中国レポート  No.89 2022年03月

3月5日から11日まで、北京で全国人民代表大会(全人代)が開催された。コロナ感染が依然収束せず、米中対立はエスカレートし、世界経済はなお復興途上にあり、ウクライナ問題など世界情勢は混迷を深める中での全人代開催であった。全人代では主に昨年の経済等の状況報告、向こう1年の経済政策、計画が討議されるが、関連する内外の政治情勢も討議される。

今回の全人代の特徴を「政府活動報告」と、全人代閉幕時の李克強総理の記者会見などから、読み解いてみる。

先ず今回の全人代のキーワードは「安定」である。今年の秋には、第20回中国共産党全国代表大会(党20大)が開かれる。習近平体制とすれば、政治、経済、社会などすべての面で安定を保った中で、党20大を迎え、スムースに習近平総書記の続投を決めたいところだろう。ただ中国を取り巻く国内外の環境は厳しい。欧米との関係が悪い上に、さらにウクライナ問題が発生し、ロシア、ウクライナ双方と友好関係にある中国としては対処が難しく、対外関係の安定を保つのは至難の業だ。

ただ、中国と欧米の対立は、そう単純ではない。激しく対立する米中だが、2021年の対米貿易総額は、対前年比+27.5%で、史上最高を記録、対米貿易黒字も3966億ドルで、同+25.0%、過去最高だった。EUとの貿易も確実に増えている。EUから見て、これまでずっと貿易相手国第1位は米国、第2位は中国だったが、この順位はすでに逆転した。経済規模が膨らみ、経済面で存在感を増す中国とは、欧米とも政治関係がどうあれ、経済的相互依存関係は断ち切れないし、むしろ強化・深化している。欧米対中国は、どちらかが倒れるまで闘う事は出来ない。どちらかが倒れるという事は共倒れになるという事なのである。その意味では、欧米にとって、中国とロシアは全く違うのだ。

2021年の中国経済は、コロナが収まらず、対米対立がエスカレートするという状況の下では、そう悪くなかったが、「新たな下押しの挑戦に直面しており、さまざまな複雑な環境が変化し、不確定要素が増している」と述べているように、李克強総理の「政府活動報告」は「自信と危機感」が共存したものであった。

2021年のGDP成長率は8.1%であった。政府の目標は「6%前後」だったので、余裕でクリアできたように思えるが、四半期ごとの推移を見ると、第1四半期から第4四半期まで、対前年同期比で、+18.3%→+7.9%→+4.9%→+4.0%と、明らかに下降線を辿った。2022年の目標である「5.5%前後」は、李克強総理も「5.5%前後の成長は容易ではない」と言うように、昨年の通年成長率+8.1%から+5.5%にするのではなく、第4四半期の+4.0%から+5.5%に上げるのである。相当頑張らないと達成できない数字だ。

ここ数年、中国は米国と激しい「経済戦争」を繰り広げ、国際政治と安保面では、欧州やカナダ、オーストラリア、インド、日本などとの関係も悪化したが、それらが国民生活に重くのしかかるような事はほとんどなかった。2021年の指標では、1人当たりの名目GDP(GNI)は8万0976元で、ドルベースで1万2438ドルだった。世界銀行の「高所得国」基準は1万2695ドルなので、中国は今年中には「高所得国」の仲間入りをするだろう。14億の国民を擁し、「最貧国」の部類からここまで経済発展させた事は、確かに史上例を見ない事ではあるが、この「高所得国」について、党や政府が声高に自慢しているわけではない。それは、中国が目指すのは「高所得国」ではなく、「先進国」だからである。経済規模や、国民所得は重要な指標ではあるが、「先進国」のハードルはもっと高い。政治、経済、文化、教育すべてで「先進的」でなければならないし、比較的成熟した民主制度が無ければならない。その「先進国」については、2049年の「建国100周年」に実現する事を目指している。その時点での目標は「中くらいの先進国」だ。一般庶民にも「高所得国」になる実感はあまりない。確かに改革開放以来、生活の大幅な向上は実感しているが、やはり問題は「格差」なのである。中国は発表していないが、クレディ・スイスの試算では、中国の富裕層上位1%が、全体の富の30.6%を占有しているという。この問題を解決せずに「先進国」の仲間入りは難しい。だからこそ習近平指導部は「共同富裕」論を打ち出したのである。

昨年の全国民1人当たりの可処分所得は3万5128元で、物価要素を除いて、対前年比+8.1%だった。うち都市住民は4万7412元(同+7.1%)、農村住民は1万8931元(同+9.7%)だった。消費者物価は、計画では同+3%前後であったが、実際には+0.9%だった。消費に大きな問題があるという事が分かる。工業生産額は、付加価値ベースで同+9.6%、食糧生産高は同+2.0%だった。自働車の生産台数は2653万台(同+4.8%)、新車販売台数は2627万台(同+3.8%)だった。新車販売台数は2017年以来、4年ぶりにプラスに転じた。

新規就業者数は1269万人で、対前年比+83万人だった。失業率は5.1%だが、この数字は都市部のみの統計であり、農村部は含まれない。農民工(出稼ぎ農民)数は2億9251万人(同+2.4%)。

最も好調だったのは対外貿易で、総額は6兆0515億ドル(同+30.0%)で、史上初めて6兆ドルを突破した。うち輸出は3兆3640億ドル(同+29.9%)、輸入2兆6875億ドル(同+30.1%)、貿易黒字は6764億ドルだった。輸出は2022年に入ってからも好調を維持していて、1-2月は対前年同期比+16.3%だった。2021年末時点での外貨準備高は3兆2502億ドルで、前年末から336億ドル増えた。2021年の貿易は、総額、輸出、輸入とも過去最高を更新したが、喜んでばかりはいられない。それは、中国の成長が依然として「外需型」から脱し切れていないという事だ。これまでの中国モデルの成長が、外資導入と輸出を軸にしたものであり、これからは消費を軸とした「内需型」成長に転換してゆくという経済構造の転換が、まだ充分軌道に乗っていないということなのだ。中国は「ゼロコロナ」政策を採ったので、消費が落ち込むのは仕方ないが、それでも消費が弱いのは気にかかる。

中国政府が今年及び今後の経済運営をしてゆく上で、リスク、課題が山積している。その中で「安定」指向をするには、やはり基本は経済を安定成長させる事だろう。中国を見ていてつくづく思うのは、社会にはさまざまな矛盾があり、不満も多いが、経済的に成長を続け、少しずつでも生活が向上すれば、人々の不満は爆発する事はない。しかし、成長が止まり、生活向上が実現できなくなれば、蓄積された矛盾、不満が爆発する可能性が大だ。成長し続ける事が、中国が存在し、強大化する絶対条件なのである。では、この難しい時期に、どのように安定的、持続的発展を維持するのだろう。これまで中国の高度成長を実現させた「外需型」成長は、すでに行き詰まっている。「内需型」成長に転換するにはどうしたら良いのか。この問題を親しい、ある経済学者にぶつけてみた。彼は「革新駆動型発展戦略」と言った。私には聞き慣れない言葉だったが、その経済学者は次のように説明してくれた。

「革新駆動型発展戦略」は、新しい言葉ではない。2012年の党18大で提起され、2016年5月に国務院により「国家革新駆動型戦略要綱」として公布された。2017年の党19大では、「小康社会実現の7大戦略の1つ」と位置づけされた。ひと口で言うなら、科学技術の重視と技術革新の奨励、イノベーションの強調、市場の役割重視、社会主義制度の優位性発揮などによる、経済の高度化と持続的発展だ。具体的には、①革新を奨励する公平な競争環境を作る。②技術革新を市場志向に導く仕組みを作る。③金融によりイノベーション機能を強化する。④科学技術成果の実用化に関する奨励政策を充実させる。⑤効率的な科学研究体制を構築する。⑥人材育成、活用、誘致の仕組みを整え、革新を推進する。これらを包括するキーワードは「革新」、「イノベーション」、「科学技術」だろう。友人の経済学者は、高度成長期は、外資導入と輸出が成長をけん引した。その時期は、中国が労働集約型の世界の工場となり、安価な製品を大量に輸出し、成長の原動力とし、外貨を蓄積した。それは土地使用料が安価であり、労働力が豊富でかつ安価であり、さまざまな外資優遇策があったからである。ところが、中国が豊かになるに従い、人件費が急騰し、労働集約型工場を中国に作るメリットが無くなった。中国は産業構造、外資導入構造の転換に迫られた。製造業を労働集約型からハイテク産業に転換、外資は主にハイテクとサービスを導入するという転換だ。言うは易いが、実現はそう簡単ではない。中国の就業人口のうち約8割は中小零細企業に属している。そして労働集約型工場は、そのほとんどが中小零細なのだ。中国にはなお多くの中小零細の労働集約型工場があり、それなりに機能しているが、人件費の高騰でどこまで存在できるか、前途は暗い。確実に産業の高度化、ハイテク化を実現し、労働者の配置転換を行わないと、一気に失業者が増える可能性がある。中国政府は、産業の高度化、ハイテク化を進めながらも、当面は労働集約型産業で働く労働者を守らなければならない。今年の景気対策として打ち出した「年間2兆5000億元(約45兆円)の、企業の負担軽減」策のうち1兆5000億元は税金の還付である。企業の運転資金支援、投資と生産の転換を促す。主に中小零細企業を対象とするものだ。今すぐに労働集約型産業を切り捨てる事は出来ない。不動産の冷え込みも、経済成長の足かせとなっている。もともとは政府の不動産バブル抑制策としての、不動産規制強化が裏目に出たものだ。当然規制緩和が必要になる。ただ不動産政策は難しい。これまで規制強化すれば、経済が落ち込み、規制緩和すると、不動産バブルが起きる。この繰り返しであるが、今回は「住宅は住むものであり、投機の対象ではない」(政府活動報告)と、不動産バブルを呼ぶ不動産投機をけん制した。政府は地方へも目を向けなければならない。地方のインフラ債の発行枠は3兆6500億元と、前年のレベルを維持した。公共事業で地方経済を支える。公共予算(一般会計)ベースの歳出は対前年比+8.4%だ。これは2兆元余の増額で、2015年以来の大きさだ。金融政策でも「緩和的な金融政策の実施を強化する」(李克強総理)とし、財政、金融両面で景気を支える。中国は欧米とは逆に利下げモードだ。「ゼロコロナ」に加え、資源高、不動産不況などで消費が思うように伸びない。景気のテコ入れには更なる金利引き下げも必要だろう。

産業の高度化、ハイテク化は、ある程度進んでいる。例えば2021年のIC(集積回路)生産は、前年比+37.5%、携帯電話は同+13.1%、PCは同+23.5%、産業用ロボットは同+67.9%だった。宇宙開発面ではすでに米ロに並んだし、特筆すべきは自動車産業の発展、その中でも電気自動車(EV)の急速な発展であろう。2021年のEV世界生産台数は399万台、そのうち中国は229万台で、全体の57.4%を占めた。中国のEV輸出台数(乗用車のみ)は49万9573台で、対前年比2.6倍。ドイツ、米国を上回り世界1となった。因みにドイツは23万台、米国は11万台、日本は2万7400台だった。今後中国はデジタル製品と自動車、特にEV生産を原動力として、産業の高度化、ハイテク化の速度を上げるだろう。

経済の安定と共に、中国が欲しいのは対外環境の安定だろう。中国は今後「経済」をテコに、欧米との関係緩和を探るだろう。その意味でも、ウクライナ問題は中国にとって実に悩ましい問題だ。周辺諸国との関係で、中国にとって最も重要なのは対日関係だ。国会における対中国「非難決議」は中国にとってショックだった。全人代でも、議論されたようだが、対日姿勢は非常に抑制的だ。今年は日中国交正常化50周年でもあり、何とか対日関係正常化を実現したいところだ。ただ中国の対日抑制的態度を「欧米との関係悪化で、中国は日本にすり寄る」と捉えない方が良い。中国にとって、今一番重要な問題は「台湾」である。日本が米国並みに、台湾に「手を出せ」ば、一気に反日気運が盛り上がる可能性がある。最近の世論調査によると、安倍元首相の「台湾有事は日本有事」発言などの影響で、中国国民の対日感情は悪化している。

李克強総理は、全人代終了後の記者会見で、「これが自分の、全人代最後の記者会見になる」と述べた。総理の任期は2期10年で、李克強総理にとって、今回が最後の全人代となる。中国では共産党の序列により、国家と政府の役職が決まる。今年秋に予定される党20大で党の序列と人事が決まり、その序列に基いて、来春の全人代で、国家と政府の役職が決まる。党のナンバー1(総書記)は国家主席、国家軍事委員会主席(党中央軍事委員会主席兼任)に、ナンバー2(党政治局常務委員)は国務院総理に、ナンバー3(同)は全人代委員長に、ナンバー4(同)は政治協商会議主席に就任する。慣例通りなら、党政治局常務委員(現在7人)のうち1人が副総理として、総理を支える。

秋に予定される党20大では、トップ7に大幅な入れ替えが予想される。党規約には、任期制は定められていないが、これまでは「7上8下」という慣例があった。党大会の時点で、67歳以下であれば留任が可能で、68歳以上であれば引退しなければならないというものだ。習近平総書記は69歳だが、慣例を破り続投が濃厚だ。これから秋にかけて、政治論議好きな北京っ子の間では、トップ7に誰が入るか、ナンバー2(ポスト李克強の国務院総理・経済全般を統括)には誰がなるのか、議論が巻き起こるだろう。(2022年3月22日)(止)