No.69 中国レポート 2018年11月

最近上海でちょっとした騒動が持ち上がった。イタリアの高級ブランド「ドルチェ&ガッバーナ(D&G)」が11月21日夜に開催予定していた、大規模なショーを突然中止したのだ。事の発端は、D&Gの中国向け広告動画。日本でも報道されたので、ご存知の人も多いと思うが、着飾ったアジア人(中国人?)女性が箸でピッザやスパゲッティーを食べる動画。箸を「棒のような器具」と言い、女性が箸をピッザに突き刺したり、スパゲティーを箸にぐるぐる巻きにして食べるというもの。これにネット上で「箸文化を馬鹿にしている」などの非難が殺到した。これだけならまだしも、D&Gの創始者の1人で、デザイナーのガッバーナ氏の「中国はクソの国」、「中国人は無知で、汚くて臭いマフィア」という中国罵倒の画面がネットに出回り、非難は一気にエスカレート「炎上」した。こうなると上海だけに留まらず、北京をはじめ全国でD&G非難が嵐のように巻き起こり、21日のショーに参加予定だった女優のチャン-ツィイーやモデルたちが一斉にボイコットを表明、ショーは中止となったのである。そればかりか、多くの中国人は「もうD&Gの製品は金輪際買わない」と言い、ある人たちは持っていたD&G製品をズタズタに引き裂いて見せた。

あまりにも酷い表現で、D&G側は弁解の余地もないが、D&Gは無神経にも「虎のシッポ」を踏んでしまった。中国人は誇り高い民族だが、誇りの根源は数千年の歴史の中で培われた文化である。

このD&G騒動を見て、実は中国内で企業活動をしている米国企業が、戦々恐々となっている。D&Gとは状況が異なるが、米中は目下経済戦争の最中にある。これ以上米中の関係が悪化すれば、中国で米国製品不買運動が起きるかもしれない。中国内で経済活動している米国企業は多い。GM、フォード、ナイキ、スタバ、KFC、マクドナルド・・・。特にスタバやKFC、マクドナルドなどは若者に人気で、商売は上々のようだ。米国がこれ以上中国を痛めつけたら、あるいは毒舌のトランプが、中国を侮辱するような事を口走ったら、D&Gの二の舞になるだろう。と言うわけで、中国内で経済活動をしている米国企業は戦々恐々なのだ。

ただ今のところ、中国が中国で経済活動をしている米企業を「人質」にとり、プレッシャーをかけるような事はしていない。むしろ何とか中国から撤退するのを引き留めようと努力しているようだ。米石油大手のエクソンモービルは、広東省恵州市で100億ドルを投資し、コンビナートを建設することになっていて、すでに用地は確保済だ。9月、ダレン・ウッズCEOに李克強首相は「困ったことがあったら、私に直接言ってきて下さい」と言った。11月、韓正副首相は北京で米マイクロソフト社の創業者であるビル・ゲイツと会い、「米企業の、中国への積極的進出を歓迎する」と述べた。

さて、その米中経済戦争だが、微妙に影響が出始めた。まだ具体的に消費者の懐を直撃しているわけではないが、心理的影響は確実に出てきた。多くの市民は、米中経済戦争の結果、中国経済の行く先に不安を感じ、財布の紐を締めるようになりつつある。ブランド品などの高価なものは前ほど売れなくなったし、レストランの外食単価も低下していると言われる。浪費を抑え、節約志向になったのである。個人消費は徐々に落ちつつある。中国国家統計局の発表によると、10月の小売売上高(社会消費品小売総額)は、前年同期比プラス8.6%(物価の変動を除いた実質伸び率はプラス5.6%)で、過去最低となった。因みに9月は9.2%だった。

中国の消費動向は新車販売台数が1つのバロメーターとなる。中国自動車工業協会の発表によると、10月の販売台数は238万台で、前年同月比11.7%減となった。4か月連続の前年割れである。この調子では、通年でも前年の2887万台を割り込む可能性が出てきた。背景には、確実に米中経済戦争の激化による市況の悪化がある。

商務省の友人に興味深い話を聞いた。これまで中国ではコンビニなどで、無人化、自動化が進み、スマホ決済が急速に普及してきた。この速度が速まるだろうというのである。対米経済戦争で、おそらく来春くらいから中国経済には深刻な影響が出て、消費はさらに鈍るだろうという予測が一般的だ。例えば「食」だ。中国人は食には貪欲で、外食に結構お金をかける。レストランはこれからも大いに外食をしてもらうため、価格設定を考えなければならない。ところが、人件費や食材の高騰があり、腕の良い料理人を確保するのも大変で、頭を悩ませていた。そこに「救世主」が現れたのである。ロボットによる調理の自動化である。すでに何軒か開店したようだが、珍しい事もあり、人気は上々らしい。スマホ注文―食材選択―調理―配膳―片付け―支払いまで人間の手を通さない。ロボットによる調理は、幾つかの利点があるという。先ずは人件費の削減、味がぶれない事、そして調理室の無菌化などによる衛生面の保証。最近中国では、衛生面に気を使う人が増えてきた。衛生面の管理がひどい店は、すぐネット上で「告発」され、誰も行かなくなる。調理の自動化は、米中経済戦争が直接的な原因ではないが、自動化を早める要素にはなるだろうという事だ。

米中の「関税上乗せ合戦」は双方が傷を負う。例えば大豆、中国は大豆をほぼ輸入に頼っているが、全体の輸入量の約3割は米国からだ。米国の大豆輸出の約6割は中国向けである。当然米国の大豆農家は大きな打撃を受けたが、大豆を主な飼料とする中国の養豚業者ももろに影響を受けた。米国から大豆が入らなくなり、輸入先をブラジルなどに移したが、価格は10%ほど上がった。安定供給の保証もない。また、10月の大統領選で勝利したジャイロ・ボルソナーロは「ブラジルのトランプ」と言われ、中国との経済貿易関係をどうするのか、見えてこない。さらに、中国では夏以降、各地で豚コレラ感染が拡大した。養豚業者にとっては泣きっ面にハチだ。豚肉は中国人にとって不可欠の食材である(イスラム教徒は豚肉を食べない)。豚肉が不足し、あるいは価格が高騰したら国民の不満は高まり、その不満はどういう風に爆発するかわからない。

トランプは攻撃的で、中国は受け身というのが一般人の感想である。トランプはこれまで、対中国経済制裁(上乗せ関税)を3回行い、中国からの輸入品の約半分が対象となった(2500億ドル)。さらに第4弾を準備していると言われる。第4弾は残りの輸入品全て(2670億ドル)が対象で、これが発動されれば、中国からの輸入品全てに上乗せ関税がかけられることになる。中国もこれまで3回に分け1100億ドルの、米国からの輸入品に上乗せ関税をかけてきた。その一方で、最近142項目の貿易赤字是正のための行動計画リストを作成し、米国側に示した。習近平指導部も難しいところだ。何とかして妥協点を見つけ、ダメージを減らしたい一方で、「対米弱腰」という批判は避けなければならない。

経済分野での米中「戦争」は熾烈だが、外交・安保分野では双方に抑制・歩み寄りがみられる。11月7日、ボルトン米国家安全保障担当大統領補佐官と楊潔箎中国党政治局委員がワシントンで会談、11月8日には、依然として米外交に大きな影響力を持つキッシンジャー元国務長官が訪中し、習近平主席と会談した。11月9日には、1年5か月ぶりに米中閣僚級外交・安全保障協議がワシントンで開かれ、米国側からポンペオ国務長官、マティス国防長官が、中国側からは楊潔箎党政治局委員、魏鳳和国防相が出席した。また、中国は米原子力空母「ロナルド・レーガン」を含む、米空母打撃群の香港寄港を許可、11月21日に寄港が実現した。なお、2か月前の9月には、米軍艦の香港寄港を中国は拒否していた。

これからの攻防はハイテク分野になるだろう。いや、もうすでにこの分野の攻防戦に突入している。今や「ハイテク技術を制する者は世界を制する」と言われる。ハイテク分野は、民生のみならず、兵器、宇宙開発など「国の総合力」に関わる、決定的意味を持つ。米国はこの分野で依然として最強の地位を占めているが、ここ数年中国が猛烈な勢いで迫ってきている。世界のハイテク産業付加価値額を見ると(2016年)、米国が4955億ドル、中国が3804億ドル、3位の日本は1017億ドル、ついでドイツの736億ドルとなっている。日本やドイツは一部の分野では優位を保っているが、全体としては米中「2強」の様相を示し始めている。ただ中国はまだ質の面で、あるいは最重要の半導体などの面で大きく後れを取っているのが現状だ。

中国はハイテクで世界のトップを目指し、2015年に「中国製造2025」を策定した。これは中国のハイテク製造業発展のロードマップだ。この計画は3段階で、まず2025年までに「中国は世界の製造業大国の仲間入りをする」、2035年までに「中国は世界の製造業大国の中位を占める」、2045年までに「中国は世界の製造業大国のトップに立つ」というものである。これが実現すれば、世界の軍事を含む力関係は大きく変化し、中国は米国を凌駕することになる。

米国が危機感を持ったのはこの「中国製造2025」計画だ。米国が中国通信大手の「華為(ファーウエイ)」、「中興通訊(ZTE)」を狙い撃ちしたのは、まさにハイテク分野における中国の発展を阻もうとする意図だというのが中国人の共通認識だ。米国は、米国政府や政府関連企業と取引のある企業に、「ファーウエイ」、「ZTE」との取引を禁止、友好国にも取引停止を呼び掛けている。「ZTE」はスマホ生産で、米国から半導体の供給を受けていたが、供給が途絶え、スマホ生産が出来なくなった。中国は、自国のハイテク産業のアキレス腱が半導体だと痛感、「自力更生」による自給率の向上を目指す計画を策定した。それは2020年までに自給率を40%に、2025年までに70%にするというものだ。この国策に呼応し、幾つかの大企業がこの分野に参入した。「華為(ファーウエイ)」、「百度(バイドゥ―)」、「珠海格力電器」、「康佳(カンジャー)集団」、「阿里巴巴(アリババ)」(新会社「平頭哥」を設立)などだ。中国政府はこれらに各種優遇措置をとる事を表明した。中国は、世界の半導体市場の約4割を占めるが、自給率は1割にも満たない。2017年の半導体輸入額は2600億ドルで、これは原油の輸入総額を上回る。

以上のような半導体の状況は、これまでの国際分業体制が崩れる事を意味している。短期的に見れば、中国は苦しい。しかし、中長期的に見れば、米国は自殺行為をしたのかも知れない。中国は官民を挙げ全力で半導体の自給率向上に取り組むだろう。経済的、技術的基礎のある中国は、一定の時間を掛ければ、半導体の自給率向上は不可能ではない。米国はこれまでの分業体制を破壊し、最大のマーケットを失い、同時に米国の半導体覇権を危うくしたのかもしれない。

今の世界経済は、競争と分業で成り立っている。この分業が崩れれば、先進国も発展途上国も大きな傷を負う事になり、世界経済は大混乱に陥る危険がある。特に米中は世界第1と第2の経済大国である。やはりどこかで折り合い、相互依存の関係を維持することが賢明であり、それが世界経済の安定と発展に寄与する事だと思う。(止)

西園寺一晃 2018年11月30日