No.23 福島原発事故は中国政府に大ショック

  いま北京の人々の話題はなんと言っても東日本大震災だ。以前中国には地震がないと思っていた人が多かった。確かに日本のように地震が頻発することはないが、歴史を紐解くと、結構大きな地震が起きている。例えば「海原大地震」(1920年、M8.5、死者22万人)、「唐山大地震」(1976年、M7.8、死者24万)、「崑崙山脈大地震」(2001年、M8.1、死者数不明)、「四川大地震」(2008年、M7.9、死者7万)などで、その後も青海省や雲南省で比較的大きな地震が起きている。唐山大地震までは、中国政府が実情を発表しなかったので、人々は地震の実態を知ることが出来なかった。
 時代が変わり、中国も大きく変わった。四川大地震の時は先進国並みの情報開示が行われ、各国の救援隊を積極的に受け入れた。人々は初めて地震の恐ろしさを目の当たりにした。
 中国のテレビ各局は、東日本大地震の惨状を連日大々的に報道した。北京の人々が大きなショックを受けたのは、地震のすさまじさであったが、そのショックはさらに津波により増幅した。北京の人の多くは津波を知らない。映像では見たことがあるかもしれないが、それは遠い国の出来事であり、隣国で起きたわけではない。日本は一衣帯水の隣国であり北京の人たちは、まるで自国が襲われたようなショックを受けた。
 北京の人たちのショックはさらにエスカレートする。福島原発事故だ。水素爆発、無残に破壊された建屋、立ち上る不気味な白煙、漏れる放射性物質。北京だけでなく、中国の人々にとって、この原発事故は他人事ではないのだ。
 中国が改革開放の道を歩みだしてから、エネルギー需要は飛躍的に伸びた。中国は有数な産油国で、輸出国であったが、1993年には需給関係が逆転し、中国は純輸入国となった。それ以来、中国の原油、天然ガスの輸入は右肩上がりに伸びている。ところが一次エネルギー消費の比率は、依然として石炭が70%を占めている。原油は全エネルギー消費の22-23%程度だ。この石炭の大量消費が深刻な環境破壊を引き起こしている。このような状況下、90年代に入り中国は原発の積極的導入を決めた。1つには、慢性的不足に悩んでいた電力の救世主的意味があった。もう1つは、クリーンエネルギーとしての原子力であった。
 現在稼動している中国の原発は13基で、合計約1100万キロワットの発電容量である。しかし、総電力の2%に満たない。これらは江蘇省、浙江省、広東省など、主に中国南方の沿海部に設置されている。現在建設中・計画中の原発は35基で、世界で建設中の原発の半分以上を占める。建設中・計画中のものは、北方では、吉林省、遼寧省、山東省、内陸部では、甘粛省、四川省、重慶市、湖南省、湖北省、河南省、広西省など全国に跨っている。中国はこれまで、原発の発電能力を2020年までに4000万キロワットとしてきたが、大幅に計画を上方修正し、7000万キロワットに拡大するという案が浮上していた。中国の原発は1基100万キロワットが標準なので、7000万キロワットにするには、70基が必要となる。この10年で57基の増設になる計算だ。東日本大地震直前に、中国国有の原子力発電会社の幹部は胸を張って、外国記者のインタビューに答え「原発は石炭火力に比べクリーンで、地元にとっても雇用の創出、税収の増加となる。地元に反対はない」と言い切った。
 皮肉なものでその直後、事態は一変した。北京では全国人民代表大会(全人代)が開かれていた。本来ならこの会議で、原発の大増設が決まっていたはずなのだ。ところが東日本大地震と、それに伴う福島原発事故で、全人代の空気は大きく変わった。厳密に言えば、東日本大地震直後は、依然として「中国の原発積極推進政策は変わらない」という発言が、政府関係者から相次いだ。ところが数日すると空気は変わった。3月16日に開催された国務院常務会議で、主宰者の温家宝首相は、原発政策を「積極」から「慎重」に舵を切ったのである。この会議は①原発は安全を第一とする。②新たに建設する原発の審査を厳しくする。③現在稼動中の原発に対し、緊急の安全検査を行うと決めた。さらに、現在策定中の原子力安全計画が承認されるまで「新たな原発計画の審査・承認を一時中止する。建設中の原発に関しては、最先端の技術レベルに達しなければ、建設を中止する」とした。
 この方針転換は、福島原発事故が大きく影響したが、別の面から見ると、世論の力が作用したと言える。福島原発事故以来、中国の国民の間では原発に対する恐怖感が膨張している。ネットの書き込みにも、原発に対する不信が氾濫している。そして、ついに中国共産党機関紙「人民日報」系の国際情報紙「環球時報」までもが「中国の原発は国民世論の監督が必要」と題する社説を掲げた。
 中国ではこれから原発問題に関し、「積極増設派」と「増設慎重派」のせめぎ合いが始まるだろう。ただ、エネルギー不足、環境破壊に悩む中国には、原発計画廃止の選択肢はない。中国は2020年までに、非化石燃料の比率を、現在の9%から15%に引き上げるという目標がある。そのためには原子力推進政策は不可欠だ。問題は「イエス、イエス」なのか、「イエス、バット」なのかである。