中国レポート  No.77 2020年3月

中国では、北京でもそうだが、急速に新型コロナ感染が下降線を辿り始めた。問題の武漢でも、3月12日以降新規感染者は一桁になり、18日にはついにゼロとなった。全国でも、外国からの帰国者以外新規感染者は出ていない(3月20日現在)。中国は確実に終息に向かっている。これまでは、中国国内の拡散、海外への拡散をどう止めるかが緊急課題であった。しかし、今は海外からの「逆輸入」をいかに防ぐかが緊急課題となっている。

とは言え、北京っ子の話題は新型コロナ一色だ。因みに中国語では新型コロナウイルスを「新型冠状病毒」という。北京では、これまで半ば外出禁止状態だったので、大勢集まってこの話題を議論する事は出来なかった。議論はもっぱら微信(WeChat)を通してやっていた。皆が興味を持つようなテーマ、役に立ちそうな情報はネットで拡散する。役に立つ情報も多いが、フェイクニュースも乱れ飛ぶ。とにかく皆が家にいて、ヒマだからパソコンかスマホで情報交換するしかなかったのだ。

新型コロナ感染が起きてから、パソコン、スマホが2人の英雄を生み出した。1人は「武漢中心病院」眼科の李文亮医師(34歳)。李医師は昨年12月30日、SNSのグループチャットに「武漢で7人がSARSにかかり、病院に隔離されている」と投稿、武漢で伝染病が発生していると事実上の「内部告発」を行った。この投稿はネットで拡散、たちまち「武漢で何か大変な事が起きているようだ」と話題になり、外国メディアも報道した。武漢の公安当局は、李医師を「ニセ情報を流し、社会秩序を乱した」として連行、李医師は訓戒処分を受けた。李医師は処分後も病院で黙々と治療に当たった。その後、自らが新型コロナに感染し、2月7日に亡くなった。武漢の新型コロナが明るみに出たのは、李医師の投稿がきっかけだった。当初武漢当局は重視せず、むしろ隠蔽するかのように、北京の中央政府に速やかに報告しなかった。初動対策が遅れたとはいえ、中国政府が総力を挙げて取り組み、比較的早く終息が見えてきたのは李文亮医師のお陰だというわけだ。自分が警鐘を鳴らした新型コロナ感染で亡くなった李文亮医師をネットは「悲劇の英雄」にした。微信で無数の「哀悼の意」が乱れ飛んだ。もう1人は呼吸器専門医で、感染症の権威である鍾南山医師(84歳)。鍾医師は、2002年から2003年にかけて、SARSが大流行した時、SARS発祥の地である広州市の呼吸器疾病研究所所長の任にあった。鍾医師は、最初から広州で発症した新型肺炎の重大性を叫んだが、広州当局、国務院衛生部、中国疾病予防管理センターは重視せず、隠蔽するかのような姿勢だった。鍾医師はこれに断固立ち向かい、論文を書き、「SARS」と命名するよう提案した。この行動が功を奏し、中央政府もやっと腰を上げたといういきさつがある。今回も中国の国民の中から、鍾南山待望論が巻き起こり、政府は高齢の鍾医師を新型コロナの対策専門家チームのリーダーに任命したのである。北京の多くの市民は、「私は鍾南山の言う事しか信用しない」と公然と言う。

武漢は1月23日から「都市封鎖」が続いてきていたが、3月24日、湖北省政府は、武漢市の封鎖を4月8日に条件付きで解除すると発表した。この間、生産は徐々に回復していた。3月10日、武漢入りした習近平主席が「勝利宣言」した事を受けて、武漢当局は翌11日、世界のサプライチェーンに影響を与えるような、車関連など重要産業の生産再開を認めた。市内の公共交通機関も3月中には再開する。高速鉄道乗り入れ再開も着々と準備が進んでいる。北京も「半封鎖」状態で、とにかく必要のない外出はするなという、事実上の強制通達が上から来ていたが、通勤禁止は解除された。地域によって若干違うが、北京の友人は当初「ひと家族1人、2日に1度食料を買いに外に出る程度」にするよう、上から言われていたという。今は緩和されている。みんな息をつめて、家でじっとしていたのだ。食料品店、スーパーマーケットには通常通り商品があり、食生活には困った事は無かったという。初期の段階ではマスク、消毒液が店から消えて、みな確保に走ったが、出歩かないので、それほどマスクが要るわけではなく、3月半ば以降は、極端に不足している状態ではないという。1月、2月、日本では「武漢頑張れ、中国頑張れ!」活動が各地で起き、マスクや消毒液を集め、中国に送っていた。当時、筆者も北京の複数の友人に買い集めたマスクを送った。ところが最近では逆転現象が起き、中国から日本に「支援物資」としてマスクが届くようになった。筆者のところにも北京の多くの友人からマスクが届いた。

恐らく日本なら、半強制的に家に閉じ込められたら、「自由を束縛するのか」、「人権問題だ」と大変なブーイングが起きるだろうが、北京ではそういう話は聞かない。会うと、結構政府への不満を言う友人が「学校全面休校、イベントや集会禁止、外出禁止、なるべく人と接しないというのは当然だ。今はみんなで耐える時なのだ。こんな時、自由だ、人権だなんて言うのはナンセンス、命を守る事が第一だ」と言う。ある友人は「外国の友人は、中国はやり過ぎだと言うが、やり過ぎが命を救った」と微信に書いてきた。強権的と思えるような強力な対策が功を奏したことは否定できない。

中国ではどうして新型コロナが急速に拡散し、そして急速に終息しつつあるのか、どうして欧米で爆発的に拡散したのか。新型コロナによる死者は3月29日現在、イタリア、スペイン、米国が中国を上回っている。特にイタリア、スペインなどは、人口比から見れば、大変な数字である。米国でも地域によっては感染が爆発的増えていて、トランプ大統領は非常事態宣言を発令した。この騒動が一段落したら、世界規模での客観的、科学的な検証が必要だろう。

習近平主席は3月10日武漢入りをし、「感染の拡大は、ほぼ抑え込むことができた」と述べたが、これを「勝利宣言」だと理解する人も多い。同時に習主席は、感染経路を突き止めるよう関係部門に指示した。この感染経路問題について、中国ではある事が大きな話題になっている。キッカケは鍾南山医師のひと言だった。2月27日、鍾南山・中国政府対策グループ組長は、記者会見で「この新型コロナは中国で出現したが、発生源は必ずしも中国とは限らない」と発言、内外の記者は色めきだった。ただ、発生源については「特定できていない」と述べた。3月5日、外交部の報道官は記者会見で「今回の新型コロナはグローバル的現象で、発生源はまだ確定していない」と述べた。初期の段階では、発生源は武漢の「野生動物マーケット」で、具体的にはコウモリがウイルスの媒介者であろうとの説が有力だった。しかしその後、WHOと中国の合同調査でその説は否定され、武漢の野生動物マーケットに、新型コロナは外部から流入したと判明した。コウモリ説も消えた。

では、この新型コロナの発生源は中国なのか、別の国・地域なのか、中国でないとしたらどこなのか、様々な説が乱れ飛んでいる。最近囁かれているのは、発生源米国説。出所は中国外交部趙立堅報道官のツイッターだ。趙報道官は3月14日、自身のツイッターに「このウイルスは米軍が持ち込んだのかもしれない」と書き込み、瞬く間にネットで拡散した。昨年10月、武漢で「世界軍人五輪」が開催され、米軍人369人を含む各国の軍人選手多数が武漢入りした。そのイベント開催中、5名の米国軍人選手が病気になり、米国は特別機を派遣して米国に送還したというのだ。そして軍人五輪が終了して間もない11月に新型コロナの感染が武漢で始まったというのが「状況根拠」のようだ。今のところこれは「ネット情報」の域を出ていないが、米中間の「国際問題」になりかけた。3月15日、米国のデービッド・スティルウェル国務次官補は、中国の崔天凱駐米大使を呼んで抗議した。3月17日、中国の外交トップである楊潔篪党政治局委員は、米ポンペオ国務長官に電話し、「米国が新型コロナを利用し、中国を貶めるような宣伝をしているのは遺憾」と抗議した。ただ、米中のトップは冷静で、習近平主席はこの問題に一切触れていないし、トランプ大統領は「記事を読んだが、米国発生源説は中国政府の見解ではないようだ」と述べている。この問題では、中国には様々な見方がある。やはり発生源は中国武漢だという見方、故意でないにしても、米国の軍人が持ち込んだという見方、誰かが米中の離間を図るためニセ情報を流したという見方。中国としては、新型コロナの世界規模での蔓延は中国の責任であると言われるのは避けたい。トランプ大統領は、中国のために米国はえらい目に遭っているという感情が見え見えで、一貫して「チャイナウイルス」と呼んで、中国の神経を逆なでしている。ここにも近年来の米中対立が影を落としているが、双方とも問題を大きくしたくないという点では一致しているようだ。またお互いにそんな余裕はないのだろう。公人は「新型コロナ」あるいはWHOが決定した正式名である「COVID—19」と呼ぶべきだろう。無用なトラブルは避けた方が賢明だ。

さて、問題は新型コロナによる経済的ダメージである。新型コロナが武漢で発生し、全国に拡散したが、中国経済の停滞は世界のサプライチェーンを混乱させ、正常さを失わせた。ある意味では、中国経済の存在感を示した結果となった。ところが、現在は中国に加え、世界経済をリードする米国、EUで新型コロナが急速に拡散し、経済を破壊しようとしている。「大恐慌」の足音が聞こえてくるようだ。

中国経済は当然相当大きなダメージを受けるだろう。中国はここ2、3年、米国と激しい経済戦争を繰り広げてきた。それに加え今度の新型コロナである。まさにダブルパンチだ。建国以来、文化大革命時の経済破壊に匹敵するものだと言う専門家もいる。2020年度の経済政策、予算などを決める全人代(全国人民代表大会)は、3月5日から10日間の予定で開催されることになっていたが、延期となった。ただ、中国は対米経済戦争では、何とか耐えて、成長を維持してきた。先ず、最近発表された2019年の主な経済指標を見てみよう。

G D P:99兆0865億元  対前年比+6.1%

1人当たりGDP:7万0892元 同+5.7%

都市部新規就業者数:1352万人 同+9万人

年末登録失業者率:3.6%(実質失業率 5.2%)

消費者物価上昇率:+2.9%(都市2.8%、農村3.2%)

食糧生産高:6億6384万トン 同+0.9%

工業生産高:31兆7109億元 同+5.7%

新車販売台数:2576.9万台 同-8.2%

うち乗用車:2144.4万台 同-9.6%

社会消費財小売総額:41兆1649億元 同+8.0%

固定資産投資:56兆0874億元 同+5.1%

輸出入総額:31兆5505億元 同+3.4%

対日貿易:輸出9875億元(+1.7%)輸入1兆1837億元(-0.6%)

外貨準備:3兆1079億ドル 対前年末比 +352億ドル

この数字をどう見るかについて、専門家の意見は分かれるだろうが、対米経済戦争下では、健闘したと言えるだろう。問題は、2020年だ。つまり新型コロナの影響がモロに出だした1月以降の経済がどうなるかである。まだ第1四半期(1月―3月)の数字は出ていないが、相当悪い状況が予想される。すでに明らかになった1月―2月の数字を見ると、消費が激減した。1月に比べ、2月はさらに悪化した。2月の景況感指数は35.7で、1月より14.3%悪化した。

小売売上高:対前年同期比 -20.5%

レストラン売り上げ:  -43.0%

新車販売:       -37.0%(2月単月は-79.1%)

家具:         -34.0%

家電:         -30.0%

携帯電話:       -34.0%

パソコン:       -31.0%

鉱工業生産高:同     -13.5%

固定資産投資:同     -24.5%

発電量:   同     - 8.2%

輸出:    同     -17.2%

失業率:1月5.3%→2月6.2%

相当厳しい2020年の船出だ。中国にとって良い兆候は、新型コロナから抜け出すのが近いという事だ。しかし、中国だけの問題なら、V字回復も夢ではないが、世界経済と広く、深くリンクする中国経済は、自国の努力だけではどうにもならない面が多い。今後消費をどれだけ取り戻すかがカギとなる。現在、中国の2大貿易相手であるEUと米国が新型コロナ問題で大きなダメージを受けている。恐らく、米国,EU、そして中国の4番目の貿易相手国である日本の第1四半期の成長率は、対前年同期比でマイナスになると思われる。中国の第1四半期もマイナス成長になる事は避けられないだろう。中国のマイナス成長幅について、英国スタンダード・チャータード銀行は4.2%、米国モルガン・スタンレーは5%、野村証券は9%、日本総合研究所は10%と予測する。

第1四半期の数字が出て、さらに延期されている全人代が開かれれば、今後の中国経済について、ある程度の予測ができるだろう。それを待たなければ、具体的にどれほどのダメージなのか、そして中国のダメージは世界経済にどれほどの影響を及ぼすのか、具体的に論じることはできない。(2020年3月29日)(止)