中国レポート  No.96 2023年5月

中国政府がゼロコロナ政策を転換してから5か月が経とうとしている。今や当時の、ゼロコロナ政策の様々な規制、措置は跡形もない。人々は外出、外食、娯楽、買い物、旅行を満喫している。

ゼロコロナ政策転換後初の春節(旧正月)期間、交通機関を利用しての人々の移動は、ほぼコロナ前に戻った。正式な春節休みは、1月21日から27日までだったが、新華社の報道によると、この期間に国内旅行した人は、延べ3億0800万人だった。直近の大型連休は、4月29日から5月3日まで5日間の「メーデー連休」だ。この時は、延べ2億4000万人が国内旅行を楽しんだ。有名な観光地はどこも押すな押すなの盛況だった。いかに人々が規制のない外出や旅行に飢えていたかがわかる。

中国は、3月に開かれた全国人民代表大会(全人代)で人事を一新したが、新指導部の最大の課題、任務は、ゼロコロナ政策で落ち込んだ経済をどう立て直すかであった。2022年のGDP成長率は+3.0%であった。目標の「5.5%前後」にはほど遠い数字であったが、ゼロコロナという状況の下で、とにかくプラス成長をキープした。これを+5.0%まで引き上げるのが今年の目標だ。

考えてみれば、3年に渡りあれだけ極端なゼロコロナ政策を採りながら、経済が破綻しなかったのは奇跡と言えるかもしれない。これが中国経済の底力であろうか。しかし経済の各分野に相当深い傷跡を残したのは事実だ。従って、ゼロコロナ政策を転換したからと言って、経済が右肩上がりに一気に回復、上昇する事はあり得ない。中国の人もあまり知らないが、本来コロナがなかったら、或いはコロナ下でも極端なゼロコロナ政策がなかったら、中国は昨年「高所得国家」の仲間入りをしていた。世界銀行(世銀)の2022年度基準では、1人当たり名目国民総所得(GNI)が1万3205ドルを超えると「高所得国家」となる。2022年の中国の1人当たりGNIは1万2608ドルだった。ゼロコロナ政策に加え、人民元安もあり、昨年は世銀の基準に及ばなかった。しかし今年の第1四半期の成長率は+4.5%だったので、事実上中国はすでに「高所得国家」の仲間入りをしている。日本では依然として「中国は貧しい」というイメージを払拭していない人が多いが、様々な問題を抱えながらも、中国は着実に成長、発展しているのは事実なのだ。

この5か月の中国経済を見ると、幾つかの特徴がある。①趨勢からすると、中国経済は回復基調にある。②経済回復は「ジグザグ」であり、分野により大きく異なり、回復のバランスが取れていない。③まず回復基調に乗り、力強く上昇しているのは消費、特に外食、観光旅行、娯楽などの「サービス消費」である。一方で、不動産、耐久消費財などの回復は遅れている。④非製造業の回復は順調である一方、製造業の回復は思うように進んでいない。⑤成長の大きな動力である「輸出」は、世界経済の不況による外需不足、米中対立などにより、不安定である。⑥消費のバロメーターと言われる新車販売は急回復しているが、販売の内容が変わりつつある。新エネルギー車の伸長が著しい。

2023年第1四半期(1―3月)の成長率は+4.5%であった。通年の目標である+5.0%には及ばないが、ゼロコロナ政策転換間もない時期としてはまあまあだろう。当然4月、5月は上昇しているが、分野によって上昇の度合いは異なり、ジグザグ感は否めない。

先ず1―4月の製造業と非製造業のPMI(購買担当者景気指数)を見てみよう。

1  月   2  月   3  月    4  月

製造業    50.1  52.6   51.9   49.2

非製造業   54.4  56.3   58.2   56.4

2022年第4四半期、各月のPMIを見ると、10月49.2,11月48.0,12月49.0だった。50.0が善し悪しの分水嶺である。今年に入り改善はされているが、製造業は4月にはまた50.0を切った。ゼロコロナ政策が転換されて、人々は一斉に外出、外食し、買い物をし、娯楽に興じた。しかし住宅や耐久消費財などにはまだ手を出していない。3月の小売売上高は、対前年同月比+10.6%だったが、4月には同+18.4%まで上がった。飲食店収入は同+43.8%。このサービス消費に比べ、鉱工業生産は回復速度が緩やかで、1-2月が前年同期比+2.4%、3月が同+3.9%、4月は+5.6%だった。固定資産投資は、3月が同+4.8%、4月は同+3.9%と足踏みしている。特に不動産は不況のままだ。不動産開発投資は、3月が同-5.9%、4月は-7.2%と悪化している。不動産は中国のGDPの約3割を占める。不動産市場が活況を呈しないと、中国経済の本格的回復は厳しい。ただ不動産市場があまり加熱すると、中級以上のマンションなどは投機の対象となり、価格が高騰し、一般の人は買えなくなる。住宅に対する需要は非常に大きいので、「必要な人が買える」住宅を建て、多くの人が買うことにより不動産関連の活気を取り戻し、経済成長に寄与する、これが政府の目的だ。政府は不動産市場回復のために、資金繰りが厳しい不動産業者に対し、融資などの面で優遇措置を取り出した。不動産市場はこれから徐々に活気を取り戻してゆくだろう。

新車販売の状況は、消費動向のバロメーターと言われる。コロナ以前から昨年までの新車販売台数は以下の通りである。

年  度 販売台数(万台)対前年比(%) 新エネ車(万台)対前年比(%)

2017 2887.9  +3.0     77.7  + 53.3

2018 2808.1  +2.8    125.6  + 61.7

2019 2576.9  -8.2    120.6  -  4.0

2020 2531.1  -1.9    136.7  + 10.9

2021 2627.5  +3.8    352.1  +257.6

2022 2686.4  +2.2    688.7  + 93.4

この数字から以下の事が読み取れる。①新車販売は回復基調にあるが、これまでの最高である2017年までの水準には回復していない。②コロナ下でも急速に伸びているのは新エネ車であり、中国における新車生産及び販売の構造が大きく変わりつつある。2020年11月、国務院は「新エネルギー車産業発展計画」を公布した。それによると、新車販売における新エネ車の割合を、その時点での約5%から(2020年は5.4%)2025年までに約20%、2035年までに新エネ車を新車販売の「主役」にし、ガソリン車は淘汰させる(中国市場では販売禁止)としている。

中国からの、乗用車の輸出も急速に増加している。

年  度  新車輸出台数(万台)  新エネ車の輸出(万台)

2017   89.1

2018  104.1

2019  102.4

2020   99.5         7.7

2021  201.5        31.0

2022  311.1        67.9

2022年の日本の新車輸出台数は381.3万台で、依然世界1であったが、2023年の第1四半期(1-3月)の新車輸出台数で、中国は日本を抜いて世界1となった。同期の日本の輸出台数は同+6.0%の95万台だったが、中国は同+58.1%の107万台だった。世界1に寄与したのは新エネ車で、38.8万台だった。まだ総台数は少ないが、中国EV大手の比亜迪(BYD)は4.3万台と、輸出台数を前年同期比10倍以上増やした。

中国の貿易は今年に入り「ジグザク行進」で、思うように回復していない。第1四半期(1-3月)は貿易総額で同+4.8%。内訳をみると、1-2月の輸出は前年同期比-6.8%、輸入は-10.2%だった。3月は輸出が同+14.8%と回復したが、輸入は同-1.4%だった。4月は輸出が同+8.5%と依然回復基調にあるが、輸入は同-7.9%と落ち込んだ。輸出をけん引したのはEV、リチウム蓄電池、太陽電池などであり、貿易構造は徐々に変わりつつある。これから、製造業が回復するに従い、輸入は増えるだろう。米欧日などの先進国は、中国依存の貿易構造を転換すると言っているが、中国もまた同じである。改革開放以来、中国は貿易面でEU、米国、日本に頼ってきた。しかしそれが米中経済戦争で、非常に危険であることを痛感した。中国はいま貿易相手国を、米日欧を重視しながらも、ASEANやグローバルサウス、ロシア、中央アジア、中東、アフリカ、南米に拡大しようとしている。このような状況の中で気になるのは、中国の貿易構造の変化の中で、日本の存在感が薄れていることである。長期に渡り、日本は中国の貿易相手国の中で、EU、米国に次いで第3位をキープしてきた。ところがここ数年、ASEANに抜かれ、昨年は韓国に抜かれ第5位になった。貿易総額も、昨年はASEAN、EU、米国、韓国などが、対中国貿易の成長率を対前年比でプラスにしたが、日本はマイナスだった。日本の対中国貿易総額は3735億ドル(2022年)、2313億ドルの対米貿易をはるかに上回る。日本経済は中国経済との交流なくして成り立たないのが現実だ。対米と対中、外交・安保と経済の中で、いかにして「股裂き」状態を防ぐのか、日本の国益とは何なのか、考えさせられる。

今中国政府が最も緊張しているのは失業問題だろう。コロナとゼロコロナ政策の最大の後遺症は、失業率(都市部)の高止まりだ。ここ数年の推移は、2018年3.80%,2019年3.62%,2020年4.24%,2021年3.96%,2022年5.60%。2023年第1四半期の失業率は5.5%で、若年層(16-24歳)は19.6%だった。4月の失業率は5.2%とやや改善されたが、若年層の失業率は逆に20.4%と悪化した。若年層の失業率だけを見ると、2021年は14,3%、2022年は17.6%だったので、ここ数年で悪化していることになる。7月にはすでに存在する膨大な若年失業者に加え、新大卒者1158万人が社会に出る。この人たちの就職問題をどう解決するか、これは社会の治安と政治の安定に関わる重大な問題なのである。(2023年5月29日)(止)