中国共産党は7月1日、建党100周年を迎えた。当日、北京の天安門広場では7万人参加の祝賀会が開かれ、習近平党総書記が演説を行った。この祝賀会を見て、感じた事が2つある。1つは、天安門上に並ぶ党最高幹部を含め、祝賀会参加の7万人が、1人としてマスクを着用していなかった事だ。これはごく一部地域では、散発的に感染者が出ているものの、中国が世界に向かって、「新型コロナを克服した」という宣言である。2つ目は、習近平演説の中で、特に目立った言葉が2つあった事。1つは「中華民族の偉大な復興」、もう1つは「歴史を鑑に、未来を開く」である。
中国人にはある共通のトラウマがあると思う。それは、中国はかつて世界4大文明発祥の地で、栄華を誇った時代が長く続いた。ところが近現代において、中国は没落した。その1つの原因は、産業革命と政治革命により封建制を打破し、近代化に成功した欧米の主要国が急速に力を付け列強を形成した。その後日本も列強に加わった。それら列強に侵略され、中国は植民地、半植民地にされた事である。中国人が良く言う「封建的、閉鎖的で腐敗した清朝」でさえも、アヘン戦争以前は、世界のGDPの約30%強を占めていた。因みに当時米国のGDPは世界の1.8%に過ぎなかった。それでも中国(清朝)は列強の圧倒的な軍事力の前になす術もなく征服された。中国人の多くは、中国が過去の栄光を取り戻し、国際社会でそれ相応の扱いを受け、役割を果たすためには、強固な経済的基盤とともに、強力な国防力(軍事力)が不可欠だと固く信じている。習近平演説は、中国人のこの気持ちを体現しているように感じた。
ここ数年来、米中対立がエスカレートしている。これに対し、どうも日本人と中国人の「感じ方、取り方」は違うように思う。ある中国の、国際政治が専門の友人と懇談した時、彼は「中国は米国をはじめとする先進国の攻撃、制裁を受け、確かに厳しい状況にあるが、国際社会がこぞって中国を非難しているわけではない」と言う。日本では、中国が「極度の孤立」をしているように報じられ、多くの人はそう思っている。上記の友人は、多くの中国人は、必ずしもそうは思っていないと言う。彼は「先進国の多くは、米国に気を使い、中国包囲網に加わり、あるいは加わるポーズをとっているが、内部は複雑で、一枚岩ではない」と言う。G7についても「イタリアは、中国と『一帯一路』協力の協定を結んでいるし、独仏は必ずしも米英と歩を1つにしていない。日本は対中国の経済制裁に加わっていない。本当に強硬なのは米英のみだ」と言う。また「G7の首脳声明では、中国の最も嫌がる『台湾』や『香港』を取り上げたが、その後に開かれた、G7に加え新興工業国が参加するG20会議では、『台湾』、『香港』も、『人権』、『民主』も全くとり上げられなかった」と言い、「G7など先進国ばかり見ていると、中国は極度に孤立しているように思うだろうが、発展途上国、新興工業国まで広げてみると、中国が『極度に孤立』していると言うのは、必ずしも事実ではない事が分かる」と言う。それでも彼は「米中が対立するのは良くない。この対立は米中双方の利益を損ない、世界経済の秩序と分業を乱す」と言った。
さて、中国経済だが、2021年第2四半期(4月―6月)の成長率は+7.9%だった。第1四半期が+18.3%だったから、経済の回復度は減速したとも言えるが、中国経済も、世界経済も落ち着きつつあるという事だろう。中国は世界に先駆けて新型コロナを基本的に克服し、生産を正常な軌道に乗せた。そのため各国の生産能力が未回復の時期において、中国は幾つかの分野で他の国の分まで供給を引き受けたという状況があった。いわば「新型コロナ特需」だ。各国が徐々に生産を回復させ、特に主要国において供給網が復旧するに従い、「特需」の部分が少しずつ萎みつつある。その差が第1四半期の+18.3%と、第2四半期の+7.9%であると言える。もちろん他の原因もある。内需の相対的低迷、資源高、自動車やハイテク産業に不可欠な半導体不足などである。
中国経済が着実に正常化、回復しているのは事実だ。生産状況を反映する鉱工業生産高、消費動向を示す小売総額、外需をくみ上げる輸出入総額など、主な指標は堅調に伸びている。経済回復をけん引したのは、新型コロナによる生産の落ち込みの反動に加え、政府が推進する、ハイテク工場や低所得者用マンション建設等の固定資産投資、好調な輸出などである。具体的な数字を見てみよう。上半期(1月―6月)の鉱工業生産高は、対前年同期比+15.9%(1月―3月は+24.5%)、小売売上総額は同+23.0%(同+34.0%)、固定資産投資は同+12.6%(同+25.6%)だった。
輸出入については、上半期(1月―6月)の総額が2兆7852億ドルで、対前年同期比+37.4%、この内輸出は同1兆5183億ドルで、同+38.6%、輸入は同1兆2668億ドルで、同+36.0%だった。第2四半期において、インドやベトナム、マレーシアなどで新型コロナデルタ株感染が爆発した。これらの国の輸出受注の一部が、供給力のある中国に流れた。
中国の上半期対各国・地域別輸出入を見てみると、輸出のトップは米国で、2529億ドル(対前年同期比+42.6%)、次いでEUの2330億ドル(同+35.9%)、以下ASEAN2258億ドル(同38.3%)、香港1568億ドル、日本800億ドル(同+18.7%)。輸入のトップはASEANで、1849億ドル(同38.1%)、次いでEUの1552億ドル(同38.8%)、以下日本1013億ドル(同27.9%)、韓国996億ドル(同25.6%)、米国879億ドル(同+55.5%)となっている。
米中両国は、激しい貿易を含む経済戦争をしているが、中国の貿易相手国で、上半期において総額、輸出とも一番伸びているのが対米である。米国の対中貿易赤字は一向に減っていない。これは米国の中国製品に対するニーズが大きいという事で、米国政府が人為的に阻止することは難しい。全体的に見ると、米国の対中経済制裁・封鎖は、それほど効果を上げていない事が分かる。
鉱工業生産や貿易、特に輸出の回復は早いが、堅調ながら相対的に回復が遅れていて、かつ不安定なのは消費である。もちろん新型コロナの影響は大きく、消費パターンが変わった事もある。通販やデリバリー食品の売り上げが大幅に伸びる一方で、贅沢品、旅行、交通費などの消費が大幅に減った。上半期の小売売上総額は、対前年同期比+23.0%だった。消費とリンクする、新型コロナの影響で低下した雇用がまだ正常化していないのは、政府の頭の痛いところである。上半期の都市新規雇用は698万人。これは対前年比でみると+24%だが、新型コロナ前の2019年の同期新規雇用737万人には届いていない。
「消費のバロメーター」と言われる、新車販売を見てみよう。今年上半期(1月―6月)の新車販売台数は1289万1000台で、前年同期比+26.0%だった。もちろん悪い数字ではないが、内訳を見ると、そう喜んではいられない。今年の第1四半期の新車販売は648万4000台で、対前年同期比75.6%だった。第2四半期に入り、4月は225万2000台で、同+8.6%だったが、5月から急減速した。5月は212万8000台で、同-3.1%、6月は201万5000台で、同-12.0%。二桁の落ち込みは、新型コロナが深刻だった2020年3月以来15ヶ月ぶりだ。新型コロナの影響から、先行き不安が募り、ニーズが新車、高級車から中古車へ転じたという事もあるが、大きな原因は半導体不足である。世界的な半導体不足により、半導体の価格は上昇、新車などのコストは上がった。特に中国は、米国の「半導体封鎖」を受け、必要な半導体が確保できず、通信や自動車産業に大きな困難が生まれている。
中国は米中経済戦争が始まる前から、労働集約型産業からハイテク産業への転換を目指し、ハイテク産業に不可欠な半導体生産の自給率向上を目指す方針を出していた。それは、ハイテク産業の育成を目指す上で、「アキレス腱」が半導体であることを認識したからである。このアキレス腱を突いたのが米国であった。中国の半導体自給率は、米中経済戦争前は約10%、現在は約20%まで向上したが、自動車向けの半導体に限れば、自給率は10%以下と言われる。世界の、半導体需要の約4分の1は中国だ。この分野での、中国の海外依存度は非常に高い。政府目標の、2025年までに半導体自給率を70%にするというのは、なかなか厳しいと思われる。しかし、半導体の自給率を上げない限り、ハイテク産業面でいつまでも米国に首根っこを押さえ付けられることになる。半導体を必要とするのは、自動車やロボットだけではない。宇宙開発やハイテク兵器にも欠かせないものなのである。中国はまだ半導体製造装置分野では、米国や日本、韓国、台湾より遅れている。中国が2020年に日本、韓国、台湾から導入した半導体製造装置は、対前年比+20%の320億ドルだった。日本が2020年に輸出した、中古半導体製造装置の約9割は中国向けだった。ハイテク分野で、米国の圧力が増す中、これらをいつまでも外国からの輸入に頼ってはいられない。今年から始まった第14次5ヵ年計画では、特に米国の強みである高性能半導体、OS、コンピュータ用プロセッサ、クラウドなどを「核心技術」と位置付け、イノベーションを起こすため、今後5年間にわたり、研究開発予算を年平均7%増やすと決めた。
米中経済戦争下の中国を見ていると、半導体だけではなく、中国は米国に封鎖され、痛めつけられている分野に、集中して資金をつぎ込み、技術人員を排している。この結果が表れるのはもう少し先の事であろうが、米国の封鎖と圧力は、中国経済を潰すか、あるいは中国経済の質的発展を加速させるか、どちらかである。その答えは、第14次5ヵ年計画(2021年―2025年)の結果に表れるかもしれない。
北京では日常が戻っている。繁華街のマクドナルドハンバーガー店や、KFC、スターバックスコーヒー店は相変わらず若者で賑わっている。ある米国の友人はこう言っていた。「米中経済戦争は、そこそこで収めて欲しい。今は静かだが、いつ何時米国製品不買運動が起きるかわからない。そうなれば、マクドナルド、KFC、スターバックスなどはひとたまりもない」。(2021年7月24日)(止)