中国レポート No.101 2024 年 4 月

北京はすでに春模様で、3月25日に来日した友人は「北京の方が東京より暖かい」と言っていた。
北京は2008年のオリンピック開催を迎えるのを機に、町中に花を植える運動を展開してきた。それからすでに20年近く経った。北京は乾燥地帯だが、今や花の多い都市となった。春を告げる花はオウバイ、ヤマモモで、町中いたる所で見ることが出来る。梅は玉淵潭公園、国家植物園北海公園が有名で各種の梅が姸を競っている。モクレンは中山公園、景山公園、頤和園、レンギョウは北海公園、中山公園、景山公園など。桜は玉淵潭公園、陶然亭公園。その他ヤマモモ、ライラック、ハナカイドウ、アンズ、牡丹など、今や北京の花と言えば枚挙にいとまがない。春になると花に関するイベントが多く行われる。国家植物園の「桃の花鑑賞会」、玉淵潭公園の「桜文化」各種イベント、陶然亭公園の「カイドウ春の花文化祭」、中山公園の「春の花とチューリップ鑑賞会」、景山公園の「牡丹文化祭」などである。やはり豊かになったせいであろう。北京では犬や猫といったペットを飼い、熱帯魚を飼育し、鉢植えの花を庭やベランダに並べるのがブームとなっている。
春になり、万物は活性を取り戻し、穏やかな日常の中にも活気が出てきた。しかし、北京市民はいま大きな不安に見舞われている。それは経済だ。3年に渡る「ゼロコロナ」政策で、中国経済は大きく後退した。人々は自由に外出も、買い物も出来ない環境の中でじっとガマンしてきた。2022年12月、ゼロコロナ政策は終了し、人々は3年ぶりに「解放」された。これから中国経済は一気に回復すると誰もが思ったが、現実はそう簡単ではなかった。2023年は「ゼロコロナ」政策が解除された1年目の年で、友人の経済学者は当時「中国経済はこれから右肩上がりで回復する。2023年の成長率は6-8%だろう」と言っていた。確かにゼロコロナ解除直後の2023年第1四半期は+4.5%だったが、第2四半期は+6.3%と通年の目標である5%を大きく超した。さてこれからだと誰もが思ったが、第3四半期は+4.9%と逆戻り、第4四半期も+5.2%と伸び悩み、通年で政府の目標(かなり手堅い、低い目標だと思われていた)である「5%前後」をかろうじてクリアする+5.2%という結果となった。
全体として経済状況は底を切り、回復軌道に乗ったことは間違いないと、多くの専門家は認識している。しかし、分野により状況は大きく違い、非常にバランスの悪い成長率5.2%であった。人々は経済の復調がそう簡単でない事を知った。米国などによる「中国経済封じ込め」は強化され、ボディーブローのように、じわじわと中国経済を痛めつけている。多くの経済専門家の頭に「デフレ」がちらつき始めた。研究機関などは、政府の要請で「日本のバブル崩壊と失われた20年」を研究している。
さて1月以降、北京で行われた最大の行事は全国人民代表大会(全人代)であろう。今年の全人代の主な議題は経済であった。全人代では昨年の経済について総括し、今年の経済について討議する。とは言っても、中国は共産党絶対指導の国である。今年の経済方針については、昨年末開かれた中央経済工作会議で決定済みである。全人代は党が決めた経済方針を具体化するのが任務である。
全人代では李強首相が就任後初の「政府活動報告」を行った。当面の経済不況に鑑みて、思い切った経済政策が出されるのか、「李強色」が出るのかと注目された。ところが「報告」は地味なもので、基本的にこれまでの政策の域を出なかった。報告の時間も2001年以来最短の50分余りだった。「李強色」も特に感じられなかったというのが多くの人の感想である。そればかりか、例年全人代終了後に行われてきた首相の記者会見は行われなかった。全人代は李強首相にとって、国際社会へ向けてのデビューという晴れがましい舞台であり、世界が注目する中国経済を早期に回復させる決意を示す場でもあったはずだが、絶好のアピールのチャンスを自ら放棄するのはなぜなのであろう。
以下は、全人代で決定された2024年の主な経済目標と、2023年の結果の比較である。
目標項目        2024年目標     2023年の実績
GDP成長率     +5%前後       +5.2%
消費者物価上昇率   +3%前後       +0.2%
都市就業者数     1200万人以上    1244万人
都市失業率      5.5%前後      5.1%
食糧生産高      6億5000万トン以上 6億9541万トン
対GDP財政赤字   3%程度        3.8%
李強は報告の中で、今年の重要課題として次のような項目を掲げた。
「現代的産業体系の構築」
「科学技術の新興、質の高い発展」
「発展と安全の結合」
「内需の拡大と経済の好循環」
「民生の重視」
「3農(農村、農民、農業)問題の解決」
など。
全人代での李強報告の中で唯一注目されたのは「新質生産力」(新たな質の生産力)という言葉である。新経済用語とも言えるが、「発明者」は習近平主席である。2023年9月、習近平が黒竜江省を視察して時、次のように述べた。
「科学技術革新のリソースを統合し、戦略的新興産業と未来産業の発展をけん引し、新たな質の生産力を加速度的に形成する」。
2023年末に北京で開かれた中央経済工作会議(12月11日―12日)でもこの言葉が登場する。
「科学技術革新による産業イノベーションを推進し、特に革命的技術と先端技術によって新産業、新モデル、新原動力を生み出し、新たな質の生産力を発展させなければならない」。
当時マーケットはこの「新質生産力」という言葉に敏感に反応した。マーケットでは、これがインテリジェントツールや機械生産をさらに重要視するだろうと理解し、精密機械、半導体、ロボット、航空機部品などの関連銘柄の株価が跳ね上がった。その一方で一部の専門家は、この「新質生産力」は特に新しいものではなく、2015年5月に習近平がハイテクを中心に据えた製造業の構造転換実現を目指し提起した「中国製造2025」の再パッケージであり、特に新味はないと指摘している。因みにこの「中国製造2025」は、次世代情報技術や半導体、新エネ車など10の重要分野と23品目を設定し、製造業の高度化を目指すものだ。建国100周年に当たる2049年には、中国は「世界の製造強国」の先進グループの先頭に立つというもの。この野心的計画は現在進行中だが、新エネ車のように順調に進んでいるものもあれば、半導体のように遅々として進まないものもある。「中国製造2025年」によると、中国の半導体の自給率を2020年には40%に、2025年には70%にする計画だが、2023年の時点で自給率は20%-25%程度と言われる。
全人代の李強報告を含め、最近中国の報道を見ると、「安定、安全」という言葉が目に付く。李強は「活動報告」の中で、「安定は大局の基礎」と述べ、「予測の安定、成長の安定、雇用の安定と」述べ、「われわれは安定させつつ前進を図る。前進によって安定を促す」と述べている。友人の経済学者の解説では、「安定」には2つの意味がある。1つは「習近平を中心とした党指導部」を擁護し、指導の安定性を保つ事、もう1つは経済の安定的回復、発展を目指すことである。「安全」とは、主に社会治安の問題で、李強報告には「安全」が29回登場した。北京にいると、治安が悪いという感覚はない。ただ、あまりの管理・監視の厳しさと、若者の間にある就職・失業問題での大きな不満は、経済が上向かないと大きな不意安定要素になりかねない。人間誰も、生活が安定していれば不満があってもそれが爆発する事はない。問題は経済の成長が止まり、或いは後退し、生活が脅かされるようになった時だ。そうなればさまざまな不満が一気に噴出する可能性がある。
「安定と安全」を強調するという事は、裏を返せば中国社会には安定と安全を阻害する要素が存在するという事であろう。外野から見ると、習近平「一強体制」は盤石で揺るぎないと思えるが、この「一強体制」を快く思っていない勢力が党内にも、社会にも存在するという事かもしれない。しかし外野からは分からない。地方紙を見ると、たまに「爆発事故」のニュースが乗っている。「爆発」があったといううわさもよく聞く。これらは単なる事故なのか、テロなのか不明だが、習近平指導部がナーバスになっている事は想像できる。
2024年第1四半期の経済指標はまだ出ていない。しかし昨年の第4四半期の数字と大きく変わらないだろう。つまり今年も中国経済は苦戦するという事である。2024年に入り、製造業購買担当者景気指数(PMI)は1月が49.2、2月が49.1と5か月連続で50を下回った。一方で同サービス業の景況感は1月、2月とも50を超えた。製造業は全体として回復が足踏みしているが、ハイテク、航空宇宙関連機器、電子・通信などは伸びている。非製造業は比較的回復が早い。消費は相変わらず低迷しているが、飲食、旅行などは絶好調で、新車販売も好調だ。このように昨年の「アンバランスな経済回復」を引きずっている。
一点の光明は、貿易が少し上向いてきた事だろう。2024年1月―2月の輸出は5280億ドルで、前年同期比+7.1%、自動車や半導体関連が伸びた。輸入は4028億ドルで、同+3.5%、貿易収支は+1251億ドルで、同20.5%だった。
地方政府の巨大債務問題は依然として残っているが、今回の全人代では具体的な解決法は示されなかった。
外資導入関連も深刻で、中国国家外貨管理局によると(2月18日発表)、2023年の外国企業から中国への直接投資額は、対前年比約8割減の330億ドルにとどまった。これは1993年以来の低水準である。これを重視した習近平指導部は、習近平自らが前面に立って外資の中国投資を呼びかけた。直近では3月27日、習近平は米国経済人訪中団(米国半導体大手クアルコムのクリスチャーノ・アモンCEO、米国投資ファンド大手ブラックストーンのスティーブン・シュワルツマンCEO、米中ビジネス評議会のアレン会長など)と会見し、「中国経済は健全で持続可能である。発展の前途は明るく、われわれは自信を持っている」と述べ、中国への投資と「一帯一路」への参加を呼び掛けた。これに先立ち、3月24日―25日に北京で開かれた「中国発展ハイレベルフォーラム」にも、米国を含む多くの外資を招き、中国への投資を呼びかけた。外資の流失を食い止め、外資導入の道を開く事が出来るかは、中国経済が確実に復興の軌道に乗るかどうかの重要なカギの1つである。
今年の全人代を、経済回復を目指した「反転攻勢」と期待した人は多い。しかし、李強報告を読むと、「攻勢」より「守勢」色が大きかった。李強は報告の中で今年の成長率を昨年並みの「5%前後」としたが、この目標達成は「そうたやすい事ではない」と述べている。昨年並みを何とか維持したいという事である。もちろん悪い要素ばかりではない。中国政府にとって、不況下でも財政収入が安定しているのは強みである。2023年の財政収入は、対前年比+6.4%で、うち租税収入は+8.7%だった。
全人代での李強報告には、対日関係は触れられていないが、筆者の感触では、今年日中関係は、抜本的好転はないにしても若干好転すると思われる。両国には友好を阻害する要因が多々あるが、少なくとも経済分野ではこれ以上両国関係を悪化させないというのが双方の共通認識である。中国から見れば、対米関係が当面大きく好転する事はないと思われるので、相対的に日本の重要度が増している。中国は対日関係の緩和に動くだろう。日本にとってはチャンスだ。当面中国経済は良くないが、基本的なインフラは整い、巨大なマーケットである事は誰も否定できない。まだ発展途上の国であり、潜在力は底知れない。EU、ASEAN、韓国、台湾、ベトナム、インド、豪州といった国と地域などは、中国とは対立面を抱えながらも、決して米国の中国封じ込めに「完全同調」せず、経済面でいかに「利益を得る」対中関係を保つかを模索している。この中国と、特に経済面でいかに相互補完関係を築くかが日本の最重要課題である。(止)
西園寺一晃