No.55 中国レポート

中国の2016年第2四半期のGDP成長率が発表された。物価の上昇率を除いた実質成長率は対前年同期比6.7%の増であった。この成長率は第1四半期と同じであった。この数字を「横ばいであり、依然として減速傾向は止まっていない」と見るか、「中国経済の減速は下げ止まった」と見るか、中国の専門家の中でも見方は分かれている。ただ李克強首相はじめ、中国のトップは、少なくとも表面的には比較的楽観的だ。
7月22日、李克強首相は北京で世銀、IMF、WTOなど主要な国際経済6機関トップとの会合を開き、中国経済を含む世界経済の現状について話し合った。特に中国経済の現状と展望、英国のEU離脱決定以後の世界経済に議論が集中したという。その中で李克強首相は「世界経済は依然低迷しているが、中国経済は安定している」と胸を張った。また市場の一部で期待されている財政出動、金融緩和などの経済刺激策について、李首相は「中国経済は強い景気刺激策に頼らなくとも、安定した成長を続けることができる」と述べた。その一方で「世界経済で起こりうる不確実性に対し、中国ではまだ財政政策も金融政策も調整の余地が存在している」と述べ、世界経済がこれ以上深刻な状況に陥れば、中国は思い切った財政出動や大幅な金融緩和も選択肢の一つだという認識を示した。
中国経済は構造改革の最中にあるが、さまざまな問題が噴出している。当面の大きな問題の1つは過剰生産、過剰在庫問題であり、もう1つは不良債権を含む中国全体の債務問題である。これらに深く関わっているのが国営企業改革問題である。これは一般市民にはわかり難い問題で、多くの人は実感がない。ただ専門家の間では大きな問題で、特に地方政府の債務、シャドウバンキングなどの問題とともに議論の中心になることが多い。
そんな中、最近専門家の間でちょっとした話題になった日本の新聞記事がある。それは7月18日付「日本経済新聞」が報じた「中国の借金GDPの2.5倍―シンクタンク試算・政府の対策に注目」というものだ。同記事によると「中国全体の負債額が国内総生産(GDP)の2.5倍に上るとの試算を、中国の政府系有力シンクタンクが発表した・・・」と書かれている。多くの日本通経済専門家は、これは事実だが非常に誤解を与えやすい記事だと言っていた。
調べてみると、この数字の出どころは、中国社会科学院学部委員で、国家金融・発展試験室理事長である李錫氏が6月15日、中国国務院新聞弁公室主催の記者会見で発表したものだ。
上記の日経の記事はもちろん誤報ではない。しかしもう少し詳しく紹介した方が良いかもしれない。李錫氏は2015年末時点で、①中国全体の債務残高は168兆4800億元(約2584兆1300億円)で、社会全体のレバレッジ比率は249%。②一般国民債務率は約40%、金融機関の債務率は約21%、政府の債務率は約40%。③予算管理に盛り込まれている中央政府と地方政府の債務は、合計約26兆6600億元(約408兆9100億円)で、対GDP比39.4%、地方の融資プラットホームを通じての“隠れ債務”を加算しても、対GDP比は56.8%。この数字は、国際的に言われている警戒ラインである60%をかろうじて下回っている、つまり容認範囲である。因みに現在日本政府の債務は対GDP比200%を超え、米国は120%、フランスは120%、ドイツは80%、ブラジルは100%である。④懸念されている地方政府の債務率は、2015年で89.2%。債務率が100%以下なら返済は可能である。⑤現在中国の債務のほとんどが企業に集中していて、中でも非金融企業の債務率は131%、融資プラットホームの債務を加算すると非金融企業の債務率は156%にまで上昇する。この内多くは国営企業が抱えた債務である。⑥中国は債務リスクに対応する十分な資金があり、債務危機が発生する確率は低い。中国の主権資産は約227兆3000億元(約3486兆3100億円)、主権負債は約124兆元(約1901兆円)で、純資産は約10兆3000億元(約157兆9800億円)。中国の高貯蓄率も有利な要素である。⑦中国企業の債務は主に国営企業のものである。従って、債務問題の解決には国営企業の改革が不可欠である。
この記者会見の内容から浮かび上がるのは「国営企業」の果たしているマイナスの役割だ。鉄鋼、石炭、セメントなどの産業は、高度成長の時期は「イケイケドンドン」状態であったが、中成長に転じると一気に生産過剰、在庫過多問題が露呈した。これらの多くは国営企業である。本来生産調整、淘汰などが起こるはずだが、国営企業であるがゆえに政府(特に地方政府)がテコ入れし、金融機関が無理な融資をする。結果、本来倒産状態にありながら生きているという「ゾンビ企業」化現象が起きるのである。そして奇妙な問題が起きる。政府が経済構造転換を目指し、国営企業改革に着手しているというのに、最大の「抵抗勢力」が政府と一体の国営企業というわけだ。
政府としてもジレンマだ。政府は年初、景気対策でインフラ整備などの公共事業を前倒しで打ち出したが、受注しやすい国営企業はむしろ増産に走った。1月―6月の前期、国営企業の投資は対前年比23.5%と大きな伸びを示した。一方の民間企業投資は同2.8%増に留まった。多くの経済専門家は「民間企業を育成し、民間企業の活力を発揮させ、民間企業の参入を拡大させるというのが政府の方針だが、実態は逆行している。本来民間企業に回るはずの融資が国営企業に落ちている」と言って嘆いている。社会主義市場経済というのは難しいものだ。
政府が難しい舵取りをしている一方で、全体として所得水準は向上しているし、消費は旺盛だ。特に内陸部の変化が出てきたのが、政府にとって良い要素である。内陸部で中間層が急拡大し、購買力が高まっている。政府の内陸部投資の拡大、内陸部の都市化の進展などが、内陸部の様相を急速に変えている。当然、内陸部のインフラ整備、開発と都市化は一方で環境問題を引き起こしかねない。開発と環境、これまた難しく、新しく古い問題だ。止
西園寺一晃  2016年7月27日