依然として経済が思わしくない中国だが、春節は大いに賑わった。中国では西暦の新正月より農歴の旧正月、つまり春節を重視する。暦は西暦を用いているので、春節は年によって変わる。2025年の春節は1月29日で、休みは1月28日から2月4日までの8連休だった。今年の春節は2月17日、休みは昨年より1日多い2月15日から同23日までの9連休だった。
春節の期間は里帰りや旅行で「民族大移動」が起きる。春節期間の交通、観光、買い物、飲食などの消費はGDPを押し上げる。中国文化観光部(省)の発表によると、今年の春節休みは昨年より1日多かったこともあり、国内観光収入は対前年比19%増の8035億元(約18兆1900億円)で、過去最高を記録した。国内旅行者数は延べ5億9600万人で、昨年比9500万人増えた。ただ1人当たり1日の消費額は、不景気で節約令が出ていることもあり約150元と、対前年比約1割少なくなった。春節需要の貢献もあり2月の消費者物価指数(CPI)は対前年同月比+1.3%だった。対前月比は+1.0%。中国のCPIは小幅ながら5か月連続で上昇している。これは中国経済にとってプラス現象であり、これが持続すればデフレ傾向から脱却することが出来る。
春節休みが終わって間もなくの3月5日から12日まで、全国人民代表大会(全人代)が北京で開かれた。全人代は、昨年の経済を総括し、今年の経済政策を決める会議で、国務院総理(首相)が主宰する。全人代開催に合わせ、中国国家統計局は「2025年中国国民経済発展統計公報」を発表した。2025年の詳しい経済統計確定値資料である。主な数字を挙げてみる。
〇GDP成長率は、対前年比+5.0%、〇2025年末の都市失業率は5.1%、農民工(出稼ぎ農民)総数3億0115万人、〇工業生産額(付加価値ベース)同+5.8%、〇工業生産者出荷価格(生産者物価)同-2.6%、工業生産者仕入れ価格同-3.0%、農産物生産者価格同-3.7%、〇消費者物価同±0.0、〇社会消費財小売総額同+3.7%、〇国民1人当たりの可処分所得4万3377元で同+5.0%、〇主要70都市で、2025年12月の新築分譲住宅価格が対前月比下落したのは58、中古住宅価格が下落したのは70、デベロッパー利益対前年比-14.1%、建物施行面積同-10.0%、建物新規着工面積同-20.4%、〇2025年末外貨準備3兆3570億ドル、対前年比1555億ドル増加、〇ハイテク製造業付加価値同+9.4%、〇食糧収穫高7億1488万トンで、同+1.2%、〇サービス業のうち、卸売・小売業の付加価値同+5.0%、一定規模以上のサービス業の売上高は同+6.8%、〇社会固定資産投資同-3.9%、〇貿易総額同+3.8%、内輸出同+6.1%、輸入同+0.5%、〇外資の対中投資額同-9.5%、中国の対外投資同+1.6%。
全人代では2026年の経済政策と目標、第15次5ヵ年計画の内容が決まった。2026年の経済政策については、このところ続いているデフレ傾向を打破するために何か抜本的な手を打つのではないかという観測が一部にあったが、驚くような対策は出なかった。かつて中国はリーマンショックの時、4兆元という大胆な財政出動を行い、「わが国の経済はいち早く立ち直り、世界経済復興のエンジンの役割を果たした」と胸を張った。確かにそういう面もあったが、一方で巨大な財政支出の後遺症に長期に渡り悩むことになる。その教訓があり、無理な財政出動は控える力が働くのである。今のデフレ傾向の問題点は明らかで、内需がなかなか上向かないからである。特にGDPの約3割を占める不動産関連が依然として厳冬期にある。この不動産不況と内需不足が全体の経済発展の足を引っ張り、地方政府の巨大な負債問題や失業率、特に若年失業率の異常な高さなどを生んでいる。この傾向は基本的に今年も変わらないであろう。
全人代は2026年のGDP成長率目標を+4.5%から5.0%に設定した。ここ数年の目標が+5.0%だったので、やや目標を下げたということだ。昨年多くの政府関係者は、中国経済について「上向きの軌道に入った」と言ってきたが、この数字を見る限り、政府は決して楽観していないことが分かる。経済学者の間でも意見は分かれている。一部は「当面は依然厳しいが、新たな産業が育っており、中期的には上向きに転じる可能性は高く、それほど悲観する必要はない」という意見。一部は「中国経済の構造的問題だけでなく、対米関係など不透明な外部要素があり、困難は比較的長期に渡り続くので楽観はできない」と言う。
内需拡大対策に限定し、政府は2500億元の超長期特別国債を発行する。この資金は昨年も実施した耐久消費財の買い替え、下取り支援などに回す。その他1000億元の財政金融連携による内需促進特別資金を設け、これは利子補給、融資保証、リスク補償などに充てる。一昨年から始まった「買い換え、下取り支援」は大きな効果を挙げたが、ひと通り買い替えが終わり、今年はどの程度の効果があるかは不明である。
全人代は2026年の財政赤字幅を対GDP4%に当たる5.89兆元とした。これは対前年比2300億元の増である。その他総額1.3兆元の超長期特別国債を発行し、「両重」(国の重大な戦略の実施、重点分野の安全能力構築)の支援に使用するとともに、「両新」(設備更新、消費財買い替え、下取り)の支援に用いることも出来るとした。
全人代では内需の拡大と共に「内巻」の規制が強調された。「内巻」とは過度な競争の意味で、「仁義なき競争」が多くの企業、特に体力の弱い企業を圧迫していた。酷い「内巻」は法律で取り締まるとした。これについて政府は「公平競争の審査と強固な制約を強化し、生産能力の調整、標準によるリード、価格の法執行、品質の監督・管理などの手段を総合的に運用し『内巻』を踏み込んで取り締まる」としている。しかし多くの企業家は「難しい面がある」と言う。それは激烈で過度な競争が無くなるのは良いとして、では競争はどこまで許されるのか、どの線を越えてはいけないのかの基準が明確でないことだ。市場経済の基本は自由競争である。「内巻」と自由競争の線引きが曖昧なところに企業家は戸惑っているのだ。
2025年のGDP成長率が目標の+5.0%を実現できた大きな要因は2つである。1つはハイテク産業が引き続き順調に伸び、世界のマーケットで存在感を示したことである。もう1つは「外需」が好調であったことである。2025年の貿易総額は対前年比+3.8%、うち輸出は同+6.1%、輸入は同+0.5%だった。輸出が好調だったのは、最大の輸出相手国の米国は対前年比-19.5%だったが、対ASEAN同+14.0%、対EU同+9.0%、対韓国+16.1%、対台湾同+11.8%、対日本同+4.1%、対インド同+13.4%など、米国以外の国・地域で軒並み増加したからである。なお、今年に入り中国にとって喜ばしい現象が起きた。それは2月の対米輸出が304億ドルになり、対前年同月比+9.7%になったことである。対米輸出は対前年同月比で11か月ぶりにプラスに転じた。1月は同-23%だったので、急速な回復である。これは主に米国の対中国追加関税緩和の結果だが、これが続くのかどうか今後の推移を見る必要がある。ハイテク産業の好調さについては、象徴的な例は世界新車販売だ。2025年通年で、EVを中心とした中国の販売台数が2700万台になり、日本の2500万台を抜いて世界のトップに立ったことである。中国国内販売はやや鈍化しているが、輸出・海外販売が急伸した。世界の上位20社のランキングに、BYD、吉利など中国のメーカーが6社入り、日本の5社を上回った。因みに世界の販売トップ10には、1位のトヨタが1132万台、6位のBYDが460万台、8位の吉利が411万台、9位のホンダが352万台、10位のスズキが329万台となっている。
これまでのレポートで繰り返し強調したが、現在の中国経済を評価する場合、良いとか悪いとか一概に言えない。問題は非常に悪い部分と、非常に良い部分が混在している、つまりバランスが悪いのである。不動産関連部門は相変わらず悪く、なかなか上向かない。この傾向は2026年に入っても続いている。中国国家統計局の発表によると、今年1-2月の新築住宅販売面積は対前年同期比-15.9%だった。
一方で前述のEVを中心とした新車を筆頭に、AI、ロボット、半導体、医療機器などは好調を維持している。ここ数年目覚ましいのは半導体産業の飛躍的発展である。米中経済戦争が始まった2018年当時、すでに中国は世界最大の半導体マーケットになっていて、シェアは50%近くあった。しかし半導体自給率は約10%であり、先端半導体は作れなかった。そのため米国の半導体による中国のハイテク産業「封じ込め」は、中国に大きな困難をもたらした。スマホ大手のファーウェイなどはスマホ生産が大きく落ち込み、経営危機に陥った。しかし今ではファーウェイ製のスマホは100%国産の半導体を使うようになり、会社は蘇った。米国半導体工業会(SIA)の発表によると、2026年1月の世界半導体販売額は、対前年同月比+46.1%の825億4000万ドルだった。内訳は日中を除く「アジア・太平洋・その他」(台湾、韓国を含む)が同+82.4%の245億ドル、米国は同+34.9%の264億ドル、中国は同+47.0%の228億ドル、日本は同-6.2%の37億ドルだった。公式なデータはないが、知り合いの経済学者の話では、現在の中国の半導体自給率は23%程度で、2027年には27%-30%くらいになり、半導体製造装置では、2028年には自給自足が実現し、半導体製造能力で世界一になるだろうと言う。いずれにせよ政府の全面的テコ入れで中国の半導体産業は猛スピードで発展しているのは間違いない。米国の、中国のアキレス腱である半導体を利用しての中国経済攻撃に対し、中国はレアアースで反撃した。これまでハイテクに欠かせない半導体で米国は圧倒的優位に立ってきた。同じように半導体を含むハイテクに欠かせないレアアースで、中国は圧倒的優位に立って来た。2024年の時点で、中国のレアアースの埋蔵量は世界の約5割、生産量で約7割、精錬量で約9割を占めている。レアアースがなければハイテク産業は成り立たないばかりか、戦闘機は飛べず原潜も動かない。かと言って、米国などが自前のレアアース生産体制を作ろうと思えば、10年以上はかかると言われる。日本では南鳥島のレアアース泥が注目を集めているが、水深6000メートルという深さと、コストの問題があり、果たして商業ベースに乗せられることが出来るのか、問題は多いと専門家は言う。レアアースについて、中国は禁輸しているわけではないが、輸出の政府管理が厳しくなっている。しかし現実にはどうかと言えば、興味深い数字が出ている。今年の1-2月の状況を見ると、レアアース永久磁石の輸出は前年同期比+8.2%と増えている。対米輸出は同-22.5%だが、内訳は1月同-37.8%、ところが2月は一転して同+10.6%と増えている。対日輸出は、1-2月で同+9.7%、内訳を見ると1月同-8.7%だが、2月は同+36.9%と急増している。最大はドイツ向けだった。
今回の全人代では、当然内需拡大の必要性が強調された。そのための補助金についても予算化された。同時に強調されたのは「新質生産力」の発展である。これは従来型の産業構造からハイテク中心の産業構造に転換し、さらに高い次元での経済成長を達成させるということである。そのため企業に設備更新のための補助金を支給する。多くの企業はチャンスとばかり、政府の補助金を利用し、設備更新を行うことになる。これは良いことであるが、現実的には大きな問題がある。それはさらに需給バランスが崩れ、過剰生産のリスクが高まることである。設備更新が進めば、生産は効率的になり、生産能力は上がる。需要(消費)が低迷する中で、供給(生産)が拡大すれば過剰生産になり、在庫は増える。この問題を解決するには3つの方法がある。1つは生産調整、2つ目は内需の拡大、3つ目は過剰部分を世界市場で売りさばくことである。現在中国が採っているのは輸出振興である。世界市場で「デフレ輸出」と批判されながらも、中国の輸出は伸びている。これが中国の成長を支える柱の1つとなっている。ただ外需に頼るのは限界がある。根本的には内需を拡大するしかない。
今後の中国経済にとって、内需の拡大と共に世界経済とのリンクを強化し、より多くの外需を取り込むことはますます重要になる。そのためには人民元の国際化による、金融面での世界市場における影響力拡大は不可欠だ。そのために「金融強国」にならなければならないと全人代で強調された。中国には「パンダ債」と「点心債」がある。「パンダ債」は、中国本土で海外企業が発行する人民元建て債券。「点心債」は、中国本土以外の市場で発行・流通するオフショア人民元建て債券である。人民元の国際化からすると、中国にとってより重要なのは「点心債」の拡大だろう。この「点心債」は2007年に確立され、2010年の人民元取引規制緩和以降少しずつ拡大してきた。2010年にはマクドナルドが非中国系企業で初めて発行した。その後のパンデミックで停滞したが、2021年頃から息を吹き返し、着実に伸びてきた。ロンドン証券取引所グループ(LSEG)によると、2025年の国際決済に占める人民元の比率は3%である。しかし貿易決済だけ見ると、人民元は8.5%で米ドル(80.7%)に次いで第2位だ。因みにユーロは5.6%、日本円は1.3%である。米ドルの独占的地位は変わらないが、人民元は徐々に、確実に影響力を伸ばしている。2025年の「点心債」発行額は対前年比+12%の8830億元と2021年の約7倍に拡大した。2026年に入ってから、米国のゴールドマン・サックス、モルガンスタンレー、カナダのロイヤル銀行などが起債している。中長期的に見れば、米ドルの一強体制を揺るがす可能性を秘めていると言えるかもしれない。
3月21日、何立峰副首相は北京に進出している多国籍企業の責任者を招いて懇談した。何副首相は、中国は今後とも対外開放を堅持すると強調した。また今年スタートする第15次5カ年計画について説明し、外国企業の投資を呼びかけた。中国側の発表によると、参加したのはHSBC(英)、プルデンシャル(米)、シーメンス(独)、シュナイダーエレクトリック(仏)、テンセル(オーストリア)、スザノ(ブラジル)などで、日本の企業が呼ばれていないのが気になった。
日中関係から見ると、今の北京の空気は重苦しい。日本研究の学者や政府の対日関係者の心ある人は、何とかして関係改善を図らなければならないと、その方策を模索している。しかし世論は、昨年11月の衆議院予算委員会における高市首相の「台湾有事」関連発言以降、日本に対して非常に厳しいのが現状だ。先般起きた現職自衛官の在日中国大使館侵入事件なども世論の厳しさに拍車をかける。北京に進出している日本企業は苦労しながらも頑張っているが、なんせ政治関係の悪化が足を引っ張る。昨年から今年にかけて、G7の首脳などが続々と北京を訪問し、経済関係の正常化と発展を図っている。トランプ米大統領の訪中は、イラン問題の激化で延期になったが、米中関係もやや緩和の兆しが出ている。どうも日本だけが取り残されているという感がある。日中の経済相互依存関係はすでに切っても切れない状況だ。対立は双方を傷つける。何とか双方が知恵を絞り、関係改善の道を見つけてほしいと切に思う。(止)
西園寺一晃 2026年3月28日
