No.35 習近平―李克強体制の船出

習近平―李克強体制の船出
先般全国人民代表大会(全人代)と政治協商会議(政協)が北京で開かれた。今年は指導部が交代する大会であり、昨年の党大会に連動する大会であった。昨年11月の第18回党大会は、胡錦濤体制から習近平体制に移行する大会であったが、今回の全人代と政協の会議を経て、全面的に習近平体制が確立したと言える。
これまでは、党中央政治局常務委員会のメンバー7人(トップ7)の序列で国家主席、中央軍事委員会主席、全人代委員長、国務院総理、政協主席などの要職が決まっていた。
先ずはおさらいのため、昨年11月の18回党大会で決まったトップ7を序列順に挙げてみることにする。(年齢は2012年の党大会時点)
NO1 習近平(1953年生 59歳)精華大学
2 李克強(1955年生 57歳)北京大学
3 張徳江(1946年生 66歳)金日成総合大学
4 兪正声(1945年生 67歳)ハルビン軍事工程学院
5 劉雲山(1947年生 65歳)中央党校大学
6 王岐山(1948年生 64歳)西北大学
7 張高麗(1946年生 66歳)厦門大学
これまで党内序列NO1は国家主席、中央軍事委員会主席(党中央軍事委員会と国家中央軍事委員会があるが、2つとも主席には党内序列1位の人が就く)に、NO2は全人代委員長に、NO3は国務院総理に、NO4は政協主席に就くことが習わしになっていた。今回は若干の変動があった。NO2とNO3の役職が逆転したのである。従来通りなら党内NO2の李克強が全人代委員長に、NO3の張徳江が国務院総理になるのだが、今回の全人代では、党内NO2の李克強が国務院総理に、同NO3の張徳江が全人代委員長に就任した。全人代が国務院総理を任命するので、形式的には全人代委員長の方が上位だが、実際は総理の権限は大きく、一方の全人代委員長は名誉職的意味合いもあるので、党内NO2が総理に、NO3が委員長になるのが自然である。
もちろんこの人事は早くから決まっていた。李克強は胡錦濤の後継者的地位にいたが、党内的には習近平が胡錦濤の後を継いだ。李克強は実力の伴った実務派という事で温家宝の後を継ぎ、今後は習近平が党務を、李克強が政務を仕切るという事になるだろう。実際には李克強以外総理の人材はいない。と言うのは、党のトップ7の内、次回5年後の党大会で再選される資格のあるのは習近平と李克強のみである。党大会の人事には「68歳規定」があり、それは党大会の時点で68歳になった者は再選されないというものである。現在のトップ7の内、この規定に基づき習近平と李克強以外の5人は2017年の次期党大会で自動的に退任する。党のトップ(総書記)と政府のトップ(総理)は2期10年間勤めるのが内部了解事項である。従って、党内序列で国家、政府、軍の要職が決まる現在のやり方では、李克強以外、国務院総理になる者は事実上いないというわけだ。よほどのことがない限り、習近平党総書記、李克強国務院総理の体制は10年間続く。その意味では、胡錦濤体制が事実上胡錦濤―温家宝体制であったように、習近平体制は習近平―李克強体制である。以下は今回の全人代と政協で決まった主要な役職である。
国家主席:習近平
国家中央軍事委員会主席(兼党中央軍事委員会主席):習近平
国務院総理:李克強
全人代委員長:張徳江
政協主席:兪正声
国務院の主な閣僚:
副総理 :張高麗(党中央政治局常務委員)
同   :劉延東(党中央政治局委員)
同   :汪 洋(党中央政治局委員)
同   :馬 凱(党中央政治局委員)兼国務院秘書長
国務委員:楊 晶(党中央委員・党中央書記局書記)兼国務院秘書長
同   :常万全(党中央委員・党中央軍事委員会委員)兼国防部長
同   :楊潔篪(党中央委員・前外交部長)
同   :郭声琨(党中央委員)兼公安部長
同   :王 勇(党中央委員)
外交部長:王 毅(党中央委員・元駐日大使)
国家発展改革委員会主任:徐紹史(党中央委員・前国土資源部長)
財政部長:楼継偉(党中央委員・前中国投資会社会長)
商務部長:高虎城(党中央委員・副部長から昇格)
国土資源部長:姜大明(党中央委員・前山東省省長)
科学技術部長:万 鋼(非共産党員・中国致公党主席)
文化部長:蔡 武(党中央委員・留任)
教育部長:袁貴仁(党中央委員)
中国人民銀行総裁:周小川(前党中央委員・留任)
注:部長、委員会主任は日本の大臣に当たる
この陣容で目に付くのは、外交部長の王毅と中国人民銀行総裁の周小川だろう。王毅の外交部長就任はサプライズ人事と言える。これまで中国外交部には常務副部長の張志軍はじめ6名の副部長(次官)と、胡正躍はじめ3人の部長助理(次官補)がいたが、その中に王毅は入っていなかった。最有力視されていたのは常務副部長の張志軍だったが、最終的に王毅になった。王毅は対日関係を担っていたが、その後対台湾関係を担当する党中
台湾工作弁公室主任兼国務院台湾事務弁公室主任に就任した。部長級(大臣級)ではあったが、外交部長に抜擢が決まったのは全人代開幕直前の今年に入ってからだろう。周小川は長年中央銀行である中国人民銀行総裁を務め、「ミスター元」と呼ばれる、金融政策のベテランだった。党中央委員であったが、昨年の党大会で引退していた。中国人民銀行総裁を含む国務院部長クラスは65歳が定年なので、今年65歳になる周小川は当然こ
全人代で引退すると思われていて、後任人事も何人か名前が挙がっていた。ところが、これも恐らく直前に留任が決まった。中国経済が転機に立っている今、周小川に代わって金融政策を遂行してゆく人材がいないと習近平―李克強体制が判断したのかもしれない。
ともあれ、これで党と政府の陣容は決まった。しかし、この陣容はある意味過渡期体制かもしれない。党のトップ7のうち5人は5年後に引退するのが決まっている。全人代の委員長、政協主席も5年後に代わる。それを受けて、政府の人事も5年後には大幅に変わるだろう。政治好きの北京っ子の関心は、5年後の人事に移った。もちろん党人事である。上述したように党のトップ7のうち、習近平と李克強以外の5人は5年後に引退する。それでは空くこの5つの席に座るのは誰か。「68歳規定」をクリアでき、実力を伴った候補者は誰か。少し早すぎるが、現在有力視されているのは以下の党政治局委員である。年齢は2012年の党大会時点。
王滬寧 1955年生 57歳 復旦大学
劉奇葆 1953年生 59歳 吉林大学
孫春蘭 1950年生 62歳 鞍山工業技術学校
孫政才 1963年生 49歳 中国農業大学
李源潮 1950年生 62歳 北京大学
汪 洋 1955年生 58歳 中国科学技術大学
張春賢 1953年生 59歳 ハルビン工業大学
趙楽際 1957年生 55歳 北京大学
胡春華 1963年生 49歳 北京大学
栗戦書 1950年生 62歳 ハルビン工業大学
韓 正 1954年生 58歳 華東師範大学
以上の11人の内、2007年の前期党大会から政治局委員であったのは李源潮と汪洋の2人だけである。李源潮は党務を離れて、今回の全人代では国家副主席の要職に就いた。党政治局常務委員でない者が国家副主席に就くのは異例の事である。汪洋は李克強を補佐する副首相の1人に選出された。順調ならこの2人は当確かもしれない。さらに若手のホープとして呼び声が高いのは胡春華である。胡春華は内モンゴルの党書記から中国南方の要である広東省の党書記になり、順調に出世街道を歩んでいる。胡春華と共に最年少の孫政才も注目に値する人物だ。49歳の若さで、直轄市の1つである重慶市党書記となった。農業の専門家である。この2人は将来の中国を背負う人材だが、年齢的に次の次かもしれない。それは次期党大会時54歳であり、その次の党大会でトップ7に入り2期10年務めたとしても引退時は69歳であるからだ。趙楽際も55歳と若く、党中央書記処書記となり、同時に李源潮の後を継いで党中央の人事を司る組織部長になった。候補者としてはかなり上位にランクされるべきだ。上海市の党書記となった韓正も重要な候補者だ。これまで上海市の党トップは、殆んど党中央の最高指導部入りを果たしている。59歳の劉奇葆は四川省の党書記から中央入りし、書記処書記になったが、候補者の1人だろう。同じく59歳の張春賢は、分離独立運動があり、近年ウイグル族と漢族の対立が頻発する難しい新疆ウイグル自治区の党書記を任された。ここで手柄を立てれば、一躍脚光を浴びるかもしれない。党中央弁公庁主任の栗戦書は習近平の政治秘書的存在で、書記処書記にも選ばれた。習近平を上手く補佐すれば、最高指導部に引き上げられる可能性がある。政治局委員の内、唯一の女性である孫春蘭は62歳で、次の党大会時は67歳であるので、最高指導部に入る資格はある。昨年の18回党大会では、劉延東が女性で初の最高指導部入りをするのではないかと言われていたが、結局実現しなかった。常に「女性は天の半分を支える」と言いながら、党の最高指導部にはこれまで女性がいなかったのはおかしいという世論がある。この世論が強くなれば、チャンスがあるのは孫春蘭だけである。因みに文化大革命時代、大いに権勢を振るった毛沢東夫人の江青でさえも、最高指導部入りはできなかった。
上記11人の最終学歴を見て、不思議に思う人がいるかもしれない。それは、これまで胡錦濤をはじめ、多くの精華大学出身者が党の最高指導部を占めていて、「精」と「清」の発音が同じことから、北京っ子は陰で「大清帝国」と呼んでいた。第16回党大会では、9人の政治局常務委員の内4人が精華大学出身だった(胡錦濤、呉邦国、黄菊、呉官正)。第17回党大会では9人の政治局常務委員の内3人が精華大学出身だった(胡錦濤、呉邦国、習近平)。ところが現在は習近平1人になった。次期党大会で新たに最高指導部入りする候補者11人の内、精華大学出身者はいない。有力な候補者である李源潮、趙楽際、胡春華は北京大学出身である。李克強は2007年の党大会で初めて最高指導部に入った北京大学出身者だ。次期党最高指導部は北京大学出身者が多数を占めるかもしれない。これまで精華大学が隆盛を極めているという意味で「大清帝国」と呼ばれていたが、その反語は「北大荒」だった。北大荒は中国の東北地方に広がる広大な荒地の呼称である。北京大学は略して「北大」と呼ばれているので、北京大学は党の最高指導部に入れない「政治的荒地」という意味だった。
なお、最高指導部入りする者は少なくても2か所の地方勤務(党書記)を経て、成果を挙げることが要求される。上記の候補者の内、現在一級行政区である省・自治区・直轄市の党書記を務めているのは以下の5人である。孫春蘭(天津市)、韓正(上海市)、胡春華(広東省)、孫政才(重慶市)、趙春賢(新疆ウイグル自治区)。
5つの椅子を巡り、候補者は多い。上記の11人の内誰がなってもおかしくないが、やはり向こう5年間の実績が大事だ。すでに次の党大会に向けて最高指導部入りを目指すレースは始まっている。
次回のレポートでは、全人代で明らかになった中国経済の現状と見通しについて述べたいと思う。