No. 8  北京五輪と環境問題

北京オリンピックが終わった。「100年待った開催」と言われるだけあり、中国の力の入れようは大変なものであった。北京市のオリンピック関連予算は当初の16億ドルから20億ドルに引き上げられた。中国全体ではオリンピック関連に440億ドル(約4兆7000億円)が使われたといわれる。新疆ウイグル自治区など地方で部分的破壊行為があったが、北京では完全にテロは抑え込まれ、祭典は無事終わった。市内の交通はスムースだったし、選手村も選手用食堂も特に不都合が無く合格だった。競技であれだけ多くの世界新、五輪新が出たということは、競技施設、設備もほぼ完璧、北京オリンピックは大成功だったと言えるだろう。
一方で、オリンピック開催で見えてきた問題もある。その一つは環境問題。オリンピック開幕中、北京の空気は意外に良かったと言われた。ところがこの環境状態は緊急対策によって整備されたものである。オリンピック間近になると、北京の工場は操業停止になり、多くのボランティアにより、町のいたるところに木や花が植えられ、毎日水をやるという作業が続いた。道路や公園の清掃、交通整理、治安維持のためのパトロールにも多くのボランティアが動員された。また道路の渋滞対策として、オリンピック開催中は、政府関係の公用車は原則使用禁止、一般車は奇数ナンバーと偶数ナンバーが隔日運転と決められた。このような緊急対策、努力の結果として北京の環境、交通、治安は維持されたのである。
北京の人たちはオリンピック期間中きれいな空気を吸い、治安の良い、清潔な環境の中で過ごした。日常的となっていた交通渋滞も無く快適だった。当然このような環境は維持したいと思う。つまり、オリンピック以前の環境があまりにも悪かった、しかし努力すれば改善できるとわかったのだ。世紀の祭典が終わった途端、元の木阿弥では北京市民は失望するだろう。
ただ今の中国は「人間らしい生活環境を得る為には、豊かさをある程度犠牲にしても構わない」という考え方は成立しない。それは中国がまだ基本的に貧しさを脱却していないからである。確かに中国の発展は目覚しい。GDPで言えば、中国は米国、日本、ドイツに次いで第4位だ。今年中にはドイツを抜くだろうし、2015年-2020年頃には日本に迫り、抜くだろう。ところが国民1人当たりのGDPで言えば、現在中国は100位前後だ。米国の4万2000ドル、日本の3万7000ドルに比べ、中国は2300ドル、中進国のレベルにもほど遠いのだ。03年、中国は中期経済計画として、2010年のGDPを2000年の2倍に、2020年のGDPを2000年の4倍にすることを決めた。今年に入り、胡錦濤主席は1人当たりのGDPを2倍、4倍にと、言い方を一歩進めた。人口の増加があるので、単純な2倍、4倍では、国民1人当たり2倍、4倍にはならない。
この2倍、4倍計画はいわば中国政府の公約、どうしても実現しなければならない。2000年から2020年までの20年間で、GDPを4倍にするには、毎年の成長率は7.2%が必要だ。ところが2000年から2007年までの平均成長率ははるかに10%を超え、ここ3年間は11%を超えている。今後若干の落ち込みがあっても、2010年の2倍増は確実、2020年を待たずに4倍増も達成されるだろう。
高成長を維持するということは、エネルギーなどの消費が不断に増え、廃棄も不断に増えるということだ。生活レベルの向上は、やはり消費が増え、廃棄が増えるということだ。つまり、経済成長と生活向上は不可欠、しかし成長すればするほど環境的には悪い要素が増えるということなのだ。確かに北京や上海といった、沿海ベルト地帯の大都市はかなり豊かになり、すでに1人当たりのGDPは5000ドルー8000ドルとなり、中進国のレベルに達したか、達しつつある。ところが内陸部にはまだ1000ドルにも達してない貧困地域が少なからず存在する。中国は成長を止めるわけには行かないのだ。
北京オリンピックの理念は3つあった。「緑色」(エコ)、「科技」(ハイテク)、「人文」(ヒューマニズム)。「人間らしく」と「豊かさ」の共存という事だろう。快適な生活環境と豊かさへの追求を、いかに折り合わせてゆくのか。オリンピックを通じ、中国政府と北京市民はこの課題を背負ったと言える。
中国がこの問題の解決策を考える上で、不可欠なのは日本の協力だ。日本の環境関連技術・ノウハウと省エネ技術は世界1だ。一定のGDPを創出するために、石油換算で日本が100トン必要だとすると、米国280トン、韓国330頓、中国は850トン必要だ。エネルギー効率が悪いということは、エネルギーの浪費度が高いばかりでなく、廃棄が多くなり、環境破壊に通じる。中国は日本の技術が是非とも欲しい所以だ。一方日本も、中国の環境が好転することで大きなメリットがある。環境問題には国境は無い。中国発の有害物質はすでに国境を越えて日本に飛来、黄砂や酸性雨を降らせている。越境汚染だ。もし中国の環境問題がさらに深刻になれば、越境汚染はさらにひどくなる。日本にとってもう一つの利点は、この環境問題は大きなビジネスチャンスになるということだ。他人の弱みにつけ込んで金儲けするのかという批判はあるだろうが、それは狭い考えで、中国の環境問題に貢献でき、日本もそれによって潤えば、双方共に得となる。これぞWIN―WINの関係であろう。
中国は、北京オリンピックを成功裏に終えた。しかし、構造的な環境問題は依然として存在するし、思い切った対策を講じないと、環境破壊は加速度的に進むだろう。この問題に対し、胡錦濤指導部は大きな決意を持って対処しようとしている。6月1日から厚さ0.025ミリ未満のレジ袋の生産、販売、使用が禁止となった。それ以外のレジ袋もすべて有料化された。同じ6月1日には「水質汚染防止法」が施行された。7月には国務院常務会議で「公共機関省エネ条例(草案)」、「民間建物省エネ条例(草案)」が採択された。来年1月からは「循環型経済促進法」が施行される。
日中環境・省エネ協力も動き出しつつある。大変良いことだ。問題は効果が上がるかどうか。日本は50年代末頃から経済の上昇が始まり、60年代に飛翔、70年代には高度成長、80年代にはバブルというピークを迎えた。日本の場合、急成長のツケが現れたのは70年代だ。公害が大きな問題となった。中国は20年遅れて日本の道を歩んだ。70年代末から始まった近代化政策が、20年後の90年代に歪みとしての環境破壊を生んだ。
中国の人たちはオリンピックを通じ、環境問題の怖さ、重要さをさらに深く認識し始めた。日本の経験と教訓を十分に汲んで、また日中環境・省エネ協力が進み、中国が「快適さ」と「豊かさ」を同時に実現させる道を探し出すことを希望する。