中国経済が非常に厳しい局面を迎えている。新型コロナ感染の再拡大、米中対立のエスカレートに加え、ウクライナ問題が発生、中国を取り巻く状況は複雑かつ厳しい。このような中でも、2022年幕開け時点での中国経済は善戦していた。専門家の間では、2022年第1四半期(1-3月)のGDP成長率は+4%を切るのではないかと言われていた。例えばモルガンスタンレーの予測は+3.9%だったが、蓋を開けてみると+4.8%だった。通年の目標である+5.5%には届かなかったが、少なくとも1-2月は、困難の中にあっても上向きだった。1-2月の数字を見ると、
工業生産は対前年同期比+7.5%、社会消費財小売総額は同+6.7%、サービス業生産指数は同+4.2%、固定資産投資は同+12.2%、輸出入総額は同+13.3%、消費者物価指数(CPI)は同+0.9%、生産者物価指数は同+8.9%などであった。2月時点での失業率は5.5%と、かろうじて許容範囲内だった。
経済が急に悪化し始めたのは3月に入ってからだ。最大の原因は、コロナの感染拡大と、極端とも思えるような徹底した「ゼロコロナ」政策である。その中でも3月28日から始まった上海のロックダウン(都市封鎖)は、中国国内のみならず、世界に大きなマイナス影響をもたらした。上海は都市機能、生産機能がほぼ麻痺した。公共交通は止まり、店は閉鎖、市民は全面的に外出禁止となった。当然外資系も含め、工場は生産停止に追い込まれた。上海浦東空港の4月の旅客数は、対前年同月比-99%、貨物取扱量は同-70%、4月の上海での新車販売台数は0であった。上海以外、西安や長春、深圳などでも事実上のロックダウンが行われた。
北京はロックダウンにはならなかったが、「準ロックダウン」的な厳しい規制が5月現在も続いている。直近では、5月13日―15日、北京政府は市中心部の全市民に、自宅待機要請を行った。「要請」と言っても、事実上は命令である。ただ北京市民の多くは、命を守るためには必要な措置だと思ってガマンしている。対象者は約1800万人である。この1800万人は、毎日PCR検査を受けなければならない。この要請が出た前日5月12日の、北京市におけるコロナ新規感染者数は36人であった。日本では考えられない事であるが、これが中国の「ゼロコロナ」政策なのである。周辺地域から北京市内に入るには、48時間以内のPCR検査陰性証明が必要だ。市内を出る時も、検問所でPCR陰性証明を提示しなければならない。5月15日が過ぎても、市民の外出は「不要不急」以外は禁止、必要な買い物時には、48時間以内のPCR検査陰性証明を提示しなければならない。公共交通を利用する時も陰性証明は必要だ。マイカーでの外出は原則禁止、北京での会議、研修なども原則禁止、文化イベントも同じだ。飲食店は開いているが、店内での飲食は禁止で、テイクアウトとデリバリーだけである。この状況は少なくとも5月いっぱいは続くという。多かれ少なかれ、このような状況が全国で出ている。これでは経済に影響が出ないはずはない。上海は6月からロックダウンを解除すると言うが、完全フリーになるとは思えない。さまざまな厳しい規制が残るであろう。
以上のような状況が3月頃から全国で生まれた。この状況に伴い、経済は下降線を辿りだした。1-2月に善戦した経済も、3月に上向きが止まり、4月には下降線に入った。4月の工業生産は対前年同月比-2.9%で、2020年3月以来のマイナスとなった。その中でも自動車生産は同-40%(新車販売は同-48%)、パソコン同-17%、スマートフォン同-4%だった。社会消費財小売総額は同-11.1%、発電量は同-4.3%、サービス業生産指数は同-6.1%、飲食店収入は同-23%と、軒並みマイナスに転じた。失業率は6.1%まで上がった。因みに2月の失業率は5.5%、3月は5.8%だった。4月の若年失業率(16歳―24歳)は18.2%で、過去最悪となった。
物価高が国民生活を直撃している。これはウクライナ問題による原油価格の高騰、小麦などの食糧価格の高騰、ゼロコロナによる供給網の分断、輸送体制の乱れ、米中対立の影響が重なった複合原因によるものだ。その中でもゼロコロナ政策のマイナス面が顕著に出てきている。4月の消費者物価指数(CPI)は、対前年同月比+2.1%で、特に生鮮野菜価格が同+24%、果物が同+14.1%、卵が同+12.1%、穀物類が同+2.7%と上がった。唯一の救いは、肉類の供給が十分で、全体で19.6%下がった事、特に中国人(漢民族)にとって欠かせない豚肉価格が33.3%下落した事だ。野菜も肉も高騰だったら、人々の不満は爆発しただろう。ガソリンなどの燃料価格も同+28%だった。卸売物価指数(PPI)は同+8%。国民の実感はもっと重いようで、ある友人は「高級スーパーで、無農薬の良質キャベツを買ったら1個100元(1850円)だった」と苦笑していた。
現在の中国経済にとって、最も厳しいのは消費の落ち込みと失業率の高さである。若年失業率が特に顕著だが、いま中国政府が頭を悩ませているのが、2022年度の大学卒業者が、もうすぐ労働市場に大量に流れ込んでくる事だ。2022年度の大卒者は1076万人と、1000万人を超える。就職難が目に見えているので、大学院へ進む学生が増えている。ここ数年の推移を見ると、大学院受験者は2020年341万人、2021年377万人。2022年は457万だった。
企業の業績も厳しくなっている。比較的「ゼロコロナ」政策の影響が少ないと言われてきたIT関連企業も同じである。ネット大手のテンセントの2022年第1四半期における純利益は、対前年同期比-51%だった。スマートフォン大手のシャオミ―の第1四半期(1-3月)最終決算は、約5億8700万元(約100億円)の赤字だった。このシャオミーを含め、OPPO、VIVOなどのスマートフォン大手はこの状況を見て、第2四半期(4-6月)の出荷台数を、生産計画より20%減産すると取引先に通告した。シャオミーの場合、2022年の計画出荷台数は2億台だったが、それを1億6000万台―1億8000万台に修正した。これら大手企業を底辺で支える、無数の中小零細企業は更に過酷な運命をたどることになるであろう。
2021年の日中貿易は、コロナや米中対立の中にあっても、総額3914億4049万ドル(対前年比+15.1%)と史上最高を記録した。しかし、今年は厳しくなるだろう。2022年4月の日本から中国への輸出数量指数(2015年=100)は110.9だった。これは対前年同月比-22.6%である。4月期の日本から中国への輸出は、自動車が対前年同月比-30.2%、鉄鋼が同-30.3%、原動機が同-39.9%、集積回路が同-28.5%。日本の対中国貿易は輸出入とも大きく落ち込んでいる。
多くの経済専門家は、このままゼロコロナ政策が続けば、中国経済は大きな傷を負う事になると危機感を募らせている。長期間の隔離で、人々のストレスも溜まっている。国際社会からも、中国の「ゼロコロナ」政策に疑問を投げかけ、変更を求める意見が出てきた。世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は、中国の「ゼロコロナ」政策が、「持続可能だとは思えない」と述べ、同機関で危機対応を統括するライアン氏は、「新型コロナ対策と、社会や経済に与える影響のバランスをとる必要がある」と、中国に政策転換を促した。しかし、中国の習近平指導部は、「ゼロコロナ」政策を降ろすつもりは無いようだ。習近平は、3月17日の党政治局常務委員会の会議で、「わが国の感染対策は世界をリードする地位を保ち、中国共産党の指導と社会主義制度の顕著な優位性を十分に示している」と述べた。また習近平は、4月13日、視察先の海南省で、「ゼロコロナを堅持し、油断や厭戦気分を克服してゆく必要がある」と述べた。このように「ゼロコロナ」政策を変える気は微塵もないようだ。少なくとも今秋の党大会で、習近平の続投が決まるまで、「ゼロコロナ」政策の変更は無いだろう。問題は、「ゼロコロナ」政策が続く限り、経済はますます圧力を受けるという事だ。コロナ感染防止と経済成長というジレンマの中で、習近平指導部は、自らが掲げた通年GDPの5.5%成長を実現しなければならない。「共産党の正しい指導」と「社会主義制度の優位性」を言った以上、失敗は許されない。(2022年5月26日)(止)