17%、宝飾品同+29%、衣料同+26%だった。昨年の国慶節大型連休(8連休)での国内観光収入は7534億元で、コロナ前の2019年に比べ+1.5%だった。国内旅行者数は延べ8億2600万人で、2019年比+4.1%で、この分野は完全にコロナ前に戻った。人々はゼロコロナから解放され、衣類を買い、おしゃれをし、外食や娯楽を楽しむ人は多い。
2024年の春節大型連休が始まったが、今年は2月10日―17日の8日間で、例年より1日休みが増えた。政府の予想によると、鉄道と飛行機利用の「豪華旅行」者が対前年比14%減り、自家用車利用(春節期間中の高速代は無料)の旅行が増えた。また出費のかさむ旅行は控え、外食や娯楽で我慢する人が増える見込みだ。経済情勢に対する不安から、節約志向が増えている。
外食、旅行、娯楽などは好調だが、耐久消費財の伸びは足りない。耐久消費財と言えば、代表的なのは自動車であろう。中国では新車販売が消費動向のバロメーターだと言われる。2023年の新車販売は絶好調と言えるが、内訳を見ると、「絶好調」の中身は新エネ車を中心とした輸出である。2023年の新車販売は初めて3000万台を超え、対前年比+12.0%の3009.4万台となった。因みに2020年から2022年までの推移は、2531.1万台、2627.5万台、2686.4万台である。ただ2023年の新車国内販売は2518万台で、同+6.0%に留まった。この内新エネ車販売は同+37.9%の948.9万台で、EV車が同+24.6%の668.5万台、PHV車が同+84.7%の280.4万台であった。中国EV車の躍進を象徴するのは、中国自動車大手のBYDが2023年第4四半期の世界販売台数で、米テスラを抜いた事であろう。同期のBYDが52万台、テスラは48万台であった。中国の国内新車販売の伸びは大きくないが、新エネ車を中心とする輸出が大躍進し、自動車輸出は日本を抜いて世界1となった。自動車輸出の推移は以下の通りである。
年  度   輸出総台数(万台) うち新エネ車(万台)
2020    99.5       7.7
2021   201.5      31.0
2022   311.1      67.9
2023   491.0     120.3
以上、経済指標の一部を紹介したが、中国経済が全体として回復基調に乗っている事は事実だが、ゼロコロナから脱し、経済は急回復するであろうと多くの人は期待したが、その期待に比べれば回復速度は非常に遅く、不動産などは依然足踏みをしている。一方で順調に回復している分野もあり、回復はアンバランスである。
今の中国経済は、日本のバブル経済とその後のバブル経済崩壊時と似ているので、経済学者の多くは日本の1990年代初頭のバブル崩壊の研究をしている。日本のバブル経済の崩壊は、3つの原因があったと言われる。1つは米国の圧力(日米経済摩擦)、2つ目は日銀の金融政策の失敗(土地バブルを鎮めるために厳しい金融政策を採り、経済全体が落ち込み、不良債権増大で金融機関が経営不振に陥った)、3つ目は金融自由化の波に日本は対応できなかったことである。この内「米国の圧力」と「金融自由化の波」は今の中国経済も同じである。問題は「金融政策」である。中国政府がどのような金融政策を採るか、うまく行けば中国経済は本格的回復に向かうであろうが、間違えば中国経済はデフレに陥り、日本と同じく「失われた」長い時期が続くであろう。その意味で、今年は中国にとって正念場である。(止)
2024年1月28日 西園寺一晃