習近平国家主席・共産党総書記は、ここ数か月大忙しだった。国内では、政治の分野で「反腐敗」闘争を継続し、抵抗勢力の一掃を図りつつ、中国共産党第18回大会第4回中央委員総会(18期4中全会・10月開催)を乗り切らなければならなかった。経済分野では、産業構造の転換を含む経済構造改革を加速させる必要がある。対外経済では、シルクロード経済ベルト構想※とアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)を現実のものに近づけ、金融面でもBRICS開銀、アジアインフラ投資銀行(AIIB)設立をテコに、中国の存在感を高めなければならない。そのために上海機構を固め、アセアン、インド、オーストラリア等との関係を調整する必要があった。AIIBに対しこれまで様子見だったインドネシアが参加を表明、韓国はAIIBに対してはなお様子見の態度を崩していないが、FTAAP工程表については支持表明した。何とか中国のメンツは立ったと言うべきだろう。米国に対しては、「新たな大国関係」を認めさせなければならない。そして最も不安定な関係である対日関係をどうするか、早急に決めなければならなかった。このような難題山積の中で、今年の最大イベントである北京APECを成功させなければならなかった。まさに「内忙外忙」の毎日であった。
国内の権力構造を見ると、習近平の基盤はまだ盤石ではない。習近平にとって、権力基盤を固められるかどうかは、4中全会の結果次第だった。最高指導部の7人のうち、4人は江沢民に近いと言われ、この4人が習近平に「NO」を突きつければ、習近平の権威は失墜するからだ。実は夏の「北戴河会議」が習近平にとって正念場だったと言われる。毎年8月、渤海湾に面する避暑地「北戴河」で、現指導部が前指導部や党長老たちと非公式に意見を交わす非公式会議を「北戴河会議」と呼ぶ。習近平は「太子党」の大物であった薄煕来や、党の前最高指導部メンバーで、江沢民に近かった周永康、前の軍ナンバー2だった徐才厚などを「反腐敗」で追放した。これに対し、江沢民派や一部長老は、共産党の権威に傷が付くと不快感を露わにしてきた。北京のある政治評論家は、「習近平の硬い決意と実行力が江沢民派と長老たちを圧倒し、造反は起こらなかった」と言う。さらに「習近平の、何人であろうと汚職幹部は容赦なく摘発するという脅しに、脛に傷を持つ者たちは恐れをなした。実際2年間で処分された汚職幹部は20万人近い」と解説した。また同評論家は9月に北京で開かれた音楽会に、久しぶりに江沢民が現れ、習近平と並んで音楽鑑賞を行ったことについても、「周永康を切った習近平に従うという意思表示であり、江沢民の敗北です。その一方で、習近平は江沢民のメンツを立てたのです」と解説した。ともあれ、「北戴河会議」を無事乗り切った習近平は4中全会で権力基盤をある程度固めたと言われている。
北京APECは、習近平にとって晴れ舞台だった。メンツを重んじる中国にとって、最大の悩みは、世界的に話題となっている大気汚染だった。中国は何としてもAPEC期間中北京に青空をと、あらゆる手段を講じた。多くの工場は操業停止、官公庁と学校は6日間の休み。少なからぬ企業は従業員を休ませ、車両は厳しい規制がとられた。火葬場でさえAPEC期間中休業という措置までとられた。努力の甲斐あって、APEC期間は晴天が続いた。北京では「APEC藍」(APEC晴天)という言葉が生まれた。
北京APECで際立ったのは米中2か国であり、まさに「G2」的演出であった。これに対し北京では2つの見方がある。1つは、これは中国の「大国デビュー」であり良かったという意見、もう1つは、中国はまだ発展途上で、「こんなに背伸びする必要はない」とする意見だ。日中首脳会談についても、2つの意見がある。1つは、とにかくやって良かった、これで少なくとも雰囲気は変わるだろうという意見。もう1つは、ほとんど意味がなく、日中関係は好転しないという意見だ。
さて、経済状況だが、第3四半期(7月―9月)の成長率は7.3%だった。第1四半期が7.4%で、第2四半期は7.5%とやや持ち直したが、第3四半期はまた減速した。この数字をどう見るかである。通年の目標が7.5%だから景気の低迷状態が続いているのは間違いない。第4四半期はどのような数字になるかわからないが、このままだと通年の目標である7.5%をクリアするのは厳しい。中国経済は「全体の構造改革」が進行中で、いわばがまんの時期にある。この構造改革が順調に進めば、中国経済には再びギアが入る。しかし構造改革が失敗するか、大幅に遅れれば、経済の減速に歯止めがかからず、中国経済は危機に見舞われる。
現在の経済低迷を具体的にみると、不動産の落ち込みが大きい。不動産市場は、中国政府にとって最も頭の痛い分野である。経済テコ入れのため、緩和策を取り、市中に大量の資金が出回ると、ダブついた資金はたちまち不動産市場に流れ込み、不動産バブルを巻き起こす。マンションなどの住宅が投機の対象となり、一気に値上がりし、実際に買いたい人は買えなくなる。完売した高級マンションが、実際にはほとんど入居していないという状況が生まれ、本当に買いたい人は、高騰のため買えないので、民衆の不満が高まる。つまり経済指標は上がっても、実態経済は数字ほど良くなっているわけではないのだ。そこで中国政府はさまざまな不動産バブル抑制策を採った。例えば、不動産投資に対する金融の引き締め、2件目の住宅購入規制などである。その結果、住宅の供給過剰と相まって不動産市場が冷え込んでしまった。そしてこの不動産市場の冷え込みが全体の経済成長の足を引っ張る原因の1つになっている。10月24日に国家統計局が発表した、9月の新築住宅価格動向によると、主要70都市のうち69都市の価格が対前月比下落、福建省厦門市だけが横ばいだった。各都市の平均下落率は0.4%-1.9%。北京市を含め、地方政府は購入規制を撤廃・緩和し始め、銀行も住宅ローンの規制を緩和したが、それでも北京の人たちは「まだ高くて買えない」と言う。
ただ、中国首脳部は7.3%成長という数字を見て、ホッとしている面もあろう。悲観的な専門家は7.0%を切るのではないかと内心思っていた節がある。中国経済にとってこの数字は微妙なのだ。李克強首相は最近よく「成長率の数字にはあまりこだわらない。問題は雇用で、最低1000万人の雇用を確保する必用がある」と言う。昨年は7.5%成長で、1300万人の雇用を実現した。1000万人の雇用を生み出すためには7.2%の成長が必要である。1000万人の雇用を下回ると、経済だけでなく政治が不安定になる。失業率の増加は社会不安を生み、潜在的な不満が一気に噴き出す可能性がある。これは「共産党一党独裁」の根底を揺るがしかねない。従って、雇用問題は経済問題と同時に政治問題でもあるのだ。第4四半期の数字を見ないと通年の数字は出ないが、よほどのことがない限り、通年の成長率7.2%以上を確保するのは確実である。その意味でホッとしていると思う。
最近、中国の経済学者から面白い話を聞いた。アベノミクスは成功しないと言うのだ。どうしてかと聞くと、賃金が抑えられ、低金利、円安だと、輸出業と一部製造業は潤うが、物価上昇で家計は厳しくなり、内需は萎む。そこで政府は輸出振興と公共投資に依存すると言う。面白いのは「中国も似ている」と言ったことだ。低賃金(賃金は伸びてはいるが、GDPの伸びに比べると鈍い)、低金利、通貨安で、輸出産業と製造業は潤うが、その恩恵は国民生活に及び難く、内需は思うように伸びないと言う。やはり中国経済全体の思い切った「構造改革」は避けて通れず、今年は何とか乗り切れるだろうが、来年が正念場だというのが、彼の結論だった。
※シルクロード経済ベルト構想:昨年のAPECで習近平が提起した構想で、2つの内容から成る。①中国―中央アジア―ヨーロッパに至る「陸のシルクロード」地域に「シルクロード経済圏」を構築する。②中国沿岸部―アラビア半島に至る「海のシルクロード」沿岸地域に経済圏を構築するというもの。中国ではこの2つの内容を「一帯一路」と称する。そのために中国は「シルクロード基金」として400億ドルを準備すると表明した。