No. 9  世界金融危機と中国

リーマンブラザーズ破綻に端を発した米国金融危機は、あっという間に世界を駆け巡り、世界同時金融危機の様相を呈している。日本と中国は比較的影響が少ないと言われているが、はたしてそうであろうか。
珠江デルタ、ここは改革・開放の中で最も早く発展を遂げた経済圏である。ここには多くの中小企業が集中し、その多くは労働集約型製造業で、主として米国やヨーロッパに玩具、アクセサリー、衣服、プラスチック製品、雑貨などを輸出している。この中小企業が危機に立たされている。米国やヨーロッパの景気の急速な落ち込みで、キャンセルが相次いでいるからだ。本来はクリスマスに向かい最も活気づいているこの時期に倒産が相次いでいる。中国の企業は約4200万社、うち99%は中小企業であり、輸出の6割を担っている。
今回の金融危機が起きる前から、労働集約型中小企業のうち輸出を担う企業をめぐる環境は悪化していた。競争の激化、原材料・石油の高騰、米国経済の低迷、人民元高、金融引き締め、人件費高騰・・・。さらに追い討ちをかけるように今回の金融危機が起きたのである。体力の無いこれらの中小企業は「座して死を待つ」状況に陥った。
米国発世界金融危機を前にして、中国政府の対応は迅速だった。先ずここ数年行ってきた金融引き締め政策を一転、金融緩和政策に切り替えた。もともとこの10月から更なる金融引き締め策をとる予定だったが、中国政府は9月15日突然金融緩和政策を発表し、翌日から実行した。主な内容は以下の通り。
○ 商業銀行の基準金利を、期間1年もので0.27%引き下げ7.20%とする
○ 1年定期預金金利を4.14%から3.87%にする
○ 1年もの貸出金利を7.20%から6.93%にする
○ 5年満期の住宅積立金貸出金利を4.50%から4.32%にする
○ 普通預金金利は据え置き
○ 預金金利の個人所得税徴収は一時停止とする
中国ではここ数年、経済過熱が問題となっていた。政府は「成長は速すぎる」という認識に立ち、成長率を8%程度に抑えることを目指し、金融引き締め等の措置を講じてきた。ところが政府は、市場化した経済をコントロールすることが出来ず、07年までの5年間の平均成長率は10.5%、ここ3年は11.0%を超え、07年の成長率は11.9%にまで上昇した。特に昨年後半から今年の前半にかけてインフレ傾向が強まり、食品を中心に物価が対前年比8%以上の上昇となっていた。
一方でサブプライムローン問題以来米国経済は失速気味で、中国も一定の影響を受けていた。中国経済にとって、経済の過熱・インフレを抑えることが主要な問題なのか、それとも米国初め世界経済の停滞傾向の中で、中国経済がマイナス影響を受けないために経済の下支え策を講じるのが主要な問題なのか、政府は二者択一を迫られていた。中国政府は、経済の過熱・インフレ抑制策を第一とする経済政策を選択した。そのための金融引き締めであった。
ところが突然金融緩和政策を採ったわけで、これは政府が中国経済全体の失速防止が当面する第一の問題であると認識したからである。それだけ中国政府は今回の問題に危機感を抱いている。つまりサブプライムローン問題での、米国経済の低迷とその影響は折込済みであったが、リーマンブラザーズに端を発した金融危機は想定外だったわけだ。確かに、中国の急成長を引っ張ってきた輸出を見ると、サブプライムローン問題以降も好調さを保ってきた。08年1月の貿易動向を見ても、対米貿易の伸び率は12%と確かに鈍っているが、対EU貿易は30%増と好調だ。対米貿易の落ち込みを、対EU貿易で補って余りあるという状況だ。ところが米国発の金融危機がEUにも飛び火し、EU経済が急速に落ち込んだ結果、中国経済も大きな影響を受けることとなった。
中国の成長率は、08年1月―3月の第1四半期が10.6%、4月―6月の第2四半期が10.1%と下落、7月―9月の第3四半期はついに10%を割って9.0%まで急降下した。このような状況下、中国は金融緩和に転じたのである。
中国政府は金融緩和に踏み切る一方で、積極的、大規模な経済刺激策に打って出た。2010年まで総額57兆円という巨額な公共投資を行うことを決定、、これは主としてインフラ整備(高速道路、鉄道整備など)に使われる。なお、このうち1兆4000億円分は08年中に投入される。その他、中小企業向けの金融機関設立構想や企業減税なども用意されているという。
中国はこの世界同時金融危機を乗り切れるだろうか。中国には、単に今回の金融危機を乗り切るということだけではなく、さらに中期的な思惑がある。それは世界経済の動向に振り回される「外需型成長」から、内陸部開発・農村の所得向上による内需掘り起こしを通して「内需型成長」に成長構造を転換させることだ。また輸出産業では「労働集約型輸出構造」から「高付加価値製品輸出構造」へ転換させることである。その意味で、したたかな中国は今回の金融危機を深刻に受け止めている一方、「ピンチはチャンス」と思っているかもしれない。
08年は前半の貯金もあり、経済成長率は9.5%-10%程度を維持することができるだろう。正念場は09年だ。成長率が8.0%程度まで落ちれば中国経済には黄信号が灯り、8.0%を切れば赤信号が灯る。