中国レポート  No.70

新しい年の到来だ。でも明るいニュースは乏しい。年末の全面株安は、その後やや持ち直したが、不安は払拭されていない。米中の経済摩擦は、これから先の見通しが立たないし、英国のEU離脱のドタバタ、ヨーロッパにおける極右の台頭、独メルケル首相の求心力の低下、中東情勢の不安定さなどは大きなリスクとなって国際社会にのしかかっている。

中国ではどうか、月探査機「嫦娥4号」が1月3日、世界で初めて月面の裏側に着陸したというニュースに沸いたこと以外、あまり明るいニュースは無い。経済面では「不安」という霧が全体を覆い、徐々に深くなってきている。昨年の上半期は、米中貿易戦争が激しくなっても、それは政府間の問題で、一般庶民にはそれほど関係は無いというムードが大勢だった。一般の国民生活は特に変わった様子はなかった。ところが昨年の下半期、特に年末に近づくほど、国民の中に不安という霧が流れ始めた。直接懐を直撃するという事は無かったが、米トランプ政権の対中制裁輸入関税第1弾が始まり、続いて第2弾、第3弾が実行されると、このまま「世界最強の米国」と対立が深まれば、中国はどうなるのだろうという不安が徐々に蔓延していった。多くの国民の正直な願いは、政府に対米経済摩擦を「早く何とか収束してくれ」というもので、対立がこれ以上エスカレートするのを望んでいない。それは対米感情にも表れている。以前の中国なら、一気に反米感情が高まり、反米デモが勃発してもおかしくはない、米国製品不買を叫ぶ者が現れたであろう。ところが、今のところそのような気配は感じられない。多くの国民は、火に油を注ぐような行動はとるべきではないと思っている。では全く影響が無いかというと、そうでもない。KFCやスタバの店は、相変わらず繁盛しているが、一番影響を受けたのは米国車のGMやフォード・モーターだった。2018年10-12月決算で、フォードは四半期で見て2年ぶりの最終赤字に転落した。特に最大市場の中国で、2018年第4四半期の販売は(卸売りベース)57%減った。もちろんこれは中国の消費者が、抗議的な意味で米国製自動車を買わなかった事が第1位の原因ではない。フォード社のハケットCEOは、赤字転落の「制御不能な幾つかの原因」と述べ、関税、原材料の高騰、為替、タカタ製エアパックのリコールなどを挙げた。皮肉なことにトランプが仕掛けた制裁関税は、米巨大企業をも苦しめたのである。もちろん、中国の消費者の心理的要因によるGM、フォード離れも無い事はない。

さて、米中経済摩擦による中国経済への影響だが、徐々に大きくなり、深刻な状況にまで来ている。先ずはGDPの2018年四半期ごとの数字を見ると、通年の数字は、目標の「6.5%前後」をクリアしたが、徐々に深刻さを増していることがわかる。

2018年通年GDP 対前年比伸び率 6.6%
第1四半期(1月―3月) 6.8%
第2四半期(4月―6月) 6.7%
第3四半期(7月―9月) 6.5%
第4四半期(10月―12月) 6.4%

その他の指標を見ると、小売総額が対前年比+9.0%、固定資産投資が同+5.9%、鉱工業生産が同+6.2%だった。小売総額は+9.0%とは言え、伸び率は19年ぶりの低水準となった。堅調だった内需に陰りが出てきた。固定資産投資も19年ぶりの低さで、鉱工業生産は2年ぶりの低さとなった。一方で不動産開発投資は同+9.5%で、これは4年ぶりの高さとなった。良くも悪くも、不動産は景気をけん引する大きな要素で、管理を強めれば経済成長にマイナスとなり、逆に管理を緩めればバブル状態が生まれ、別の意味で経済発展のリスクとなる。

中国経済、特に内需を見るもう一つのバロメーターは新車販売状況だが、この分野も28年ぶりの前年割れとなった。中国の自動車産業は今や最大の工業分野となり、GDP全体の約1割を占めている。新車販売台数の落ち込みは、直接GDP成長率を左右する。2018年の新車販売台数は、対前年比-2.8%の2808万600台だった。要因は2つだ。2017年にあった減税打ち切り前の「駆け込み需要」の反動減、それに対米経済摩擦による先行き不安による買い控えである。中国では中産階級が増え続け、所得も年々上がっているので、余裕が無いというわけではない。しかし、先行き不安から財布の紐を閉めだしたのである。私の友人も高級車を持っているが、そろそろ買い替えの時期に来ているので、同じレベルの高級車を買おうと思っていたが、もう少し我慢すると言っていた。車以外でも高級品が売れなくなっている。ただ車に対する潜在的な需要はまだまだ多く、その分自動車メーカーの競争が厳しくなっている。2018年は、全体が低調の中、メーカーにより明暗が分かれた。日本車で言えば、トヨタ(+14%の147万台)、日産(+3%の156万台)は厳しい環境のなかでも売り上げを伸ばした。一方ホンダ(-1.7%の143万台)、マツダ(-12%の27万台)はマイナスとなった。ボルボ(浙江吉利集団)は+20%、独VWは+1%、韓国現代も+1%だった。最も落ち込みの激しかったのは米国勢で、GMが-10%、フォードは-37%と激減した。

経済指標のうち、やはり最も微妙なのは輸出だろう。2018年の貿易は、対米経済関係の悪化にも関わらず数字上通年では好調であった。

2017年(億ドル)2018年速報値(億ドル) 伸び率(%)

貿易総額 4兆1045 4兆6253 12.7
輸出 2兆2635 2兆4912 10.1
輸入 1兆8409 2兆1341 15.9

問題は、2018年の後半ほど勢いが弱くなったことである。対米経済関係の悪化が徐々に数字に表れだしたのである。例えば2018年12月単月の数字を見ると、

貿易総額 3853億ドル

輸出 2212億ドル(前年同月比-4%)
輸入 1641億ドル(同    -8%)

対米貿易額を見ると、通年では:

貿易総額 6334億ドル(+8.5%)
輸出 4784億ドル(+11%)
輸入 1550億ドル(+1%)
対米貿易黒字 3233億ドル(+17%)過去最高

しかし、2018年12月単月では全く別の結果となった。

貿易総額 506億ドル

輸出 402億ドル(-4%)
輸入 104億ドル(-36%)

つまり、中国の貿易は、通年ではプラスになったものの、対米経済摩擦の影響が後半に表れ、急速に萎んでいった。特に国別では第1位の対米貿易が通年ではプラスとなり、黒字幅は過去最高を記録したが、年末にかけて大きく落ち込んだ。通年でプラスだったのは、米国の景気が良く、需要が膨らみ、経済摩擦のマイナスをカバーして余りあったからである。米国にとっては皮肉な結果となった。

中国の経済専門家のうち、中国経済の2019年の見通しについて、楽観的な人はほとんどいない。多くの専門家は、今年は正念場だと言う。ある専門家は「今年は守りだ。どこまで落ち込みを少なくするかの問題で、成長率からすると6%の攻防になるだろう」と述べた。因みに、1月に世界銀行とIMF(国際通貨基金)の、各国の経済成長率予測が出たが、両方とも中国の成長率予測は2019年、2020年とも6.2%である。

ある経済専門家は、中国経済が徐々に減速する中で、「対米貿易摩擦という超大型ハリケーンに見舞われた。中国経済は2019年春以降さらに苦しくなるだろうと」言っていた。また好調だった米国の景気も、今年の夏以降は急速に冷え込むだろうし、EU経済も不透明であり、中国にとって良い要素はあまりないと予想していた。唯一の希望は、「改善軌道に乗った」日中関係で、昨年秋財界人500名を引き連れて訪中した安倍総理の「日中関係は競争から協調へ」という言葉に、中国の指導者は大きな期待を持ったはずである。しかし、対米関係が第1の日本が、「米国の意向」を無視して、中国との経済交流を拡大するという希望的観測は現実的ではない。北京駐在のある大手商社の駐在員は、安倍訪中以降中国側の対応は非常に良くなったが、「会社としては、米国のご機嫌を損ねない配慮をしながら、どこまで中国経済との関係を強化してゆくか、間合いを計っているところだ」と話していた。日本では、中国の通信大手「ファーウエイ」との取引を、米国の要請で打ち切る企業が続出しているが、中国のある外交関係者は「これが日中米関係の現実だ」とため息をついた。

ただこの困難の中で、中国政府は手をこまねいているわけではない。景気が急激に失速すれば、それは人々の懐を直撃するばかりでなく、失業者が増え、治安が悪化、不満の矛先は政府に向いてくるかもしれない。つまり政治問題に発展しかねない。昨年12月に開かれた「中国共産党中央経済工作会議」で、「大規模な減税・手数料軽減措置を実施する」事が決定された。2018年には経済の下支えのため、主に個人・中小企業向けに1兆3000億元(約21兆円)の減税を実施した。2019年はさらに上積みする方針だ。具体的な数字は3月の全人代(全国人民代表大会)で決めるが、市場では「少なくとも1兆5000億元」という観測が流れている。すでに1月から個人所得税の減税幅が拡大された。控除項目も増えた。これまでは住宅積立金や失業保険料など4項目だったのが、子供の教育費、重病者の医療費、住宅ローンの金利負担、家賃など6項目が追加された。今のところ中国政府の財政は極めて健全なのが救いだが、これが長期化すれば、少子高齢化もあり、財政基盤が揺るぎかねない事態となる。

さらに1月29日、中国政府は自動車や高級エコ家電の買い替え補助を中心とした、具体的な消費振興策を発表した。旧排ガス基準の車を廃棄し、より厳しい新排ガス基準の車を購入した場合は補助金を出す、電気自動車(EV)の普及に努め、環境保護に功績のあった地方には、中央政府からの財政支援を増やす、エコ家電やスマート家電についても購入者に補助金を出す、などである。政府は、新車販売台数の落ち込みに衝撃を受けたようだ。前述の通り、自動車産業はすでに最大の工業分野となっていて、部品や電気産業など、広い裾野に多大な影響を及ぼしている。下請けの中小企業も多い。その意味で、自動車産業の不振は雇用情勢にも深刻な影響を及ぼすのだ。

とにかく、中国としては対米経済摩擦を何とか緩和させたいところだ。

中国は2月4日から春節(旧正月)の大型連休に入る。今年の春節の消費動向が注目される。(止)