今回も中国の経済問題についてレポートする。経済ばかりでしつこいと思われる読者も多いだろうが、実は最近以下のような質問が多い。「中国はどうして8%成長にこだわるのか」、「中国にとって8%以下の成長は、実質マイナス成長に等しいと言われるが、世界で8%成長といえば高度成長の部類に入る。どうしてそれがマイナス成長に等しいのか」。今回はこれらの質問に答えることを兼ねて、前回レポートの補足としたい。
前回のレポートで、09年の中国経済のキーワードは輸出、雇用、内需と書いた。中国の改革・開放という名の近代化は30年経過したが、はじめの20年の成長を引っ張ったのは「爆発した消費」、つまり内需であった。後の10年の成長を引っ張った大きな要因は積極的な固定資産投資、拡大し続ける輸出、中国を世界の工場に押し上げた外資導入である。その中でも輸出は最大の要因であった。つまり、中国の成長は内需型から外需型へと変化したのである。だから90年代末あたりから内需が相対的に低迷しても、成長の速度は変わらず、いやむしろスピードアップし、中国を外貨準備高1位、輸出総額1位に押し上げた。
この輸出が世界同時金融危機の直撃を受けた。外需型成長の最大の欠陥が明らかになったのである。上述のキーワードである輸出、雇用、内需のうち、輸出は相手次第、つまり主要な輸出相手である欧米、日本の需要が回復しない限り、中国の輸出に光明は見えてこない。今の情勢からすると、欧米と日本の景気が短期間のうちに回復するとは思えない。であるならば、中国経済がこの危機を乗り切る道はただ一つ、それは内需拡大である。そこで中国政府は思い切った内需拡大策を打った。昨年11月決定した4兆元(約58兆円)※投入である。ただ、4兆元に驚いてはいけない。これは中央政府主導の投入であって、そのほかに地方政府の投入もあるのだ。中国の地方政府(省・自治区・直轄市など1級行政区は28)は独自の内需拡大策を打ち出している。その総額は約30兆元(約435兆円)と言われる。中央政府と地方政府のこれら投入は短期のものもあれば、2020年頃までの長期のものもあるが、このような巨額な内需拡大用資金が投入されることは間違いない。そのほか、中央政府は5000億元減税、主に中小企業を対象にした5兆元の貸出枠拡大、鉄鋼や自動車産業を対象に「10大産業振興計画」などを打ち出し、金融緩和も繰り返し行っている。ユニークなのは「家電下郷」(家電を農村へ)というもので、農民が対象家電を購入する場合、政府は価格の13%を補助するというもの。4年間の時限措置だが、この期間に対象家電4億8000万台が売れ、9200億元(約13兆円)の消費拡大につながると政府は試算している。農村向けの小型自動車もこの方式が採用され、10%の補助が得られることになった。
中国の08年成長率は9.0%だった。これは07年の13.0%に比べれば急降下とも言える。中国政府がショックだったのは、9%という数字ではない。問題は9%になった経過だ。第1四半期が10.5%、第2四半期が10.0%、第3四半期が9.0%、第4四半期が6.8%だった。第四半期はまさに急降下で、その延長線上に09年があることなのだ。つまり相当なハンデを背負っての09年の船出であった。
中国政府はあらゆる措置を講じ、あらゆる努力を払い「保8」(成長率8%死守)を実現すると宣言した。さて、そこでなぜ8%なのかである。この数字は雇用、失業者数と密接に関係している。
09年の労働市場動向は、大卒者約600万人、その他の都市労働就職希望者を加えると求職者総数は約1540万人。これに農村から都市に流れる新たな出稼ぎ者500万人を加えると、09年の求職者総数は2040万人となる。一方、09年の定年退職者数は1200万人。差し引き840万人分の職を用意しなければならない計算だ。中国の場合、1%成長ごとに90万人―100万人の雇用が生まれる。1%95万人として計算すると、7%成長だと665万人の雇用が生まれ、840万人の求職者のうち175万人が失業する。8%成長だと雇用は760万人となり、失業者数は80万人だ。7%成長では失業者は多すぎ、8%であれば適性の範囲内という事になる。
失業問題が深刻なのは、単に経済問題ではなく政治問題になりかねないからだ。中国では改革・開放以来格差が生まれ、特に市場経済化以降、格差は拡大してきた。特に都市と農村の格差は顕著で、都市住民の可処分所得と農村住民の純収入を比べると、その差は約3.5倍。これに福祉、教育、文化、情報などの要素を勘案すれば、実際の格差はさらに大きい。農村からの出稼ぎ者数は1億4000万人と言われるが、農民はこの格差の実態を見てしまった。当然不満は募っている。しかしこれまでは、高度成長下出稼ぎ農民の農村への仕送りもあり、農民の生活は少しずつ向上してきたので、不満は大きな爆発を誘発しなかった。しかし経済が失速し、出稼ぎ者が大きなダメージを受ければ、農民の反乱が起きかねない。都市でも失業者が増えれば、不満が募り治安が悪化する。農村と都市両方で不満が蓄積し、それが爆発すれば、中国という国の根幹である共産党絶対指導体制が脅かされかねないのだ。だから8%死守なのである。そして、この8%成長が実現するかどうかの鍵は内需の掘り起こしにあることは明白だ。
中央政府と地方政府の内需拡大策はすでに実行に移され始め、その影響は少しずつ出始めた感がある。2020年までに総延長12万キロの鉄道建設計画は、鉄鋼産業を活気づかせているし、家電業界は農村需要の増加で在庫を一掃し、更に生産拡大することを目論んでいる。内陸部中心に高速道路網を張りめぐらす計画は、土木・建設、セメントなど業界にとっては吉報だ。「緑色新政」(グリーンニューデール)による大規模緑化事業計画は、進む環境破壊の緩和に役立つし、巨大な雇用を生み、農民の所得増にもつながる。実際にいつ、どの程度の内需が生まれるかはまだ不透明だが、この影響はすでに日本にも及んできている。例えば、総合化学大手の住友化学は、2500人規模のリストラ計画を数百人規模に修正するという。それは、中国でデジタル家電が動き出し、日本に対する関連素材の需要が回復し始めたからで、「09年2月後半から急速に需要が戻りつつある(同社広瀬博副社長。3月20日付「朝日新聞」)という。中国全土で建設機械を生産・販売する「コマツ」なども、昨年後半の急速な落ち込みから、すでに上昇モードに入りつつあるという。自動車の「マツダ」の販売は、08年度、日本、欧米が大きく減少したが、中国の販売は伸びた。今年はチャンスだと捉えている。
チャンスと言えば、中国では今回の世界同時金融危機を、独特な発想で捉えている人が多い。「危」は危険の「危」であり、何とか乗り切らないと大変なことになると危機感を持っている。一方「機」は「機会」の「機」であり、うまく対応すれば大きなチャンスになると言うのだ。確かに、巨大スケールの内需拡大策が功を奏せば、農村のインフラは整備され、農民は潤い、格差拡大に歯止めがかかるかもしれないし、眠っている大きな内需を掘り起こせるだけでなく、外資は沿海地域から内陸部へと入ってゆくだろう。そうなれば中国の成長は持続でき、社会は安定する。そうなるかどうかはまだわからないが、中国人はさすがしたたかであり、自信を持っている。
1元を14.5円で計算