中国経済が依然苦戦している。前回のレポートでも述べたが、主要な要因は「米中経済戦争」ではなく、都市封鎖、生産停止、外出制限などゼロコロナ(清零)政策によるものだ。深刻な状況にあるのは消費と雇用で、特にGDPの約25%を占める不動産部門の落ち込みが激しい。不動産市場の下落は、消費需要に大きなマイナス効果をもたらす。家計資産の約7割が不動産関連なので、支出の低迷に、更に輪をかける事になる。このような状況の中、一部では住宅ローン返済を拒否する不動産購入者が出ている。政府は、このような状況が微信などで拡散する事を恐れ、救済措置を検討しているようだが、選択肢は限られている。収入のかなりな部分を土地使用権の売却益から得ている地方政府も非常に苦しい。地方政府は不動産購入者と不動産会社双方から支援を求められ、苦悩している。
これまで中国の成長をけん引してきた輸出は「ジグザグ行進」だ。直近8月の輸出は3149億ドルで、対前年同月比+7.1%と堅実だったが、対前年同月比+18%だった7月に比べると落ち込んだ。8月の輸出相手先を見ると、米国向けが-4%、EUが+11%、ロシアが+26%(対ロ輸入は+59%)。もちろん貿易は相手のあることで、相手国の経済状態や、全体的な世界経済の動向に作用される。欧米のインフレ圧力など、世界経済がパッとしない状況下、中国の貿易だけが大きく伸びる事は考え難い。
光明も無いわけではない。消費のバロメーターである新車販売が上向いてきた事だ。8月の新車販売は、前年同月比で+32.1%の238万3000台だった。この内乗用車は同+36.5%、電気自動車(EV)などの新エネルギー車は同2倍の66万6000台と大幅に伸びた。輸出は同+65%の30万8000台と、単月で初めて30万台に乗った。中国政府が6月から採用した自動車取得税の半減政策が需要を伸ばした。
各分野の潜在的需要はまだまだある。コロナに関して、厳しい管理、制限が緩和されれば、これら潜在的需要が一気に解放されるだろう。中国経済成長の伸びしろはなお大きい。
そのコロナ対策だが、親しい北京の友人の話では、これまでメディアなどは「清零」(ゼロコロナ)という言葉を使っていたが、最近はほとんどが「動態清零」に代わった。この「動態清零」は「清零」とは微妙に違う。「清零」は文字通り「ゼロコロナ」なのだが、「動態清零」は出来る限りの予防を施し、感染が発生したら即時に抑え込み、ゼロに近い方向に持って行くという事で、「即時」と「柔軟」と「ゼロに近い」の意味が入っているそうだ。今は中国だけ完全にゼロにするのは不可能だというのは共通認識となっている。それでもコロナ感染の抑え込みは、依然非常に厳しい。人口1300万人の東京では、1日の新規感染者数が1万人前後でも、それほど緊張感は無いし、政府や都庁も特に新しい措置は採っていない。ところが人口2200万人の北京では、1日の新規感染者数が数十人出ただけで、出た地域は全員PCR検査、外出禁止などの措置が取られる。中国は広いので、1つの地域で抑え込んでも、まるで「モグラ叩き」のように、どこかでコロナが顔を出す。その度に厳しく「叩く」わけだ。9月初旬の段階で、感染の焦点は大連(遼寧省)と成都(四川省)となっている。この2市を含め、約2億9000万人が何らかの厳しい行動制限下に置かれている。総体的にコロナは下降線を辿っているが、あまりにも厳しい措置に国民、市民のフラストレーションは溜まりに溜まっている。経済も大きな打撃を受け、今年第2四半期の成長率は0.4%まで落ち込んだ。これでは経済が持たないので、10月16日に開催される第20回党大会以降は、余程の事が無い限り緩和されるとの見方が多い。
さて、第20回党大会だが、習近平体制の2期10年が終わる今年の大会は「人事の大会」でもある。指導部人事がどうなるか、特に「トップ7」(政治局常務委員)と言われる最高指導部の構成がどうなるかは、今後の中国の方向を決定づける事になるので、人々の関心も高い。もうすぐ答えは出るわけだが、専門家や政治好きの友人などの話を総合して、予想してみる。
党大会と全国人民代表大会(全人代)は密接に関連している。国家、国務院、政協のトップ人事は、党内序列により以下のように決まる。
党内序列第1位:党総書記、国家主席、中央軍事委員会主席
党内序列第2位:全人代委員長か国務院総理
党内序列第3位:全人代委員長か国務院総理
党内序列第4位:政治協商会議(政協)主席
党内序列第5位―第7位:党中央書記処書記、党規律審査委員会書記、国務院常務副総理のどれかを担当。
以前は序列第2位者が全人代委員長、第3位者が国務院総理になっていた。それは全人代が国務院総理を決めるので、組織上は全人代が国務院の上にあり、従って全人代委員長の方が国務院総理より上位にあるからである。しかし、実際には国務院総理の方が重い役職であるので、習近平体制になってから党内序列第2位者が国務院総理(李克強)、第3位者が全人代委員長(栗戦書)になっていた。
鄧小平時代に党指導部の任期制が出来た。それは総書記以下の指導部は、1期5年で2期まで。更に「7上8下」の原則があった。「7上8下」とは1期5年で2期までの原則の下で、党大会の時点で67歳以下であれば指導部に残る資格があり、68歳に達すれば自動的に引退するというものである。しかし、これはいわば慣例であり、党規約に書かれた正式なものではない。この1期5年で2期まで、「7上8下」の原則は、全人代、政協にも適用されていて、国家主席は1期5年で2期までというのが憲法で決まっていた。
この原則は2017年の憲法改正で一部が修正された。それは国家主席に関し、
1期5年で2期までという規定が外れたのだ。つまり国家主席は、憲法上では任期制限も年齢制限も無くなった。国家主席は誰でもなれるわけではなく、党内序列第1位者しかなれないので、事実上党内序列第1位者だけは、1期5年で2期まで、「7上8下」の原則に制約されない事になったわけだ。
では具体的な人事を考えてみよう。党内「トップ7」は、序列順に、習近平、李克強、栗戦書、汪洋、王滬寧、張楽際、韓正の7人だ。「7上8下」原則に従えば、習近平(69)、栗戦書(72)、韓正(68)が引退することになる。しかし、国家主席の習近平は続投が可能になり、すでに党、政府、軍の支持を得たと言う。すると引退者は栗戦書と韓正の2人だ。この2人の穴は、政治局委員(25人)の中から補充されることになる。政治局委員25人を「7上8下」で見ると、残れるのは丁薛祥(60)、李強(63)、李希(66)、李鴻忠(66)、陳全国(66)、陳敏爾(62)、胡春華(59)、黄坤明(65)、蔡奇(66)の9名だ。トップ7に入る新しい指導者は、2期10年務めるのが望ましい。すると5年後の次の党大会時に67歳以下であることが望ましい。とするならば、李強、李希、李鴻忠、陳全国、黄坤明、蔡奇は年齢的に難しくなる。ただ李強は別かもしれない。1つには、習近平との関係が非常に密接である事、もう1つは上海の党委員会書記は必ずトップ7に入れると言うのがこれまでのやり方だ。現在のトップ7の韓正は、かつて上海の党委員会書記だった。その韓正が引退するので、その後釜に李強が入るだろうと予測する見方が多い。すると残りの席はあと1つだ。その席を争うであろうと言われているのが丁薛祥、陳敏爾、胡春華だ。ずばり入るのは胡春華であろう。胡春華はその能力を買われ、習近平体制が発足した時、次世代のホープとしてトップ7入りが期待されていたが実現しなかった。胡春華はどちらかと言えば胡錦濤―李克強につながる「青年団」系であり、習近平直系ではない。逆に習近平直系の丁薛祥や陳敏爾を入れたら、新指導部は習近平色が強すぎて「挙党体制」にはならない。要らぬ反感を買うのを避けるなら、胡春華を入れるのが習近平体制を安定させるためには必要だろう。
党大会人事ではないが、ポスト李克強の国務院総理が誰になるかも大きな関心事だ。李克強はすでに来年の全人代で首相を引退する事を表明している。一部には李克強と関係の良い胡春華待望論もあるが、これまでの慣習に従うなら、党内序列3位以内に入ることが、国務院総理になる条件だ。習近平は別にして、現在の党トップ7のうち、「7上8下」原則に従い、栗戦書と韓正が引退するなら残留は5人で、下から上がってきた2人の新人がいきなり党内序列3位以内の入ることはあり得ない。胡春華がトップ7に入っても、国務院総理になる事はほぼ無いだろう。新たなトップ7で予想される序列は、1位習近平、2位李克強、3位汪洋、4位王滬寧、5位張楽際で、下から上がる2人は6位と7位になるだろう。李克強は国務院総理を下りて全人代委員長になるだろう。すると序列3位になる汪洋が国務院総理になるのが一番自然だ。これまでの習近平体制は、習近平が党務と全般の外交を、李克強が内政と経済を担当してきた。汪洋は経済に強いので、李克強の後継者となるのは適任と思われる。汪洋は日本の経済界にも広い人脈があるので、日本にとっても悪くない人事である。(2022年9月29日)(止)