前号の繰り返しになるが、中国経済はリーマンショックの影響を受け、2008年と2009年の成長率はそれぞれ9.6%、9.2%と1桁に落ち込んだ。それまで2003年から2006年の平均成長率は11.0%、2007年は高成長率のピークで14.2%にまでになった。ところがリーマンショックの影響で、上述のように2008年と2009年は1桁に落ち込んだ。ところが回復は早く、2010年には10.4%と再び2ケタに回復させた。そして中国経済は「世界経済復活の機関車」と言われたのである。
ところが2011年以降、中国経済は再び下降線を描くことになる。この減速傾向は今も止まらない。2011年の4四半期の成長率は9.7%、9.5%、9.1%、8.9%と下降線をたどってきた。そして2012年の第1四半期の成長率は8.1%となり、やはり経済の減速傾向は止まっていない。
この3月に開かれた全国人民代表大会(全人代)では2012年の成長率を7.5%という、中国としては意外に低い数字に設定した。中国経済の現状からすると、成長率が8%を切ると、失業問題がクローズアップし、治安にも影響すると言われてきた。そのため、リーマンショックの影響が最も大きく出る2009年の成長率を「保8」(8%死守)と言ってきたのである。それがここにきて成長率を7.5%に設定したことは、政府がかなり危機感を持っているということである。このことを前提にして、2012年第1四半期の8.1%という数字をどう見ているのか、できるだけ多くの学者・専門家に聞いてみた。答えは3様であった。①まあこんなものだろうという意見。②意外に健闘したという意見。③予想より若干低かったという意見。この中で①と③が多数を占めた。これまで中国の成長率は、上半期より下半期の方が高くなる傾向であった。この傾向からみれば第1四半期が8.1%だと、通年では少なくとも8.0%はクリアできる。ただ現在はこれまでの状況と違う。
中国の政府関係者、学者・専門家が最も心配し、注視しているのはEUの金融・信用危機である。ギリシャだけならまだしも、スペイン、イタリアに飛び火し、万一フランスまでもおかしくなれば、深刻な状況となる。中国の高度成長をけん引してきた大きな要因の一つは輸出である。その輸出構造を見ると、貿易黒字の大半は対EU、対米で稼いでいる。対日貿易は赤字となっている(日本側の統計では日本の赤字)。EUの危機が続き、さらに深刻になったら、中国の輸出に対するダメージは計り知れなくなる。米国経済も上昇しそうでしないという状況では、中国が危機感を抱くのは当然だ。このことは第1四半期の成長率8.1%が「予想より低かった」という意見と関係がある。EUの状況は短期的には改善されないだろうし、さらに深刻化するだろうと予測する人たちは、今後下半期にかけ、EUの悪影響はボディブローのように効いてきて、中国経済の足を引っ張ると予測する。従って、第1四半期が8.1%だと、通年では8%を割り込む可能性が大だと言う。
それでも中国政府の公式見解はなお強気である。ある政府関係者は「経済は確かに減速傾向が続いているが、これは想定内で、合理的かつ適度な成長の範囲にある」、「経済は減速の中で安定に向かい、引き続き比較的高い成長を維持するだろう」と述べた。もう少し詳しく、中国社会科学院金融研究所通貨理論・金融政策室の彭興韵主任は次のように述べている。
「昨年の政府の比較的厳しいマクロコントロールで、不動産と固定資産投資が一定の影響を受け、金融引き締め措置も企業の資金借り入れコストを上げた。国際的には欧州債務危機、米国経済回復の遅れなどの影響で、貿易黒字が著しく減少した」。しかし今年の目標達成は十分可能であり、「マイナス要因がマクロ経済に影響を与えているが、短期的に多くの要因が逆転することはなく、都市化プロセスが終わらなくても、内需改善の余地はある。また所得税率の見直しが消費需要の拡大につながり、また人口ボーナスもまだある」。
比較的楽観論者は、EUのマイナス影響は確かに大きいが、政府の金融緩和、内需拡大、都市化推進などで、ある程度カバーできる。その結果、第2四半期には中国経済は底を打ち、下半期は徐々に上昇すると見ている。比較的悲観論者は、金融緩和などの政府の経済対策は確かに一定のプラス要因になるが、都市化にはかなり時間がかかり、今年1年に限れば、期待はできない。EUの状況は改善傾向より、深刻化していて、中国経済に与えるマイナス要因を軽視することはできないというものだ。
中国経済の成長問題に関しては、ここにきて顕著な傾向が表れてきた。それは東部地域(これまで高度成長をけん引してきた沿海ベルト地帯)の大幅な落ち込みと西部・中部地域(高度成長から取り残されてきた内陸部。逆に輸出や外資導入の落ち込みの影響をあまり受けない)の高度成長の兆しである。最近重慶問題がメディアを騒がせたが、昨年の成長率は16%という驚異的な数字だった。
さて、中国経済は困難な局面にあるが、北京市民の生活に大きなマイナスが出ているとは思えない。むしろ昨年のインフレで物価が上昇し(5-6%)、市民の不満がたまっていたが、ここにきて物価上昇率は3-4%に落ち着き、ひと息と言ったところである。賃金は依然として上昇している。今年以降最低賃金を毎年13%引き上げると、政府は公約した。全国的に見れば格差問題は深刻だが、北京市内の市場は賑わい、高級レストランはどこも満員だ。EU問題のマイナスは、今のところ市民生活には及んでいない。