No.65 中国レポート

3月5日から20日まで、北京で全国人民代表大会(全人代)が開催された。習近平総書記が絶対的指導体制を確立した昨年10月の中国共産党第19回大会(19大)を受けての全人代であり、人事、憲法改正、機構改革、経済政策、外交方針などが内外から注目された。

全人代の開催を受け、「2017年中国国民経済社会発展統計公報」が発表された。主な統計データは以下の通りである。

〇人口と人口構成:総人口 13億9008万人

うち都市人口 8億2347万人(58.52%)
農村人口 5億7661万人(41.48%)
出稼ぎ農民工 2億8652万人(農民の49.69%)
65歳以上人口 1億5831万人(11.4%)

〇国内総生産(GDP)と対前年比伸び率

82兆7122億元 +6.9%

〇公共財政収入と対前年比伸び率

17兆2567億元(うち租税収入は14兆4360億元) +7.4%

〇年末外貨準備と対前年比伸び率

3兆1399億ドル +4.30%

〇食糧生産高

6億1791万トン 対前年比 +0.27%

〇工業生産額と対前年比伸び率

27億9997億元 +6.4%

〇社会消費財小売総額と対前年比伸び率

36兆6262億元 +10.2%

〇国民1人当たりの可処分所得と対前年比伸び率(物価要因を除いた実質)

全国民平均 2万5974元 +7.4%
うち都市住民 3万6396元 +6.5%
うち農村住民 1万3432元 +7.3%

〇輸出入総額(モノ)と内訳及び対前年比伸び率

輸出入総額 27兆7923億元 +14.2%
うち輸出 15兆3321億元 +10.8%
うち輸入 12兆4602億元 +18.7%
貿易黒字 2兆8719億元(対前年比 -4734億元)

〇主な国・地域向け輸出入額(億元)と対前年比伸び率

国・地域 輸 出 額 伸 び 率 輸 入 額 伸 び 率
E  U 25199 12.6% 16543 20.2%
米  国 29103 14.5% 10430 8.4%
ASEAN 18902 11.9% 15942 22.8%
日  本 9301 8.9% 11204 9.0%

さて、今回の全人代は5年に一度の人事を伴う重要な会議で、過去5年間の総括の会議でもあった。過去5年間の中国経済は、世界経済の落ち込みの影響を受けながらも健闘したと言える。李克強首相は「政府活動報告」の中で、次のように述べた。「この5年間、経済力が新たな段階に飛躍した。GDPは54兆元から82.7兆元に増え、年平均7.1%増え、世界経済に占める比率が11.4%から15%前後に上がり、世界経済の成長に対する寄与率が30%を超えた」。

2017年の中国経済はおおむね政府の計画内だったと言える。GDPの伸び率は6.9%で、幾つかの国際経済機関が予想したよりもやや高かった。落ち込んでいた輸出が、世界経済の回復基調の中で上昇に転じたのと、消費が堅調で、雇用が比較的安定していたのが主な要因である。

しかし課題は山積している。金融改革は足踏み状態で、人民元の国際化は後退気味だ。国営企業の改革も今後の課題で、「ゾンビ企業」の本格的整理もこれからだ。急速に進む少子高齢化に福祉が追い付いていない。教育改革、医療改革、高齢化対策は緊急課題である。北京など大都市の環境問題はやや好転したが、内陸部の開発、都市化に伴う環境・生態系破壊の危険をどう回避するかも今後の課題である。

今年の成長目標は6.5%前後というものだった。2015年から2017年までの3年間の成長率を見ると、6.9%、6.7%、6.9%と安定してきた。今年の目標である6.5%前後はほとんどの経済学者が「問題なし」と思っている。ある学者は「中国は『中進国のワナ』を脱したと言える」と述べたが、政府も6%台の安定成長に自信を持っているようだ。近年日本では「中国経済崩壊論」が幅を利かせていたが、ここにきて「『中国崩壊論』の崩壊」が話題になっている。国際社会は中国経済を冷静に観察、まだまだ潜在力があると認識しだした。対中国投資もここにきて回復している。ただその内容は大きく変化している。労働集約型製造業が減り、販売・サービス業、電力・ガス・水関係の生産と供給、情報・通信関係が伸びている。2017年の、外国の対中投資額は対前年比+7.9%であった。

しかし、ここにきて中国にとって厄介な事態が生まれた。米国の対中国貿易制裁の発動である。米国の言い分は、膨大な貿易赤字は不公平な貿易による結果で、米国は自衛のために鉄鋼やアルミ製品に高い関税をかけるというものだ。さらに米国は、中国による「知的財産権の侵害」を理由に「通商法301条」を発動し、500億ドル相当の同国製品に高関税を課す制裁措置を表明した。中国は強く反発、「われわれは米国との貿易戦争を望まない」(鐘山商務相)としながらも、対抗措置を示唆した。中国にしてみれば、米国の多くの企業はこれまで中国の安い人件費、土地(借用料)、外資優遇政策を活用し、より安い製品を作り、その製品を多くの米国人は買って生活している、一方中国は米国から農産品や高性能工業製品、自動車、航空機などを買い、分業が成り立ってきた。中国もある国との貿易は黒字だが、ある国との貿易は赤字で、これは自由貿易の下では自然な事だと考えている。また中国の鍾山商務大臣は「米国の統計は、対中赤字が実際より20%も高めに出ている」と言う。中国側の計算では2800億ドル(2017年)なのに、米国の統計では3800億ドルとなっていると指摘する。さらに中国側は、「本当に赤字解消を考えるなら、ハイテク製品の対中禁輸を解くべきだ」と主張する。米国は「安保上の理由」で、一部ハイテク製品の対中輸出と技術移転を禁止している。鍾山商務大臣は「この禁輸政策を解除すれば、米国の対中国貿易赤字は35%減る」と主張する。そして、中国にも具体的対米報復論が出てきた。楼継偉・元財務相は「私なら先ず大豆、次に自動車、そして航空機で報復する」と述べた。

北京市民は意外とトランプ好きが多い。昨年のトランプ訪中では、中国は大歓迎し、トランプはリップサービスを連発した。オバマ政権が中国を責めるときに使った「人権」問題も、トランプは全く言わなかった。中国が嫌がる「南シナ海」問題も、トランプはほとんど触れなかった。ところがここにきて、トランプは主要な標的を中国にし、厳しい経済制裁を仕掛けてきたのである。北京市民の間でも怒りが出ているが、思ったより大きくはない。それは、貿易赤字に関して、トランプが思い切った措置をとると言うのは大統領選挙の公約であった事、貿易赤字に対する制裁措置は中国だけではなく、EU、日本、カナダ、メキシコなどにも同じように向けられていることだからだ。もし「同盟国」という理由で、日本やEUが制裁の対象外となれば、中国は本気で怒るだろう。そうなれば本当の米中全面貿易戦争が起きる。世界の第1と第2の経済大国がそのような関係になれば、世界経済は大混乱するだろう。

トランプの本気度について、中国の政府関係者は判断に迷っているようだ。トランプの事だから、経済面で米国に不利になる事は絶対許さないだろう、その意味で今回の対中制裁は本気だと見る人がいる。その一方で、本気度は半分で、あとの半分はトランプ流の駆け引きだと見る人がいる。この人たちは、結局米中が落としどころを探し、妥協することによって収めるだろうと見ている。少なくとも今回の対中制裁は、安保(軍事)、外交面でのものとは次元が違うものなので、米中関係全般が決定的に悪化する事はないと見る人が多数だ。

今回の全人代では14年ぶりに憲法改正が行われた。改正は10数か所に及ぶが、注目すべきは①これまで国家主席、副主席の任期を「1期5年、2期10年を超えない」と定めていたのを撤廃し、3期以降も延長可能になった。これは党、国家、軍における習近平指導体制が長期に渡って続くことを意味する。②「中華人民共和国監察法」を制定し、「国家監察委員会」を設置したこと。これは習近平が進める聖域なき「反腐敗」に法的、組織的合法性を与えたもので、反腐敗が一時的なものではなく、半永久的に続けると宣言したということだ。

昨年10月の党大会、今回の全人代を終え、中国はこれから対外戦略(外交)と経済を中心に大きく動き出すだろう。グローバル的には対米関係、アジアでは対日、韓、ロ、北外交を積極的に展開するだろう。米中関係を中心に、各国の動きを正確に把握しないと、日本は孤立しかねない。(止)

西園寺(2018・3・30)