中国レポート  No.82 2021年1月

新しい年が始まったが、世界中どこも新型コロナに悩まされ「目出度さも半減」だ。北京も緊張した新年を迎えた。新型コロナをほぼ完全に抑え込んでいた中国だが、昨年末頃から北部の一部地域で再流行の兆しが見え始めた。年末から年初の時点では、特に河北省と遼寧省に集中している。黒竜江省でも新規感染者が出たという。河北省の石家荘市は1000万人都市で、北京の中心部から約300kmのところにあり、車で約4、5時間である。12月に新規感染者が出たが、年明けには新規感染者が増加し、爆発的感染拡大の可能性が出てきた。事態を重く見た習近平指導部は、感染対策を担当する孫春蘭国務院副総理(党中央政治局委員、天津市党委員会書記)を直ちに石家荘市に派遣した。中国政府は1月9日までに石家荘市を7日間封鎖することを決定した。北京、天津というマンモス都市への拡大を恐れたのが1つの理由だろう。
その北京だが、今のところ大きな問題はないようだ。しかし、新規感染者をほぼゼロに抑え込んでいた北京だが、昨年末に順義区を中心に19人の新規感染者が確認された。今年に入り、順義区、大興区などで新規感染が確認された。昨年末から新年にかけて、北京の新規感染者は60余人だ。1月20日には英国型変異種の市中感染が確認された。北京の友人の話では、まだ少数とは言え新規感染者が出たという事は、油断すると爆発的に拡大する可能性があり、北京市当局は厳しい規制に乗り出した。感染地区では、基本的に北京を出ることは禁止、イベントは中止、外出は自粛だと言う。市内の学校は1月23日までに、前倒しで春節休みに入った。地下鉄の一部駅は閉鎖された。東城区と西城区では、住民と在勤者約200万人全員にPCR検査を行った。北京全体の封鎖ではないが、友人は「戦時態勢」という言葉を使った。
 遼寧省では、大連市で年末から年始にかけて数十人の新規感染者が出て、当局は不要不急の市外への外出は控えるよう通達を出した。大連市当局は市内を「低リスク地域」、「中リスク地域」、「高リスク地域」に分け、「高リスク地域」の住民には市外への移動を禁止した。大連は港町で、輸出入の荷積み、荷揚げが多い。12月に大連の冷凍食品を扱う物流業者から新型コロナの陽性者が出て、厳しい規制措置が取られたため、荷積み、荷揚げを含む物流に混乱が生じているようだ。
 このように、中国は早い段階で、新型コロナの抑え込みに成功したと見られていたが、完全に収束したわけではなく、北方を中心に新型コロナウイルスが再び蠢き出した感がある。ただ中国の政治体制の特徴から、抑え込みの措置決定と実行は迅速で、徹底して行う。中国の国民、北京市民は、行動の自由が奪われ、生活が窮屈になる事について「命を守るためにガマンする」と言う。新型コロナによる規制強化に文句を言う人はほとんどいない。昨年春、新型コロナが猛威を振るいだした時、北京では徹底した外出禁止(自宅隔離)を実行したが、その頃流行った言葉を思い出した。
 「隔離すれば人権が失われ、隔離しなければ人命が失われる」。
 中国の河北省、北京市、遼寧省、黒竜江省など、北方で新型コロナの新規感染者が発生したが、相対的に見れば、現時点では欧米や中南米諸国、ロシア、インド、南アなどに比べ感染者ははるかに少ない。日本に比べても少ない。1月25日現在で、日本の感染者累計は36万6573人、死者は5121人だ。中国は同9万9247人、死者は4804人だ。新型コロナは爆発すれば一気に感染が拡大するので、感染者が相対的に少ないと言っても油断できないと、北京の人はみな思っている。中国人から見てもそうだが、多くの外国は、日本の規制の甘さと緊張感の無さには驚き、不思議に思っている。
 この時期中国政府にとって厄介なことがある。それは「春節」(旧正月)である。今年の春節休暇は2月11日(旧暦の大晦日)から17日まで。この前後を含め、例年帰省する人、旅行する人などで「民族大移動」が起きる。平時はその数延べ30億人。中国人にとって最大の楽しみなので、これを全面的に禁止するわけにはゆかない。今年は帰省、旅行とも自粛する人が増えるだろうから、例年よりは移動する人が少ないだろう。交通機関を使って移動する人は、春節休み前後を含めて延べ17億人と予想されている。昨年はコロナ禍の最中でもあり、移動は例年の3分の1程度になった。それでも延べ10億人弱が帰省、旅行などで移動した。この春節大移動が新型コロナにどう影響するか、中国政府は戦々恐々としている。
1月9日、中国衛生部は国民に「春節期間中の移動はなるべく自粛して欲しい」と呼びかけた。北京市政府も「なるべく北京で春節を迎えて欲しい」と市民に呼びかけ、市政府職員に対しては「市民の模範となり、市内で春節を過ごすように」との通達が出された。また北京市の党機関職員は、帰省する場合は党機関の許可が必要になっている。また全ての帰省する人には7日以内の新型コロナ陰性証明が義務付けられている。
 中国政府が緊張しているもう1つの理由は、3月5日から開かれる全国人民代表大会(全人代)だ。例年3月5日から10日間の予定で開かれる。昨年は新型コロナの蔓延で、5月に延期された。各省、自治区、直轄市はそれぞれ1月から2月にかけ、地方の全人代を開く。3月の全人代には、各地から約3000人の代表が北京に集結する。新型コロナの新規感染者が発生した河北省と遼寧省の政府は、全人代の延期を決定した。3月の全人代は無事開催できるのか、中国政府は緊張の中にある。
 新型コロナには悩まされ続けたが、新年になり、中国政府にとって良いニュースもあった。昨年の、新型コロナに対する徹底した抑え込みは、経済復興状況に表れ、中国の2020年の通年経済成長率(GDP)は+2.3%で、主要国の中で唯一プラス成長を果たしたのだ。IMFの統計によると、世界平均は-3.5%、米国-3.4%、日本-5.1%、ユーロ圏-7.2%だった。なお、中国の昨年四半期毎の成長率は、第1四半期-6.8%、第2四半期+3.2%、第3四半期+4.9%、第4四半期は+6.5%だった。2019年の中国の成長率は+6.1%だから、数字的には、2020年末には新型コロナ前の水準に戻ったと言うことも出来る。中国政府発表によると、2020年のGDPは100兆元(1元は約16円)の壁を突破し、1人当たりのGDPは1万ドルを超え、中国政府が規定する「極貧層」はゼロとなった。しかし、経済の回復は業界によってバラツキが激しく、消費の回復も遅れ気味だ。経済全体を見ると、まだ新型コロナ以前に戻ったとは言えない。主要各国に比べれば、相対的に所得の伸び、消費、輸出、工業生産など、決して悪くはないが、絶対的にはまだ苦しい。
 中国の経済成長にとって、当面最も重要な要素は内需と輸出である。その輸出だが、新型コロナと米国の経済締め付けにも関わらず、2020年は対前年比+3.6%の2兆5900億ドルとなった。輸出の健闘は、新型コロナ関連のマスクを含む織物、医療器械、在宅業務の普及によるパソコンなどリモート需要の増加などが原因である。因みに輸入は-1.1%減の2兆0556億ドルで、貿易黒字は+5350億ドルだった。輸入の減は、原油価格の暴落と米国による半導体などハイテク部品の禁輸、それに初期における、新型コロナの影響による工場の生産停止などによる需要急減によるものだ。
貿易と言えば、米中貿易の現実は、トランプ政権の思うようにはゆかなかった。激しい対中経済制裁にも関わらず、2020年の米中貿易における、米国の対中貿易赤字は対前年比+7%の3169億ドルで、過去最高の2018年(4193億ドル・米国の貿易赤字総額の47.7%)に次ぐ大きさだった。米中貿易総額も+8.3%と大きく伸びた。
他の主要国に比べ、2020年の中国経済は健闘したが、経済の専門家たちの顔色が今一つ冴えないのは、「消費が厳しい」という事だろう。2020年通年の小売総額は対前年比-3.9%だった。消費者物価指数(CPI)上昇率は+2.5%で、+3.5%前後とした政府目標を下回った。国民平均消費支出は実質で対前年比-4.0%、うち都市住民は同-6.0%、農村住民は同-0.1%。全国民可処分所得は平均で実質+2.1%(新型コロナ以前は約6%)、うち都市住民は同+1.2%、農村住民は同+3.8%だった。このようにCPIの上昇が緩慢で、国民所得の伸び率はGDP伸び率より低い。友人の経済学者は、「この程度の状況なら、非常時としては良くやった方だ。新型コロナと米国の圧力下、中国経済は何とか持ちこたえ、展望は開けた」と言った。消費状況のバロメーターと言われる新車販売だが、2020年の中国は2531万台で、対前年比-2%だった。しかし主要国・地域に比べれば健闘したと言える。米国が同1446万台(-15%)、EUが同1080万台(-24%)、日本が同460万台(-11%)と2桁の落ち込みであった。
 習近平指導部が、徹底した新型コロナ抑え込みと同時に、経済の回復に並々ならぬ力を入れたのには、特別の意味がある。2010年、中国指導部は国民にある公約をした。それは、2020年の実質GDPと国民所得を2010年の2倍にするというものだ。2010年と言えば、リーマンショックの最中で、世界経済は金融危機に喘いでいた。中国も大きな影響を受けたが、大規模な財政出動などで、危機をいち早く抜け出し、同年の成長率は+10.6%を達成した。その後も世界経済は、リーマンショックの後遺症に悩まされ、やっと危機から脱したと思ったら、次にやってきたのはトランプの「米国第一」だった。自由貿易は大きな制限を受け、サプライ・チェーンは寸断された。さらにエスカレートを続けた米中経済戦争は、世界経済に大きなマイナスをもたらした。
 さて、中国政府の公約だが、新型コロナ以前は確実にクリアすると思われた。しかし、新型コロナという想定外の大災害に見舞われ、達成する事はできなかった。2020年のGDPは2010年の1.94倍という結果だった。未達成とは言え、これなら新型コロナという想定外の大災害に見舞われたわけだから、国民は納得するだろう。
 中国の経済学者たちの中には、今後の中国経済について異なった意見がある。1つは楽観的な見方、もう1つは厳しい見方である。前者は、中国が新型コロナ抑え込みに成功し、経済を基本的に新型コロナ以前に戻し、主要国の中で唯一プラス成長を達成したという実績が自信になっている。2021年は、2020年の反動もあり、成長率は7%―8%と多くの経済学者は予想する。一方、比較的厳しい見方をする経済学者は、「不安定・不確定要素」が多すぎると主張し、予断は禁物だと言う。彼らの言う不安定要素とは、新型コロナはまだ収束していない、バイデンになっても米中関係が好転する保証はない、世界経済の全面的回復には2,3年かかる、台風・地震・洪水などの自然災害が多発するかもしれないなどである。国内的には、地方債務、国営企業の改革、内需の掘り起こしなどの難しい問題が存在する。これらの要素が一斉に悪い方向に動けば、中国経済は大きな困難に見舞われるだろうと言う。
 では国際組織は中国経済の今後をどう見ているのであろう。世界銀行は1月5日、2021年の、各国・地域の成長予測を発表した。それによると対前年比で、中国+7.9%、米国同+3.5%、ユーロ圏同+3.6%、日本同+2.5%となっている。なお国際通貨基金(IMF)が1月26日に発表した、2021年の成長見通しは、世界平均が+5.5%、米国+5.1%、日本+3.1%、中国は+8.1%である。この数字は中国の、比較的楽観的経済学者の予測とほぼ同じである。
 今の世界情勢は学者泣かせである。政治、経済とも予測が難しい。今年も新型コロナリスク、米中関係リスク、地域紛争リスク、国際テロのリスク、気象変動と自然災害のリスクなど、不確定要素が多すぎる。中国経済の、世界経済へのリンクの度合いは、他の主要国より大きい。GDPに占める内需の割合は、米国が約70%、日本が約60%だ。中国は約40%だが、それだけ世界経済の動向に影響されやすいわけだ。3月には全人代が開かれるが、やはり最大の経済的課題はいかに内需を拡大するかであろう。(2021年1月28日)(止)