北京はこの2カ月いろいろな事があり、慌ただしかった。
先ずは全世界が注目した米国の大統領選挙だが、北京でも話題の中心だった。注目すべきは、中国の人たちにとって、トランプ再選が良いのか、はたまたバイデンが勝つ方が良いのか、微信(wechat)を駆使して、各分野の友人に聞いてみた。確かにどちらが勝つかについては、多くの人が大いに興味を持っているが、結構冷めているなという感じがした。経済戦争を仕掛けられ、苦労した経済界の人たちはトランプにうんざりしていて、トランプがいなくなった方が良いと思っているのが多数派だ。ところが学者や高級インテリ、そして政府関係者は、「どちらが良い?うーん、悩ましいね」と言う人が多い。親しいある経済学者は、「バイデンになったら、経済戦争は少し緩和するかもしれない。しかし、バイデンはトランプがやらなかった方法で、中国を攻撃してくるだろう」と言った。それは「民主」や「人権」という、中国が一番鬱陶しく思う課題を突き付けてくるという事だろう。彼らは、トランプが再選されようが、バイデンに代ろうが、米中間の確執は長く続くだろうと考えている。そういう意味では、習近平指導部も対米闘争は長期になるだろうと予想し、「持久戦」の構えのようだ。長年の歴史的教訓から、中国の人たちには1つの確信がある。それは、何と言おうと、強くならなければダメだという事だ。弱ければ強国、大国に馬鹿にされ、虐められ、踏みにじられる。強くなることだけが、それを防ぐ術なのだ。今はまだ米国との差は大きいが、何とかこの差を縮め、何時の日か米国に並ぶことが中国指導部に託された任務なのである。
さて、世界では依然として新型コロナが猛威を振るい、欧米は第3波に翻弄されている。アジアは比較的穏やかだが、日本ではまた新型コロナが勢いを増している。それに比べ、中国は確かにほぼ新型コロナを克服したと言える。ただ最近、衛生部(厚生省)は、再流行の恐れがあると、警戒を呼び掛けた。経済交流の緩和による、海外からの流入を恐れての事だ。人の往来もリスクだが、最近輸入冷凍食品から新型コロナウイルスが発見され、小パニックが起きた。物の往来もリスクとなっている。新型コロナを抑え込むのと、経済活動を再開するのは相矛盾する事で、どの国もこのジレンマに悩んでいる。
中国経済だが、新型コロナの影響をまともに受けた2020年第1四半期(1月―3月)こそ成長率は-6.8%と大きく落ち込んだが、第2四半期(4月―6月)は+3.2%まで盛り返し、第3四半期(7月―9月)の成長率は内外の予想を大きく上回る+4.9%だった。李克強首相は11月24日、世界銀行や国際通貨基金(IMF)など6つの国際機関トップと座談会を行ったが、会議後の記者会見で、「中国は2020年プラス成長できる。2021年は合理的な経済状況に戻れるだろう」と述べた。新型コロナ抑え込みに成功した結果が経済に表れているという事だ。もちろんだからと言って、中国経済が順風満帆であるわけではない。各国に比べ相対的に良いだけで、新型コロナと米中経済戦争のダブルパンチを受けて、中国経済が苦しい事に変わりはない。
10月29日、北京で5中全会(中国共産党19期第5回中央員会総会)が開かれた。今後の中国経済を展望する上で、大変重要な会議だ。会議では習近平総書記が「活動報告」を行い、「第14次国民経済・社会発展5ヵ年計画及び2035年長期目標の策定に関する党中央の提案」を審議・採択した。党が全人代(国会)の上位にある中国では、先ず党が経済の方向と大枠を決め、その内容に従って全人代で具体化するのである。この会議で提起された「双循環」という言葉が話題になった。経済のダブル循環とは、内需と外需の双方を好循環させて、質の高い安定した持続的成長を実現させるという意味だ。新しい言葉ではあるが、新しい内容ではない。輸出と外資導入中心の、チャイナモデルの成長が壁にぶつかり、中国は産業構造、経済体制の改革に迫られていた。ひと言で表せば、経済成長の軸足を外需型から内需型に変え、サービス業を発展させる。また、労働集約型中心の製造業をハイテク中心の製造業に転換させることである。そのためには、経済体制の構造改革と共に、サプライチェーンの多元化や科学技術の飛躍が必要だ。
輸出は中国経済の成長にとって欠かせない。これからも輸出振興政策は変わらないだろう。ただ輸出という外需に大きく頼るのは危険だと中国は思い知らされた。ファーウエイが良い例で、半導体を米国に頼っていたために、トランプの対中禁輸で大打撃を受け、輸出は激減した。調達先の多元化とともに、自給率の向上は是非ものだと認識した中国は、政府が全面的に後押しをして、いま半導体産業の育成を急ピッチで進めている。ただ中国経済は、自由貿易と国際分業が無ければ成り立たない。一部で言われているような、「自力更生」の旗の下、何でも自分で作るという発想には決して回帰しないだろう。劉世錦(政治協商会議経済委員会副主任、人民銀行金融政策委員)の言うように、中国は経済の成長と共に、輸出も輸入も増えるだろう。「中国があらゆる製品を自分たちだけで作り、輸入をしなくなるような事はあり得ない。中国の輸入はむしろこれから増える。グローバル化の大きな流れはこれからも続く」。この点に関し、習近平は11月4日、中国国際輸入博覧会で「中国は人口が14億で、中所得層が4億を超え、世界で最も潜在力のある市場である。今後10年間の累計商品輸入額は22兆ドルを超えると予想される」と述べた。
内需拡大は、中国経済が持続的、安定的に発展してゆくためには不可欠である。5中全会では、第14次5ヵ年計画の基本思想を「内需の拡大、成長の軸足を内需に移し、消費が成長をけん引する」とした。内需振興には、個人消費の向上が最重要となる。世界最大の消費国家である米国の、個人消費がGDPに占める割合は約70%、日本は約60%だ。それに比べ中国は39%と、主要国の中では非常に低い。国際情勢の変化に左右される比率が高いという事だ。GDPに占める輸出入の割合は、米日などで30%を下回る。中国は高度成長時代、この割合は60%を超えた。現在は40%を切っているがまだ外需に頼りすぎだと中国指導部は見ている。ある経済学者は、「GDPに占める内需と外需の割合が、3対7が理想的だ」と言っていた。
内需がまだ弱いと言うが、潜在的内需は大きい。「強い」から更に強くなるのは難しいが、「弱い」から強くなるのは充分可能だ。中国では年に1度、国民の消費意欲を量るには好都合のイベントが行われる。毎年11月11日に開かれる「独身の日」ネット通販セールだ。中国でネット通販と言えば、独占的と言えるほど強いのはアリババ集団である。例年は11月11日の1日のみ行われたが、今年は新型コロナ問題もあり、11月1日―3日、11月11日の2回に分けて行われた。昨年のアリババの売り上げは日本円で4兆1000億円だったが、今年は2回合計で約8兆円売り上げた。アリババに次いで大手の京東集団(JDドットコム)の売り上げを加えると12兆円に上った。今回の、アリババのネット通販セールは、25万以上の企業が参加、国内外の89ヵ国・地域の、マンションや高級車を含む1600万点以上の商品が扱われた。独身の日とは言うが、老若男女誰もが参加できる。アリババの、セール期間中の配送個数は22億個(2019年は13億個)で、これは日本の2019年における宅配数の約半分である。セールとは言え、また新型コロナ下でもこれだけの消費意欲があるのだ。中国国民が更に豊かになれば、消費は飛躍的に伸びるだろう。特に先に豊かになった沿海ベルト地帯に比べ、内陸部農村地帯には大きな潜在的需要が眠っている。この部分を引き出すことができれば、中国経済は再び強力なギアを入れることができる。
5中全会は、第14次5ヵ年計画と同時に、2035年までの、中国経済の青写真を示した。2035年には「社会主義近代化を基本的に実現」し、1人当たりのGDPが「中堅先進国のレベル」に達するとした。また国防・軍隊近代化が基本的に実現し、同時に「文化強国、教育強国、人材強国、スポーツ強国、健康中国」を実現すると言う。また「国民の素養と社会文明程度が新たな高みに達し、国家文化ソフトパワーが顕著に高まる」と謳っている。この2035年と言うのは意味深長で、中国の指導部は口に出しては言わないが、「経済規模で米国に追いつき、追い越す」という展望があるのだろう。その点について、前述の劉世錦は「2030年より前に、中国のGDPは米国に追いつく可能性が高い」と言う。同時に劉は、「たとえGDPで米国と並んでも、1人当たりのGDPは米国の4分の1だ」とも言う。とは言っても、仮に中国のGDPが米国に並び、追い越したら、それは衝撃的な出来事だ。中国とは、そのような可能性を秘めた大国なのだ。
最近の、もう1つの大きな出来事は、RCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership・アジア地域包括的経済連携)の成立だろう。中国が参加する初の大型地域自由貿易協定で、人口とGDPは世界の約3割を占める。参加国は日中韓、ASEAN10ヶ国とオーストラリア、ニュージーランドの15ヵ国である。今回インドは参加を見送った。李克強首相は、「地域経済の一体化が更に進む」と歓迎した。経済的な実利もさることながら、米国の居ないRCEP内では、中国の影響力が強まるだろう。11月20日、APECに出席した習近平は、「中国は地域経済の一体化を進め、アジア太平洋の自由貿易圏を1日も早く完成させる」と述べるとともに、中国はTPPへの参加を積極的に考えるとも述べた。TPP(環太平洋経済連携協定)は12ヵ国で署名したが、トランプの米国が2017年に離脱、米国を除く11カ国で2018年末に発効した。当初、TPPの政治的目的は「膨張する中国に対抗」する事だと言われた。それが政治的目的だとしたら、その目的は米国の離脱で無意味となった。バイデンの米国が、TPPにどのような態度を採るか不明だが、もし米国が参加せず、中国が入れば、世界経済の力関係は微妙に変わるかもしれない。世界の流れは、多国間、地域協力で、この流れは変わらないだろう。米国の一国主義は徐々に孤立する可能性がある。少なくともTPPとRCEPで、アジア太平洋の貿易自由化は更に加速し、地域の経済協力・統合が一段と進むだろう。米国が一国主義を貫き、多国間・地域協力を拒めば、結果として中国の影響力を強めることになる。
新型コロナが収束しても、欧米、日本の経済の本格的回復は2、3年かかるだろうと言われる。いち早く新型コロナ禍から脱した中国経済は、欧米日の停滞を尻目に走るかもしれない。すでに、欧米日の好調な企業の多くは、立ち直りつつある中国経済から実質的恩恵を受けているのは事実だ。新型コロナで落ち込んだ世界経済の回復をけん引するのは中国経済だろう。
中国経済は「1人勝ち」とまでは言えないにしても、相対的には回復は順調と言える。ただ当然不安定要素も存在する。1つは、対米経済戦争の成り行きだ。バイデンの米国は、中国にどう向き合うのであろう。2つ目は、新型コロナの影響が長引き、世界経済が長期間停滞すれば、中国経済にとってはマイナスだ。3つ目は、中国の国内問題で、香港、台湾、少数民族などの問題をいかに安定させるか。特に台湾問題は大きな危険を孕んでいる。また経済面では、不良債権、国営企業の改革、雇用の安定などの問題を早急に解決できるかなどである。
米中経済戦争と新型コロナ問題で、中国経済には強さと弱さがあることが分かった。それでも中国経済は、米国の経済封鎖に耐え、新型コロナを克服し、経済を回復軌道に乗せる力強さがあることが分かった。外交・安保は米国に頼り、経済は中国との間で、切っても切れない相互依存関係があるのが日本である。舵取りに失敗すれば、股裂け状態となる。ポスト新型コロナで、日本はこの中国とどのような関係を築くことが良いのか、これは経済に決定的影響を与える政治の問題である。(2020年11月29日)(止)