中国レポート  No.83 2021年3月

3月5日から11日まで、第13期全国人民代表大会(全人代)第4回会議が北京の人民大会堂で開催された。全国から集まった代表は2953人。新型コロナ対策から、代表にはすべてワクチンが接種され、メディア関係者にはPCR検査が実施された。会期はこれまでの10日間から6日間に短縮された。

大会では李克強総理が「政府活動報告」を行った。内容は3つで、①2020年の回顧、②第13次5か年計画(2016年―2020年)の成果と第14次5ヵ年計画(2021年―2025年)の目標と任務、③2021年の重点課題と具体的取り組みについてである。

全人代の開催に先立ち、国家統計局は2020年の確定経済数値を発表した。主なものを挙げると、国内総生産(GDP)は対前年比+2.3%の101兆6986億元(1元は約16円)だった。新型コロナ禍をいち早く克服した成果が経済に表れ、主要国では唯一のプラス成長だった。第1四半期は-6.8%、第2四半期は+3.2%、第3四半期は+4.9%、第4四半期は+6.5%だった。新型コロナの関係で、第1四半期は-6.8%と大きく落ち込んだが、回復も早く、第2四半期はプラスに転じ、第4四半期には2019年の水準に戻った。工業生産額は31兆3071億元で、前年比+2.4%。食糧生産高は6億6949万トンで、前年比+0.9%だった。政府が最も重視していた雇用の安定という面では、新規雇用の目標900万人に対し、実績は1186万人だった。その一方、消費は新型コロナの影響から脱していない。社会消費財小売総額は39兆1981億元で、前年比-3.9%、うち商品小売額は同-2.3%、飲食売上高は同-16.6%だった。宿泊・飲食で計算すると同-13.1%となる。消費のバロメーターと言われる新車販売は2531万台で、同-2.0%だった(2位の米国は同1446万台、-15.0%)。経済の落ち込みで、租税収入も前年比-2.3%と、小幅ながらマイナスだった。全国民1人当たりの可処分所得は、3万2189元で、前年比+4.7%、物価要因を除いては実質+2.1%だった。

対外貿易は健闘したと言える。輸出入総額は前年比+1.9%、内輸出は同+4.0%、輸入は同-0.7%だった。主要国・地域との貿易では、皮肉にも一番伸びたのは「経済戦争」をやっている対米だった。対米輸出は同+8.4%、輸入は同+10.1%。これまた皮肉にも、対米貿易黒字(米国の赤字)は2兆1960億元と、史上2位の大きさだった。貿易総額に関して言えば、米国の対中国経済制裁はほとんど効いていないと言える。その他の国・地域では、EU、ASEAN、日本、韓国、台湾、ロシアなど、中国の輸出は軒並み前年比プラスだった。騒乱のあった香港、国境紛争があったインドへの輸出は減少した。しかしインドからの輸入は+16.7%と大きく増加した。なお昨年の、中国の全輸出に占める各国・地域の比率は、米国17.4%、EU15.1%、ASEAN14.8%、香港10.5%、日本5.5%、韓国4.3%であった。

さて、北京では今年の全人代に大きな関心が集まっていた。新型コロナと、長引くと予想される対米経済戦争で、一体中国経済はどうなるのか、政府はどのような展望を持ち、どのように経済運営をしてゆくのか、これは人々の生活に直結する問題だからである。

全人代での李克強報告は多岐に渡ったが、中国国民の特に関心のある問題について紹介してみる事にする。

先ず昨年度の経済について、李克強は新型コロナ禍の下でも、成長率がプラスになったと成果を強調、「世界が注目し、歴史に刻まれる結果を出すことができた」と胸を張った。しかし、李克強報告が国民、市民の間で評判が良いのは、その率直さである。李克強は、成果を強調しながらも、「課題と試練」を明らかにし、決して楽観していない。李克強は次のように述べている。

「われわれは成果を肯定する一方で、直面している課題と試練をはっきりと認識している。新型コロナウイルス感染症はいまなお世界中で蔓延し、国際情勢は不安定性・不確実性が高まり、世界経済は複雑で厳しい状況にある。国内の感染症対策の取り組みには依然として脆弱な部分があり、経済回復の基盤固めがいまだできておらず、個人消費はなおも制約され、投資が伸び悩み、中小・零細企業と自営業者は多くの困難を抱え、雇用情勢は厳しさを増している。枢要分野の革新能力が低い。一部の地方政府の財政収支の矛盾が際立っており、金融などの分野のリスク防止・解消の任務は依然として困難を極めている。生態環境保護は任重くして道遠しである。民生分野にはいまだ多くの不足部分がある。政府の活動には不十分な点があり、形式主義、官僚主義が程度の差はあれ存在し、ひと握りの幹部に無責任な態度、職責の不履行、履行能力の欠如の問題が見られる。幾つかの分野では腐敗の問題がいまだに起きている」。

先ずはこの中で言われている「国際情勢の不安定・不確実性が高まり、世界経済は複雑で厳しい状況にある」という事だが、これは主に米中経済戦争に根差したものであると理解されている。つまり指導部の理解では、米国で大統領の交代があったが、米中関係は厳しい状況が続くという認識だ。中国指導部がこれまでも言ってきたが、共和党であろうが、民主党であろうが、あるいはトランプであろうが、バイデンであろうが、米国の対中強硬姿勢は変わらないであろうという事だ。それを意識して、李克強は「2国間・多国間協力」、「多角的貿易」を強調している。これは名指しこそしていないが、米国の「一国主義」、「保護貿易」に対するアンチ・テーゼである。李克強報告は、極力米国批判を抑えているが、米国との闘争、競争は「持久戦」であると認識し、それに耐えうる「体制作り」をする事を目指している。中国が変わったと思うのは、これほど米国の圧力が厳しいのにも関わらず、国民、市民の中には激しい反米感情は感じられない。恐らくひと昔前なら、何十万、何百万人の反米デモが巻き起こり、米国製品不買運動が起きたであろう。マクドナルドやKFC、スターバックスは相変わらず多くの人が入っている。

意外な感じがするのは、「感染症対策の取り組みには依然として脆弱な部分がある」と述べていることである。新型コロナを、中国は完全に抑え込み、この分野では中国の「1人勝ち」だと思われていたが、中国指導部は決して楽観していないようだ。今でも河北省や大連市の一部では、感染が発生している。変異種も現れた。ワクチン接種も14億人の人口だから、そう簡単ではない。

最大の関心事はやはり経済だろう。昨年のGDP成長率は、主要国・地域で唯一プラス成長だった事は、自信にはなっているようだが、経済の中身を見ると、そう手放しで喜べない事を指導部は理解している。当面の最大の問題は消費の勢い不足である。つまり、当面の経済政策の柱は「内需の拡大」だ。この事に関し、昨年から中国では新しい経済用語がメディアに登場している。「双循環」だ。これが初めて登場したのは2020年5月に開かれた「党中央政治局常務会議」で、習近平が提起した。同年10月の党19期中央員会総会第5回会議(19期5中全会)で正式に取り上げられた。この「双循環」は、14次5か年計画の中心を貫いている経済概念でもある。ひと口で言えば、内需を中心とした国内の経済活動(生産、分配、流通、消費)と、外需を中心とした対外経済活動(貿易・外資導入・対外投資)などが、中国全体の「経済的大循環」を作り出しているというものだ。つまり内需と外需、輸入と輸出、外資導入と対外投資のバランスの取れた、協調的発展を目指すと言う事である。この中で特に強調されているのは「内需」である。これまでの、中国の成長モデルは「外需型」であった。輸出と外資導入が高度成長をけん引した。このチャイナモデルが壁にぶつかった。今後の持続的、安定的成長を実現するには、内需の掘り起こしを行い、「内需型成長」に転換する必要があると言うのがここ数年の考え方だ。確かにGDPに占める内需の比率は、米国が約70%、日本が約60%に比べ、中国は約40%だ。中国は世界情勢の変化に左右されやすい経済体質なのである。また今回のように対米経済戦争が起きると、体質的には中国の方が打撃を受けやすい。

内需拡大による、中国経済の体質改善のため、中国がこれから取り組むのは農村振興と都市化、各地域に分けた、そして各地域の現状に即した発展戦略(京津冀共同発展、長江経済帯強化、粤港澳ベイエリア建設注、長江デルタ一本化、黄河流域生態保護)、サービス業の更なる整備・発展、各分野のデジタル化推進による「デジタル中国」の建設、民生福祉の充実などだ。特に強調されているのは「科学技術の自立・自強」、そのための研究開発費を毎年7%以上増やしてゆくとしている。その中でもハイテク分野で、中国のアキレス腱と言われる半導体の自国生産(自給率の向上)は最重要課題だ。これは米国に徹底的に痛めつけられたファーウエイの教訓でもある。3月17日、上海で中国最大規模の半導体製造装置の展示会「セミコン・チャイナ」が開かれた。まだまだ米国には遠く及ばないが、半導体の自給率向上に中国は必死で、一定の進展はみられる。ある程度の時間を掛ければ、米国との差は確実に縮まるだろう。

農村振興と都市化も、内需掘り起こしにとって重要だとの位置づけだ。内陸部旧農村地域に数百の中小都市を作り、都市部と農村、中小都市間を高速道路と鉄道で結ぶ計画である。すでに中国政府は、政府が管轄する高速道路の総距離を、2035年に2019年比47%延長する計画を作成している。2019年末時点で中国の高速道路の総距離は10万8600kmだから、これが2035年には16万kmになる。米国の高速道路総距離は現在9万8000kmだから、すでに中国は高速道路世界1だ。この高速道路網と、今後引き続き延長される鉄道網が完成すれば、都市部と旧農村地帯、各都市間が繋がり、流通・物流面で一大革命が起きるだろう。この経済効果は大きく、巨大な内需が生まれる可能性がある。いわば中国版「列島改造」論である。

とにかく課題は山積しているが、問題解決の手は打ちつつある。これらが着実に進めば、中国経済の規模、科学技術のレベルは確実に米国に近づく。経済開発協力機構(OECD)は、2028年中国のGDPは米国に追いつき、追い抜くだろうと予測する。その意味で、米国が焦り、しゃにむに中国叩きに走るのは、ある意味当然かもしれない。

李克強報告では、14次5か年計画期間の成長率目標は「合理的な範囲を保つ。毎年の状況に応じて打ち出す」としただけで、具体的数字は掲げなかった。また2021年度の成長率も「6%以上」と控えめだった。複数の国際組織は、新型コロナの影響による落ち込みの反動で、中国の2021年の成長は+8%前後と予測する。6%とは意外な「低姿勢」だった。それだけ中国指導部は今後の米中関係と世界経済の不透明さにについて、厳しい見方をしているのだろう。その他、2021年度の目標は、都市部新規就業者数1100万人以上、都市部失業率5.5%前後、消費者物価上昇率3%前後、GDP1単位当たりのエネルギー消費量を3%程度減少、食糧生産高を6億5000万トン以上に保つなどだ。金融政策は、これまでの「穏健、柔軟」を継続するとしている。

消費と言えば、今年の春節(旧正月)の「民族大移動」は意外と抑制されたものだった。公式には、2月11日―17日が春節の連休となっていた。2月の消費者物価指数(CPI)は、前年同月比-0.2%だった。新型コロナ以前はここ数年、春節で帰省する人、旅行する人などで約30億人(延べ)が移動した。今年は約17億人が移動すると政府は予測していた。しかし、例えば北京のように、北京市政府が市民に「なるべく北京を出ないように」と呼びかけ、北京市政府職員、共産党員は、基本的に北京を出るのは禁止という厳しい措置を取ったように、各地でも同じような抑制策が採られた。その結果、中国全体で移動したのは延べ8億7000万人にとどまった。新型コロナ対策を最優先した結果で、もちろん消費には不利である。2021年1月―2月の工業生産は、前年同期比+35.1%と好調だが、それに比べ消費は回復が遅い。この辺が政府の頭痛の種なのである。特に中小・零細企業と個人経営者が一番苦しんでいる。政府は早急で確実な支援を表明した。政府財政から緊急に2兆元を支出、直接被対象者に7日以内に届けると約束した(「直達機制」)。

いずれにせよ、未だに新型コロナは世界経済に深刻な影響を与えているし、米中経済戦争は外交・安全保障面にまで拡大しつつある。世界経済は正常化しつつあるとは言え、不透明さは変わらない。このような状況の中で、中国は14次5ヵ年計画をスタートさせた。中国には「開門紅」という言葉がある。スタートから良い成績を挙げるという事である。さて、今年の中国経済は「開門紅」と行くのかどうか。日本経済にも大いに関わる問題である。

注:

京―北京、津―天津、冀―河北省

粤―広東省、港―香港、澳―マカオ

(止)