No.41 北京っ子、2つの関心事

3月5日から13日まで、厳戒の中全国人民代表大会(全人代)が開かれた。今回の全人代の主要な議題は経済だが、汚職撲滅も大きな課題だ。転機に立つ中国経済を持続的、安定的軌道に乗せるために、さらに改革.開放を進める。この方針はすでに党により決定されているわけで、全人代はこの方針を具体化、政策化させる。また党と政府幹部の腐敗を放置すれば、共産党の指導の根底が揺らぐと最高指導部は危機感を募らしている。
政治好きな北京っ子は当然強い関心をもって全人代の成り行きを見ていた。関心と言っても多様なのは当然だが、その中でも特に関心が深いのは2つだ。最大の関心は何と言っても「蠅タタキと虎退治」だろう。「蠅」は小悪人(汚職に塗れている小役人)、「虎」は大悪人(党や政府上層部に潜む汚職幹部)のことである。と言うより、「虎」は具体的に1人の人物を指していると多くの北京っ子は考えている。その人の名は周永康。2012年11月の18回党大会で引退したが、それまで最高指導部である党政治局常務委員(党序列ナンバー9)だった人物だ。周にはこれまで悪い噂が付きまとっていた。巨大な不正蓄財で失脚した元重慶市トップ薄煕来(前党政治局委員)を擁護し、薄と結託して習近平暗殺を含む宮廷クーデターを企んだとか、元石油閥のトップとして、巨額の不正蓄財をしたとか、公安相時代に部下に命じて党最高幹部たちの行動監視や盗聴を行ったとかである。また周は稀代の女好きで、多数の愛人を囲い、国営中央テレビ局の2人の美人キャスターと関係を持っていたとか、まことしやかに語られている。これら噂の真偽は不明だが、今や周は北京っ子たちの間では完全に「悪玉」となっている。
確かに周にとって由々しき事態が起きている。周に繋がる人たち、あるいは周の側近たちが次々と逮捕、あるいは拘束されているのだ。周に繋がる北京市国家安全局の梁克前局長が2月に失脚した。周の弟、周の息子などのファミリー、周の石油閥の関係者、公安相時代の側近、周がかつてトップを務めた四川省の関係者などが次々に逮捕、拘束、尋問されたという。特に周の息子である周濱は、父親の権限を悪用し、不正な資金を調達、土地ころがしなどで巨額の富を得たと、一部の新聞が報道し始めている。外堀は埋まりつつあるが、党の最高指導部まで上り詰めた人物を逮捕すれば、党の威信は落ちるだろう。しかし、ここまで来たら手を付けないわけにはゆかない。「結局蠅は叩いても虎は退治できない」と言われ、人々は習近平指導部に失望するだろう。習近平は、「たとえどんなに地位の高い人でも不正は許さず、断固とした態度で臨む」と見えを切ったわけだから、周の逮捕は近いと多くの北京っ子は見ている。全人代閉会時の李克強首相の記者会見でも、汚職幹部摘発について「どんなに高い地位にいようと法の下では平等だ」と述べた。周は昨年12月から公の場所に姿を現していない。すでに拘束されているという情報もある。
北京っ子のもう1つの関心事は「虎の子の貯蓄」をいかに守るかである。政府は金融自由化のスピードアップを表明しているが、その結果銀行間の「生きるか死ぬか」の競争が激化するのは必至となった。「親方五星紅旗」に守られ、これまで銀行は固定した金利の差に依存して、寝ていてもどんどん金が流れ込んできた。このような時代は終わろうとしている。昨年7月には貸出金利の下限規制を撤廃し、金融の自由化を一歩前進させた。昨年起きた一部銀行の資金不足は、銀行はどんな時でも破産しないという神話を打ち砕いた。追い打ちをかけたのは、中国銀行業監督管理委員会(銀監会)の閻慶民副主席の次の言葉であった。「銀監会は、銀行破産条例を公布することを準備している」。近い将来金利の自由化を含む金融の自由化が実現すれば、銀行も市場経済の荒波の中に投げ出される。民間資本が大量に金融界に流入し、競争が激化するのは必然だ。一部の体力の無い銀行は倒産を免れないだろうし、銀行の合併も起きるだろう。ある銀行が危ないと噂が立てば、預金者の取り付け騒ぎが起きる。人民元の国際化のためにも金融の自由化は不可欠だが、人民元の対ドル変動幅が1日で±1%から2%に拡大された。人民元は、当初対ドル固定制だったが、その後1日の変動幅が±0.3%になり、次に±0.5%になり、それが±1%に拡大されていた。
金融改革のためには、一部銀行の倒産など、痛みが伴うのは致し方ないと政府は考えている。全人代閉幕時の記者会見で李克強首相は、一部金融商品のデフォルト(債務不履行)は避けられないとし、すべて政府が救済するのではという一部の観測を否定した。これらは政府にとって織り込み済みなのである。
消費者はこれまで銀行は絶対安全であり、どこの銀行も同じだと考えてきた。しかしこれからは消費者がより安全で、より利率の高い銀行を選ぶことになる。銀行は預金者を獲得するために、サービスを向上させ、より良い金融商品を提供する努力をしなければならない。北京師範大学金融センターの鐘偉主任は次のように述べている。「金利の自由化で、商業銀行の数は現在の3分の1から4分の1に減るだろう。体力のある大銀行、地域密着型銀行と郵便貯金は安泰だが、中規模の銀行の多くは淘汰される可能性が高い」。この1,2年の間に金融界で嵐が起きるのは避けられない。
中国の貯蓄率は高い。多くの人は財産を銀行に預けている。それが増えるのか、はたまた消えてしまうのか、北京っ子はどの銀行に財産を預ければ安全なのか、今の銀行を別の銀行に換えるべきなのか、真剣に考えだしている。