先月、北京で中国共産党第17期中央委員会第6回総会(中共17期6中全会)が開かれた。中心議題は政治でも経済でもなく「文化」であった。高レベルの党会議で、文化が中心テーマとなる例は稀である。この6中全会は閉会にあたり「文化体制改革を深め、社会主義文化の大発展大繁栄を促す若干の問題に関する党中央の決定」を発表した。中国では目下文化関連部門を中心に、この「決定」の学習活動が展開されている。
「決定」が主張しているのは主に2つのことである。①健全な中華文化を守り発展させる。②中華文化の国際的影響力を強める。
ここのところ中国では2つの事柄が人々の関心を集めてきた。1つは経済問題だ。過去1年余、消費者物価が上昇し続け6%代が続いてきた。インフレ傾向を懸念する政府は、金融引き締め政策をとってきた。それが功を奏したか、ここにきて物価上昇率は5%代に落ちた。しかし、政府はなお警戒心を解いていない。一方経済界は、金融引き締めの影響をもろに受け悲鳴を上げ始めた。特に中小企業の中には年を越せない企業が数多いと言われている。そこで、政府の一部ではそろそろ金融緩和に舵を切り替えてもよいのではないかとの意見が出始めた。つまりインフレ防止(治安の安定)を中心に置くか、経済の再活性化(高成長の維持)に中心をおくかの議論である。
2つ目は政治問題である。胡錦濤体制はあと1年で交代する。ポスト胡錦濤体制の根回しと確執がすでに始まった。習近平の党総書記就任はほぼ決まりとして、軍事委員会主席、全人代委員長、総理などの人事と、党最高指導部である党中央政治局常務委員会(現在は9人)入りするのは誰なのか、政治好きの北京っ子の関心は高い。
以上のホットな議論を差し置いて、6中全会では「文化」を前面に掲げたのである。これはどのような意味があるのか、北京っ子の新しい関心事である。
中国はいち早くリーマンショックを乗り切り、経済は世界に先駆けて成長軌道に戻った。今年第1四半期の成長率は9.7%、第2四半期は9.5%、第3四半期は9.1%と、下降気味にあるとは言え、世界経済の中ではダントツに高い成長率である。ただ、この高い成長率の陰に隠れていた「急速な成長による歪み」が顕著化し、深刻化してきた。特に格差と腐敗は、このまま放置すれば共産党の絶対指導体制を揺るがせかねない。これにインフレが加われば、さらに深刻な事態となる。高度成長を実現し、国民の生活レベルを高めたのは共産党絶対指導体制だが、格差と腐敗を生みだしたのもまた共産党絶対指導体制なのである。国内に不満が渦巻いているのも事実である。一方で世代交代が進み、国際化と情報化の中で、価値観は多様化し、人々の関心も多様化した。共産党の求心力は低下している。13億の国民を1つのイデオロギーや特定な指導者のカリスマ性で束ねることは不可能になっている。持続的発展にとって、国民の団結による国内の安定は不可欠であると中国指導部は考えている。ではかつてのようなイデオロギーでなく、何を以って国民を束ねるのか。その切り札として登場したのが「中華文化」なのである。
中国の人々にとって、数千年の歴史と人民の知恵の結晶としての中華文明、中華文化は最大の誇りである。この点に関して国民の中に異論はない。この伝統的中華文化に「社会主義新文化」を加えた「中華文化」の担い手として中国共産党があるとの位置づけを行い、党の求心力を高め、中華文化の下に国民を結集させる、これが目的の1つである。
中国経済の急速な発展は、国際社会の中における中国の存在感を大いに高めた。中国は外国の投資を受け入れるだけではなく、中国資本が外に「打って出る」現象がますます顕著になっている。また、かつてはメイド・イン・ジャパンの製品が世界を席巻したが、今ではメイド・イン・チャイナの製品が世界を席巻している。更なる成長のアキレス腱として浮上したのはエネルギーとレアメタル等の資源である。中国は原油、天然ガス、レアメタルを求めて、世界各地に供給地、権益を確保しようと躍起になっている。
中国商品の氾濫と中国資本の対外進出は、一方で国際社会の歓迎を受けているが、もう一方で様々な摩擦を引き起こしている。社会主義体制が国際社会で違和感を持たれているのは仕方ないとしても、経済力の膨張と急速な軍事力増強は国際社会の一部で「中国脅威論」を生み出している。もちろん絶対優位の地位を脅かされだした米国が、意図的に「中国脅威論」を煽っている面はあるが、それを差し引いても中国のイメージダウンは周知の事実である。
ますます国際化が深化し、中国の存在感が増す中で、中国が国際社会でイメージダウンに歯止めをかけ、反転イメージアップを図るにはどうしたら良いのか。中国指導部にとって頭の痛い問題であった。政治(外交)や経済でイメージアップを図ることは難しい。とするならば、イメージアップの武器は「文化」しかないというのが結論だ。国際社会で中国文化を賛美こそすれ、否定する人は少ないだろう。中国は「中華文明」、「中華文化」という素晴らしいソフトパワーを駆使して、国際社会の中でイメージアップを図りたいのである。
一言で言うなら、中国は「中華文化」というソフトパワーで、共産党の下で国民を団結させ、同時に国際社会で中国のイメージアップを図る戦略だ。だからこそ、6中全会では、政治、経済を差し置いて「文化」が主役となったのである。