中国レポート No.107 2025年3月

私は東京人だが、今年の冬は寒い。今年の開花は遅れるのかなと思っていた時3月の半ば過ぎ、北京の友人からウイチャット(微信)が来た。「北京は急に暖かくなり、玉淵譚公園の桜がチラホラ開いてきたよ」と書いてあった。玉淵譚公園は北京の西部、海淀区甘家口にある総面積132ヘクタール(うち湖面面積は60ヘクタール)の美しい公園だ。隣には釣魚台国賓館がある。1972年の日中国交正常化時、田中角栄首相が中国に贈った北海道産大山桜の苗を植えたのが始まりで、その後日中両国の有志が様々な桜を植えた。今では北京一の桜の名所になっている。公園管理者によれば、34種、2800本余の桜の木があるという。春には「桜まつり」が開かれ、多くの人が訪れる。

この2か月、中国では大きな出来事が幾つかあった。1つは中国最大のお祭りである「春節」(旧正月)だ。公式には1月28日から2月4日の8連休、この8日間の前後を合わせると、全国で延べ90億人が移動した。今年は節約志向もあり、旅行は堅実な家族旅行、マイカーでのドライブ旅行がトレンドだった。純粋な国内旅行は5億0100万人(対前年比+5.9%)、旅行・観光消費は6770億元(同+7.0%)と伸びた。春節期間の海外旅行は378万人(同+5.2%)、コロナ前の2019年が631万人だったので、まだそこまでは回復していない。中国旅游研究院の調査によると、海外旅行先の人気は、1位日本、2位シンガポール、3位韓国、4位米国、5位マレーシア。「インタセクト・コミュニケーションズ」によると、日本の人気旅行先は、1位北海道、2位東京、3位大阪、4位京都だった。東京、北海道以外では、大阪、京都、奈良を合わせると人気度は54.3%となり、関西エリアへの関心が高い。日本商品爆買いの時代は過ぎ、日本文化への関心が強くなっているのだろう。モバイル決済を提供する「アリペイ」によると、春節期間中海外での取引は対前年比+30%、この内シンガポールは同+56%、日本は同+40%、EUは同+30%だった。この結果だけ見ると、中国の消費は確実に上がっていると言える。

2つ目の大きな出来事は、3月5日から11日まで開かれた全国人民代表大会(全人代)である。内憂外患の中にある中国だが、最大の問題は経済である。李強首相が「政府活動報告」(以下「李強報告」)を行い、2024年の総括と2025年の計画について述べた。興味のある方は李強報告が日本語で発表されているので読んでいただきたい。ここでは重要と思われる内容のみ幾つか挙げてみる事にする。

先ず2024年の経済だが、数字的にはGDP成長率をはじめ、おおむね計画通りだった。ただ気になるのはCPI(消費者物価指数)で、計画は「+3.0%前後」だったが、実績は+0.2%と低く、全般的に内需は低調でデフレ傾向は依然として続いている。

全人代で提起された2025年の主な目標数値(カッコ内は2024年の実績)は以下の通りである。

・実質GDP成長率(対前年比)+5.0%前後(+5.0%)

・CPI(消費者物価指数)同+2.0%前後(+0.2%)

・都市就業者数1200万人以上(1256万人)

・都市失業率5.5%前後(5.1%)

・財政赤字5.66兆元(対GDP4.0%)(4.06兆元)

・地方政府専項債4.4兆元(対GDP3.1%)(3.9兆元)

・特別国債1.8兆元(対GDP1.3%)(1.0兆元)

・超長期特別国債1.3兆元

・インフラ向け予算7350億元(7000億元)

・食糧生産高7億トン以上(7.07億トン)

なお幾つかの重要政策については:

「財政・金融政策」

2025年は、対前年比3.5兆元増の14兆元で経済対策を行い、財政赤字はこれまでの対GDP3.0%までという慣例を破り、対GDP比4.0%の5.66兆元とした。特別国債は、マーケットの予測は2-3兆元だったが、結果は1.8兆元と比較的抑えたものだった。この特別国債の用途について、全人代は①内需の掘り起こしとして、インフラ建設と公共サービスの強化、及び耐久消費財買い替え支援(3000億元)と企業の設備更新支援(2000億元)を「2つの重要事項」とした、②リスク管理対策、③地方政府に対する財政支援として8000億元、大手国有銀行への公的資金注入として5000億元が計上された。なお、不動産の在庫買取り予算には触れていない。金融政策については「適度な緩和政策」として、適時穏やかな利下げ、預金準備率の引き下げを上げた。

「2025年重点任務」

  1. 消費拡大、投資効果向上で、内需を全面的に向上させる。
  2. 各地の実情に基づき、「新たな生産力」を発展、現代的産業体系の整備を行う。
  3. 科学教育興国戦略を実行、イノベーション体系の効果を向上させる。
  4. 中心となる改革の早期実施、経済体制改革のけん引的役割を発揮させる。
  5. ハイレベルな対外開放の拡大、外資導入を積極的に図る。
  6. 重点分野のリスク防止、解消、システミックリスクを生じさせない努力。
  7. 「3農」問題(農村、農業、農民)の解決努力、農村の全面振興を図る。
  8. 新型都市化を進め、地域間調和の実現による発展構造の適正化を図る。
  9. CO₂排出の削減、汚染対策、緑化と経済発展のバランス推進。
  10. 民生の保障と改善の重視、ソーシャル・ガバナンスの効果向上。

さて、中国を取り巻く内外情勢は昨年から大きく変わっていない。李強報告でも、情勢は複雑で、中国は幾つもの困難とリスクを抱えていると認めている。対外的には米中対立がどうなるか不透明だが、大きく緩和、解消される事はないと誰もが思っている。国内的には内需不足、不動産不況、地方政府の膨大な債務、若年労働者の高い失業率などは依然として中国経済に重くのしかかっている。その一方で、「北京レポート」前号で触れたように、AI、新エネ車、量子コンピューターなど、ハイテク分野の発展は目覚ましい。米国に「スプートニクショック並み」の衝撃を与えたAI「DeepSeek」だが、近く「DeepSeek」を超えるかも知れない技術が後に続いている。最近脚光を浴びている新興の「MANUS」もその1つだ。この分野では米国の「1国支配」を打ち破る状況が生まれている。

3つ目の大きな出来事は、何と言ってもトランプ米大統領の再登場による、米中関係の緊張激化であろう。米国は対中国抑止の手を緩める気配はない。早速3月3日、中国からの輸入品に10%の追加課税を課すことを決定した。それまでの関税と合わせると20%である。中国だけでなく米国はメキシコ、カナダにも「課税戦略」を採用し、米国の貿易赤字解消を目指すとした。因みに2024年度、米国の輸入先国はメキシコ、中国、カナダが1,2,3位である。先ずはこの3国、次の段階でEU諸国や日本、韓国、ASEAN諸国が対象となるだろう。米国の2024年度赤字額では1位中国(赤字全体の24.6%)、2位メキシコ(同14.3%)、3位ベトナム(同10.3%)、日本は7位、カナダは9位だった。

この米国の関税攻勢は中国にとって大きな痛手である。これまで中国の成長は輸出がけん引するところが大きかった。中国が世界1の外貨準備保有国になったのも貿易収支の黒字の積み重ねによるものである。その中でも、国単位では一貫して米国が輸出先第1である。中国の輸出産業が大きな痛手を受けるのは必然である。当然中国もやられっぱなしではない。3月10日、中国は対米報復関税として鶏肉、トウモロコシ、小麦、綿花などに15%、大豆、牛肉などに10%の課税を発表した。メキシコ、カナダも報復関税を行うと表明した。こうして、米中だけでなく世界中で関税を武器にした「トランプ発泥仕合」が深刻化した。

米国は中国などにこれほど関税攻勢をかけて、大きなメリットがあるのだろうか。興味深い数字がある。この数年間、米国は関税を武器に貿易赤字解消に突き進んできた。しかし結果は2024年、米国の貿易赤字は史上最高を記録した。ここ数年の、米国の貿易収支の推移を見ると、

2020年   -6817億ドル

2021年 -1兆0907億ドル

2022年   -9453億ドル

2023年   -7798億ドル

2024年 -1兆2117億ドル

これを見る限り、でこぼこはあるが、基本的に米国の貿易赤字は減っていない。一方、中国の貿易収支はどうであろうか。同じく推移を見ると、

2020年 +5240億ドル

2021年 +6366億ドル

2022年 +8379億ドル

2023年 +8227億ドル

2024年 +9922億ドル

なお2024年の中国貿易は以下の通りであった。

貿易総額   43兆8468億元 対前年比+5.0%(元建て)

(ドル建て6兆1623億ドル 同+3.8%)

輸出   25兆4545億元 同+7.1%(元建て)

(ドル建て3兆5772億ドル 同+5.9%)

輸入   18兆3923億元 同+2.3%(元建て)

(ドル建て2兆5850億ドル 同+1.1%)

米中貿易戦争の中でも、中国の貿易総額は増えている。では米中貿易はどうなのか、推移を見てみる。

年  度  米中貿易総額(億ドル)  米国の対中貿易赤字(億ドル)

2020  5600         3108

2021  7561         3971

2022  7592         4039

2023  5750         2794

2024  6883         3610

米中貿易戦争の中で、中国の対米輸出は漸減してきたが、2024年は逆に対前年比+4.9%と増加した。米国の関税戦略が効果を挙げていないことが分る。貿易は輸出入が均衡を保つのが望ましいが、必要だから買い、必要かつ余裕があるから売るのであり、これはマーケットの需給状況により決まるものだ。政府が完全にコントロールできるものではない。今のような貿易戦争に勝者はない。世界のマーケットを混乱させるだけで、双方とも傷つくのである。

4つ目は、中国経済を巡り、最近非常に興味深い出来事があった。大々的に報道されたわけではないので、興味を持った人は少ないだろうが重要な出来事と言える。今年の全人代開催に先立つ2月17日、習近平(党序列1位)、李強(同2位)、王滬寧(同4位)、丁薛祥(同6位)4人の党最高幹部が民営企業31社の代表に会い座談会を開き、習近平が「重要談話」を発表、民営企業重視の姿勢を明らかにした。民営企業31社の代表のうち特に注目されたのは、この会議で発言が許された以下の6人である。

・華為(ファーウエイ)の創業者任正非 通信機器

・比亜迪(BYD)の董事長王伝福 EVメーカー

・宇樹科技(UR)の創業者王興興 産業用ロボットメーカー

・寧徳時代(CATL)の董事長曾毓群 EV用電池メーカー

・深度求索(DeepSeek)創業者梁文鋒 AI研究開発

・阿里巴巴(アリババ)創業者の馬雲 通販最大手

この中で、前4人は今や飛ぶ鳥を落とす勢いの大企業現役経営者であり、DeepSeekの創業者梁文鋒はイノベーションの申し子であるので、誰もが納得するが、人々がアッと驚いたのはアリババの創業者馬雲が呼ばれた事だ。改革開放の中で大躍進を果たした幾つかの民営企業は、中国経済の発展をけん引し、主役に躍り出る勢いだった。鄧小平、江沢民、胡錦涛と続いた党指導体制は、基本的に民営企業の発展を促す政策を採った。習近平体制でも、経済を主管する李克強首相は、「民営企業の発展を促し、国営企業は抜本的な改革をする」政策を採った。「民進国退」である。しかし習近平は民営企業の発展と影響力の拡大を見て、この状況が続けば中国経済は民営企業中心の資本主義になってしまうと危機感を強めた。そして強引な民営企業抑制、つまりあくまでも国営企業中心の「国進民退」政策に舵を切った。計画経済のぬるま湯に長年浸かってきた国営企業と、国内外の激しい競争に晒されてきた民営企業は、成長過程も置かれている環境も全く違った。国営企業も世界経済の中で闘う企業は、さまざまな努力をして競争力を付けねばならないが、多くの国営企業は経営が悪化しても基本的には倒産する事はない。長年赤字続きだが、依然存続している国営企業(ゾンビ企業)は少なくない。それに比べ、「社会主義市場経済」体制下、民営企業は次々と生まれ、激烈な競争に敗れた企業は次々と破綻、消滅していった。生き残ったのは競争に打ち勝った、世界で勝負できる企業である。その内の1つが、通販で世界1となったアリババであった。創業者の馬雲は立志伝中の人物であり、信者も多いがライバルも多い。中国の企業家で初めて「フォーブス」の掲載されたのは馬雲である。

2020年頃から、政府の民営企業に対する金融規制、管理、独占禁止法の厳しい適用などが始まり、民営企業抑制は厳しくなっていった。この政策は当然市場の不安を招き、民営企業の活動を低下させる要因となった。馬雲は政府の民営企業抑制政策に対し、公然と異議を唱えた。2020年、上海における金融関連会議で馬雲は「政府による金融規制が技術革新の足かせとなっている」と政府を真っ向から批判した。当然その報いはやってきた。2021年4月、当局はアリババに対し「独占禁止法上の市場支配的地位の乱用」という罪名で、アリババに2019年度売上高4577億1200万元の4%に相当する183億元(約3660億円)の罰金を科すことを決定した。また上海と香港で予定されていたアリババグループ傘下のアントグループの新規上場が延期されたが、当局の圧力があったと言われた。馬雲はアリババグループのほぼ全ての役職を辞し、姿を消した。その後、馬雲は親しいソフトバンク孫正義の居る日本に来て、悠々自適の生活を送り、東大の客員教授も勤めた。

馬雲は2021年以降、アリババグループの中では無役であるが、政府にとっては「憎い民営企業家」であるはずだ。その馬雲が突然習近平指導部の「民営企業座談会」に招かれたのである。習近平が馬雲とにこやかに握手する姿も報道された。中国の経済界で驚きの声が上がったのは当然である。そして経済人、特に民営企業家は「風向きが変わった」と直感した。

座談会における習近平の「重要談話」は、要約すると以下のような内容である。

  1. 公有制経済を揺るぎなく強化、発展させ、同時に非公有制経済を揺るぎなく奨励、支援指導する。
  2. 民営企業発展の余地は広く、絶好のチャンスが到来している。
  3. 民営経済が当面する困難は、官民協力で必ず解決できる。
  4. 生産要素の平等な使用や市場競争を妨げる各種障壁は取り除く。
  5. 政府は過度な監督、検査、罰金を減らし、民営企業と企業家の権利保護を強化する。
  6. 民営企業が技術革新に貢献する事を期待する。

民営企業に関しては、昨年の10月10日に司法部と国家発展委員会から9章77条からなる「民間経済促進法(草案、意見募集稿)」が発表されている。意見募集の期間は同年11月8日となっているが、北京で貿易会社を経営している友人は、「座談会での習近平談話が出た後なら、もっと多くの建設的意見が寄せられただろう」と残念がっていた。この座談会の内容は当然その後に開かれた全人代に反映し、全人代では「民営企業支援」と「外資誘致と支援」が強調された。

民営企業に対する政策が変わった理由は、今の経済状況の必要性からくるものであろう。GDPの約3割を占める不動産関連分野の復活はなお程遠い、内需は少しずつ上向いてきてはいるが、まだ回復軌道に乗ったとは言えない。地方政府の債務問題は短期間で処理するのは不可能だ。全体の経済が上向かないと、若年労働者の高い失業率は解決できない。その一方で、これだけの不況でありながら中国経済が破綻しないのは絶好調分野があり、それが中国経済を支えているからである。改革開放以来驚異的発展を遂げた4大テック「BATH」(百度、アリババ、テンセント、ファーウエイ4社の頭文字をとった呼称)に代表される、時代の先端を行く民営企業である。中国は大銀行、電力、石油、鉄道など金融の核心部分と基幹産業は国営企業の独占だ。国営の大企業は黙っていても収入が保障されるという安定感はあるが、将来的に大きな発展は望めない。イノベーションの面でも、死活を賭けて取り組む民営企業には敵わない。それに比べ「未来産業」、「デジタル産業」と言われる新興産業は、「DeepSeek」にみられるように激しい競争に打ち勝てば無限の発展余地がある。実際これらの民営企業がなかったら、中国経済はとうに破綻していただろう。民営企業の存在感について、中国ではよく「5,6,7,8,9」と言われる。その意味は、民営企業は税収の5割以上、GDPの6割以上、新技術開発の7割以上、都市就業者数の8割以上、企業数の9割以上を占めているという事だ。これを見ても民営企業の重要性が分かる。

民営企業家たちは「習近平談話」を歓迎したが、一方で心配と不安もある。最近の民営企業重視の政府方針は、当面の「窮地を脱する」ための一時的なものなのか、それとも長期的な方針なのかという問題である。民営企業の自由な発展はどこまで許されるのかという問題でもある。これを議論する場合の前提は、中国は「社会主義」という枠がはめられた国であるという事だ。この枠を拡大する事はあるだろうが、枠を逸脱する事は許されない。この「逸脱した、しない」という判断には明確な基準があるわけではなく、それは考え方、イデオロギーの問題なのだ。判断するのはその時の党指導部である。従って今後民営企業がさらに発展し、中国経済に多大な影響を及ぼすようになった時、それは良い事なのか、悪い事なのかはその時の党指導部がどう考えるかであり、それにより民営企業の命運は決まる。ともあれ、これで民営企業家は当面ホッとし、かなりやる気を起こすだろう。それが新技術開発に結び付き、「新しい質の生産力」創出に結びつけば、中国経済は徐々に、しかし確実に上向くだろう。(止)

西園寺一晃   2025年3月28日