中国は世界に先駆けて、新型コロナウイルス(COVID-19 coronavirus disease 2019)の制圧に成功しつつある。生活も生産も急速に戻ってきた。中国にも5月1日―5日までのGW(メーデー連休)があるが、国内旅行者数は1億1500万人に上った。北京では、6月1日からマスク着用が義務でなくなった。それまでは、マスクを着用しなければ外出禁止であった。ただある中国の友人は、「新型コロナには国境がなく、世界的規模の人類対ウイルスの戦いなので、中国で制圧に成功したからと言って、勝利とは言えない。世界各国、各地域で制圧に成功した時こそ、本当の勝利なのだ」と言っていた。
ともあれ街に活気が戻ってきた。第2波、第3波の危険が無くはないが、とにかく正常な生活と生産をしなければ、国が持たないと誰もが思っている。その中国は「一国主義」の米国を意識するように、米国を含む約150カ国にマスクや防護服などの医療物資を贈り、同時に発展途上国を中心に、24カ国に医療チームを派遣した。「人類共通の戦い」、「お互いに助け合う」がスローガンだ。マスクを含む防疫用品の輸出も急増した。新型コロナ以前、世界のマスク生産の約50%は中国が占めていた。3月、4月のマスクの輸出は278億枚、防護服は1.3億着に上った。マスク等の個人用防護具(PPE)の輸出を制限した米国とは対照的な動きであった。
各国とも同じだが、新型コロナの後は経済が主要問題となる。中国は例年3月に全国人民代表大会(全人代)が開かれ、その年の経済指標が決められる。今年も3月5日から15日まで開催する予定であったが、新型コロナ問題が起き、延期されていた。その全人代が5月22日、約2カ月半遅れで開催された。新型コロナ問題が起きる前から、今年の全人代は内外から注目を集めていた。それは、米中経済戦争が激化する中、今年の成長率目標をどう設定するのかという問題であった。具体的には、6%台の成長が維持できるのかが問題だった。ところが新型コロナで、状況は一変した。6%どころか、マイナス成長になる可能性すら出てきた。これはどの国も同じである。
第1四半期(1月―3月)、中国の成長率は対前年同期比-6.8%であった。国内外の専門家の予測は-4.0%から-10.0%だったので、想定内であるが、大変な打撃には違いない。傷は大きく、深い。米国の状況はさらに深刻で、日本の成長率も、本年度はマイナス予想だ。つまり、世界第1、第2、第3の経済大国が軒並み危機的状態になる可能性がある。世界経済は全体としてデフレ圧力の下にあり、恐慌に襲われる危険すら出てきた。
さて、全人代だが、李克強首相の「政府活動報告」では、目標成長率は提起されなかった。提起できなかったのだ。李首相は、この問題について「新型コロナと経済・貿易の情勢で不確実性が高く、発展が予測困難な要因に直面しているため」と説明した。今回の「政府活動報告」は、ある意味非常に地味なものであった。これまでは「輝かしい未来」を目指し、「大きな目標」を掲げ、「全人民を挙げて頑張ろう」的な、ある意味勇ましいトーンのものが多かった。しかし、今回は経済中心の、非常に事務的で、現実に即した、細かいところまで触れたものとなっている。さらに経済の回復だけでなく、貧困の撲滅、民生の向上に気を使ったものとなっている。対外政策(外交)にはほとんど触れなかった。友人であるある学者の解説では「対米、対EU、対日韓、対ASEAN、朝鮮半島など、不透明要素が多く、臨機応変、柔軟に対処できるように決めつけはしなかったのだろう」という。
李首相は、先ずやるべきことは内需の拡大であるとし、そのために積極財政を表明した。財政赤字の対GDP比を昨年の2.8%から3.6%以上に引き上げた。また新型コロナ対策の特別国債の発行で得た2兆元(約30兆円)を地方対策に回し、減税、賃料の引き下げなどを通じ、内需の喚起に当てる事を表明した。地方政府のインフラ債券(専項債)の発行額も3兆7500億元(56.25兆円)とし、昨年の発行額2兆1500億元(32.25兆円)を大幅に上回った。13年ぶりに特別国債も1兆元(15兆円)発行するとした。減税も、付加価値税(増値税)など5000億元(7.5兆円)規模となった。
李首相が内需の拡大と共に強調したのは「雇用の安定と民生の保障」だ。昨年の失業率目標は5.5%以内としていたが、今年の目標は6%前後とした。新型コロナの関係で失業者が増えたが、この問題は治安に関係するので、政府は神経質になる。昨年の新規雇用目標は1100万人だったが、今年の目標は900万人以上と引き下げた。その他、不満が大きかった定年退職者の年金も、納入金額を据え置きのまま、受給額を増やすと表明した。また都市部の住宅問題についても、老朽化した住宅地の改築を3万9000カ所で行うとした。
デフレを避けるためには、内需を拡大し、消費者物価を適度に上昇させねばならないが、今年の物価上昇目標を3.5%前後とした。
新型コロナと、対米経済戦争で、中国経済は大きな困難に見舞われていることに変わりはない。ただ、先に先にと手を打っている事は事実だ。その結果、少しずつだがすでに成果は表れだしている。まず復調を始めたのは金融市場だ。3月のM&A、株式・債券発行の合計件数は約1200件を超した。これは2月に比べ8割増で、金額は4割増の2500億ドルとなった。3月の社債発行件数は795件となり、4年ぶりの高水準となった。3月のM&A件数は369件で、今年最多であった。
これまで中国の、高度成長の原動力となってきた輸出は、世界経済の停滞、対米経済戦争、新型コロナで大きな打撃を受けていた。1―2月は対前年同期比-17%、3月は同-7%だったが、4月になってプラスに転じ、対前年同月比+3.5%となった。これはマスクをはじめ、防疫用具の輸出が大幅に増えた事、対宅勤務でPCの需要が好調だったことが原因だ。ただ中国は楽観視していない。商務省の報道官は「貿易は依然として大きな下押し圧力に直面している。前例のない試練だ」と述べた。ある専門家は、新型コロナのマイナス影響が本格的に出るのは5月以降と言っている。米欧や日本など、輸出先の経済がどうなるのか、全く予測できないので、確かに「前例のない試練」なのだろう。
中国の消費のバロメーターである新車販売は、やや上向きとなってきた。4月の新車販売台数は、対前年同月比+4.4%の207万台で、2018年6月以来22カ月ぶりにプラスに転じた。インフラ建設再開や買い替え補助金などによって、トラックなどの商用車が過去最高と、好調であった事がプラスに押し上げた。ただ新車販売も、中国は楽観視していない。自動車汽車工業協会は、通年では対前年比-20%前後になるだろうと見ている。中国にとって心配なのは、官民一体で力を入れてきた新エネルギー車(NEV)の落ち込みが大きい事だ。4月は-26.5%の7万2000台だった。うち電気自動車(EV)は-28.6%の5万1000台だった。新型コロナの影響をもろに受けていた日本車販売は、トヨタと日産が健闘、4月にはプラスに転じた。トヨタは+0.2%の14万2900台、日産は+1.1%の12万2846台だった。
工業生産も息を吹き返しつつある。1-2月は対前年同期比-13.5%、3月は同-1.1%だったが、4月の工業生産はプラスに転じ、対前年同月比+3.9%だった。好調だった半導体やPCが全体をけん引した。生産量で見ると、自動車(トラックなどの商用車)、鋼材、セメントなどが前年同月を上回った。政府の景気対策としての公共事業が、工業生産が上向いた主な要因である。
新型コロナにあまり影響されることなく、伸びている分野がある。次世代通信規格「5G」関連である。中国は近年ハイテク分野で急速な発展を遂げ、米国の「ハイテク覇権」に迫っていた。ところが、米中経済戦争の中で、中国は自国のハイテク産業のアキレス腱を思い知ることになった。それは半導体であった。世界の半導体市場の約6割は中国が占めるが、自給率が1割しかなかったのである。半導体生産は、米国を中心に韓国、台湾のシェアが大きい。米国に半導体供給を止められたら、中国はなす術もないのである。ファーウェイ(華為)が良い例であった。中国は半導体の自給率を挙げる必要に迫られた。中国は半導体の自給率を2020年に40%、2025年に70%という目標を掲げ、政府系ファンドは半導体産業の育成を後押ししている。そういう状況の中で、中芯国際集成電路製造(SMIC)などの半導体企業が育ってきた。例えばファーウェイは半導体生産を米国の息の掛かる台湾積体電路製造(TSMC)に委託していたが、TSMCは米国のファーウェイ制裁強化の方針を受けて、ファーウェイからの新規受注を止めた。今ファーウェイは半導体の供給元をTSMCからSMICに切り替えつつある。中国は「5G」で世界のトップを走っているが、アキレス腱である半導体問題を解決しつつあるという事だ。すでに中国の5G対応のスマホの契約は5000万件を突破した。年内には契約件数で世界の約7割を握ると言われる。2025年には契約件数が8億件になるだろうというのが専門家の見方である。次世代通信先進国の米国、韓国は苦戦している。韓国は昨年世界に先駆けて、スマホで使える5Gサービスを始めたが、今年2月の契約件数は500万件で、中国の10分の1だ。このように、ハイテク通信分野でも地殻変動が起こりつつある。米国の「ファーウェイ叩き」が、中国の半導体自立を促進し、米国は半導体の巨大なマーケットを失うという結果を招くことになりかねない。長期的に見れば、米国は正しかったのか、いずれ米国内で議論が巻き起こるだろう。
5月22日に開幕した全人代は28日に閉幕した。李克強首相は、閉幕に合わせオンライン方式による記者会見を行った。記者会見で李首相は、経済について「新型コロナで大きな打撃を受け、経済情勢には不確実性が高い」と認めつつも、「6つの保障」(雇用、民生、市場主体、食糧・エネルギー、産業チェーン・サプライチェーン、末端の行政運営)を確実に実行すれば「今年は、プラス成長を達成できる」と語った。「不確実性」の中には、新型コロナの第2波、第3波はあるのか、対米経済戦争の行方、世界経済の動向などが含まれるのであろう。米欧日などの主要先進国や中国を除くBRICSなどの新興工業国などは、今年の経済成長率がマイナスになる事がほぼ確実だ。その中で中国がプラス成長を実現すれば、中国「1人勝ち」となる。中国経済は「改革・開放」以後最大の困難に遭遇していることは確かだが、日本で報道されているよりしぶとい。(2020年5月29日)(止)