No.42 中国レポート

先般2014年第1四半期のGDP成長率が発表された。対前年同期比+7.4%であった。この数字をどう見るか、国際社会では議論になっている。厳しい見方は、中国経済の減速傾向は止まらず、再浮揚は難しいという見方だ。根拠としては、①7.4%という数字は、政府が設定した通年成長率7.5%を下回わり、四半期の数字としては過去最低(唯一2012年第3四半期が同じく+7.4%だった)で、減速傾向は止まっていない。②「シャドーバンキング」など不健全な金融システムが蔓延し、地方政府の債務が膨張し、経済全体を圧迫しているが、この問題の処理は長くかかるだろう。③消費が不十分であり、依然として輸出に頼る「外需型成長」モデルから脱していない。④経済の構造改革は緒に就いたばかりで、成功するにしてもかなりの時間がかかる。この過程で、成長率は引き続き鈍化するであろう。⑤世界経済はなお不透明で、外需が一気に回復する見通しがない。⑥米中関係、日中関係の悪化という政治的要素が中国経済の発展を妨げるだろう。この状況は短期間には解決できない。その上、中国とASEANの関係もギクシャクしてきた。などである。
中国国内でも議論があるが、悲観論は尐ない。年初には経済を下支えし、落ち込みを防ぐため、政府は財政出動を含む臨時措置をとるのではないかという観測があった。しかし李克強首相は、4月に海单島で開かれた「ボーアオ・アジア経済フォーラム」で演説し、「短期的な刺激策はとらない」と明言した。そして、7.4%は「想定内」で、「通年の目標が+7.5%というのは、若干上回る可能性も、若干下回る可能性もあるということだ」と述べた。李克強首相の心配は、数字より雇用状況のようで、「数字より、基本的な雇用確保が重要だ。今年は最低1000万人の雇用確保が必要だ」と述べた。昨年度は7.7%成長で1300万人の雇用が実現した。政府の試算では1000万人の雇用を確保するためには7.2%の成長が必要となる。その意味で、7.4%はまあまあの数字なのである。もちろんこの数字は第1四半期のもので、通年の数字はどうなるかはまだわからない。さらに李克強首相は、一部の金融機関の「理財商品」にデフォルト(債務不履行)問題が発生したことに関して、政府は救済しないと言明した。これは、金融機関の安定化を維持するため、政府は救済するのではないかという観測に対して述べたもので、一部の金融商品に問題が生じ、デフォルト問題が生じるのはどこにでもあることで、政府が救済することはあり得ず、市場原理に任せると述べた。
李克強首相の頭にあるのは、経済の個々の綻びを補修することではなく、経済全体の構造改革をいかに進めるかである。そのためには相応の痛みを伴うのはやむを得ないということだろう。ただ、経済の綻びが経済全体を崩壊させては元も子もない。従って、政府は「短期的な刺激策」はとらないが、刺激策を全くとらないわけではない。あくまで将来を見据え、経済全体の構造改革を行うという既定方針の中で対策を講じるという意味だろう。これには既定の計画の前倒し実施も含まれる。例えば、①内陸部の都市化と並行して、鉄道整備を一部前倒しで加速する。②老朽化した住宅の整備・建設と低所得者向け住宅の建設。③零細・中小企業を対象とした法人税の大幅減税、などである。
李克強首相の経済政策は「リコノミクス」と呼ばれるが、このリコノミクスの中核を成すのは「内陸部の都市化」である。今年3月に「都市化計画」が発表された。それによると、2013年末の都市化率(都市人口の比率)は53.7%だが、2020年にはこれを60%まで高める。都市化とは、内陸部農村地帯に数多くの中小都市を建設し、農村の過剰人口を吸収し、中小の工業、サービス業を興す。この中小都市間を高速道路と鉄道(普通、高速)で結び、経済効果を生み出し、内陸部住民の所得向上を実現し、内需を掘り起こすというものだ。鉄道について言えば、新興都市の中で、人口20万以上の都市には通常鉄道を通し、50万以上の都市には高速鉄道を通す。市内には地下鉄を作る。この計画を実現するためには、「二重戸籍」問題を解決しなければならないが、戸籍改革はすでに着手されている。新興の中小都市に移住した農民には「都市戸籍」を与える、就業の機会を与える、都市住民と同じ福祉を与える、子弟の教育問題を解決するなどだ。
この都市化計画がうまく行けば、大量の新しい労働力が生まれ、内陸部に多くの産業(第2次産業、第3次産業)と雇用が創出される。それは莫大な内需を生むことになる。沿海ベルト地帯に比べれば、まだ安い労働力が存在する内陸部には、依然として製造業をはじめとする外資を導入する条件がある。政府はこれまでのような労働集約型の外資系製造業を、沿海ベルト地帯に導入することはもう考えていない。賃金が上昇し、メリットが無くなった外資系製造業は出て行っても良いと考えている。中国にとどまるなら、内陸部への移転を勧めることになる。いずれにせよ内陸部の都市化は、経済全体の構造改革のカギとなる最重要課題なのである。
しかし問題はそう簡卖ではない。中国のような大きな、したがって経済発展が地域によって不均衡な国は、往々にして「こちらを立てれば、あちらが立たない」という現象が生まれる。内陸部農村の都市化は、確かに内陸部の発展、内需の掘り起しには大きな効果が生まれるだろう。しかし、その一方で開発による環境と生態系の破壊問題はどうなるのだろうか。さらに農村地帯の都市化により農業はどうなるのだろうか。急激な開発と都市化により、耕地面積の縮小は避けられない。そうなれば食糧生産が影響を受けるのは必至だ。中国のような人口大国は、食糧を輸入に頼ることはできない。一定の耕地面積を維持し、食糧の基本的な自給体制を維持した上で、内陸部農村の都市化を進めることは至上命令である。リコノミクスは、内陸部における環境問題と農業問題に具体的方向性を示さなければならない。