北京の公園。高齢者の姿が目立つ。朝は太極拳をやる人が多い。日本では若い人が武術太極拳をやるが、中国では圧倒的に高齢者だ。昼間、夕方の公園ではよく社交ダンスをする高齢者を見かける。でもじっとベンチに座り、ボーっとしている高齢者も多い。中国の定年退職制度は厳格だ。一般的に女性は55歳、男性は60歳になると退職しなければならない。どこかの会社に顧問や相談役で潜り込めるのはごくわずかだ。大卒者でさえ就職が厳しいのに、特権で職場に残ったり、コネでどこかに天下ったりしたら、世間から白い目で見られる。退職したら悲惨だ。福祉はまだ十分ではないし、健康でもやることがない。リタイヤした人が学んだり、おけいこ事をしたりする「カルチャー施設」はほとんどない。
中国は2011年から「第12次5カ年計画」がスタートした。この5年間、成長率はどうなるのか、不動産バブルはいつ弾けるのかなど、経済指標に関心が行きがちだが、実は「高齢化社会対策」が隠れた主役なのかもしれない。
中国は「一人っ子」政策による出生率の低下と、寿命の延び、死亡率の低下などの原因で少子高齢化が進んできた。「高齢化社会」の国際基準は、60歳以上の人口が、総人口に占める割合が10%を超えた場合、あるいは65歳以上の人口が同7%を超えた場合だ。中国は2000年に前者が10%となり、後者は6.96%となり、高齢化社会の門前に立った。2001年には、発展途上国で初めて高齢化社会に突入した。それ以来中国は毎年3.2%の割合で高齢者人口が増え、65歳以上の人口が2015年には2億人(14%)、2025年には3億人(25%)、2040年には4億人(26%-27%)となると予測されている。先進国が100年かけて高齢化社会に入ったのに比べ、中国は20年という短期間で高齢化社会となった。
先進国の高齢化社会までの道のりは、経済が発展し、豊かさを実現したのち高齢化社会がやってきたのだが、中国の場合は、経済発展はしているものの、国民の豊かさがまだ十分実現しないうちに高齢化社会に入ったわけだ。日本は世界で最たる高齢化社会だが、65歳以上の人口比率は現在23%、それに対し中国は8.9%である。2010年に中国のGDPは日本を抜き「世界第2の経済大国」になった。日本国民の1人当たりGDPは3万7000ドル、中国は同4200ドルである。一般的に「中進国」の水準が1万ドルだから、中国は依然典型的な発展途上国だ。
経済はまだ十分発展していない段階で高齢化社会に入ると、さまざまな問題が出てくる。まずは非高齢者の大きな経済的負担だ。1982年には10人が1.3人の高齢者の面倒を見てきたが、2030年には10人が3.7人の高齢者の面倒を見ることになる。当面の状況では、第12次5カ年計画期間中に、高齢者人口は1億7000万人(13.3%)から2億2100万人(16.0%)に増える。非高齢者の負担は年々重くなる。高齢者医療などの福祉も事態の進展に追いつけない。介護施設、介護人員の不足は深刻だ。2009年の統計だが、高齢者サービス関連機関は3万8060あるが、ほとんどが小規模・零細のものだ。介護用ベッドは266万床、国際基準は最低でも高齢者総数の5%となっているが、中国はこの基準に比べ300万床不足している。全く身寄りのない高齢者しか施設には入れないのが現状だ。しかし富裕層は別で、高級老人ホームは各所にできていて、お金さえ出せば入所できる。あと10年すると労働力不足が生じると予測する学者もいる。この点には異論もある。中国は人口が多く、農村には膨大な過剰人口が存在するので、労働力不足は当面起きないという意見だ。いずれにせよ、労働人口の高齢化が進むことは間違いない。
別の角度から高齢化社会問題を見ると、中国では「高齢者ビジネス」は洋々たる前途があるということである。現在でも潜在的需要規模は1兆元(12兆円)と言われるが、実際には1500億元(1.8兆円)分しかビジネス化されていない。膨大なビジネス資源が眠っているわけだ。政府は必死で高齢化対策を講じているが、民間の協力なくしてこの問題は解決しない。当然中国の事業家は「高齢者ビジネス」に熱い視線を送っている。
近年、中国マネーの対外進出が目覚ましい。日本では山林やゴルフ場、別荘を買いあさる中国マネーが話題になるが、高齢者ビジネスを目指す中国の事業家が次々と日本視察に訪れていることはあまり報道されていない。彼らは高齢者大国日本の経験、技術、ノウハウを学び、取得したいわけだ。中国のマネー力と日本の技術、ノウハウがドッキングするのは良いことだと思う。うまくゆけば、日本にビジネスチャンスが生まれ、中国の事業家が新しい有望な分野に投資でき、中国の高齢者のためにもなるわけだから。