新たな年の幕開けだ。昨年の世界経済は「不透明」の一言に尽きる状況だった。さまざまな出来事があり予測は難しかった。原油安は予想外のことであった。ユーロ圏ではデフレ懸念が強まった。アベノミクスの日本は、円安、株高が続いたが、経済全体は足踏み状態が続き、財政再建はほど遠い。中国では成長の減速が止まらず、ロシア経済は原油安で壊滅的打撃を受けた。一方で米国の景気は確実に回復基調に乗った。
1月13日、世界銀行は最新の経済見通しを発表した。2015年の、世界全体の成長率を3.0%と下方修正した(昨年6月の予測は3.4%)。中国をはじめ新興国の減速、ユーロ圏と日本の低迷などが主な理由だ。ユーロ圏は1.1%(同1.8%)、日本は1.2%(同1.3%)、中国は7.1%(同7.5%)との予測だ。原油安の恩恵を受ける米国経済は、内需が好転し着実に回復すると見て3.2%(同3.0%)と上方修正した。
原油安については、世界政治の側面が大きいので予測は難しいが、当面は続くと見る専門家が多い。当然米国、日本、中国、インドなど輸入国は大いにメリットがあるが、産油国は大きなダメージを受ける。特に原油や天然ガスの輸出に頼る中東諸国やロシアのダメージは深刻だ。世界銀行の予測では、2015年のロシアの成長率は-2.9%(同1.5%)である。このままでは「ロシア発世界経済危機」がリアル感を持ってくる。
さて、中国経済の見通しはどうだろうか。昨年の4四半期経済成長率は7.4%→7.5%→7.3%→7.4%で、通年では7.4%であった。目標の7.5%をわずかながら下回った。緩やかな下降ながら経済の減速は止まっていない。世界銀行の予測では今年もこの傾向は続き、成長率は7.1%まで落ちる。この予測は中国人民銀行の予測(下限で7.1%)と一致する。中国が現在急ピッチで進めている経済全体の構造改革は、成功するにしてもかなり時間がかかるので、その間の成長率の減速は続くと見てよいだろう。その意味で、中国の昨年までの成長率目標は7.5%であったが、この数字を今年3月に開催予定の全国人民代表大会(全人代)で7.0%まで落とすとの観測がある。一部では李克強の経済政策の失敗とする見方があるが、多くの人はそうは見ていない。むしろ中国指導部は現在の状況の下では、この程度が自然で「常態」(ノーマル)であると見ている。
最近「新常態」(ニューノーマル)という文字がメディアに数多く登場している。現在の状況の下(新)では、成長率7.0%前半程度が自然(常態)だと言うわけだ。1つには、かつての二桁成長の夢を追っている人が依然として多い。しかしそれは不可能で、現在の状態が自然であり、この状況を認めたうえで、冷静に経済運営に当たらねばならないと、政府は「考え方の転換」を求めている。2つには、しかしこれ以上の減速は阻止しなければならず、「中位安定」が持続することを模索している。そのためには必要な財政、金融政策を講じるが、あくまで限定的、小規模であり、リーマンショック直後に用いた「劇的な金融緩和と大規模な財政出動」は行わないと強調している。3つには、中期的、長期的に見て、経済の構造改革が重要であり、そのためにはある種の痛みが生じるのは仕方がないとしている。むしろ政府は現在の苦しい状況を利用して、規制緩和と構造改革を断行する決意のようだ。
さて、ここにきて見えてきたことがある。それは、中国指導部が中国経済の今後をグローバルな視点で見ているということだ。前回のレポートで、地域経済協力の枠組みとしての、2つのシルクロード構想(陸のシルクロード経済帯と海のシルクロードで、中国では「一帯一路」と称している)について述べたが、この壮大な「海のものとも山のものともわからない」ものを中国は真剣に考えているようだ。中国の認識では、この「一帯一路」に含まれる国は65ヵ国、人口44億(世界人口の63%)である。この広大な地域のインフラ整備を行い、エネルギー、交通、貿易、投資などの協力を実現させるというもの。そのために中国は新しい国際金融機関と基金の設立を提案、もしくはすでに実現している。アジアインフラ投資銀行(AIIB・資本金1000億ドルで、このうち中国が500億ドル出資、現時点で26ヵ国参加)、BRICS開発銀行(NDB・500億ドル)、上海協力機構開発銀行(計画中)、中国・アセアン基金(100億ドル)、シルクロード基金(400億ドル・中国が単独出資)などである。
もちろん「一帯一路」がそう簡単に実現するはずはない。地域によっては、政情不安や治安問題を抱え、民族や宗教問題もある。それに中国が影響力を伸ばすだろう計画を、米国が黙って見ているわけがない。実際にAIIBに関連し、米国は韓国、オーストラリア、ニュージーランドに、参加しないように圧力をかけた。
しかし、中国が周辺地域において、幾つかの国を巻き込んで、インフラ整備を着々と進めているのもまた事実である。例えば「パンアジア鉄道」計画だ。これは1990年代に中国が提案したもので、中国の昆明を起点に東ライン(ベトナム)、中央ライン(ラオス、タイ)、西ライン(ミャンマー)に分かれ、バンコクで合流し、シンガポールを終点とする、総延長14600キロの鉄道だ。開通したものもあれば建設中のものもある。また頓挫している部分もある。「中国―アセアン道路」計画はほぼできている。中国の昆明を起点に東路、中央路、西路の3本(ほとんどが高速道路)だ。中国国内のものは全て開通した。中央路の昆明―ビエンチャン―バンコクは2013年に全面開通している。西路のハノイ―ラオカイ(中国国境)は今年9月開通予定で、中国の東路と接続されることになっている。
「一帯一路」構想にしろ、周辺地域のインフラ整備にしろ、中国の狙いとメリットは何であろうか。1つは、金融機関の設立と周辺地域のインフラ整備は一体であり、中国が周辺地域への協力、援助で、影響力を拡大してゆくことである。周辺諸国にももちろん大きな経済効果があり、メリットがある。そしてこのことは中国と周辺諸国との戦略的結びつきを促進することになるという期待がある。2つ目はエネルギー供給源の確保である。特に中央アジア諸国はエネルギー、レアメタルなど鉱物資源の宝庫である。中国がこれ以上の発展をするためには原油、天然ガス、レアメタルなどの資源の供給地拡大が欠かせない。3つ目のメリットは最も重要である。それは中国国内の過剰生産能力を活用すると言うことである。中国は過去30周年、なりふり構わぬ成長で、生産能力は飛躍的に向上した。高度成長期が終焉し、その結果過剰となった生産能力は今や「お荷物」となっている。例えば鉄鋼であり、セメントである。これらは国内では消化しきれない。この生産能力を活用する場所として、国境を越えたインフラ整備(インフラ輸出を含む)があるのだ。つまり中国は、持続的安定成長を図るためには、国内だけでものを考えるのではなく、グローバルな視点で成長を考え出したのである。そしてこのことは結果として、人民元の国際化につながる。
この構想は、ある意味では「中国版マーシャルプラン」と言える。米国は戦後、欧州復興支援を行ったが、結果として米国と欧州の同盟関係を強固なものにした。また米国内景気への刺激(余剰生産力の活用)となり、同時に米ドルの絶対的地位確立につながった。
中国経済にとって今年は正念場となるだろう。成長の減速は、ある程度容認しても、どこかで止めなければならない。そして経済の構造改革をいくつかの面で、目に見える形で実現しなければならない。さらに経済を安定成長の軌道に乗せることと環境問題の緩和を両立させなければならない。対外経済関係では、中国主導の国際金融機関、基金が定着できるか、「一帯一路」計画が進展するのか、そして米国の「アジア回帰」に対し、中国は経済面で対抗策を講じることができるかという問題がある。その他、中国の考え方が微妙に変わったといわれるTPPだが、どう対応するかも具体的に答えを出さなければならない。日中韓FTA問題もある。
対内的には「腐敗撲滅」運動をテコに体制を固めつつある習近平指導部だが、対内対外ともに課題は山積である。今年は特に中国経済から目が離せない。