No.67 中国レポート 2018年7月

今最大の話題は何と言っても米中「貿易戦争」だ。多くの人は、「トランプに騙された」という感情を抱いている。それは、昨年の11月にトランプが中国を訪問、習近平との首脳会談を持ったが、それはまさに「大国間の新たな関係」を構築するもので、相互尊重、相互協力の関係はできたと多くの人は感じていた。貿易不均衡問題で、米国は中国に一定の要求を突き付けてくるのはわかっていても、それは「話し合いと妥協」で解決できると楽観視していた。トランプの米国がこれほど「敵意に満ちた、強引なやり方」(ある友人の表現)で中国に貿易・経済戦争を仕掛けてくるとは、おそらく中国指導部も予想していなかっただろう。

ある親しいジャーナリストは、「われわれが予想もしなかった事」として、次の4つを挙げた。①米国が中国に対し、これほどまでに大きな憎しみを抱いていた事。②米国がこれほど情け容赦もなく、交渉の余地さえないくらいに攻撃してきた事。③中国がこれだけ理不尽に米国に叩かれているというのに、中国に同情し、中国と共に米国と闘ってくれる国が無い事。④この理不尽な中国叩きに対し、米国内の共和党、民主党は同じ立場に立っている事。

この米中貿易戦争は、米国が3月、鉄鋼・アルミ製品に追加関税をかけた(鉄鋼25%、アルミ10%)ことから始まった。中国は「貿易戦争を恐れない」(中国商務省)と受けて立つ構えだが、今のところ非常に抑制的だ。米国が中国の鉄鋼・アルミ製品に追加関税をかけた報復に、中国は4月に豚肉やワインなど米国製品に30億ドル相当の関税を上乗せした。この程度なら上半期の米中貿易にはほとんど影響はなかった。7月になると、米中双方は340億ドル相当の製品に25%の追加関税をかけた。米国はさらに160億ドル分に25%、2000億ドル分に10%の関税をかける構えだ。中国も対抗上報復措置を取るだろう。そうなればもはや泥仕合だ。米国も大きな打撃を受ける。特に大豆は米国の対中国輸出商品の主力と言える。米国産大豆の輸出高に占める各国の割合は、中国57.1%、メキシコ7.4%、オランダ5.1%、日本4.5%、インドネシア4.3%、その他21.6%(国際貿易センター)で、中国向けが圧倒的に多い。ある試算では、この貿易戦争によって、米国の大豆農家の所得は60%減るという。大豆農家は本来共和党・トランプの支持母体である。中国ではすでに黒竜江省など東北地域で大豆の作付面積拡大が始まった。また新たな輸入先として、関係改善に向け走り出したインドなどが有力視されている。

米中貿易戦争は始まったばかりで、今後どのような展開になるか不透明だ。中国の本年度上半期の貿易動向を見ると、まだ影響は出ていない。中国の上半期(2018年1月―6月)の対米輸出は2177億ドル(前年同期比14%増)、輸入840億ドル(同12%増)で、貿易黒字が1337億ドルと前年同期比14%増えた。中国は米国からの原油、天然ガス、航空機、半導体などの輸入を増やしたが、皮肉なことに米国経済が好調で、パソコン、携帯電話、玩具、雑貨などの需要が増え、結果として中国の輸出が輸入を大きく上回った。

グローバル化の現代、貿易はそう単純ではない。例えば、中国の対米輸出の内容を見ると、「中国から米国への輸出」とは言え、かなりの部分は、中国に工場を持っている外資系企業が生産した製品なのだ。当然米国系企業も含まれている。米国の追加関税によって多くの在中国外資系輸出産業が打撃を受けることになる。2国間貿易といえども、その過程では多くの国と企業が複雑に介在している。

また米中の経済関係は、輸出入の数字だけでは実態が見えてこない。2017年の米国の対中国貿易赤字は、米国発表で3750億ドルだ。その一方で、米国企業―GM、フォード、ナイキ、スターバックス、マクドナルド、KFCなどの中国における売り上げは、米国の対中国輸出額を大幅に上回る。中国企業の米国における売上高は微々たるものだ。この数字はもちろん貿易額には含まれないが、これらを勘案すれば米中の経済関係は結構バランスが取れているのだ。もし米中貿易戦争がさらに激化すれば、中国に進出している米国企業は大きな損失を被る可能性がある。

米国と中国は、世界第1と第2の経済大国であり、世界経済に大きな影響力を持っている。その2大経済大国が貿易戦争を行えば、世界経済に甚大なマイナス影響を及ぼすのは必至である。またトランプが貿易戦争を仕掛けているのは中国に対してだけではない。米国vsEUの貿易戦争はすでに始まり、米国と共にNAFTA(北米自由貿易協定)の構成員であるカナダ、メキシコにもトランプは貿易戦争を仕掛けている。もし自動車及び関連部品にも高い追加関税をかければ、米国とEU(特にドイツ)の溝はさらに深くなり、日本も大きな打撃を被る。

米中貿易戦争のエスカレートは、対立が「貿易」から「国家」になる危険性を孕む。経済の対立から、経済、政治、安保を含む国家間対立に発展すれば問題は深刻だ。すでに米国は、米国が貿易において赤字を抱える個々の製品を標的にするところから、戦略的意図を持った中国攻撃に移りつつあると、多くの学者は認識しだした。その1つはハイテク産業だ。ハイテク産業はこれまで米、日、独が先頭を切り、中でも米国が圧倒的優位に立っていた。ところが、近年中国の追撃が激しく、このままではハイテク分野における米国の覇権が脅かされる状況が生まれた。中国の追撃を阻止するために、米国は「知的財産の侵害」を名目に中国の新興ハイテク産業を狙い撃ちにしたという見方だ。ハイテク産業は、これからの国力を支える重要産業で、宇宙開発や国防力の強化に直接結びつく。

米中貿易戦争は今のところ表向き経済の範囲内で進んでいるが、これが安保戦略とあからさまにリンクした時、次元の違う深刻さが生まれるだろう。せっかくここまで進んできた朝鮮半島の非核化問題も、米中対立によって台無しになってしまう可能性すらある。さらに対立がエスカレートし、米国が「台湾問題」に手をつければ、中国をして台湾に対する「武力解放」に追いやるかもしれない。その先には限定的ながら米中武力衝突という悪夢さえちらつく。そうなれば集団的自衛権容認へと舵を切った日本は間違いなく巻き込まれるだろう。せっかく沈静化した「尖閣問題」がまた危険な方向へと向かいかねない。米中貿易戦争のエスカレートは、このような深刻な問題を含んでいるのだ。

北京でも、今回の米中貿易戦争はどちらが勝利するかという議論がある。多数意見は「今回の貿易戦争に勝者はない」という結論だ。双方とも傷つき、双方の経済、国民生活に多大なマイナスをもたらすということだ。そして世界経済に大きな災いをもたらすのは必至だという意見がほとんどだ。

中国の第2四半期(4月―6月)の成長率は6.7%だった。想定内で、堅調と言える。北京の市民生活を見ていると、今のところ全く米中貿易戦争の影響は出ていない。問題は米中貿易戦争の影響が出始める今年後半である。ある友人は「これまでは野次馬的立場でいられたが、これからはそうはいかないだろう。われわれの生活にどう響いてくるか、みな戦々恐々としている」と話していた。

以上のように、米中貿易戦争は米中両国を越えた危険性を孕んでいるが、短期的に見れば、日中関係にはプラス作用をもたらすかもしれない。それは、中国が、米中対立のエスカレートを見越し、その対応策の1つとして、ギクシャクしていた周辺諸国との関係改善を急ぐ可能性があるからだ。日本、韓国、ASEAN、インドなどだが、政治的、経済的、戦力的に見て、最重要国は日本だと見るだろうからである。ただそれはあくまで短期的観点であり、長期的に見れば、米国と同盟関係にある日本は非常に複雑な、苦しい立場に追い込まれる可能性がある。(止)