No.68 中国レポート 2018年9月

米中貿易戦争がエスカレートしている。米トランプ政権の極端な米国第一主義、保護貿易指向により、世界の枠組みは大きく変わりつつある。ついこの間までは、開放度が足りない、もっと自由貿易度を高めろと欧米日などは中国に迫ってきた。ところが現在はどうだろう。米国が極端な内向き姿勢となり、保護貿易に走り、中国がその保護貿易と対抗する「自由貿易の旗手」となっている。米中の対立が激しいので、2国間関係に見られがちだが、ここまで来たらすでに米国対国際社会の対立になったと見るべきであろう。その証拠に、先般の国連におけるトランプ演説は、冷ややかな失笑を買った。

この米中貿易戦争の、中国内における反応について前回も述べたが、この2か月に対立は先鋭化、制裁の応酬が始まった。米国の強硬な姿勢について、中国では中間選挙までだという意見がある一方で、この貿易戦争は中間選挙に関係なく、ますますエスカレートし、長期化するだろうという意見もある。最近、どちらかと言うと後者の意見が大勢となっている。トランプが米国の大統領になった時、中国では比較的好意的な反応が多かった。特に昨年の11月、トランプ訪中の時は、市民の間でトランプ人気さえ巻き起こったほどだ。ところがその後、トランプ人気は急落した。訪中時のあの友好的態度はペテンだったのかと、多くの人は感じている。

さて、米中貿易戦争は今後どうなるか、中国の反応はどうかなどは、米国の中間選挙の結果が出た後お伝えする。

米国はますます内向きになり、米国の具体的利益のみ追求しているが、その間隙を縫って、中国は国際社会において、着々とその影響力を増大させている。それは結果として、米国の影響力の更なる相対的低下を招いている。中国は、短期的には「外交の調整」として、ここ数年悪化した対韓関係の修復をし、ASEANとの矛盾の緩和に努めた。そして対日関係の改善に力を入れている。一方、長期的に見ると、中国が特に力を入れているのはアフリカと中南米である。もう一つは、国際社会における台湾の影響力を削ぐことである。

先ず台湾問題に関して言えば、大きな流れとしては、中台関係は安定してきた。2009年に「3通」(直接の通信、通航、通商)が実現、2010年にはFTA(自由貿易協定)に相当するECFA(海峡両岸経済協力枠組み協定)、2013年には「中台貿易サービス協定」が調印された。その結果、中台間の人事往来、貿易、投資などが進み、両者間の経済相互依存関係は、戦争など到底できない状態となった。現在台湾は「隠れ独立派」と言われる蔡英文総統(民進党)の時代で、それまでの馬英九総統(国民党)の時代より中台関係は冷え込んでいるが、中台関係を「現状維持」することでは暗黙の了解がある。ところがトランプの時代になり、トランプが対中貿易戦争の駆け引きの武器として「台湾カード」を使いだし、中台関係は緊張度を増してきた。

中国は米国と台湾蔡英文政権に対し攻勢を強めている。その1つが、台湾と国交を持っている国との国交樹立(台湾との断交)攻勢である。

2016年03月 ガンビア(馬英九総統時代)

2016年12月 サントメ・プリンシペ(蔡英文総統時代)

2017年06月 パナマ(同上)

2018年05月 ブリキナファソ(同上)

2018年05月 ドミニカ(同上)

2018年08月 エルサルバドル(同上)

さらに、それまで台湾が参加していた国際民間航空機関(ICAO)、国際刑事警察機構(ICPO)、世界保健機関(WHO)から台湾を締め出す事に成功した。国際社会の中で台湾はますます孤立、これまで米国は中華人民共和国と国交を持ち、台湾に関しては「国として認めないが、『台湾関係法』という国内法で、台湾を守る」義務を負っていた。米国第一、内向きのトランプ政権が、「対中カード」としては台湾を利用するが、これ以上のリスクを冒し、膨大なコストをかけてまで台湾を最後まで守るのか、それは誰もわからない。

中国は米国がますます内向きになる間隙を縫って、「米国の内庭」である中南米に影響力を強めている。すでに2004年、当時の胡錦濤主席が中南米を訪問、向こう10年間で、中南米に対し1000億ドルの投資を行うと表明、中国の中南米重視をアピールした。中南米最大の国ブラジルとは「BRICS」の枠組みがあり、BRICS銀行(新開発銀行)、BRICS外貨準備基金を共同で設立することを決定している。前者を「新興国版世界銀行」、後者は「新興国版IMF」に育て上げる事が目的である。

今年1月22日、チリの首都サンティアゴで開かれた「中国・中南米カリブ海諸国共同体(CELAC)フォーラム」に中国の王毅外相が参加、習近平も祝電を寄せ、「太平洋を越えた協力の道を建設しよう」と呼びかけた。中国としては「一帯一路」構想に中南米を取り込むことが目的だ。フォーラムは「一帯一路に関する特別声明」を発表し、中南米諸国が積極的に一帯一路に参加し、「共同発展」することをうたった。

王毅はフォーラムに参加したのち、ウルグアイを訪問、バスケス大統領と会談し、大統領から「一帯一路に積極的に参加する」との言質を得た。

2月28日、チリ政府は中国の通信大手「華為(HUAWEI)」に共同委託している2万キロ余の光ファイバー通信網プロジェクトの着工を発表した。

近年中国が最も重視している地域はアフリカである。アフリカは天然資源も豊富で、人口も多く、次の高度成長はアフリカであると言われている。中国は早くも1960年代、アフリカに注目し、1970年、中国、タンザニア、ザンビア3国は「タンザン鉄道」を建設することで一致、調印した。この鉄道は中国の無利子借款で建設され、中国から2万人の労働者が派遣され、3万人のアフリカ労働者と共に工事を行い1976年に完成、タンザニア、ザンビアに引き渡された。この鉄道は後々までも「中国とアフリカの友好の象徴」と称された。

このアフリカ重視は習近平時代になり、一段と顕著になっている。今月、北京で「2018年中国・アフリカ協力フォーラム(FOCAC)北京サミット」が開かれた。習近平体制にとって、本年最重要の外交イベントであった。アフリカ54か国のうち53ヶ国の首脳が北京に集結し、アフリカ連合(AU)議長、同委員長、国連事務総長も出席した。このFOCACは3年に1度、中国とアフリカで交互に開催される。前回は2015年、ヨハネスブルグで開催され、中国はアフリカの鉄道、道路、空港建設など「10大協力計画」(インフラ整備)に600億ドルの拠出を約束した。

習近平はこのFOCAC北京サミットで基調演説を行い、「中国は永遠にアフリカの良き友人で、誰もこの団結を破壊することはできない」、「中国とアフリカは運命共同体」と述べた。また今の世界情勢の認識について次のように述べた。

「今日の世界は100年に1度も無いような大変転を遂げつつある。世界の多極化、経済のグローバル化、社会の情報化、文化の多様化が深く進行し、グローバルガバナンス・システムと国際秩序の変革が加速し、新興市場国と発展途上国が急速に台頭し、世界の力関係がより均衡に向かっており、世界各国人民の運命が今日のように深く結びついたことはない。同時にわれわれはかつてない挑戦、試練、課題にも直面している。覇権主義、強権政治が依然として存在し、保護主義、一国主義がたえず頭をもたげ、戦乱・テロ攻撃、飢餓・感染症があちこちで起こり、伝統的安全保障と非伝統的安全保障が複雑に入り交じっている」。

これは戦後の米国主体の枠組みと秩序が大きく変わりつつあり、中国やアフリカという新興国、発展途上国が主体となった新たな秩序が生まれつつあるという認識を示したものである。そして名前こそ挙げないものの、明らかにトランプの「一国主義」、「保護主義」を痛烈に批判したものである。

習近平は世界各国との「運命共同体、グローバルパートナーシップ」を強調、アフリカ諸国に対し「共に一帯一路の建設をしよう」を呼びかけた。そして、この事は単なる希望ではなく、中国は具体的にアフリカ諸国と連携し、「8大行動」(産業促進、貿易円滑化、能力作りなど8項目)を実施し、その実現のために600億ドルを拠出すると宣言した。なお、600億ドルの内訳は、150億ドルの無償援助・無利子融資・優遇借款供与、200億ドルの融資枠供与、100億ドルの中国アフリカ開発金融資金、50億ドルのアフリカからの輸入融資特別資金、100億ドル以上の中国企業による対アフリカ投資である。

中国のアフリカ支援について、欧米などでは一部アフリカの国で対中債務過多が起き、問題になっているとの批判があるが、それに対し習近平は、「中国と外交関係にあるアフリカの後発発展途上国、重債務国、内陸発展途上国、島嶼発展途上国の、今年末に期限を迎える未返済政府間無利子債務を免除する」と述べた。「中国と外交関係にある」と言うのがミソで、アフリカで唯一台湾と外交関係を維持しているエスワティニ(旧スワジランド)に対する圧力でもある。膨大なチャイナマネーによるアフリカ支援によって、エスワティニが陥落するのは時間の問題だという見方もある。

FOCAC北京サミットは「北京宣言」を発表したが、その中でアフリカ諸国は全面的に「一帯一路」を支持し、積極的に参加すること、そしてこのサミットを「『一帯一路』共同建設の主要プラットホームにする」ことが盛り込まれた。中国にとって、このFOCAC北京サミットは大成功であり、アフリカの54ヶ国のうち53ヶ国が「中国と足並みを揃えた」と認識している。

このように、中国は米国と貿易戦争を戦う一方で、米国が内向きになった間隙を縫って、着々と足場を築いている。

中国の中南米、アフリカに対する影響力の増大からすると、中国の掲げる壮大な「一帯一路」計画が、徐々にその内容を変えているのがわかる。もともとは陸と海の「新シルクロード」経済圏構想であり、それはアジアとヨーロッパを結ぶものであった。そこに中南米とアフリカが加われば、北米地域を除く地球規模のものとなる。

われわれは米中貿易戦争だけに目を向けがちだが、中国は米国と激しい戦いをしながら、着々と世界規模で影響力を増大させている事を認識すべきである。