中国レポート No.72

何といっても北京っ子の話題は米中経済摩擦である。ただ最近呼び方が変わってきた。初めは「貿易戦(争)」だったが、政府がナショナリズムを刺激しないよう「戦争」という言葉を使わないよう呼びかけた。その結果「経済摩擦」になった。その後、トランプの対中締め付けが激しくなり、摩擦は「貿易」から「ハイテク」へエスカレートし、更には「経済全般」へと広がった。するとちらほらと「冷戦」という言葉が現れ、これはまさに米中の、国家の命運を賭けた「全面対決」だという意見さえ現れたのである。この時点で政府は各メディアに対し、①改革開放の重要性を強調する、②国内の寛容さと活力を失わないような報道を心掛ける、③今後、マイナス要素を受け入れ、困難に当面する覚悟、準備をするよう呼びかける、④中国と西側社会のイデオロギー上の違いを拡大しないよう努める、⑤なるべく中国と西側社会の関係を緩和するようにし、米中関係を冷戦に導くような報道はしない、という指導を行った。

確かに中国政府はこれまで一貫して対米、対トランプ批判を控え、「交渉を通じた、相互譲歩による、穏便な解決」を望んできた。そしてそれは可能だと考えてきた。その根拠は米中経済の相互依存である。つまり、これ以上の摩擦のエスカレートは、双方の経済に打撃を与え、共に傷つく、勝者は無いという考えに基づいたものである。これは非常に冷静な判断であると同時に、習近平指導部にとってはリスクのあることでもあった。国内に関しては、国民の中に「習近平指導部は対米軟弱だ」という批判が生まれ、習近平指導部の威信低下につながりかねない。国際的には「中国は米国にやられっぱなしで、困り果てている」というイメージを与えかねない。これは面子を重んじる中国にとって耐え難い事なのである。

この間、一般市民は当初の「これは政府間問題で、我々には関係ない」から、「このままでは市民生活にもマイナス影響が出るだろう」になり、今の時点では、かなり深刻に受け止めるようになった。トランプの対中攻撃のエスカレート、及び国際社会の反応を見て、多くの市民はある種の衝撃を受けた。その衝撃は、誰がまとめたのか、「4つの思いがけない事」として、ネットを通じ広まっている。①米国は、トランプは、ここまで中国を憎んでいたのか、②米国、トランプはこれほど性急に中国に手を下し、全く交渉の時間さえ与えなかった、③中国は、世界の大きな流れである「自由貿易」を堅持し、米国の「保護主義」と闘っているのに、中国と共に闘ってくれる国は1つも現れない、④米国議会では、民主、共和両党が激しく争っているのに、対中国に関しては民主、共和は共同戦線を張っている。

市民レベルでは、これまで米中の経済摩擦について楽観視していた。あまりエスカレートすると、米国も困るだろうから、お互いに「落としどころ」を模索して、ほどほどのところで収めるであろうと考えていた。だからそれほど反米感情も高まらなかったし、それほど緊張感は持たなかった。ところが、その空気は急速に変わりつつある。反米感情は高まりつつある。このままでは中国経済は大きなダメージを受け、国民の生活にも大きな影響が出るだろうという緊張感が高まっている。米国が、中国のハイテク産業の急成長を代表する「華為(ファーウエイ)」を、同盟国を総動員して集中的に叩き、中国からの輸入品に対する制裁関税を、第1弾(340億ドル分)、第2弾(160億ドル分)に続き、第3弾として2000億ドル分に掛ける(10%→25%・5月10日発動)に至り、中国の多くの国民は、この米中の矛盾が短期的には解決できないと感じたのである。さらにトランプは第4弾(約3250億ドル分)を準備するよう指示した。第4弾にはスマホ、ノートパソコン、デジカメなど消費者に直結するハイテク製品が含まれる。そうなれば中国のハイテク産業が大きなダメージを受けるばかりでなく、日本、韓国、台湾などアジアに広がるサプライチェーン(供給網)が直撃を受け、混乱は避けられない。もちろんその中心にある米国のハイテク産業、米国の消費者への影響も大きい。

北京の友人は口々に「いったいトランプはどこまでやるつもりなのか」と言う。そして、米国自身も無傷ではあり得ないのに、敢えてここまでやるのは何なのかと怒り、首をかしげる。

今中国の学者、研究者の間で1つの議論がある。それは、この米中間の矛盾は果たして「経済摩擦」なのか、あるいは「体制間摩擦」なのかという議論である。後者は、貿易に始まり、ハイテク分野に拡大し、経済全般に広がっているこの矛盾は、表面的に見ると「経済摩擦」だが、本質は経済ではなく、安全保障を含む「体制間摩擦」、つまり「新冷戦」であるという考え方である。

最近興味あるインタビュー記事が朝日新聞に掲載された。中国国防大学の劉明福教授(上級大佐)のインタビュー記事だ(5月15日付朝刊)。劉教授は軍部の強硬派の論客で、習近平指導部が掲げる「中国の夢」の発案者として知られる。劉教授は「もうすでに新冷戦は始まっている」と断定、「これからの30年、中国と米国による戦略的競争は、私たちがこれまでに経験したことのない大規模なものになる」と述べている。そして「最も危険なのは今後10年間で、・・・中国は戦略的防御が必要な時期で、米国に対応できる準備と能力を蓄えなければならない」、「次の10年は国力の差が縮まってにらみ合いが続く、最後の10年は米国が衰退し、中国が主導権を握る時代となる」と述べている。国防大学の教授、それも習近平指導部のブレーンの1人が外国の新聞社のインタビューに答えているわけで、全くの「個人的意見」とは考え難い。しかしその一方で、やはり習近平指導部のブレーンの1人である、北京大学国際関係学院前院長の賈慶国教授は「新冷戦」を否定し、次のように述べている。「現在の米中関係は冷戦とまでは言えない。中国と米国にはイデオロギーの相違があり、軍事的にも南シナ海や台湾海峡で摩擦はあるが、(かつての)米ソのような全面対決ではない。経済関係はむしろ密接で両国経済を完全に隔絶することは難しい」。同じ習近平指導部のブレーンが、違う見解を示しているわけで、これをどう読むかである。私の友人のある学者は、「劉教授の見解は本質的な考え方、賈教授の見解はなお妥協の余地を探る必要があるという考え方で、2つを併せたのが習近平指導部の考え方だ」と解説してくれた。

さて、現実の中国経済だが、やはり苦しいのは事実だ。ここ20年来、消費は伸び続けているが、ここにきて伸び率は急速に鈍化している。中国の消費を占うバロメーターは新車販売だが、ここ数年販売台数が減少している。直近の4月は14%減で、10か月連続で前年同期を下回った。政府は消費を促すためにこの4月から増値税(付加価値税)を引き下げ、自動車メーカーにかかる税率を16%から13%に下げた。各自動車メーカーは新車価格を2-3%引き下げたが、効果は無かった。今現在、勤労者の平均賃金は年5-6%上昇し、中産階級が増え続けていて、財布の中の金が減っているわけではない。ではなぜ消費が鈍化しているのか。それは先行き不安が消費を躊躇させているに他ならない。米中経済摩擦が微妙に消費者の心理に反映しているのである。なお、中国国家統計局によると、4月の小売総額は前年同月比7.2%増、この伸び幅はここ10数年で最も低いものだった。

前述のように、中国政府はメディアに対し、これまで米国批判を抑制するよう指導してきた。それは、何とか妥協点を見つけ、大きな傷を負わないうちに米中間の矛盾を収束させたいと考えてきたからだ。ところが最近このような中国の抑制的な姿勢が、米国をつけ上がらせているのではないかという意見が多くなってきた。そこで、「必要な反論、批判は断固行う」という方針に転換したと思われる。

中国共産党機関紙の「人民日報」は、5月13日付紙面で「どのような挑戦も中国の前進を阻むことはできない」と題する米国批判の論評を掲載した。そこで①中国は米国の要求に屈しない。中国は自国の正当な発展や利益を放棄することは決してない、②米国の一国主義、覇権主義に前途は無い、③米国のこのような粗暴なやり方は、世界経済に深刻な悪影響を与えるばかりでなく、米国経済をも害する。国民に向けても、中国は決して安易な妥協はせず、断固とした態度を採ると示すようになった。その1つは、中国が義勇軍を送った「朝鮮戦争」の映画を連日テレビ放映していることだ。聞くところによると、国営テレビ局は、政府の指導で、予定していた番組を差し替えて放映することになった。中国では朝鮮戦争を「抗米援朝」(米国に抗し、朝鮮を助ける)と呼ぶが、今回の米中経済摩擦に関連した放映だという事は誰もが気付いている。その一方で、交渉の継続を放棄するわけではないとの意思を示すことも忘れない。「3年の抗米援朝のうち、2年間は戦いながら(停戦)交渉をしていた」と説明している。

今中国では、米国から集中攻撃を受けている「華為(ファーウエイ)」を支持、救う事が「愛国の証」となる風潮が広まっている。多くの人はファーウエイのスマホを購入、ある企業では、従業員に貸与するスマホを全てファーウエイ製と決めた。また別の企業は、従業員が外国製スマホからファーウエイ製に切り替える場合、補助金を出すことを決めた。

共産党中央と国務院(政府)は、全てのテレビとラジオが、毎朝7時に国歌を流す事を求めた通知を出した。「抗米愛国」の呼びかけの一環である。しかし、国民の「抗米愛国」の高まりは、習近平指導部にとって「両刃の剣」である。米国との摩擦を闘い抜くためには、国内の「一致団結」は不可欠である。しかし、反米感情が高まりすぎると、反米暴動などが起き収拾がつかなくなる可能性がある。そしてその暴動のエネルギーは、何かの拍子で、共産党・政府に向かうこともありうるのだ。習近平指導部の本心は、決して米国との全面対決を望んでいない。何とか妥協点を見つける努力はしなければならない。また国内には大量の米国留学経験者がいる。その「親米派」は今後どう動くのか。「抗米愛国」で国内をまとめ、同時に米国との妥協の余地を残しておく。それを可能にするため、国民をうまくコントロールできるか、習近平指導部は難しい舵取りをしなければならない。(止)